西武ドーム

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西武ドーム
Seibu Dome
西武ドーム(2007年)
施設データ
所在地 埼玉県所沢市大字上山口2135番地
起工 1978年6月
開場 1979年4月14日

(ドーム化1999年3月18日)

所有者 西武鉄道
管理・運用者 西武レクリエーション
グラウンド 透水性人工芝
照明 照度 - バッテリー間:2500ルクス
     内野:2000ルクス
     外野:1500ルクス
設計者 池原研究室(球場建設)、
鹿島建設(ドーム化工事)
建設者 西武建設、鹿島建設(ドーム化工事)
旧称
西武ライオンズ球場(開場 - 1997年)
インボイスSEIBUドーム(2005年3月1日 - 2006年12月31日)
グッドウィルドーム(2007年1月1日 - 2008年1月8日)
使用チーム • 開催試合
埼玉西武ライオンズ(開場 - 現在)
収容能力
33,921人(内野:25,213席、外野:4,607人、立見:4,061人)
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積 - 12,631.29m²
両翼 - 100 m(約328.1 ft)
中堅 - 122 m(約400.3 ft)
左右中間 - 116 m(約380.1 ft)
フェンス 3.2 m(約10.5 ft)- 4.37 m(約14.3 ft)
ドーム外観
2007年セ・パ交流戦・横浜ベイスターズとの1回戦の様子
一塁側入口(2007年)
架設されたドームの屋根

西武ドーム(せいぶドーム)は、日本埼玉県所沢市にあるドーム球場プロ野球埼玉西武ライオンズが本拠地としている。施設は西武鉄道が所有し、西武レクリエーションが運営管理を行っている(一部メンテナンス業務は協栄などに外部委託)。ドーム化前の呼称は西武ライオンズ球場(せいぶライオンズきゅうじょう)。西武球場という通称表記も多く使用されていた。最寄り駅の駅名が変更されていないこともあり、今でも「西武球場」と呼ぶ人も多い。

目次

[編集] 概要

平地にスタンド部分を建てるのではなく、丘陵地を掘り起こして建設されたため、観客は全て外野中央口からの入場となり、バックネット裏へは球場内のスタンド後部通路を通り、場内を半周して席に着くことになる。屋根付き球場だが、他のドーム球場と違い屋根とスタンドの間に外観が見える吹き抜け形式で、自然の空気も取り込めることから、空調設備はない。現存するドーム球場の中で最も低コストで造られ、最も環境に配慮された球場としてよく評価される。屋根は柱で支えられているが壁面が無いため、日本で唯一の場外ホームランの出るドーム球場の異名をもつ。実際、アレックス・カブレラはしばしば場外弾を打っている。

内陸の狭山丘陵に位置する立地条件と、空調が無く全て自然通気に依存しているというドーム内の条件もあって気候に左右されやすく、また強制的に換気を行う設備も設けられていないことから、春先や秋口のナイトゲームは寒く、夏場は蒸し暑く、さらに降水時には湿気がこもり、時にはフィールド内にが立ち込めることもある。ドーム化によって降水はしのげるようになったものの、気候に左右されるという点では屋外球場時代から変わっておらず、またその反面、通気条件が低下したこともあってその傾向はより顕著となり、春先や秋口、降雨時などには防寒対策が、夏場には熱中症対策が必要になる。こうした事から場内で販売される飲食物の売り上げ傾向にも特徴があり、寒い時期には球場では定番のビールをはじめジュースアイスクリームなど冷たい物の売り上げが落ち、逆に甘酒おしるこホットコーヒーなどの暖かい物が良く売れる。一方、蒸し暑い夏季(7月~8月)には球場内が蒸し風呂状態になるため、冷たい物が良く売れる。

当球場には、クレジットカードによる支払い対応ができるビールの売り子が少数ながらいる。ハンディタイプのCATクレジットカード処理端末を持ち歩いており、帽子にはクレディセゾンビザマスターカードの3つのロゴが入っている。

