滋賀県

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滋賀県
しがけん
地方 近畿地方
団体コード 025000-7
ISO 3166-2 JP-25
面積 4,017.36km²
※境界未定部分あり
総人口 1,396,262
推計人口、2008年4月1日)
人口密度 348人/km²
隣接都道府県 京都府三重県福井県岐阜県
県の木 モミジ
県の花 シャクナゲ
県の鳥 カイツブリ
他のシンボル
知事 嘉田由紀子
滋賀県庁
所在地 〒520-8577  滋賀県
大津市京町4丁目1番1号
電話番号 077-524-1121
外部リンク 滋賀県庁
滋賀県の位置
特記事項 :

滋賀県行政区画図

:市 / :町
滋賀県県旗
滋賀県県旗

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Template (ノート 解説) 都道府県ポータル

滋賀県(しがけん、英語表記:Shiga Prefecture)は、琵琶湖を取り囲んでいる近畿地方の内陸である。県庁所在地大津市

目次

[編集] 概要

日本において、内陸に位置する数少ない県である。面積は全国で10番目に狭く、内陸県では埼玉県に次いで狭い。可住地面積では大阪府より狭い。領域は令制国近江国と一致する。

面積の大半を琵琶湖山地が占める。琵琶湖は県総面積の1/6程度であるが、その存在感は大きく、滋賀県を指して「湖国」と呼ぶ例も多い。琵琶湖は約1400万人の飲み水になっている。日本海が海上流通の中心だった明治以前には、若狭湾で陸揚げされた物資が琵琶湖を通じて当時の首都、さらには淀川経由で大坂方面へと運ばれており、内水系の重要港湾が数多く存在した。また、東海道東山道中山道)・北陸道の合流地域でもあり、陸上流通の要衝でもあった。そのため、近江商人と呼ばれる本県出身の流通業者が全国各地で活躍するに至った。

海上流通で汽船、陸上流通で鉄道が発達した明治以降、本県内での陸運と舟運、陸運同士などの積み替え需要が激減し、流通の面では単なる通過県になってしまった。その後、トラック流通の興隆で、近畿地方濃尾地方北陸地方の交通の要として流通拠点が設けられるようになり、それに伴って工場の進出も進んだ。これらの就業者や、従来からの京都市ベッドタウンの役割(京都都市圏)、さらに、JR西日本アーバンネットワークの影響もある大阪都市圏などのベッドタウンの役割も加わり、人口増加が見られる。そのため、「将来推計人口」が増加すると見られる全国でも数少ない県として、沖縄県とともに語られることがある。

なお、県名の「滋賀」は、県庁所在地の大津が属していた滋賀郡から取ったものである。

[編集] 地理

[編集] 位置

滋賀県の航空写真
滋賀県の航空写真
甲良町付近の近江盆地
甲良町付近の近江盆地

琵琶湖を中心にして、東を伊吹山地に、西を比良山地に、南を鈴鹿山脈に、北を野坂山地に囲まれている。

[編集] 地形

[編集] 気候

南部は典型的な内陸性気候である。但し、北部や西部では日本海側気候の影響を強く受けており、それらの地域は豪雪地帯に指定されている。なかでも県最北端の余呉町は特に降雪が厳しく、特別豪雪地帯に指定されている。1989年には余呉町中河内地区で6m65cmの積雪を記録している。

[編集] 自然公園

国定公園
県立自然公園
  • 三上・田上・信楽県立自然公園
  • 朽木・葛川県立自然公園
  • 湖東県立自然公園

[編集] 歴史

滋賀県は、古くから開発されて日本の国政に関わって来た地域であり、「近畿」の字の如く、「の近く」として発展した。

延暦寺横川中堂
延暦寺横川中堂
安土城大手道
安土城大手道
近江八幡市新町通り
近江八幡市新町通り

[編集] 古代から平安時代まで

国造が分立した時代には、滋賀県はヤマト王権の領土に入っていた。平城京が建設される前には、近江京紫香楽宮が設置されたこともある。

畿内東国日本海側の接点という位置から、大海人皇子大友皇子の皇位継承を巡る壬申の乱藤原仲麻呂の乱といった戦乱の舞台に度々なることもあった。

平安時代中期より佐々木氏が近江に起こった。この佐々木氏は、源頼朝関東で勃興するとこれに積極的に加わり、近江一国の守護職を得た。以降、六角氏京極氏と分かれながら、佐々木一族は、戦国時代に至るまで近江国を支配した。南北朝期には、ばさら大名で有名な佐々木導譽(高氏)が出て京極家の勢威を伸ばした。

