滋賀県

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しがけん
滋賀県
Chikubusumajinja01s3200.jpg
滋賀県旗 滋賀県章
滋賀県旗 滋賀県章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
団体コード 25000-7
ISO 3166-2:JP JP-25
面積 4,017.36km²
(境界未定部分あり)
総人口 1,416,886
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 353人/km²
隣接都道府県 京都府福井県岐阜県三重県
県の木 モミジ
県の花 シャクナゲ
県の鳥 カイツブリ
他のシンボル 県民の歌 - 滋賀県民の歌
シンボルマーク - Mother Lake
イメージキャラクター - うぉーたんキャッフィー
びわ湖の日 - 7月1日
滋賀県庁
知事 嘉田由紀子
所在地 520-8577
滋賀県大津市京町四丁目1番1号
北緯35度0分15.7秒東経135度52分6.6秒
滋賀県庁
外部リンク 滋賀県
滋賀県の位置

滋賀県行政区画図

― 市 / ― 町

ウィキポータル 日本の都道府県/滋賀県
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滋賀県の象徴琵琶湖航空撮影
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滋賀県(しがけん)は、琵琶湖を擁する、日本国近畿地方北東部の内陸県である。県庁所在地大津市

概要[編集]

令制国近江国(江州)と完全に一致する。県名は大津が属していた郡名「滋賀郡」から採用された。「滋賀」の発音は、共通語では「し」にアクセントを置く(頭高型アクセント)が、地元では「が」にアクセントを置く(尾高型アクセント)ことが多い(「滋賀県」とする場合は共通語も地元の方言も同じアクセント)。

「近江」が「近つ淡海」に由来し、現在も滋賀県が「湖国」と呼ばれるように、琵琶湖は県のシンボルである。産業用水、近隣府県約1,400万人の飲用水の源、観光資源としてその存在は大きく、地域性も琵琶湖を挟んで異なる(後述「#地域」参照)。琵琶湖があるために内陸県で唯一漁港を持ち、その数も20港と、海に面する5府県より多い。水運交易が盛んだった中世や近世には若狭湾上方を繋ぐ中継地として、大津や堅田など内水系の重要港湾が数多く発展した。東海道東山道中山道)・北陸道が合流する陸上交通の要衝でもあり、「近江を制する者は天下を制す」として度々戦乱の舞台となった。

交通利便の良さは人材の流出をもたらし、戦前まで滋賀県は流入人口よりも流出人口の方が多かった。中世から近代にかけては多くの出身者が近江商人として全国各地に進出し、「琵琶湖の鮎は外に出て大きくなる」という諺まで生まれた[1]。太平洋戦争後、高速道路の整備やトラック流通の興隆に伴って交通利便のよさが再認識され、流通拠点や工場・研究開発施設が相次いで進出、近年はJR西日本アーバンネットワーク拡大に伴って京都府大阪府ベッドタウンとしても注目されるようになり、首都圏以外の地方では数少ない人口増加県へと転じた[2]。尚、開発が進むのは京都や大阪に近い南部であり、北部とは経済格差が起こっている。南部では新興住宅地が広がり、駅前にはマンションが建つなど賑わいがある一方で、北部や西部は田園風景が広がり、のどかな雰囲気がある。ただ人口が停滞している湖北・湖東地域であっても地域再生の議論や実践が活発である[3]

滋賀県は近畿地方に分類され、文化的・経済的に京都・大阪との結び付きが強いが、中部地方との交流も盛んである。近畿圏整備法で定める「近畿圏」と中部圏開発整備法で定める「中部圏」の両方に含まれ、滋賀県知事は近畿ブロック知事会中部圏知事会議の両方に出席している(福井県と三重県も同様)。また福井県・岐阜県・三重県とともに「日本まんなか共和国」を設立し、知事サミットや文化交流事業などを行っている。愛知万博では中部8県とともに「中部千年共生村」を共同出展した。北部は近畿・中京・北陸の交点であり、工場や物流センターの設置計画も進むなど、中部圏の一角としての発展も期待されている。

琵琶湖があることから県民や行政の環境への意識が高く、また環境関連企業や人材が集積していることから全国でも屈指の「環境先進県」として知られている[4][5]

本県は琵琶湖及びそれを取り囲む山々(比叡山・比良山系・伊吹山・鈴鹿山系)を有し、早くから都が置かれ、古代・中世から交通における重要拠点であったことから日本史上の関わりが極めて強く、県全土にわたり自然・歴史・文化的資源が豊富に存在する(後述)。

地理・地域[編集]

周囲を山脈山地が取り囲み、中央部に琵琶湖と近江盆地が広がる。大半が琵琶湖であるかのように思われがちだが、最も面積を占めるのは山林(総面積の約半分)であり、琵琶湖が占める面積は総面積の6分の1程度である。面積は全国で10番目に狭い。その狭い面積の半分以上を山地と琵琶湖が占めており、可住地面積大阪府よりも狭い。

地形[編集]

気候[編集]

滋賀県は複数の気候区分に跨っている。

全域が内陸性気候であるが、北部は北陸・山陰型の日本海側気候、南部は太平洋側気候および瀬戸内海式気候を併せ持つ。しかし、琵琶湖があるおかげで、他の盆地と比較すると冬の寒さは幾分穏やかである。北部や山間部には豪雪地帯が広がり、中でも最北端の長浜市余呉地区(旧余呉町)は近畿地方で唯一の特別豪雪地帯に指定されている。1927年(昭和2年)に伊吹山山頂で積雪量11.82m(気象観測上、世界最深積雪記録)、1981年(昭和56年)に余呉町中河内で積雪量6m55cmを記録している[6]。また比良山地東麓では比良おろしという北西の局地風があり、3月下旬に吹くものは「比良八講荒れじまい」と呼ばれ、春の訪れを告げる風物詩となっている。