2008年度までは他の多くの球場と同じく、1塁側をホームチーム用としていたが、2009年度からは球団事務所、練習場、宿舎等の諸施設に近い3塁側をホームチーム用として使用している。プロ野球で3塁側をホームとするのは札幌ドーム、宮城球場(クリネックスタジアム宮城)に続き3例目である。本拠地以外では埼玉県営大宮公園野球場がある。 2005年3月1日より球場名の命名権(ネーミングライツ)を売却していたが、契約解除により2008年1月9日からは再び西武ドームを正式呼称としている(命名権に関する詳細は後述)。

2009年からは一部売店で電子マネーPASMOが利用できるようになった。

[編集] 歴史

[編集] 建設

元々は「西武園球場」という小規模な球場で、アマチュア野球を中心に使用され、プロ野球の二軍戦であるイースタン・リーグの試合もごく少数行なわれていた。その後、プロ野球開催可能な貸し球場として1978年6月、改築工事に着手。その最中、国土計画がクラウンライターライオンズを買収、西武ライオンズと改称し、新球場を同球団の本拠地として使用することを決定。屋外球場西武ライオンズ球場として1979年に開業した。こけら落としとなる初めての公式戦では前内閣総理大臣だった福田赳夫始球式を務めた。

なお、西武園球場時代と現在ではフィールドの向きが反対であった。以下は空撮写真による比較。

[編集] ドーム化

1999年に日本で5つ目のドーム球場として生まれ変わった。既存施設に後からドームの屋根を架設するという異例の建設方式によって作られた。1998年に観客席部分にステンレスの金属屋根がついた第1次工事完了時に西武ドームと改称。ただしこの年はグラウンド部分がまだ屋根で覆われていなかったため、“ドーム”と名乗っていながら雨天で試合中止となったケースが何度かあった。同年シーズン終了後、グラウンド部分の膜屋根取り付け工事が行われ、翌1999年からは完全なドームの形状となった。なお、この工事に伴いグラウンドも拡張された。

これにより“雨天”による試合中止はなくなったが、台風等があった場合に選手・観客の安全面を考慮して試合を中止することはある。実際に2004年10月20日に予定されていた日本シリーズ・西武対中日の第4戦が台風の影響で中止、1日順延となっている。ドーム球場での日本シリーズ試合中止はこの時が初めてだった。

[編集] 2007年~2008年の大改修

ドーム化こそされたものの、観客向けの設備は開場以来、抜本的な改修が行われてこなかった。掘り下げ式スタンドのために、売店やトイレなどは全てスタンド最上段の通路沿いに集中して設けられており、スタンド内部にはこうした設備が一切設置されていなかった。そのため観客が各種設備を利用するには階段の上り下りが必要で、バリアフリー対策の立ち遅れが長年指摘され続けてきた。他球団の本拠地では新球場が建設された他、既存球場でも新たな設備が相次いで整備され、それぞれ特色を活かした誘客策を導入しているのに比べ、西武球団の対応は遅れ観客動員数も伸び悩んでいた。

そんな中、西武球団はコンプライアンスや地域密着型の球団経営の理念などを掲げた「西武ライオンズ憲章」を2007年8月26日に制定。その中で球場施設について“スタジアムを快適な「感動空間」へと創造します”と定めた。これに従って施設改修に本格的に着手することが決まり、同年オフから大規模な改修工事を開始した。なお結局、同年の年間観客動員数はチーム成績の低迷もあり、12球団ワーストという結果に終わっている。改修の内容は以下の通りである(細部に関しては後述)。

第1期工事

2008年3月までに、スコアボードの全面フルカラー化や新型人工芝「アストロステージMJ」への張替え、ラバーフェンスの変更が行われ、また観客が使用するトイレもリニューアルされた。音響設備も新型の中型ラインアレイスピーカーに改められ、遠くまでクリアな音が聞こえるようになっている。総工費は13億円。また第2期工事でのフィールドシート設置の準備としてファウルエリア部分が改修されている。

