竹富島
| 竹富島 | |
|---|---|
| 座標 | 北緯24度19分47秒 東経124度05分12秒 |
| 面積 | 5.42 km² |
| 海岸線長 | 9.12 km |
| 最高標高 | 21 m |
| 所在海域 | 太平洋・東シナ海 |
| 所属諸島 | 八重山諸島 |
| 所属国・地域 | |
竹富島(たけとみじま)は、沖縄県の八重山諸島にある島。沖縄県八重山郡竹富町に属している。八重山の中心地である石垣島からは、高速船で約10分程(約 6 km)の距離にある。
島の中央部にある集落全体が、木造赤瓦の民家と白砂を敷詰めた道という沖縄古来の姿を保っている。なお、「竹富」は近代になってからの当て字で、明治半ばまでは「武富」と表記されることが多く、かつてはタキドゥンと呼ばれていた。テードゥンムニ(竹富島言葉)では「テードゥン」という。人口は約357人(2011年10月現在)、戸数約165戸。
目次 |
[編集] 地理
島の殆どが隆起珊瑚礁でできているため極めて平坦で、展望台を除けば、集落の家の屋根が島で一番高いところである。南北に長い楕円形をなしており、周囲は約 9 km。
[編集] 赤瓦と竹富島
島では、昔ながらの街並や文化を保存しようとする意識が非常に高い。その例として
- 新しく家を建てる場合は必ず許可を得た上で、平屋の赤瓦の家(カーラヤー)を建てなければならない。ただし、赤瓦を葺く場合は補助金が支給される。
- 窓ガラス等は見えにくいようにすだれなどで隠す。
- 建物の外に看板などを露出させることは原則禁止。
- 大規模リゾート開発を目的とした土地買収には応じない。
- 珊瑚を砕いた白砂の道は、住民の毎朝の掃除によって美しい状態に維持されている。また白砂はアスファルトと違い、雨や台風が来るたびに、少しずつ海に流れていってしまう。そのため、住民は砂浜で白砂を集めてきて、定期的に道を補修している。
などが挙げられる。これらの島民たちの努力の成果により、沖縄の原風景とも言える赤瓦屋根の集落が現在でも残っており、それがそのまま観光資源として生かされている。また、島のほぼ中心部にある赤山公園内のなごみの塔からは、赤瓦屋根の集落が見渡せる。
なお、竹富の集落の家並みは重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。
昔ながらの街並だけではなく、自然環境も良好で、島の西側にはコンドイビーチ(海水浴場)や星砂(太陽の砂)で有名な、皆治(カイジ)浜などもある。しかし、現在では自然環境の変化などで星砂は少なくなった。集落は島の中央からやや北に集中しており、南には牧場が広がる。また、島の南部には、県内有数規模の車海老養殖場があり、県外へと出荷されている。
[編集] 歴史
- 琉球王朝時代には、八重山地方の政庁(蔵元)が置かれていた時期もある。旧八重山村が分村し、竹富村(1948年に町制施行)が発足した当初も本島に村役場が置かれていたが、1938年に村外の石垣島へ移転して以来、現在も町役場は石垣市に置かれている。
- 稲作に向かない土地であったため、船で西表島に渡って耕作する、出作が行われていた。
[編集] 文化
赤瓦屋根の家並と並んでこの島の特徴となっているのが、一年を通して数多くの祭礼が継承され、実施されていることである。プイ(豊年祭)や結願(キツガン)祭、節祭(シチ)といった、八重山の各地で行われている祭に加え、世迎い(ユーンカイ)、十五夜祭(ジングヤ)など竹富独特のものも少なくない。それらの中でも、特に盛大に行われているのは、陰暦の9、10月中の甲申(きのえさる)の日から10日間に渡って行われる種子取祭(タナドゥイ)である。この期間は数々の神事が行われ、また祭の7、8日目には多くの奉納芸能も行われる。期間中は多数の観光客も訪れて島は活況を見せる。
かつては織物が盛んで、芭蕉布の原料となる芭蕉の木があちこちにみられる。現在でも竹富民芸館を中心として、ミンサーやぐんぼうなどが織られている。
また多くの御嶽(うたき)が存在し、信仰の対象となっている。特に竹富島の始祖と言われる6人の親神を祀った御獄は六山(ムーヤマ)と呼ばれ、各種の神事の行われる最も重要な拝所とされている。
[編集] 名所・旧跡・自然その他・祭事・催事
