PIERROT

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PIERROT
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
オルタナティヴ・ロック
ゴシック・ロック
活動期間 1994年 - 2006年
2014年 -
レーベル Zenit Music Factory
(1996年)
BMGファンハウス
(1997年)
RCAアリオラジャパン
(1998年)
東芝EMI
(1998年 - 2000年)
Mystic Child
(2001年)
ユニバーサルミュージック
(2001年 - 2005年)
blowgrow
(2006年)
Sweet child records
(2009年)
共同作業者 奈良敏博
成田忍
西脇辰弥
亀田誠治
佐久間正英
公式サイト PIERROT OFFICIAL WEB SITE
メンバー
キリト(Vocal)
アイジ (Guitar)
(Guitar,Guitar Synth)
KOHTA (Bass)
TAKEO (Drums)
旧メンバー
HIDELOW(ボーカル)
LUKA(サポートドラム)

PIERROT(ピエロ)は、日本ロックバンド1994年に結成され、メンバーチェンジを経て、1998年にメジャーデビュー。2006年4月12日に解散。2014年10月、コンサート「DICTATORS CIRCUS FINAL」を開催[1][2][3]

メンバー[編集]

旧メンバー[編集]

  • HIDELOW (ヒデロウ): ボーカル
    気狂いピエロ』発表後に脱退。
  • LUKA (ルカ): サポートドラム
    『気狂いピエロ』に参加。後に秀誉-HIDEYOSHI-名義でD≒SIREJILSに加入。

来歴[編集]

  • 1995年
    • キリトがギターからボーカルへと転向、アイジ[注 2]が加入。以降、解散まで続くキリト・アイジ・潤・KOHTA・TAKEOの5人のメンバーとなる。
  • 1996年
    • 7月21日、キリトボーカル転向後初のアルバム『パンドラの匣』発売。この『パンドラの匣』からの楽曲は発売以降、2006年の解散まで多く演奏された。
  • 1999年
    • 4月1日、メジャーデビュー後半年で初の日本武道館でのワンマンライブを行う[4]
    • 7月7日、「クリア・スカイ」、「MAD SKY -鋼鉄の救世主-」、「ハルカ…/カナタヘ…」、「ラストレター」、4枚のシングル発表を経て、メジャーファーストアルバム『FINALE』発売。
    • 7月20日、初の野外ライブ「Dictators Circus Ⅳ【vier】」を富士急コニファーフォレストで開催。
    • 8月7日、富士急コニファーフォレストで開催された、SUMMER SONICの前身[5]ロック・フェスティバル「BEAUTIFUL MONSTERS TOUR」の1日目に出演[6]。このフェスティバルでの発言が波紋を呼んだ。
    • 9月9日、「TOUR 1999 FORETELLER'S-ERROR FINAL」を横浜アリーナで敢行。
    • 12月22日、シングル「-CREATURES-」を発表。同日、マルチメディア世界配信ライブ「THE GENOME CONTROL」を行う。この企画は当時としては画期的なインターネットによる映像配信ライヴであった。場所が明かされない謎の会場でPIERROTがライヴを行ない、その様子が全国各地の街頭ヴィジョンに映し出され、WOWOWで生中継され、インターネットを通じて世界中に配信された。その直後にキリトはモニター越しに1時間後に新宿西口の特設ステージでライヴを行なうと宣言し、ゲリラライヴを敢行した[7]
  • 2000年
    • 6月7日、シングル「AGITATOR」を発売。
    • 7月23日西武ドームにて約3万人を動員したコンサート「Dictators Circus Ⅴ」を敢行。PIERROTの初のドーム公演となった。これはメジャーデビュー後628日というドーム公演としては当時の最短記録であった。このコンサートでは、観客席をセンターから左右AGITATORシートとFOLLOWERシートの真っ二つに分断した。
    • 9月27日、シングル「神経がワレル暑い夜」を発売。インディーズ時代に配布されたのみの入手困難な楽曲となっていた「HAKEN KREUZ」がこのCDの3曲目に「*自主規制」というタイトルで再録されリリースされた事がファンの間で大きな話題となった。
    • 11月22日、メジャー2枚目のアルバム『PRIVATE ENEMY』を発売。その前日11月21日から、PIERROT TOUR 2000〜2001 『PUBLIC ENEMY』と題したツアーが開始する。
  • 2005年
    • バンドの活動を一部休止し、各メンバーは個人の活動を開始する。
    • 4月6日にシングルのタイトルナンバーからのベストアルバム『DICTATORS CIRCUS -A variant BUD-』、6月8日にはシングルのカップリングナンバーからのベストアルバム『DICTATORS CIRCUS -A deformed BUD-』が発売された。
    • 5月3日5月4日、バンドの10周年を記念したコンサート「Dictators Circus Ⅶ」がさいたまスーパーアリーナにて2日間行われた。
    • 7月6日、キリトがソロデビューシングル「DOOR」、8月3日にソロアルバム『Hameln』を発売。
    • 11月27日から、ツアー『TEMPORARY DECISION』を開始。
  • 2006年
    • 3月23日、キリトの2枚目のソロシングル「TEAR」が発売。
    • 4月2日日比谷野外音楽堂でファンクラブ限定ライブ「EMERGING」が雨の降る中、公演された。このライブが、解散までの事実上のラストライブとなった。
    • 4月12日、公式ホームページ等で解散を表明。主な理由として、キリトは「ソロ活動を優先したいというメンバーと、あくまでPIERROTの活動を重視したいというメンバー間での意志の統一が出来なかった」と釈明した。
    • 6月21日、解散発表により、PIERROTのラストシングルとして「HELLO」がリリースされた。以降、キリトはソロ活動、アイジはLM.C、潤はALvinoの活動を活発化させていった。
    • 8月14日、キリト、KOHTA、TAKEOがAngeloの結成を発表。
「DICTATORS CIRCUS FINAL」の会場となったさいたまスーパーアリーナに設置されたボード
  • 2014年
    • 4月9日、「PIERROT 2014.04.12 18:00 新宿アルタビジョン」とだけ記された特設サイトが突如開設されると共に、PIERROT公式Twitterアカウントも開設された[8]
    • 4月12日、予告された18時を前に、新宿駅東口にはPIERROTのファン約7000人が占拠。18時になると、新宿アルタビジョンのスクリーンに「HELLO」のミュージックビデオが流れ始め、ビデオのエンディングでは、倒れているマイクスタンドをキリトの手がゆっくりと拾い上げるといった新たな描写が加えられ、「I said HELLO」の文字が浮かび上がり、2014年10月にコンサート「DICTATORS CIRCUS FINAL」を開催する事を発表した[9][10][11]
    • 8月16日・8月17日、品川ステラボールにてフィルムギグ「PIERROT FILM GIG 2014 -Dictators’ history-」を開催[12][13][14]
    • 10月24日・10月25日、さいたまスーパーアリーナでコンサート「DICTATORS CIRCUS FINAL」を開催し、PIERROTとして8年ぶりのライブを成功させた[15]。PIERROTの今後についてキリトは、「これから先のことは何も決まっていないし、何の約束はできないですが、PIERROTというバンドはここで終わりだということも言いません。」と述べた[2]