第2期工事

続いて、2008年11月中旬から第2期工事に着工した。内野スタンドの一部を開削して、中段内部にレストラン、売店、トイレ、授乳室が設置された。またエレベーターを設置するなどバリアフリー化も図られている。テラスシートやフィールドシートも設置された。この第2期工事は総工費17億円をかけて行われた [1]。翌2009年3月27日に行われた巨人とのオープン戦で改修後の球場が初披露されたが、フィールドシートとテラスシートの供用は4月7日のレギュラーシーズン本拠地開幕以後となった。

この第2期工事に先行して、前述の各種設備等の増設に向けた準備工事が同年5月下旬から行われ、内野スタンドのうち1、3塁側上段部分の一部(内野指定B席約2,400席分)を閉鎖して盛り土部分を開削した。これに伴って同年5月31日セ・パ交流戦・対中日ドラゴンズ戦から同年シーズン終了までの間、工事を実施している箇所のチケットは発券されなかった。

[編集] 施設概要

[編集] 球場データ

西武ドームのフィールド(2007年までの仕様)
  • 所在地 : 埼玉県所沢市大字上山口2135
  • 収容人数 : 33,921人
  • 延床面積 : 42,541m²
  • 両翼 : 100 m、中堅 : 122 m(1999年~)
    (1998年までは両翼 : 95 m、中堅 : 120 m)
  • 外野フェンスの高さ : 3.2 m(中堅)~4.37m(両翼)(1999年~)
  • グラウンド面積 : 12,631.29m²(2009年~)
    (1998年まで13,300m²、1999年から2007年までは13,860m²、2008年は12,686m²)
  • 内外野 : 全面透水性人工芝(アストロ製 アストロステージMJ、パイル長:表層30mm、下層20mm)
    なお前年に工事計画を発表した際は名称が「ネクストターフ2」であった。[1]
  • スコアボード : 全面フルカラーLED松下電器アストロビジョン、H 6.528 × W 49.152 m、1,952インチ相当)

[編集] フィールド

一塁側ブルペン(2007年)

国際規格を満たす球場としては日本では一般的な両翼100m、中堅122mの大きさである。開場当初は両翼95m、中堅120mで、1979年当時としては最も広い球場であったが、1990年代には他球場が続々と国際規格を満たす様になったためにドーム化工事に伴ってスタンドが削られ、1999年から現在の大きさに拡張された。ファウルポール際のスタンドにその名残がある。

グラウンドは開場当初より全面人工芝である。当初はパイル長が短く、フィールドの色も「いかにも人工芝」という鮮やかな一面のグリーンであった。またホームベース後方には英筆記体のLionsのロゴ、一塁側ファウルゾーンにはペットマークの「レオ」が描かれ長年ファンに親しまれていた。2008年に人工芝の全面張替えを実施し、新型人工芝「アストロステージMJ」が採用された。これは長さの違う二種類の芝を組み合わせ、より景観や機能を天然芝に近づけたもので、一見天然芝のような自然な雰囲気に落ち着いた。この張替えの際、ベンチ変更が検討されていたこともあって球団ロゴとレオマークのペイントが一旦廃止されたが、このうち球団ロゴのみが2009年からホームベース後方に、ライオンズのユニフォームスポンサーであるナイキのロゴマークと横並びで復活した。三塁寄りが球団ロゴとなっている。

ブルペンは外野側のファウルグラウンドの外側にあり、プレイングフィールドとはフェンスで仕切られている。かつてこのフェンスは金網のみであったが、2001年平尾博嗣がファウルフライの処理の際に、スパイクシューズの歯を金網に引っ掛けたことが要因となって大怪我を負ったために下部にラバーが追加された。また位置も2007年以前はホーム寄りであった。