本願寺蓮如の大布教が始まると、大津は一向宗色が強くなった。このため、これを喜ばない比叡山が度々攻撃を仕掛けた。比叡山東麓の坂本は、一向宗の堅田と経済的にも対立していた事から、両者の抗争は頻繁であった。この後に蓮如は、大津に一向宗拠点を構えたため、大津が栄えることとなった。

[編集] 戦国時代

戦国時代に入ると、北近江に浅井氏が台頭する。形の上で京極氏を奉じた浅井氏は南近江を領する六角氏と抗争する。織田信長と結んだ浅井長政に至って六角氏を駆逐するが、後に将軍の信長包囲網に加わって信長に抵抗、1573年に滅亡する。

近江国を支配圏に入れた信長は、根拠地として近江盆地安土城を建設する。信長の死後は、畿内を地盤とする羽柴秀吉と、北近江と若狭国を地盤とする柴田勝家の係争の舞台となり、近江北端部で行われた賤ヶ岳の戦いにおける秀吉の勝利で決着が着けられた。秀吉は初めての領地が長浜であった関係もあり、多数の近江国民を主に事務方として登用した。石田三成もその一人である。

しかしその事によって生じた近江閥と秀吉出身地の尾張閥の対立が、旧不破関(近江国と美濃国の境)で行われた関ヶ原の戦いを促したとも言われる。

[編集] 江戸時代

徳川家康は、徳川氏における精鋭軍を率いる井伊氏を、関ヶ原に近い彦根に入封させて西国の抑えとし、北近江は彦根藩の領土となった。又、江戸時代にあった藩として、膳所藩(ぜぜ)、水口藩大溝藩西大路藩宮川藩山上藩三上藩、交代寄合の最上家の大森陣屋、交代寄合の朽木家の朽木陣屋があった。江戸時代初期には将軍上洛用御殿が近江国内に水口城のほかに、永原御殿、伊庭御殿、柏原御殿があったが、3代将軍家光以降、上洛も途切れ御殿も次第に老朽化して、廃れていった。

又、鎌倉時代から続く商工業が江戸時代には飛躍的に発達し、犬上・愛知・神崎・蒲生・高島の各郡、特に近江八幡などからは近江商人を多く輩出した。

[編集] 明治維新以後

廃藩置県後、1876年8月21日には嶺南(旧若狭国)を編入した為に、若狭湾に面していた時期もあった[1]。しかし、4年半後の1881年2月7日に、福井県が発足した際に、嶺南が滋賀県から分離された事で、内陸県である現在の領域となった。

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 70
5 - 9 画像:g50.png画像:g10.png画像:g01.png 72
10 - 14 画像:g50.png画像:g10.png 71
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 79
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 93
25 - 29 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png 98
30 - 34 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 106
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 91
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 85
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 84
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png 98
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 99
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 86
65 - 69 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 68
70 - 74 画像:g50.png画像:g01.png画像:g01.png 62
75 - 79 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 51
80歳以上 画像:g50.png 59

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
36 画像:g30.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png 34
37 画像:g30.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 35
36 画像:g30.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 35
41 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 15 - 19 画像:r30.png画像:r01.png画像:r01.png 38
48 画像:g30.png画像:g10.png 20 - 24 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 45
50 画像:g30.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r10.png 48
54 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png画像:r01.png 52
46 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 45
42 画像:g30.png画像:g05.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 43
42 画像:g30.png画像:g05.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png 42
49 画像:g30.png画像:g10.png画像:g01.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 49
50 画像:g30.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 49
43 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 43
33 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 65 - 69 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 35
29 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 70 - 74 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png 33
22 画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 75 - 79 画像:r10.png画像:r10.png画像:r03.png画像:r01.png 29
17 画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r05.png 42