滋賀県内各地の平年値(統計期間:1981年 - 2010年[7]、米原は2001 - 2010)
平年値
(月単位)
湖北 湖東 近江西部 近江南部 東近江 甲賀
長浜市 米原市 彦根市 高島市
今津
大津市 近江八幡市 東近江市
蒲生
(現・東近江)
甲賀市
柳ヶ瀬 虎姫
(現・長浜)
南小松 大萱 信楽 土山
平均
気温
°C
最暖月 26.3
(8月)
25.8
(8月)
27.1
(8月)
25.9
(8月)
26.6
(8月)
27.1
(8月)
26.1
(8月)
24.3
(8月)
25.0
(8月)
最寒月 2.6
(1月)
2.0
(1月)
3.7
(1月)
2.5
(1月)
3.6
(1月)
3.9
(1月)
2.8
(1月)
1.4
(1月)
1.9
(1月)
降水量
(mm)
最多月 320.1
(12月)
189.9
(6月)
260.1
(7月)
217.7
(7月)
208.6
(7月)
242.1
(6月)
229.2
(6月)
204.2
(6月)
194.4
(7月)
207.7
(6月)
212.1
(7月)
最少月 159.1
(5月)
96.1
(11月)
94.2
(10月)
84.5
(11月)
112.3
(11月)
100.9
(11月)
50.4
(12月)
70.5
(12月)
64.1
(12月)
53.6
(12月)
56.7
(12月)
降水
日数
(日)
最多月 21.8
(1月)
17.6
(1月)
17.4
(12月)
14.1
(1月)
19.2
(1月)
15.8
(2月)
12.6
(6月)
12.4
(2月)
12.7
(3月)
13.1
(3月)
13.7
(7月)
最少月 10.0
(8月)
8.0
(8月)
9.2
(10月)
8.7
(8月)
8.8
(8月)
9.0
(8月)
7.1
(1月)
7.8
(8月)
8.4
(8月)
8.2
(12月)
8.4
(11月)
滋賀県内各地の平年値(統計期間:1979年 - 2000年[8]
平年値
(月単位)
湖北 湖東 近江西部 近江南部 東近江 甲賀
長浜市 伊吹山 彦根市 高島市
今津
大津市 近江八幡市 東近江市
蒲生
甲賀市
柳ヶ瀬 虎姫 南小松 大萱 信楽 土山
平均
気温
°C
最暖月 25.9
(8月)
18.1
(8月)
26.7
(8月)
25.6
(8月)
26.3
(8月)
26.9
(8月)
25.8
(8月)
24.0
(8月)
24.7
(8月)
最寒月 2.6
(1月)
−5.2
(2月)
3.6
(1・2月)
2.5
(2月)
3.5
(2月)
4.0
(1・2月)
2.8
(1・2月)
1.3
(1月)
1.9
(1・2月)
降水量
(mm)
最多月 299.8
(12月)
189.9
(6月)
204.5
(6月)
215.8
(6月)
259.2
(6月)
244.5
(6月)
218.0
(6月)
205.9
(6月)
223.4
(6月)
221.4
(6月)
最少月 161.2
(8月)
96.2
(2月)
83.1
(12月)
106.0
(11月)
97.3
(12月)
41.1
(12月)
58.2
(12月)
51.9
(12月)
42.9
(12月)
46.2
(12月)
降水
日数
(日)
最多月 21.7
(1月)
17.2
(1月)
13.5
(1月)
19.1
(1月)
16.4
(2月)
12.9
(6月)
12.6
(6月)
12.6
(6月)
13.5
(6月)
14.0
(6月)
最少月 9.7
(8月)
7.8
(8月)
8.2
(8月)
8.7
(8月)
9.0
(8月)
6.8
(12月)
7.6
(8月)
8.5
(8月)
7.5
(12月)
9.0
(12月)
県内の地点の各要素の年平均日数(統計期間:1981 - 2010[9])
猛暑日 真夏日 夏日 熱帯夜 冬日 真冬日
長浜 3.6 45.9 109.1 4.4 59.5 0.4
米原 1.0 40.5 108.1 2.3 77.3 0.1
今津 0.6 37.0 100.4 2.9 57.4 0.4
南小松 2.2 43.7 107.6 4.9 40.4 0.2
彦根 2.0 48.3 110.4 11.8 29.7 0.1
東近江 6.2 53.6 117.6 1.4 72.1 0.3
大津 5.9 56.8 121.8 5.9 38.6 0.0
信楽 0.2 33.8 99.9 0.0 117.0 0.6
土山 0.5 32.6 95.0 0.2 88.6 1.1

自然公園[編集]

総面積に対する自然公園面積の割合が37.6%で(平均14.5%)、1位である(2007年(平成19年)時点)。

国定公園
県立自然公園
  • 三上・田上・信楽県立自然公園
  • 朽木・葛川県立自然公園
  • 湖東県立自然公園


地域区分[編集]