開場当初のブルペンの方式はスカイマークスタジアム(神戸総合運動公園野球場)長野オリンピックスタジアム(南長野運動公園野球場)でも採用されている。スカイマークスタジアムはフィールドシートの採用の際に位置が変わったが、これに追随するような形で西武ドームも似た位置に移動している。

2008年からはファウルグラウンドが規定値の近くまで狭められ、2009年からグラウンド面積は12,631.29m²になったが、この数値は2009年現在、日本プロ野球球団の本拠地球場のなかで最小である。

[編集] フェンス

外野フェンスはラバーと金網の組み合わせで、中堅付近は高さが3.2mとなっている。両翼ファウルポールそばの座席部分に向かうにつれてラバー部分が少しずつ高くなっているが、これはフィールドの拡張でスタンドが削られた際に、その断面の高さに合わせてフェンスの高さを変えているためである。2008年より内外野のラバーフェンスは「スカイデックス ウォールパッド」という従来の5倍の衝撃吸収性のあるものとなっている[2]

[編集] スタンド

バックネット裏の通路(ビクトリーロード)
球場外にあった、カブレラ地蔵(2008年開幕前に撤去)

建設の頃のアメリカでは、円形兼用球場全盛で同時期の横浜スタジアムも円形となったが、この球場は従来型の扇形となっている。掘り下げ式のためにスタンド内部には施設が存在しなかったが、2009年より内部にも施設が増設されている。

外野席は殆どが人工芝による芝生席。一部長椅子によるベンチ席も存在するが数は多くない上、野球応援時は私設応援団がそこで応援を行うために座れる席はより少なくなる。ドーム化前は天然芝だったが、ドーム化以降は人工芝に変わっている。ドーム化前の天然芝による芝生席は基本的に芝生保護の関係上、公式戦開催期間中の週末・祝日・並びに夏休みのシーズンと優勝決定がかかった試合、日本シリーズのみに限定して開放していた。ドーム化の基礎として、観客席をドーナッツ状に覆う鉄傘部分が完成した1998年も外野席は天然芝だったが、鉄傘により日陰となった観客席の日照量が著しく落ちたため芝生が枯れ果ててしまった。

内野席は自由席も含めほぼ全ての席にカップホルダーがついている。バックネット裏はスペシャルシートとされており、座席が革張りである、勝利時はビクトリーロードを通る選手と直接触れ合えるなど他の観客席とは一線を画している。この席は1席ではなく2席単位で販売されている。また、ベンチサイドシートとバックネット裏は年間チケットが発売されている。バックネット裏は4席単位でのボックスシートとしての販売となっている。これ以外にも特別観覧席として事前予約が必要なスイートルームがある。2009年より「ダグアウトテラス」(テラスシート)と「フィールドビューシート」(フィールドシート)が追加されている。

埼玉西武ライオンズが勝利すると選手たちは、バックネット裏の「ビクトリーロード」と呼ばれる階段を通ってロッカーに引き上げる。ファンにとっては選手とふれあうチャンスの場である。しかし、ビジターチームおよび勝てなかった時のライオンズはベンチ裏にある長い階段を通らなければならない。

[編集] 球場広告

球場開き以後、1997年までスコアボードの広告以外、フェンス・スタンドの広告は一切排除されてきた。1998年にスタンド(観客席)の屋根部分に初めて広告看板が設置され、1999年の完全ドーム化でレフト・ライトのポール際のフェンスにそれぞれ4枚ずつの広告が貼り付けられるようになった。なお、通常のドーム球場の外野席に設置される巨大な広告看板は、既存球場に屋根を敷設した工法であることから設置できないため、内外野席とも一般的な横長サイズの看板を設置している。なお、左翼側スタンド上の天井に設置されている文化放送(JOQR)の看板に打球を直撃させた選手には、同社から1000万円の賞金が出るが、未だ達成した選手はいない。2009年には屋根部分ホームベース側の看板が、広告からライオンズが日本一(西鉄時代を含む、2008年はアジアシリーズ制覇)となったシーズンを記念するパネルに変更されている。

