又吉イエス
| 又吉 イエス (またよし いえす) |
|
|---|---|
| 生誕 | 1944年2月5日(69歳) |
| 別名 | 又吉光雄 マタヨシ光雄 唯一神又吉光雄・イエス・キリスト |
| 教育 | 中央大学商学部卒業 |
| 著作 | 『再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするかどのようにするか』(2003年) |
| 肩書き | 世界経済共同体党代表 |
| 公式サイト | |
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又吉 イエス(またよし イエス、1944年2月5日 - )は、日本の政治活動家。世界経済共同体党代表(初代)。本名は又吉 光雄(またよし みつお)。自らを「唯一神又吉光雄・イエス・キリスト」(ゆいつしん またよし みつお いえす きりすと)と称し、政治活動などを行っている。
目次 |
来歴 [編集]
生い立ち [編集]
沖縄県宜野湾市にて、雑貨店の5人兄弟の末っ子として生まれる[1]。兄は元沖縄県総務部長・宜野湾市助役の又吉辰雄。1968年に中央大学商学部を卒業、卒業後は東京の商社や設計事務所で勤務した[1]。
政治への目覚め [編集]
その後、沖縄に戻り自動車販売店、学習塾経営、教会牧師などを務めた[1]。1990年代半ば、故郷である宜野湾市大山の海岸の埋め立て計画への反対運動に参加していたが、願い叶わず、その海が埋め立てられていく場面を見る中で、「これからは自分が神として政治を直接みる時期が来た」と感じるようになり、自らをイエス・キリストだとする「再臨宣言」を行い、政治活動を開始した[1]。
1996年に起こった在ペルー日本大使公邸占拠事件の際には、ゲリラとペルー政府を説得するために沖縄県からペルーに駆けつけた。この際、当時沖縄県政策調整監であった兄の辰雄も情報収集のためペルー入りしていた。1997年に世界経済共同体党を設立。現在、同党代表を務める。
沖縄での選挙運動 [編集]
1997年の宜野湾市長選挙に立候補したのを皮切りに、沖縄県知事選挙に2回、名護市長選挙、2001年の宜野湾市長選挙に立候補するがいずれも落選。少なくとも1998年の参院選までは「又吉イエス」名義を使用しておらず、選挙公報では本名(マタヨシ光雄)や「神イエス=又吉光雄」などと表記していた。2002年の沖縄県知事選挙の際、「沖縄県民が唯一神又吉イエスを次期沖縄県知事にしないというなら、本世界経済共同体本部は東京に持って行く。それは沖縄県民の子や孫・ひ孫達、更に末代までの沖縄県の恥になるが、それでもいいのか」という公約を掲げたが落選。なお、この文章は「恥」を何と理解するかで二通りの解釈が可能になる。公約を実行し、2003年には、世界経済共同体党本部を東京に移した。
東京での選挙運動 [編集]
2003年の衆議院議員総選挙に東京都第1区から立候補、2004年の参議院議員選挙に東京都選挙区から立候補するがいずれも落選。2005年8月8日には同日の衆議院解散を受け、2005年9月11日の衆議院選挙に東京1区から出馬するが落選。2007年7月29日の参議院議員選挙に東京都選挙区から立候補、新党フリーウェイクラブの和合秀典を上回り、10度目の選挙にして初の最下位脱出を果たすも落選。
選挙公報や選挙ポスターにおいて、自らが「唯一神である」とか、対立候補は「腹を切って死ぬべきである」などと明言しているなど、過激な文面が並ぶ事から、2ちゃんねるなどの電子掲示板や個人ニュースサイト等で話題になった。また、2004年9月18日に世界経済共同体党公式ウェブページを立ち上げ、活動を行っている。また、時折都内で街宣車を走らせており、又吉の甲高く抑揚をつけた声の演説テープが流される(党公式ホームページでも聴取可能)。
2008年9月5日に次期衆議院選に東京1区から立候補することを表明、2009年表明どおり立候補、結果は9人の候補者中8位・718票で落選する。2010年7月実施の第22回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から立候補するが、4,900票にとどまり落選。しかし、和合秀典(上述)や新党本質の佐野秀光らを破り24人中20位と、前回2007年の参議院選に比して最下位からは遠ざかった。2012年12月4日、第46回衆議院議員総選挙に東京1区から立候補[2]するも、落選。
話題になった文面 [編集]
- 『○○○○(対立候補者名)は腹を切って死ぬべきである』
- 『又吉イエスが地獄の火の中に投げ込むものである』