以下の13市3郡6町がある(町はすべて「ちょう」と読む)。江戸時代には江南(現在の湖南)・江西(現在の湖西)・江東(現在の湖東・湖北)に3区分されていたが、明治時代以降、琵琶湖を中心に湖南・湖東・湖北・湖西に4区分するのが一般的となった[10]。この4区分以外に区分される場合もあり、例えば滋賀県では7地域に細分化している。各々に属する自治体は以下の通り。なお郡は、1878年(明治11年)の浅井郡の東西分割と1897年(明治30年)の西浅井郡の伊香郡編入以外は、大宝律令以来の郡名と区画が昭和の大合併期までほぼ踏襲されていた[11]

※ 人口は2014年2月1日現在

湖南(こなん)[編集]

国道1号(かつての東海道)が通る交通の要衝であり、平野部も多いため、古くから開発が進んだ。京阪との繋がりが強く、現在は通勤通学圏として「滋賀府民」の多い地域となっている。甲賀は忍者と製薬、信楽焼の里として有名。

湖東(ことう)[編集]

湖南地方とともに平野部が大きく開けており、穀倉地帯や交通の要衝として栄え、肉牛の飼育も盛ん。近江商人を最も多く輩出した地域でもある。

湖北(こほく)[編集]

京阪から最も遠い地方であり、関西文化圏の東端であるとともに北陸地方や東海地方との緩衝地帯である。近代には養蚕業が盛んであったが、現在では湖南地方や湖東地方に比べて宅地やオフィスの開発や工場進出が遅れている(いわゆる「南北格差」)。しかし、そのために伝統的な文化や景観が保たれている。

湖西(こせい)[編集]

畿内と若狭湾・北陸地方を結ぶ街道筋で、湖南地方とともに京都との繋がりが強い。近代に幹線交通網から外れたため、開発から取り残されていた。安曇川扇状地と石田川扇状地を除いて平野部が少なく、琵琶湖近くまで山地が迫る自然豊かな地方である。歴史・文化的には大津市北部も湖西に含まれる。

廃止自治体[編集]

合併により2004年(平成16年)以降に廃止になった自治体は下記の通りである。

歴史[編集]

滋賀県はその地理的特性から、奈良・京・大坂への物資や人材の供給源および中継地、あるいは畿内と東国・北国とを結ぶ要衝として発展し、日本の中央史に大きく関わってきた。

白洲正子は随筆『近江山河抄』の中で「近江は日本の楽屋裏」と評した。また歴史学者の今谷明は著書『近江から日本史を読み直す』の中で「近江の歴史を書くこと は、日本通史を著すのと同じこと」と語り、近江の歴史的価値と重要性を奈良・京と同等かそれ以上に高く評価している。

延暦寺横川中堂
安土城大手道

古代から中世[編集]

国造が分立した時代には、滋賀県は淡海国造安国造の領域であった。都に近いために早い時期から開発が進められ、多くの渡来人が入植した。飛鳥時代には近江大津宮、奈良時代には紫香楽宮保良宮が置かれた。壬申の乱藤原仲麻呂の乱といった戦乱の舞台となることも度々あった。

近江出身の僧最澄比叡山延暦寺を開創した。延暦寺は数々の名僧を輩出し、現代に続く日本の仏教文化を大きく発展させた。

平安中期より佐々木氏が近江に起こった。佐々木氏は源頼朝関東地方で勃興するとこれに積極的に加わり、近江一国の守護職を得た。以降、六角氏京極氏に分かれながら、佐々木一族は戦国時代に至るまで近江国を支配した。南北朝期にはばさら大名で有名な佐々木道誉(高氏)が出て京極家の勢威を伸ばした。

本願寺蓮如の大布教が始まると、大津付近は一向宗色が強くなった。このため、これを喜ばない比叡山が度々攻撃を仕掛けた。比叡山東麓の坂本は一向宗の堅田と経済的にも対立していたことから、両者の抗争は頻繁であった。この後に蓮如は大津に一向宗拠点を構えた。

戦国時代[編集]

戦国時代に入ると、北部に浅井氏が台頭する。形の上で京極氏を奉じた浅井氏は南部を領する六角氏と抗争する。織田信長と結んだ浅井長政に至って六角氏を駆逐するが、後に将軍の信長包囲網に加わって信長に抵抗、小谷城の戦いによって1573年(天正元年)に滅んだ。

近江国を支配圏に入れた信長は、根拠地として近江盆地安土城を築城する。信長の死後は畿内を地盤とする羽柴秀吉と、越前国北の庄を地盤とする柴田勝家の係争地となり、北部で行われた賤ヶ岳の戦いにおける秀吉の勝利で決着が着けられた。秀吉は初めての領地が長浜であった関係もあり、多数の近江国住民を主に事務方として登用した。石田三成もその1人である。また秀吉の甥豊臣秀次八幡山城及びその城下町を築き、琵琶湖につながる運河八幡堀を整備し、商業を振興させた。

その他、近江からは蒲生氏郷藤堂高虎大谷吉継など数々の名武将を輩出した。戦国時代から江戸時代にかけての甲賀郡では甲賀流忍者が活動していた。

近世[編集]

徳川家康は、徳川氏における精鋭軍を率いる井伊氏を関ヶ原に近い彦根に入封させて西国の抑えとし、北部の大部分は彦根藩の領土となった。まとまった大藩は彦根藩のみであり、その他は膳所藩水口藩大溝藩西大路藩宮川藩山上藩三上藩といった小藩、交代寄合の最上家の大森陣屋、交代寄合の朽木家の朽木陣屋、さらに他国の諸藩領や天領なども入り交じり、江戸時代の近江国の領地区分は複雑な様相を呈していた。江戸時代初期には将軍上洛用御殿が水口城、永原御殿、伊庭御殿、柏原御殿とあったが、3代将軍家光以降は上洛も途切れ御殿も次第に老朽化して、廃れていった。