[編集] スコアボード・ビジョン

1979年-2007年の初代電光スコアボード
2008年より使用されているL Vision

スコアボード棟は開場以来、本体はそのままで表示部分などを改修しながら使用している。1978年の起工時、最初に完成したのがスコアボード棟であり、更地にスコアボードのみ完成していた状態で新生西武ライオンズの写真撮影が行われた。

2007年まで使用されたスコアボードは高輝度放電管方式の横スクロール形式で、左側に選手表示、真ん中に大型映像装置(縦6.5m、横幅8.5m)、右にスコア(10回まで表示可能で、11回以降は、1~10回データをクリアして1回から入力)と審判団の表示があった。中央カラービジョンは1987年から1994年まではソニージャンボトロンが使用されていた。1995年に改修された際に東芝ライテック製のスーパーカラービジョンに取り替えられ、2007年シーズン終了まで使用された。

西武ライオンズ球場だった時代、南海ホークス(当時)・河埜敬幸選手の「埜」の文字データがなかったため、選手名に「河の」と表示されたことがあった。また2007年までは北海道日本ハム(当時)・MICHAEL投手の表記が「MICHEL」になっていた。

2007年オフから2008年春まで行われた改修工事ではスコアボード表示部が全面改修され、全面フルカラーLED松下電器(現:パナソニック)アストロビジョンとなった。画面の寸法は縦6.528m、横幅49.152mという長大なもので、フルデジタルハイビジョン映像による一画面のフル表示や最大4画面の分割表示に対応している。スコア表示にはコンピューターグラフィックスを使用しており、選手名は左端に横書き表記で、スコアは右端上部に表示される。球団が同年3月16日から1ヶ月間にわたって一般公募でこの大型ビジョンの愛称を募集した結果、2,514通のうち最多の254件の応募があったL Vision(エルビジョン)を採用、4月26日に命名された。同年の改修ではこの他、バックネット裏のサブスコアボード下に縦1.152m × 幅30.72mのリボン状の新型映像装置が設置された[2]

開場当初、スコアボードには球団旗などを掲げるポールがあった。ドーム化の際には屋根に干渉しないところまでポールの高さを下げ、風でなびいているような形に旗を固定して掲揚していた。スコアボードが改修された2008年からは他のドーム球場と同じバトン方式に変更されている。

[編集] バックスクリーン

バックスクリーンは5枚の横長のパネルで構成されており、その内の4枚が上部に引き上げられるようになっている。また外野フェンスの中堅部分も左右に開くことができる。この中堅部分がフィールドへの搬入口となっており、打撃練習などに使用する機材などはこの搬入口から出し入れを行う。また両チームの用具・荷物等もここから出し入れを行っており、連戦最終日の試合終了後には、トラックが集荷のため直接フィールド内に乗り付けることもある[3]。またコンサートなどのイベント時にも、ここから機材・展示物の搬入を行っている。時間帯によってはこの搬入口後方から、場内をフィールドレベルで見渡すことができる。

[編集] 西武球場・西武ドームと花火

2007年セ・パ交流戦 西武対横浜1回戦 西武の勝利による打ち上げ花火
7回裏・西武のラッキーセブン攻撃前に実施するジェット風船を使う応援風景。

屋外球場の時代から当球場の恒例行事とされたのが、細谷火工による花火の打ち上げである。これは西武ライオンズの選手がホームランを放つか、ホームラン時に打ち上げる花火が試合終了後も残っていた場合で試合に勝利した場合、西武第三球場のグラウンドから花火を打ち上げて祝福するというものだった。

