運天ジョン・クレイトン
| 北海道日本ハムファイターズ #55 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 沖縄県宜野湾市 |
| 生年月日 | 1992年3月27日(19歳) |
| 身長 体重 |
180cm 74kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2009年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 2011年5月14日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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運天 ジョン・クレイトン(うんてん ジョン クレイトン、1992年3月27日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
父親がアメリカ人。そのため、父親との会話は英語と日本語の半々で行っている。
父親の影響で小学2年から我如古ファイターズで投手として野球を始め、中学時代は硬式・宜野湾ポニーズに所属していた。その容姿や長い手足を持つ体形、投球フォームから「沖縄のダルビッシュ有」の異名をとる[1]。
2007年に浦添工業高校に入学。当時は下半身が弱く体が出来上がっていない状態でありながら145km/hの球を投じ、1年の夏には沖縄尚学高校を相手に140km/h台の直球で打者5人から4三振を奪った。エースとなった2年夏に、沖縄大会の1回戦・宮古高校戦で延長15回を無四球・無失点に抑える好投を見せたが、同大会史上初の引き分け再試合の末敗退してしまった。3年夏の同大会では1回戦の八重山農林高校戦で最速147km/hを記録、6回まで無安打、7イニングを2安打無失点。興南高校戦でもリリーフ登板して6イニングを2失点に抑える投球を見せたが、味方打線が相手投手陣に1安打完封され敗退した。甲子園出場はならなかったが4試合で21.2イニングを投げ、イニング数を上回る22個の三振を奪った。また、打たれた安打は8本。防御率は0.83だった。
2009年のプロ野球ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズが4位で運天を指名し、交渉権を獲得した。
[編集] プロ入り後
プロ2年目の2011年、5月14日のオリックス・バファローズ戦で9回表にプロ初登板を果たす。先頭のマイク・ヘスマンに本塁打を打たれるが、1イニングをその1失点のみに抑えた。
[編集] プレースタイル・人物
柔らかなフォームから繰り出す、最高速150km/h(2010年ファームで計測)の速球と縦横2種類のスライダーやカーブが武器の速球派。また遠投118メートルの強肩、50メートル走は6秒1と身体能力も高い。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | 日本ハム | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 5 | 1.0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 2.00 |
| 通算:1年 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 5 | 1.0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 2.00 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初記録
- 初登板:2011年5月14日、対オリックス・バファローズ7回戦(函館市千代台公園野球場)- 9回表開始時に3番手として救援、打者はマイク・ヘスマン
- その他記録
[編集] 背番号
- 55 (2010年 - )
[編集] 脚注・出典
[編集] 関連項目
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