文化面において特筆すべきは、江戸初期の人物で近江聖人とも称された儒教学者中江藤樹が活躍し、日本の陽明学を発展させた。松尾芭蕉義仲寺に眠る)は近江を旧里と呼ぶほど好んで訪れ俳諧を高めたとともに、近江蕉門と呼ばれる数多くの門人を輩出した。

また江戸時代には、鎌倉時代から続く商工業が飛躍的に発達し、犬上・愛知・神崎・蒲生・高島の各郡、特に八幡日野五個荘などから近江商人を多く輩出した。一部の商人は幕末から明治維新の混乱で没落したものの、近代以降も多くの近江商人が活躍し、今日に至る日本経済の発展に寄与した。

近代[編集]

明治維新により幕府領旗本領大津県が設置された後、廃藩置県によって各藩は県に移行し、1871年11月22日、大津県(滋賀郡・蒲生郡以南)と長浜県(高島郡・神崎郡以北)に統合された。翌1872年、1月19日に大津県が滋賀県に、2月27日に長浜県が犬上県にそれぞれ改称され、9月28日に両県が合併し、近江国と領域を同じくする滋賀県が改めて成立した。本庁舎は大津に置かれたが、南西に偏在しているため、近江国最大の城下町であった彦根も候補に上がった。1891年(明治24年)と1936年(昭和11年)の2度、大津から彦根への本庁舎移転運動が起こったことがある。1876年(明治9年)8月21日から1881年(明治14年)2月7日までの4年半には、現在の福井県嶺南地方を編入し、滋賀県が若狭湾に面していた時期もあった[17]

人口[編集]

京都や大阪に近いながらも自然豊かで地価も比較的安いため、京都・大阪の通勤通学圏として住宅需要が高く、住宅開発が活発である。交通利便性の向上を下地にしたモノづくり拠点の整備や商業施設の開業・増設も続き、地方にあって人口増加が続いている。2010年国勢調査によると滋賀県の人口増加率は+2.20%で、47都道府県中5位。近畿地方では滋賀県と大阪府だけが増加した。守山市の+8.10%、草津市の+8.00%、栗東市の+6.32%は全国の市町村トップ100に入っている。2011年の人口増加率は+0.31%で、沖縄県と東京都に次いで全国3位。

2010年国勢調査での県の人口が2005年調査時から2.20%増えたことにより、総人口の順位は全国28位と、2005年調査時(全国31位)から3つ順位を上げた。2008年(平成20年)8月1日時点で、人口調査開始の1960年(昭和35年)以降初めて140万人を超えた。2009年(平成21年)9月1日時点の人口統計速報で奈良県の人口を抜き、大阪府・兵庫県・京都府に続く近畿地方第4位となった。2012年4月1日時点の都道府県推計人口によると、滋賀県の人口は長崎県を上回る全国27位となり、また2012年9月1日時点では愛媛県を追い抜き全国26位へと上昇した。

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(2013年3月公表)によると、2010年〜2040年の人口指数(2010年時点の人口を100としたときの2040年の人口)は92.8になり、全国的には沖縄県東京都に次いで減少率が緩やかになると見込まれている。特に草津市、守山市、栗東市の3市は2010年〜2040年の人口指数が110を超え、傑出した水準に達している[18]

Demography25000.svg
滋賀県と全国の年齢別人口分布(2005年) 滋賀県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 滋賀県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
滋賀県(に該当する地域)の人口の推移
1970年 889,768人
1975年 985,621人
1980年 1,079,898人
1985年 1,155,844人
1990年 1,222,411人
1995年 1,287,005人
2000年 1,342,832人
2005年 1,380,361人
2010年 1,410,272人
総務省統計局 国勢調査より

自治体別統計[編集]

凡例
  市町名 人口 面積[19] 人口密度
1 大津市 341,713人 464.10km² 736人/km²
2 彦根市 113,220人 196.84km² 575人/km²
3 長浜市 121,341人 680.79km² 178人/km²
4 近江八幡市 82,369人 177.39km² 464人/km²
5 草津市 136,137人 67.92km² 2,004人/km²
6 守山市 78,965人 55.73km² 1,417人/km²
7 栗東市 65,923人 52.75km² 1,250人/km²
8 甲賀市 91,350人 481.69km² 190人/km²
9 野洲市 50,099人 80.15km² 625人/km²
10 湖南市 54,095人 70.49km² 767人/km²
11 高島市 50,706人 693.00km² 73人/km²
12 東近江市 114,217人 388.58km² 294人/km²
13 米原市 39,145人 250.46km² 156人/km²
14 日野町 22,142人 117.63km² 188人/km²
15 竜王町 12,409人 44.52km² 279人/km²
16 愛荘町 20,788人 37.95km² 548人/km²
17 豊郷町 7,548人 7.82km² 965人/km²
18 甲良町 7,178人 13.62km² 527人/km²
19 多賀町 7,541人 135.93km² 55人/km²

政治・行政[編集]

国政[編集]

衆議院小選挙区が4。参議院では、全県で1区を構成。

県政[編集]

滋賀県本庁舎
(大津市)