ドーム球場となった1999年以後は一旦この花火打ち上げが中止された。2002年シーズンより西武が試合に勝利した場合、ドーム内のバックスクリーン前で紙テープとともに花火の打ち上げによる演出が行われている。以前はホームランの際も花火の打ち上げがあったが、現在のドームで試合中に花火を打ち上げるとドーム内に煙がこもり、試合進行の妨げになるため、後にゲームセット時のみになった。

1983年6月3日阪急ブレーブス福本豊による盗塁世界新記録がこの西武ライオンズ球場で達成された際、ライオンズ以外の球団の選手でありながら例外的に花火を打ち上げ、快挙を祝福した。また、オールスターゲームの際は、全パの選手のホームランおよび勝利を祝って花火を打ち上げ、という形が取られた。

なお、昭和天皇の容体が急変した1988年9月下旬から同年のシーズン終了までは、全国的な祭祀を自粛する風潮の中、それに従う形で花火の打ち上げは一切中止された。

[編集] 屋根

屋根は鉄骨と、ステンレスの金属屋根(外側)および光を通す膜屋根(内側)で構成されている。他の球場と同じく打球が天井に直撃した場合、インプレイのままフライとして扱われるが、アレックス・カブレラがホームラン性の天井直撃の当たりを連発したため、外野の天井に当たった場合はホームランとする新たなルールが作られた。その後カブレラは新ルール適用となる本塁打を放ち、レフトの天井に記念フラッグが設置されている。

[編集] 命名権

命名権による名称の変遷
  • インボイスSEIBUドーム(2005年3月1日 - 2006年12月31日)
  • グッドウィルドーム(2007年1月1日 - 2008年1月8日)

[編集] インボイスSEIBUドーム

インボイスSEIBUドーム

西武グループは2004年、経営改善策の一環として西武ドームの施設名称と二軍のチーム名称について命名権(ネーミングライツ)を売却することを決定。取得に名乗りを上げたのは、インターネット関連業のインボイス(以下「インボイス社」)。まず同年12月29日に二軍の命名権を3年契約で取得することに合意し、翌2005年シーズンから球団名を「インボイス」とすることを発表、1月25日にプロ野球実行委員会で承認された。インボイス社は同日、西武ドームの命名権についても2005年シーズンからの2年契約で合意。3月1日から名称を「インボイスSEIBUドーム」に改称した。

インボイス社は当初「ドーム名を“インボイスドーム”としたい」としていたが、西武側は「“西武”の文字を入れてほしい」としてこれを却下。また、ドームの最寄り駅である西武狭山線山口線西武球場前駅についても「“インボイスSEIBUドーム前駅”に改称してほしい」と申し入れたが、鉄道駅の名称変更には様々な事務手続きなどを行わねばならず経費も掛かるなど煩雑なため、これも受け入れられなかった。

改称を機に、ドーム内の各所や球場スタッフの制服などに「INVOICE」の社名ロゴが入れられた。またインボイス社は株主優待策のひとつに、西武ライオンズのパ・リーグ主催試合のチケット引換券を設けるなどした。また、プロ野球の公式記録や各種報道機関に於いては「インボイスドーム」や「インボイス西武」などと略する形で称されていた。

インボイス社は当初、これらの命名権について10年以上の長期契約を望んでおり、2007年以降も命名権を取得したいとして、契約が切れる2006年シーズン中からその旨を西武側に申し入れていたが、西武側は「契約満了で、2007年以降は更新しない」とインボイス社側に通告。結局2006年9月8日、インボイス社は契約更新を断念。二軍の契約も1年を残し解除する事を決定し、これら「インボイス」を冠する名称は同年いっぱいで使用を終了することになった。

[編集] グッドウィルドーム

グッドウィルドーム

西武はインボイス社に代わる命名権の新たな契約先について検討を進めてきたが、2006年12月2日、人材派遣会社のグッドウィル・グループ2007年1月1日からの5年総額25億円(金額は推定)契約に合意。年末までに隣接する西武鉄道の西武球場前駅の誘導看板やドーム看板など変更の準備を進めて、同日から「インボイスSEIBUドーム」を「グッドウィルドーム」に、二軍を「インボイス」から「グッドウィル」に改称した。[4]