滋賀県と全国の年齢別人口分布図(比較) 滋賀県の年齢・男女別人口分布図
紫色は滋賀県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 歴代知事(公選)

[編集] 財政

  • 財政力指数:0.45(17年度)

[編集] 消滅した自治体

合併により2004年以降に消滅した自治体。

[編集] 経済

滋賀県は西日本有数の工業県の一つであり、中でも医薬品は地場産業としても有名であり、2004年度の医薬品生産額は2150億円に達する[2]。工業生産出荷額は、2004年で6兆1909億円である。


[編集] 本社を置く産業

[編集] 滋賀県が創業地である企業

[編集] 県内で開催される経済イベント


[編集] 地域

[編集] 7地域区分

県内は、県庁によって以下の7つの地域に区分されている。

県下には以下の13市5郡13町がある(括弧内は合併前の旧市町村)。町の読み方はすべて「ちょう」。県の人口は1,386,061人(2006年7月1日現在の推計)。

[編集] 4地域区分

県内では一般的に湖南湖東湖北湖西(こせい)と4区分されることが多い。各々に属する自治体は以下の通り。

湖南

  • 大津市、草津市、栗東市、守山市、野洲市、湖南市、甲賀市

湖東

  • 彦根市、近江八幡市、東近江市
  • 犬上郡、愛知郡、蒲生郡

湖北

  • 長浜市、米原市
  • 東浅井郡、伊香郡

湖西

  • 高島市
  • 大津市を含む場合がある。
  • 静岡県湖西市の読みは「こさい市」で、この場合、湖は浜名湖を指す。

[編集] 地域的特徴

滋賀県は中央部に広大な琵琶湖を持つために、湖を挟んだ地域同士で特徴が異なることが多い。

琵琶湖西岸と琵琶湖東岸
県南部と県北部
  • 明治時代には大津と彦根で県庁の誘致合戦が起こったほか、近年では、京阪神に近く開発の進む南部に比べて、開発の遅れている北部から、「南北格差」を主張する声もある。このように、古くから南北間では、特に彦根と大津の間で軽い対立意識が存在している。
  • 南部(大津市、草津市、甲賀市など)
    • いわゆる「滋賀府民」の多い地域で。京都や大阪への通勤圏として発展している。
    • 江戸時代には東海道中山道の合流地であった。このため、特に甲賀は三重県西部(伊賀など)や奈良県の影響も受けている。
  • 北部(彦根市、米原市、長浜市など)
    • 京都や大阪とは勿論だが、中京や北陸との繋がりもある地域。
    • 江戸時代には中山道や北国街道(北陸道)の沿線であった。

[編集] マスコミ

[編集] 放送

※KBS滋賀は彦根に、その他は全て大津に所在する。
※その他近畿広域圏を担う各局(毎日放送朝日放送関西テレビ放送讀賣テレビ放送NHK教育テレビジョン)の中継局がある。また中継局がないMBSラジオ・ABCラジオ・ラジオ大阪NHKラジオ第2放送や京都府域局の京都放送(KBS京都テレビ・ラジオ)・エフエム京都(α‐Station)を受信している地域もある。テレビ大阪は視聴可能区域外の為直接受信出来る地域が僅少で、ケーブルテレビの再配信を利用している地域もある。(デジタルでは現状受信不可)また、米原市長浜市などではテレビ愛知が直接受信できる地域もある。

[編集] 新聞

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

米原駅に停車中の新快速
米原駅に停車中の新快速
東海旅客鉄道
西日本旅客鉄道
近江鉄道
信楽高原鐵道
京阪電気鉄道
比叡山鉄道
未成線

[編集] 道路

高速自動車国道