観光が島の主要な産業であり、多くの家が民宿として宿泊できる。また、旅館やゲストハウスもあるが、旅館は一軒のみでホテルなどはない。石垣島の宿泊施設からの日帰りで島を訪れる観光客が大半であるため、島に宿泊すると、石垣島へ向かう船の最終便が出た後は昼間とは違う雰囲気を味わうことができる。
[編集] 文化財
- 旧与那国家住宅 - 国の重要文化財。主屋(ふーや)は大正2年(1913年)の建築。日本国内最西端の重要文化財である。
- クスクムイ(小城盛) - 先島諸島火番盛(国の史跡)のひとつ。
- なごみの塔 - 西部落会放送台として建設。国の登録有形文化財。
- 西桟橋 - 西岸にある竹富島発の近代的桟橋。国の登録有形文化財。
- 喜宝院 - 日本最南端の寺院。併設の喜宝院蒐集館には竹富島の生活用具(登録有形民俗文化財)が展示されている。
- 蔵元跡 - 沖縄県史跡。八重山諸島出身の初代頭職・西塘が政庁とした場所。カイジ浜に残存し、彼は当地で八重山の政治を統括した。だが、竹富島は首都に不向きのため、1546年、石垣島大川に遷都した。その間、政治は20年間ほど続いたという。遷都の時期は諸説があり、1546年説、1564年説が存在する。
[編集] 名所・自然
- コンドイ浜 - 遠浅の海岸。
- カイジ浜 - 星砂の浜として知られる海岸。
- 水牛車 - 水牛の歩く早さで街並を巡りながら、御者が観光案内を行う、途中では三線の演奏も行われる。由布島の水牛車を参考に始められた。
- 安里屋クヤマ生誕の家 - 民謡『安里屋ユンタ』に歌われた安里屋クヤマの生家。
- ンブフル - 牛が一夜にして築いたと伝えられる丘。
- 環境省竹富島ビジターセンター竹富島ゆがふ館 - 2004年6月に開館した竹富島の資料館。環境省の施設であるが、展示内容は竹富島の文化遺産を中心としている。
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[編集] 開発計画
中国人などの外国人や国内の富裕層が主な利用者となることを想定した[要出典]星野リゾートによる大規模リゾート開発計画が進行中である[1][2]。なお、この計画に対しては反対する住民の存在[3]のほか、住民有志などで構成する「竹富島憲章を生かす会」では同計画について島民の意見が反映されていないとしてより広く開かれた議論を行なうよう提唱[4]している。なお、2010年9月16日に行われた「竹富公民館臨時総会」では、圧倒的多数で計画が承認されている[要出典]。
[編集] 交通
- 島外との交通
- 安栄観光
- - 石垣港(離島ターミナル):所要10分 朝から夕方まで30分おきに就航。ほか、貨客船(フェリー)が週2便就航。
- - 西表島大原港:大原港からの片道のみ、1日1便のみ就航(竹富寄港は不定期)。
- 石垣島ドリーム観光
- - 石垣港(離島ターミナル):所要10分、1日3便(石垣方向は他に2便あり)。ほか、高速フェリーが週2便就航。
- 島内の公共交通
[編集] 竹富島を舞台とした作品
[編集] 映画
[編集] テレビドラマ
- 真夏のメリークリスマス - 竹野内豊や中谷美紀が竹富島で育った設定。島内で撮影されたシーンも登場する。
[編集] 音楽
- BEGIN「竹富島で会いましょう」 - アルバム『ビギンの島唄 〜オモトタケオ〜』(2000/7/21)に収録。
[編集] 脚注
- ^ 星のや 竹富(2012年夏前開業予定)
- ^ 竹富島でリゾート開発計画 2010年の開業目指す - 八重山毎日新聞(2007年12月28日付、2010年10月3日閲覧)
- ^ リゾート開発に揺れる沖縄・竹富島の現状 - 日テレNEWS24(2010年5月8日付、同年10月3日閲覧)
- ^ 竹富島憲章を生かす会(トップページの「このHPについて」より。2010年10月3日閲覧)
[編集] 関連項目
- 日本の秘境100選
- 重要無形民俗文化財(竹富島の種子取)1977年5月17日指定
- 重要伝統的建造物群保存地区(竹富島伝統的建造物群保存地区)1987年4月28日選定
- 美しい日本の歩きたくなるみち500選
[編集] 外部リンク
- 竹富町ホームページ - 公式Webサイト
- ぱいぬ島ストーリー - 竹富町観光協会
- 国指定文化財等データベース
- コンドイビーチ動画
- 城と古戦場
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