これに伴い、西武ライオンズ球場開場以来、初めて球場名から「西武」の名前が消えた。日本放送協会(NHK)では「グッドウィル西武ドーム」と一時呼称されたことがある。

ところが、2007年12月グッドウィルが違法な派遣業務を行っていたことが発覚、厚生労働省から事業停止命令を受けた。このため、同社は西武球団に命名権の契約解除を申し入れ、同球場を所有する西武鉄道とライオンズ球団側もそれを受け入れ、わずか1年で球場と二軍の名称から「グッドウィル」が消えることとなり、2008年1月9日付で球場名が「西武ドーム」に戻り、二軍チーム名も一軍と同じ「埼玉西武ライオンズ」に改められた。

[編集] その後

グッドウィル・グループとの契約解除を受け、西武側では命名権の新規契約については2008年シーズンの導入を見送る方針を決定。以降については「慎重に検討する」と発表した。埼玉西武・後藤高志オーナーは、命名権導入再開について「契約先のイメージが球団にかかわってくるリスクが生じる」として慎重な姿勢であり、2009年シーズンも再開は見送られている。

[編集] 周辺の付属施設

球団事務所
西武第二球場
  • 球団事務所
    ドーム左中間場外、狭山スキー場管理棟1階にある。通路には所沢移転以降の球団の歴史に関する展示コーナーがある。この他グッズショップ、カレーショップ「シエール」が同フロアにある。2階には中華料理店「獅子」があり、同フロアからドーム左翼側の通路に直接出ることができる。この中華料理店は、西武ドームでの優勝時のビール掛け会場にもなっている。
  • 西武第二球場
    西武の二軍が本拠地としている他、一軍もドームでの試合前等に練習を行うことがある。
  • 屋内練習場
  • 若獅子寮(西武ライオンズ合宿所)
  • 西武ドームテニスコート

[編集] 現存しない施設

  • 西武第三球場
    • 主に練習用。2003年限りで閉鎖し、観客サービス改善のため2004年に約600台収容の観客用駐車場が設けられた。

[編集] プロ野球以外のイベント

[編集] アマチュア野球

西武ドームではアマチュア野球の公式戦も行われている。

社会人野球では、毎年3月中旬に行われるJABA東京スポニチ大会の開催球場のひとつとなる。また全日本クラブ野球選手権大会の本大会が、1979年から1995年までは西武球場・西武第三球場で毎年、以降は隔年で行われている。都市対抗野球の予選が行われることもある。草野球では、ストロングリーグにより、2004年から全国軟式野球統一王座決定戦・ジャパンカップの全国大会に使用されている。

高校野球では、1981年から1991年までは全国高等学校野球選手権大会埼玉大会の開催球場の一つとして使用された。これは、埼玉大会の参加校が急増していたことが背景にあり、埼玉県内の高校野球でメイン球場として使用する大宮市(現:さいたま市大宮区)の埼玉県営大宮球場では、当時フィールドが狭隘の上に老朽化していたため開会式を行うのが困難になったのがその理由である。初年度の1981年、西武球場では開会式とその直後の試合のみが行われ、翌1982年からは準々決勝(1984年からは準決勝)以降の試合も西武球場で行われた。 県営大宮球場が1992年に改修されてからは、西武球場・西武ドームが高校野球公式戦で使用されたケースはない。

[編集] コンサート

1986年から2005年まで、毎年夏に行われていた渡辺美里のスタジアムライブが良く知られる。ライブ開催当日には西武鉄道による特別電車も運行されたほどである。

なお、東京近郊という立地条件の関係で、アーティストの「ドームツアー」の中には含まれない事が多い。 通常、4大ドームツアーというと東京名古屋大阪福岡、5大ドームツアーはそれに札幌を加えたものになる。