2009年(平成21年)、約9,900万円にも及ぶ不適正経理が会計検査院の指摘などにより判明し、関係した職員60人が処分を受けた[20]

歴代知事[編集]

歴代知事(公選)を以下に抜粋

  • 初代 服部岩吉 (1947年4月12日 - 1954年11月8日、2期)
  • 2代 森幸太郎 (1954年12月7日 - 1958年12月6日、1期)、後に農林大臣
  • 3代 谷口久次郎 (1958年12月7日 - 1966年12月6日、2期)
  • 4代 野崎欣一郎 (1966年12月7日 - 1974年12月6日、2期)
  • 5代 武村正義 (1974年12月7日 - 1986年6月16日、3期)、後に大蔵大臣など
  • 6代 稲葉稔 (1986年7月20日 - 1998年7月19日、3期)
  • 7代 國松善次 (1998年7月20日 - 2006年7月19日、2期)
  • 8代 嘉田由紀子 (2006年7月20日 - 在任中、現在2期目)、滋賀県初の女性知事。全国では、2006年の初当選時で5人目。

財政[編集]

  • 2011年度
    • 財政力指数 0.54 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)全国都道府県16位
  • 2010年度
    • 財政力指数 0.58 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)全国都道府県13位
  • 2009年度
    • 財政力指数 0.62 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)全国都道府県14位[21]
  • 2008年度
    • 財政力指数 0.61 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)全国都道府県15位
  • 2007年度
    • 財政力指数 0.56 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)17自治体中14位
  • 2006年度
    • 財政力指数 0.51 - Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)16自治体中15位
    • 標準財政規模 - 2798億9600万円
    • 経常収支比率 - 91.8% (都道府県平均は92.6%)
    • 実質収支比率 - 0.38% わずかに黒字である
    • 人口1人当たり人件費・物件費等決算額 - 13万5,324円 (都道府県平均は12万4,759円であり、やや多い)
    • 人口100,000人当たり職員数 - 1,285.89人 (都道府県平均は1,173.11人であり、やや多い)
      • 職員数の定数全体のうち教職員・警察官で約75%を占める
    • ラスパイレス指数 - 98.6
    • 実質公債費比率 - 13.6% (都道府県平均は14.7%)
    • 人口1人当たり地方債現在高 - 65万7,797円 (都道府県平均は62万2,416円)
      • 普通会計分の地方債残高のみである
  • 地方債の残高
    • 普通会計分の地方債現在高 - 9022億2,000万円
    • 上記以外の特別会計分の地方債現在高 - 1057億3,300万円
      • 主な内訳 流域下水道会計分 - 585億円 病院事業分 246億円 上水道供給事業分 182億円
    • 第3セクター等の債務状況(債務保証にかかわる債務残高等) - 616億6,700万円
      • 主な内訳 社団法人滋賀県造林公社分 106億円 財団法人びわ湖造林公社 - 337億円
    • 滋賀県の債務残高 - 1兆0696億2,000万円(連結会計)
    • 滋賀県民1人あたり債務残高 - 76万4,279円
  • 2005年度
    • 財政力指数 0.45 - IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)8自治体中6位
  • 2004年度
    • 財政力指数 0.44 - IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)10自治体中8位

姉妹・友好都市[編集]

経済・産業[編集]

滋賀県は、日本有数の消費地である京都・大阪を支える農業県であった。滋賀県内の農業は稲作中心で、県内の耕地面積のほとんどを水田が占めている(2011年の水田率国内第2位)[22]。滋賀県で生産された米は「江州米」または「近江米」として知られる。戦後の第2次産業・第3次産業の発展に伴い、県内の農家の多くは兼業農家である(2010年の副業農家率国内第3位)[22]。また滋賀県は日本茶発祥の地とされ、江戸時代には政所茶が宇治茶と並ぶブランド茶として名を馳せ、現在も甲賀市土山町(県内最大の栽培面積・生産量)と信楽町朝宮(日本五大銘茶)を中心に栽培が行われている[23]。その他、第1次産業においては、琵琶湖における漁業(アユビワマス・セタシジミなど)、湖東地方を中心とする近江牛の生産などが盛んである。

現在は西日本有数の工業県であり[24]2010年(平成22年)の工業生産出荷額は6兆5,741億円に達する[25]。主要な工業生産品には近世からの伝統産業である日野・甲賀地方の医薬品(特に置き薬)があり、2011年(平成23年)の医薬品生産額は2,506億円(全国11位、シェア3.6%)となっている[26]。また滋賀県内には既述の医薬品を含め主に9つの地場産業が存在する[27]

「環境先進県」としても知られており、県内には新エネ省エネ蓄電池水処理バイオなどの環境関連企業・技術・人材・教育機関が集積している他、「医工連携」プロジェクトによる医療・健康機器分野の成長も期待されている[28]。また3次産業を主体に、県内の就業者数は一貫して増加している。

滋賀県の GDP(2008年実績)は、人口で上回る鹿児島県熊本県山口県のそれよりも大きい[29]。今後の中期経済成長率についても民間シンクタンクによれば、「堅調な人口動態と若年人口比率の高さ」・「京阪神と名古屋の中間経済圏としての立地と交通利便性」・「産業集積度や産学官連携推進」等により、全国上位[30]と予測されている。また完全失業率は全国平均未満[31]であり、比較的堅実である。