- 『熟知すべし』
なお「腹を切って死ぬべき」というのは「責任を取れ」というニュアンスだという。ジョージ・W・ブッシュに対しては、アメリカには切腹の風習が無いため「ギロチンで首を落として死ぬべきだ」としている。「元来切腹という行為は侍(=男性)のけじめの儀式である」ことから、「女性には腹を切るべきであるとは言えない」としている。2009年の衆議院選挙では幸福実現党の田中順子に対して「当然死ぬべきである」としながらも「腹を切って死ぬべき」とはしていない[3]。
主義・思想 [編集]
- 現在の日本経済を利益至上主義経済すなわち、資本主義経済としての日本経済は世界ではじめて終わっているとして、「公平・平等の原理・原則」による「共同の所有・生産・消費制」経済による世界経済共同体日本が日本経済のとるべき道だとしている。尚この世界経済共同体日本について又吉は2002年の沖縄県知事選挙の政見放送・2004年の参議院選の政見放送では農林漁業中心であるとしていたが、近年は製造業の大企業に業種別連盟を、中小企業に業種別組合をつくり、その上に大企業連盟、中小企業組合をつくり、その総本部は経産省に置くものとする。官民一体、国が一つになる経済であるとしていて政策がまったく異なっており、一貫性がない。
- 竹島や尖閣諸島や千島列島については日本固有・本来の領土であるとしている。
- TPP・環太平洋経済連携協定については参加に反対している。
- 臓器移植については断固反対の立場をとっているほか、iPS細胞の作製・利用についても遺伝子組み換え・操作は、生態系を破壊し、また、人間を人間でなくするものであり、 更には、その技術の危険性も考えなければいけない。従って、遺伝子組み換え・操作は一切してはならない。 遺伝子に関しては、それが基準であるとして反対している。さらにその発明者であり、2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授に対し、直ちにアイピーエス細胞の作製・利用をやめなければいけない。 そうしないならば唯一神又吉イエスが山中伸弥らを地獄の火の中に投げ込むものであるとしている。
氏名 [編集]
本名は「又吉 光雄」であるが、政治活動時は片仮名表記で「マタヨシ 光雄」として立候補していた。その後、「又吉 イエス」名義で立候補するようになった。2003年に発行した自著の奥付によれば、著者名は「唯一神又吉光雄・イエス・キリスト」[4]と表記されており、振り仮名として「ゆいつしん またよしみつお・いえす・きりすと」[4]と併記されていた。また、同書の著作権表示の英語表記は「The only God Mitsuo Matayoshi Jesus Christ」[4]となっていた。
語録 [編集]
- 「政治は責任を求め、追及することによってしか正しくできない。また本当の責任を追及するためには、それだけの政治内容がなければいけない」(2002年 沖縄県知事選挙での政見放送で)
- 「唯一神又吉イエスが本参議院選で、参議院議員として国会に出て全衆参国会議員により、首相指名をうけ、内閣を成立させる。したがって本参議院選後小泉内閣は総辞職して首相小泉純一郎は首相の座を唯一神又吉イエスに明け渡すべきである。(中略)小泉純一郎は他人を殺し、全人類を殺すものに他ならない。他人を殺すなら自分が死ぬべきが当然である。よって小泉純一郎は腹を切って死ぬべきである。」(2004年 参議院選挙の政見放送で)
- 「よさの、話している責任を取って死ね!!責任はないのか!腹切って死ね!!支持すんな!!何がありがとうございますだ!!ふざけるなよ!!真面目もない、責任もない、何がよさのだ!!与太郎じゃねえのか!!」(2005年 衆議院選挙の街頭演説中に近くを通りかかった与謝野馨に対して)
- 「日本が国家危機にある」(2007年 参議院選挙での政見放送で)
- 「尾辻かな子、恥、知らんのか。恥、ないのか。」(2007年参議院選挙遊説中、民主党比例区で立候補していた尾辻かな子の選挙カーに向かって)
- 「海江田万里!!海江田万里!!責任感はないのか!!責任感はないのか!!(中略)何で笑っているんだ!!恥知らんのか!!海江田万里、あんたのために毎日5万人以上が死んでいる!!日本人であるんだろうお前!!腹を切って死ね!!いいか!!地獄の火の中だ!!海江田万里!!無責任じゃ!!そこがぬけているんだろう!!」(2009年衆議院選挙の街頭演説中に近くを通りかかった海江田万里に対して)
なお、これらの発言は、 YouTube、世界経済共同体党ウェブサイトなどで閲覧・確認できる。
著書 [編集]