コンサートを開催した主なアーティスト

[編集] 高校生クイズ

日本テレビ系『全国高等学校クイズ選手権』の関東大会では、1984年の第2回大会から、西武ライオンズ球場で開催されてきた。ドームとなった現在でも、一部の大会は除き関東大会の会場として使用されている。

[編集] ゴルフ

1996年フジテレビ系列で放送した毎年恒例の真夏の祭典・FNSの日で、『FNSの日・10周年記念 1億2500万人の超夢リンピック』のゴルフ予選会として開催した「ゴルフ・池ポチャアプローチ選手権」の会場として使用された。

[編集] その他のイベント

[編集] 交通機関

「スタジアムエクスプレス」10000系
「西武ライオンズファン感謝の集いぼくらと一緒に楽しもう」20000系
「2008日本シリーズ応援号(東京メトロ副都心線直通)」6000系
  • 西武狭山線山口線(レオライナー) 西武球場前駅下車すぐ
    試合当日は西武池袋線池袋駅地下鉄有楽町線新木場駅地下鉄副都心線渋谷駅からのものと、新宿線西武新宿駅本川越駅から池袋線経由で狭山線西武球場前まで臨時直通列車が運行される。また、池袋駅・所沢駅・西武球場前駅のみに停車する臨時特急「スタジアムエクスプレス(ドーム)」が運転される。2008年の副都心線開通に伴い渋谷駅との直通が実現している。今後は2012年度から東急東横線横浜駅方面との直通化も検討されている。
    シーズンオフに球団が開催するファン感謝デーの連動企画の一つとして、文化放送が後援する「西武ライオンズファン感謝の集いぼくらと一緒に楽しもう」を西武池袋線池袋駅から、狭山線経由で西武球場前まで臨時列車が運行される場合がある。
    野球以外のイベントにおいても「ローズエクスプレス」(国際バラとガーデニングショウ)、「MISATO TRAIN」(渡辺美里コンサート2005年まで)などの臨時特急列車が運転されることがある。
    さらに、1996年以降、毎年8月下旬の休日には「秩父市民応援デー」と題し、西武4000系電車を使用した秩父市の西武ライオンズファンが乗車する「秩父西武ライオンズ応援団」と書かれたヘッドマークつきの臨時列車も西武秩父~西武球場前間で往復運転される(ただし、接続駅の西所沢駅で線形上、西武球場前駅に向かうことができないため、西所沢駅の次の駅の方向転換ができる所沢駅まで行った後、再び西所沢駅に戻り西武球場前駅に向かう)。
  • 多摩都市モノレール線上北台駅より臨時バスあり。試合終了後のバスはすぐになくなってしまう(西武バス)。なお、このバスは多摩都市モノレールの開通前はJR東日本立川駅から運行されていた。
    大宮駅西口から西武バスの会員募集バスも試合当日に運行される。
  • 東京都内から車の場合、青梅街道東京都道5号新宿青梅線)芋窪交差点から北方2km。
  • 埼玉県内から車の場合、圏央道入間インターチェンジから東方6km。
    有料駐車場は球場外にも多く設置されているが、周辺道路が渋滞しやすい。


[編集] 脚注

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  1. ^ 西武ドーム 第2期改修工事について
  2. ^ 西武ドーム 第1期改修工事完了について
  3. ^ 2005年シーズン後半、体調を崩していたオリックス・バファローズ監督の仰木彬はダッグアウト裏の階段を自力で登ることができなくなり、やむを得ず中堅の搬入口から徒歩とタクシーで出入りしていたという。
  4. ^ グッドウィルドーム誕生 コムスンタイムス・2006年12月5日(グッドウィル・グループ)

[編集] 関連項目

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前本拠地:
平和台野球場
1950 - 1978
埼玉西武ライオンズの本拠地
1979 - 現在
次本拠地:

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