滋賀県内の第3次産業活動については、県庁所在地である大津市や人口が密集している草津市を中心とした湖南地域にやや偏っている。またびわ湖環境ビジネスメッセや滋賀ビジネスパートナーといった経済イベントが開催されているほか、滋賀経済同好会では近江商人の哲学・精神を守り、広げていく活動が行われている。

本店を置く企業[編集]


滋賀県ゆかりの企業[編集]

他多数。

生活・交通[編集]

警察[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

米原駅に停車中の新快速電車

信楽高原鐡道を除いて、電化されている。

バス[編集]

一般路線バスを運行する事業者

道路[編集]

琵琶湖大橋
新名神高速道路(黄瀬跨道橋より大阪方面を望む)

主要な国道や県道でも高規格化整備が遅れており、至る所で渋滞が発生している。特に大津市京都市とを結ぶ国道1号は、交通集中のため慢性的に渋滞が発生する。

航路[編集]

長浜港

大津港や竹生島港を中心に琵琶湖汽船京阪グループ)とオーミマリン近江鉄道グループの近江トラベル運営)が観光遊覧船を開設しているほか、近江八幡市の沖島と堀切新港を結ぶ通船や沖島と長命寺港を結ぶ渡し船が存在する。以下、琵琶湖汽船とオーミマリンによる定期観光航路を挙げる。

ナンバープレート[編集]

滋賀県で登録された自動車ナンバープレートは全て「滋賀」で、守山市の滋賀運輸支局で交付される。他府県民から「ゲジナン」や「ゲジゲジ」、または「イナズマナンバー」と揶揄されることがあるが、これは「滋」の「幺幺」の部分から連想されたものである。西川貴教の呼びかけで2009年(平成21年)9月に草津市で開催された大型野外音楽ライブ「イナズマロックフェス 2009」の「イナズマ」は、ナンバープレートの俗称から命名された[32]

医療・福祉[編集]

教育[編集]

2011年(平成23年)時点で13の大学・短期大学が立地しており、特に人口あたりの大学生数は京都府・東京都に次ぐ全国3位に位置している[33][34][35]。小学校では京都府とともにランリック(ランリュック)がよく普及している。また児童の交通安全のための飛び出し坊やの設置が多く、飛び出し坊や愛好家のみうらじゅんからも注目されている[36]。滋賀県独自の教育事業として、小学校5年生などを対象に琵琶湖上で行われる滋賀県立びわ湖フローティングスクール(平成24年内閣総理大臣賞の第5回海洋立国推進功労者表彰を受賞[37])がある。

マスメディア[編集]

放送[編集]

テレビ放送について、当県は放送対象地域としての「近畿広域圏」に含まれており、このうち毎日放送朝日放送関西テレビ読売テレビについては県内に中継局が置局されている。また、地域によっては近隣府県における放送のスピルオーバーによる視聴・聴取が可能である。AMラジオについては在阪、在名各局も受信可能。

新聞[編集]

文化・スポーツ[編集]

京都・大阪の文化圏に属し、滋賀県で話される方言近江弁)も京言葉との共通点が多い。食やファッションのトレンドでも、京都方面の影響が大きい。岐阜県関ケ原町から滋賀県米原市にかけては東西文化の境界線をなす(アホかタワケか雑煮が丸餅か角餅かなど)。湖北地方などは北陸や東海の文化との緩衝地帯でもあり、例えば中京地方のブロック紙である中日新聞は滋賀県でも配達されており、特に米原市では6割強のシェアを占める[39]

県民性[編集]

『角川日本地名大辞典』では「温和で、一徹ではなく、計数に明るく利害に敏感で、蓄財に長じている。文にたけるが武はそれほどでもない。」「地味で着実、おとなしく粘り強く努力する。」としている[40]。社寺(滋賀県には浄土真宗門徒が多い)を中心とする伝統的な地縁社会であることから、保守的・閉鎖的であるとの指摘もある[41]祖父江孝男は、滋賀県の県民性イメージは近江商人に関するステレオタイプから生み出された部分が大きいとしている[42]

食文化[編集]

伝統工芸[編集]

信楽焼

伝統芸能・祭礼・その他主な催事[編集]

  • 長浜曳山祭(長浜市) - 日本三大山車祭
  • 大津曳山祭(大津市)
  • 水口曳山祭(甲賀市水口町)
  • 日野祭(日野町)
  • 篠田の花火(近江八幡市)
  • 左義長(近江八幡市など)
  • 鍋冠祭(米原市)
  • 江州音頭(各地)
  • オコナイ(湖北地方・甲賀地方)
  • イナズマロックフェス(草津市) - 来場者2日間でライヴエリア約3.5万人・フリーエリア込みで約8万人(2012年)
  • びわ湖大花火大会(大津市) - 来場者約35万人(2012年)
  • ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンびわ湖「熱狂の日」音楽祭(大津市) - 来場者3万人超(2012年)
  • びわ湖環境ビジネスメッセ(長浜市) - 来場者3日間で約4万人
  • 鳥人間コンテスト選手権大会(彦根市)
  • ゆるキャラまつり(彦根市) - 来場者約8.8万人(2012年)
  • 大津ジャズフェスティバル(大津市) - 来場者約4万人(2012年)
  • びわこJAZZフェスティバル(東近江市)
  • 草津宿場まつり(草津市) - 来場者約7万人(2012年)
  • 小江戸彦根の城まつり(彦根市)
  • 滋賀B級グルメバトル(大津市) - 来場者2日間で約15万人(2012年)
  • 牛肉サミット(大津市) - 来場者2日間で約10万人(2012年)
  • 信楽陶器まつり(甲賀市信楽町) - 来場者約7万人(2011年)