- 唯一神又吉光雄・イエス・キリスト著『再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするかどのようにするか』那覇出版社、2003年。ISBN 4890951377
その他 [編集]
過去の選挙結果 [編集]
| 投票日 | 選挙内容 | 得票数 | トップとの差 | 惜敗率 | 出典/詳細 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1997年7月13日 | 宜野湾市長選挙 | 516票 | 18,082票差 | 2.77% | [6] |
| 1998年7月14日 | 第18回参議院選挙・沖縄県選挙区 | 4,007票 | 239,481票差 | 1.64% | 詳細 |
| 1998年11月15日 | 沖縄県知事選挙 | 2,649票 | 372,184票差 | 0.70% | 詳細 |
| 2001年7月15日 | 宜野湾市長選挙 | 2,111票 | 19,121票差 | 9.94% | [7] |
| 2002年2月3日 | 名護市長選挙 | 80票 | 20,276票差 | 0.39% | [8] |
| 2002年11月17日 | 沖縄県知事選挙 | 4,330票 | 355,274票差 | 1.20% | [9] |
| 2003年11月9日 | 第43回衆議院選挙・東京1区 | 698票 | 104,525票差 | 0.66% | 詳細 |
| 2004年7月11日 | 第20回参議院選挙・東京都選挙区 | 8,382票 | 1,005,911票差 | 1.01% | 詳細 |
| 2005年9月11日 | 第44回衆議院選挙・東京1区 | 1,557票 | 148,337票差 | 1.03% | 詳細 |
| 2007年7月29日 | 第21回参議院選挙・東京都選挙区 | 5,289票 | 1,082,454票差 | 0.77% | 詳細 |
| 2009年8月30日 | 第45回衆議院選挙・東京1区 | 718票 | 141,024票差 | 0.50% | 詳細 |
| 2010年7月11日 | 第22回参議院選挙・東京都選挙区 | 4,900票 | 1,705,834票差 | 0.74% | 詳細 |
| 2012年12月16日 | 第46回衆議院選挙・東京1区 | 1,011票 | 81,002票差 | 1.23% | 詳細 |
出典 [編集]
- ^ a b c d 【都市伝説を追う】有名候補者、又吉イエス代表の素顔に迫る “唯一神”のすべてが明らかに (2/5ページ)
- ^ “東京 選挙区 立候補者”. 読売新聞. (2012年12月4日) 2012年12月4日閲覧。
- ^ 2009年衆議院選挙東京1区ポスター
- ^ a b c 唯一神又吉光雄・イエス・キリスト『再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするかどのようにするか』那覇出版社、2003年、奥付。
- ^ “唯一神”又吉イエス代表の素顔 「2ちゃんねらーの皆さんの功績は大きいです」 (2/2)[リンク切れ]
- ^ “革新の比嘉氏が大差で初当選”. 琉球新報. (1997年7月13日) 2012年12月23日閲覧。
- ^ “比嘉氏再選果たす/宜野湾市長選”. 琉球新報. (2001年7月16日) 2012年12月23日閲覧。
- ^ “岸本氏、大差で再選/名護市長選挙”. 琉球新報. (2002年2月4日) 2012年12月23日閲覧。
- ^ “稲嶺氏再選 21万票差/県知事選”. 琉球新報. (2002年11月18日) 2012年12月23日閲覧。
関連項目 [編集]
- 泡沫候補
- マック赤坂 - 衆議院東京1区、参議院東京選挙区で度々対立候補となる。得票数ではいずれも敗北。
- ジョシュア・ノートン - 19世紀にアメリカ合衆国皇帝を自称したサンフランシスコの人物
- 葦原金次郎 - 明治後半から昭和10年代の長きに渡って天皇を自称した人物
- 熊沢寛道 - 太平洋戦争(大東亜戦争)後、正統な皇位継承者を主張した「自称天皇」たちの代表的存在
- 教え子とキリスト関係者
- 真喜屋力 - 映画監督。沖縄映画館「桜坂劇場」取締役プログラム・ディレクター。学習塾経営時代の教え子。
- 天池治彦 - 神秘十字教会の牧師、伝道師。神秘十字神学院創立者。又吉イエスを尊敬し、世界経済共同体の政治団体に共感している。
外部リンク [編集]
- 世界経済共同体党
- 政見放送(2010年参議院選挙東京都選挙区)-YouTubeより