バンド名[編集]

PIERROTの前身バンドDizy-Lizyに、 KOHTA、TAKEOが加入し、バンド名がピエロとなる。これは、「ポップな可愛らしさと裏に怖い部分がある」点がバンドの音楽性と共通していたという理由でのキリトによる命名である。ミニアルバム「CELLULOID」発表時にPIERROTとなり、シングル「Screen」発表時からPierrotとなった。メジャーファーストアルバム「FINALE」リリース時より表記をPIERROTと大文字に戻した。

エピソード[編集]

  • 1999年に「Arlequin(アルルクゥアン)」という名称のPIERROTのファンクラブが発足された。Arlequinとはフランス語で「ピエロ」という意で、ギターの潤が名付けた。その後、2004年に「FOLLOWERS」と改名され、解散後の2014年に新たに発足された期間限定ファンクラブ名は、再び「Arlequin」となっている。また、PIERROTのファンの総称としては「ピエラー」で定着している。これはかつて安室奈美恵のファッションを模倣した人達がアムラーと呼ばれた現象やハマダーと呼ばれた浜田雅功の様な現象から引用されている。コアなファンの間では、「ラー」のみでピエラーと認識する。更に、メンバー別ファンの通称は、キリトファンをキリターないし兄寄りムラター、アイジファンをアイジャー、潤ファンをジャー、KOHTAファンをコーターないし弟寄りムラター、TAKEOファンをタカーという様に呼称が複雑化している。
  • 富士急コニファーフォレストで開催された外国のバンド中心のロック・フェスティバル「BEAUTIFUL MONSTERS TOUR」に出演した際、キリトがMCで
    「洋楽ファンのみなさん初めまして。僕らがあなたたちの大嫌いな日本のビジュアル系バンドです。今日はそれを承知でやってきました。えー、洋楽ファンの方たちにとってはこの時間がトイレタイムということで(笑)みなさん相かわらず外人相手にヘラヘラやってますか?日本人が憎くてしようがないですか?あなたたちの国籍はいったいどこなんでしょう。そしてこの中でどれだけの方が外人とセックスするためにスタッフからバックステージ・パスをもらっているのでしょう。きっと今、僕はめちゃめちゃ憎まれてるんでしょうね(笑)ピエロファン聞いてるか?えー今日はやはり外人にヘイコラしてる洋楽雑誌や評論家なんかも(笑)、悪い意味で注目してるみたいなのでさっきトイレに立っていった人たちも含めて”まあだやってんのかよ”ってくらいタップリやってやるから俺たちの気狂いぶりを見せつけてやろうぜ!」
と発言。開催前、伊藤政則が自身のラジオ番組でこのフェスティバルのラインナップにPIERROTが追加されている事について「なぜPIERROTが参加できるのか」という挑発とも取れる趣旨の発言を行った事がこの様な発言を招いたと後に語っている[16]
  • かつてGLAYJIROは、同名のバンド「ピエロ」に所属していた。
  • 2013年5月6日、潤がAngeloのライブを観に行った事をブログで明かした。同時に、キリトも潤が訪れた様子をブログで紹介した[17][18]
  • PIERROTにとって節目となるコンサートは「Dictators Circus」という名称でインディーズ時代から続けられている(Dictators Circus Ⅱ・Ⅲはツアー)。また、ベストアルバムの名称にもなっている。
  1. Dictators Circus(渋谷ON AIR WEST
  2. Dictators Circus Ⅱ(全国9ヶ所13公演ツアー)
  3. Dictators Circus Ⅲ(中野サンプラザでのインディーズラストLIVEを含む大阪・東京2ヵ所3公演ツアー)
  4. Dictators Circus Ⅳ(富士急ハイランド コニファーフォレスト)
  5. Dictators Circus Ⅴ(西武ドーム
  6. Dictators Circus Ⅵ(さいたまスーパーアリーナ 2days)
  7. Dictators Circus Ⅶ(さいたまスーパーアリーナ 2days)
  8. DICTATORS CIRCUS FINAL(さいたまスーパーアリーナ 2days)
  • 2014年10月24日・25日に開催された「DICTATORS CIRCUS FINAL」の2日間に限り、アイジのTwitterのアカウント名が「PIERROT アイジ」となっていた。コンサート終了後は「LM.C Aiji」に戻っている。