スポーツ[編集]

滋賀県では突出して盛んなスポーツはなく、2008年(平成20年)にバスケットボールbjリーグ滋賀レイクスターズが設立されるまでは滋賀県に本拠地を置くプロスポーツチームは存在しなかった。高校野球でも近畿勢で唯一優勝経験がない(日本の高校野球#滋賀県参照)。一方で近年サッカーのレベルが向上しており、2005年(平成17年)に滋賀県立野洲高等学校全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を果たしている。滋賀県本拠地のサッカークラブとして、日本フットボールリーグ(JFL)に、強豪SAGAWA SHIGA FC(本拠:守山市)と、Jリーグ参入を目指すMIOびわこ滋賀(本拠:草津市)が存在する。他に、栗東市には日本中央競馬会栗東トレーニングセンターが所在する。

観光[編集]

琵琶湖には海津大崎など数々の景勝地があり、とりわけ近江八景は近世より日本有数の名勝として知られた。さらに、彦根藩士・森川許六選の「風俗文選」(1706年(宝永3年)に刊行された)の「湖水賦[43]」の項には近江の名所旧跡が詳細に述べられている。

近年でも琵琶湖八景が設定され、景観の良さで内外に知られている。また歴史上早くに都が置かれ、中世から近世において交通における重要拠点であったことや、太平洋戦争の戦災や戦後の乱開発も比較的少なかったことなどから、社寺・城郭・伝統的景観などの歴史的観光資源も豊かである。それらの自然・文化・風土の奥深さに、古くは松尾芭蕉が、近代でも司馬遼太郎白洲正子らが魅せられ、滋賀の地を深く愛した[44][45]

主な観光地としては、全国的にも有名な長浜彦根近江八幡信楽のほか、世界遺産(文化遺産)である比叡山延暦寺をはじめとする多数の寺院や史跡、湖国随一の規模と歴史を持つおごと温泉などが存在する。また、琵琶湖およびその周辺の自然環境では釣り・ボート・ヨット・ミシガンクルーズ・スキー・登山・キャンプ・琵琶湖一周自転車ツーリング(通称ビワイチ)などのアウトドア・レジャーが盛んであり、自然・歴史・文化など多方面にわたって観光資源が極めて豊富なことから、京阪神中京圏北陸圏などから多数の観光客が訪れている。尚、滋賀県の年間延べ観光客数は2011年に過去最多の4,735万人となった[46]

近年、琵琶湖以外の自然環境では里山や田園、カバタなどがグリーンツーリズムエコツーリズムの観点から見直されつつある。その他特筆すべき文化施設やイベントとして、西日本最大級のオペラ拠点であるびわ湖ホールがあるほか、野外型大型ロックフェスの『イナズマロックフェス』や彦根市のゆるキャラひこにゃん」ブームに端を発した『ゆるキャラグランプリ』、伝統の大津祭、日本三大山車祭の一つ長浜曳山祭ラ・フォル・ジュルネびわ湖鳥人間コンテストびわ湖大花火大会などの開催があり、これらの催事にも県外から多くの人が訪れる。

グルメでは最高級和牛ブランドの一つ近江牛を筆頭に、近江米・鮒寿司・鮎屋の鮎巻・比叡ゆば鴨料理・うばがもち・赤こんにゃく・焼き鯖そうめんといった伝統食のほか、クラブハリエのバームクーヘンが人気である。さらに近年では、湖国ブラックや近江ちゃんぽん、その他新鋭の個人ラーメン店が競い合い、滋賀ご当地ラーメンとして内外で盛り上がりを見せている[47]

上述の「ビワイチ」(琵琶湖一周の愛称)が自転車愛好家を中心に認知度が高いこともあり、近年、琵琶湖及びその周辺に点在する豊富な自然・歴史・文化的資源を周遊・体験する観光企画ブランド「ビワイチの旅」が県内外へ発信されている[48]

文化財[編集]

石山寺
彦根城(国宝天守)

滋賀県では2012年9月現在、1件の世界遺産(文化遺産)、55件の国宝、806件の重要文化財が指定されている。

国宝の指定件数は京都府・東京都・奈良県・大阪府に次ぐ5位、重要文化財の指定件数は東京都・京都府・奈良県に次ぐ4位で、特に国宝建築物22件は、奈良県(64件)・京都府(48件)に次ぐ3位に位置しており、4位の兵庫県(11件)以下を離している[49]

近年多数の歴史的文化財や史跡・優れた景観を生かして、映画やドラマのロケ地として積極的に誘致活動が行われている。

滋賀県を舞台とした作品[編集]

漫画
古典
文学
エッセイ
テレビドラマ
テレビアニメ
映画
音楽

滋賀県出身の人物[編集]

出身者以外で滋賀県にゆかりのある人物としては、大津宮を開いた天智天皇、粟津(現在の大津市)で斃れた源義仲、義仲が眠る大津市の義仲寺を墓所とした松尾芭蕉、近江八幡を活動拠点とし県内にも多くの名建築を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズなどがいる。

脚注[編集]

