ニセコ町
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ニセコ町(にせこちょう)は、北海道後志支庁管内、虻田郡にある町。
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[編集] 地理
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
- 1895年 - 入植開始。
- 1897年 - 真狩村(現在の留寿都村)が虻田村(現在の虻田町)から分村する。
- 1901年 - 真狩村より分離独立し、真狩村字真狩別太の狩太をとり狩太村と名付けられ戸長役場を設置する。
- 1906年 - 二級町村制施行。
- 1910年 - 倶知安村(現在の倶知安町)のニセコアン(ニセコ、曽我)一帯を併合する。
- 1925年 - 弁辺村(現豊浦町)の中昆布、柳の沢、桂の沢一帯を合併する。
- 1950年 - 町制施行、狩太町。
- 1964年 - 狩太町からニセコ町に改称。
- 1972年 - ニセコアンヌプリスキー場開設。
- 1982年 - 東山スキー場開設。
- 2001年 - ニセコ町開基100年記念式典が行われる。
[編集] 行政
逢坂誠二前町長(1994年(平成6年)11月 - 2005年(平成17年)8月、現民主党衆議院議員)は任期中、町の行政改革として、「情報共有によるまちづくり」を掲げ、縦割り主義からの刷新を図り、役場が何をしているか住民はもとより担当外の職員も知ることのできる体制を作った。
近年では改革の効果からか、主要産業である観光の分野では、外国からのスキー客(特にオーストラリアから)も増加傾向にある。
- 1994年 町長選、ニセコ町職員だった逢坂誠二が前職町長であった渡辺冨雄を僅差で破り初当選。就任直後から、町長が住民の方へ直接出向いて町政などについて懇談する「まちづくりトーク」をはじめる(後に「出前講座」や「タウンミーティング」といった形で全国に広まった)。
- 1995年 年次の予算説明書を住民にも分かりやすい内容にした冊子「もっと知りたいことしの仕事」を始めて発行。全国にその手法が注目されるようになる。
- 1998年 情報公開条例公布(翌1999年施行)。町民以外にも町政情報が自由に開示された。
- 2002年 住民基本台帳ネットワークシステム導入をにらみ、個人情報保護条例を制定。
[編集] 経済
[編集] 産業
スキー場を中心とした観光産業が主である。スキー場にはオーストラリア人が増えている。
[編集] 立地企業
- 王子製紙株式会社 尻別発電所事務所
[編集] 農協
- ようてい農業協同組合(JAようてい)ニセコ支所
[編集] 郵便局
- ニセコ郵便局(日本郵便倶知安支店ニセコ集配センター併設)
[編集] 公共機関
[編集] 警察
- 倶知安警察署ニセコ駐在所
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 地域
[編集] 人口
| ニセコ町と全国の年齢別人口分布図(比較) | ニセコ町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色はニセコ町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
- 町立高等学校
- ニセコ高等学校
- 中学校
- ニセコ
- 小学校
- ニセコ、近藤
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] バス
夏・冬の繁忙期には、新千歳空港方面の臨時バス路線も運行される。
[編集] 道路
[編集] 空港
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 文化財
[編集] 天然記念物
- 後方羊蹄山の高山植物帯
[編集] その他
- ニセコ赤坂奴 - ニセコ町無形民俗文化財、ニセコ町赤坂奴保存会
- 曽我環状列石 - ニセコ町指定史跡
[編集] 観光
- 支笏洞爺国立公園
- ニセコ積丹小樽海岸国定公園
- スキー場
- ニセコ温泉郷(国民保養温泉地)
- 有島記念館
[編集] その他
[編集] 関連項目
- 日本の地方公共団体一覧
- ひらがな・カタカナ市町村名一覧
- 逢坂誠二(前町長、現・衆議院議員)
[編集] 外部リンク
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