  1. ^ 琵琶湖の鮎は琵琶湖に留まったままでは大きく成長しない。近江の商人もそれと同様に、近江から出ていった方が大成できるという意味。
  2. ^ 総務省の2010年(平成22年)国勢調査によると、2005年(平成17年)から2010年(平成22年)の人口増減率が47都道府県中5位(首都圏を除くと沖縄県に次いで2番目)
  3. ^ 新評論「地域再生 滋賀の挑戦」(森川稔編集)より。
  4. ^ 企業「環境先進県進出はメリット」(読売新聞)
  5. ^ 日本WPA「滋賀県は環境先進県だ!」
  6. ^ 「琵琶湖研究所所報 (1986)」 流域を読む(姉川編)2 - 滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
  7. ^ 国土交通省気象庁・気象統計情報
  8. ^ 国土交通省気象庁・気象統計情報
  9. ^ 国土交通省気象庁・気象統計情報・過去の気象データ検索
  10. ^ 『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』1979年、角川書店、24頁。
  11. ^ 浅井郡・伊香郡の変更以外で、1950年(昭和25年)4月1日の時点で大宝律令以来の郡と区域が異なっていたのは以下の地域。
    神崎郡葉枝見村(現:彦根市)の愛知郡への移行(1896年)
    坂田郡相撲庭(現:長浜市)の東浅井郡への移行(1889年(明治22年))
    大津市(1898年(明治31年)に市制移行、滋賀郡離脱。1950年(昭和25年)時点では坂本以北と瀬田川以東を含まず)・彦根市(1937年(昭和12年)に市制移行、犬上郡離脱。1950年(昭和25年)時点では鳥居本・高宮と荒神山・河瀬以南含まず)・長浜市(1943年(昭和18年)に市制移行、坂田郡離脱。1950年(昭和25年)時点で平成の大合併直前の市域と同じ)の市制移行による郡からの離脱
    栗太郡[[物部村 (滋賀県)|]](現:守山市)の野洲郡への移行(1921年(大正10年))など。
  12. ^ 以前の呼称は大津・志賀地域
  13. ^ 以前の呼称は湖南地域。
  14. ^ 以前の呼称は中部地域。
  15. ^ 湖北地域とともに東北部地域とされることもある。
  16. ^ 以前の呼称は湖西地域。
  17. ^ http://www.pref.shiga.lg.jp/b/kemmin-j/kenseishiryoshitsu/oupunkinen.pdf
  18. ^ 国立社会保障・人口問題研究所 日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)
  19. ^ 琵琶湖に面している自治体は琵琶湖の面積も含む。
  20. ^ 産業経済新聞 2009年10月13日
  21. ^ 全国比較でみる滋賀県の財政状況より。
  22. ^ a b 滋賀県内の農業、JA滋賀中央会、2014年1月26日閲覧
  23. ^ 近江の茶、滋賀県農政水産部、2014年1月26日閲覧。
  24. ^ 内閣府の2006年(平成18年)度県民経済計算によると、総生産に占める第2次産業の割合が46.7%で1位。
  25. ^ 平成22年滋賀県工業統計調査による。
  26. ^ 厚生労働省都道府県別医薬品生産金額より。
  27. ^ 滋賀県の地場産業
  28. ^ 滋賀健康創生特区が指定
  29. ^ 内閣府平成20年度県民経済計算より
  30. ^ ニッセイ基礎研究所2020年度までの都道府県別成長率予測
  31. ^ 総務省統計局・労働力調査(基本集計)都道府県別結果
  32. ^ 滋賀ふるさと観光大使 西川貴教氏の大型野外フェス、タイトル、第二弾出演アーティスト発表!(県政eしんぶん)
  33. ^ 滋賀県内の大学
  34. ^ 人口あたり大学生数ランキング2011
  35. ^ 平成23年文部科学省の学校基本調査
  36. ^ ほぼ日刊イトイ新聞みうらじゅんに訊け! ―この島国篇―、2008年6月15日、2010年6月20日閲覧。
  37. ^ 国土交通省発表内閣総理大臣賞より。
  38. ^ Eテレ、第2放送は大阪放送局管轄。県内にはEテレの中継局が所在する。第2放送は大阪府羽曳野市の送信所からの直接受信。
  39. ^ 京都新聞による京都府・滋賀県の市郡別各紙朝刊部数データ京都府・滋賀県の新聞のシェアデータから、中日新聞(前者データの「その他」と後者データの「F紙」)の滋賀県および県内各市郡での部数・シェアがわかる。
  40. ^ 『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』1979年、角川書店、25頁。
  41. ^ NHKが1996年に実施した「全国県民意識調査」によると、「『よそ者』というような言葉が、この地域ではまだ生きている。」という項目で2位。
  42. ^ 祖父江孝男「県民・日本人気質」河出書房新書編集・発行(木津川計『含羞都市へ』61-62頁)
  43. ^ 『風俗文選(森川許六 選)・和漢文操(各務支考 編)・鶉衣(横井也有 著)』藤井紫影、武笠三諸 校訂、有朋堂書店(有朋堂文庫)1918年(大正7年)38頁
  44. ^ 新潮社「近江路散歩」より
  45. ^ 司馬遼太郎『街道をゆく』より「近江というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、 私には詩がはじまっているほど、この国が好きである」
  46. ^ 京都新聞記事「平成23年 滋賀県、昨年の観光客が最多に」
  47. ^ 京都新聞記事「湖国ラーメン 戦国期へ」
  48. ^ 読売新聞記事「旅行企画、県などブランド認定」
  49. ^ 文化庁「文化財指定等の件数

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
大津県犬上県
行政区の変遷
1872年 -
(※正確には大津県を改称)
次代:
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