音楽性[編集]

扇動的かつ叙情的なキリトの詞、ヘヴィかつ奇抜なサウンドのアイジのギター、幻想的かつ妖艶な空気を醸し出す潤のギターシンセ、主にサウンドの土台を支えながら、時に攻撃的なKOHTAのベース、変拍子を多用した独特なフレージング・打撃音を展開するTAKEOのドラム・電子パーカッションが織りなすPIERROT流のロックは、他のバンドとは一線を画す音楽性を持っていた。特にギターシンセと電子パーカッションを同時に駆使するバンドはPIERROT以外では後にも先にもほぼ皆無であり、楽曲・ライブのどちらも独創的であった。また、楽曲「FOLLOWER」ではドラム缶等で実際のドラムセットさながらのセットを組んでレコーディングするなど、実験的なアプローチも多くあった。『ID ATTACK』は、ギターシンセを一切使用していない唯一のアルバムである他、レコーディングで初めてキリト以外のメンバーの歌唱(コーラス)が入っている。

インディーズ時代から“暗黒のドラマ性を持ったスタイル”を、ビジュアル/楽曲の両面で展開。宗教的世界を舞台にした幻想的で物語のような歌や、実社会を激しく毒々しく皮肉る歌まで、歌詞の内容はサウンドとあわせて日常生活からかけ離れた独特の世界を作り上げていた(“狂気と退廃が渦巻くカオティックな詞世界”)。しかし、その中に現実に向けたメッセージもこめられている。シングル「CREATURES」以降、それまでの小説性の強い歌詞から、現実に起こっていることや世界情勢、キリト自身のパーソナルな部分が色濃く出た歌詞が圧倒的に多くなり、それまで見られなかった話し言葉や「○○しちゃおうぜ」といった砕けた言葉遣いも見られるようになった。メロディアスな楽曲も多くあるが、普通のメロディーの枠を突き破ったかのような楽曲も製作した[19][20]

ギタースタイル[編集]

PIERROTのギターについてアイジは「これと言ってリードとかサイドとかいう役割分担をしてるわけじゃなくて、二人で一つのギターという感覚なんです。」と述べている[21]。初期から中期にかけては、基本的に潤がギターシンセでメインフレーズを弾くなどリードをとり、アイジがバッキング及びギターソロを担当することが多かった。また、効果音ミキシングでの調整・ステレオサウンドを駆使し、RチャンネルのアイジギターとLチャンネルの潤ギターの掛け合い、ハモリ、その他あらゆる手法を使って立体的なサウンドを構築する事で奥ゆきを持たせて歌詞の作り出す世界を引き立てている。後期になっていくつれ、サウンドの贅肉をそぎ落とす方向に進み、立体的なサウンドからシンプルで重層的なサウンドへと変化していった。また、潤がギターシンセを用いずにギターソロを担当した楽曲は「Upper flower」の一曲のみである。

ディスコグラフィ[編集]

インディーズ[編集]

発売日 タイトル 形式 備考
1995年7月 デモテープ 限定200本
1995年8月21日 オムニバスアルバム
1996年6月21日 オムニバスアルバム 「SEPIA」は、『パンドラの匣』収録のものとはアウトロが異なっている。
1996年7月21日 パンドラの匣 アルバム
1996年10月20日10月22日 シングル 限定200枚
1997年9月3日 CELLULOID ミニアルバム
1998年1月21日 オムニバスアルバム
1998年4月22日 Screen シングル 2001年12月19日再発
2001年5月6日 PARADOX シングル タワーレコード渋谷店限定1万枚のみ

メジャー[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル 最高順位
1st 1998年9月10日 クリア・スカイ 6位
2nd 1998年12月2日 MAD SKY -鋼鉄の救世主- 5位
3rd 1999年2月24日 ハルカ…/カナタヘ… 10位
4th 1999年4月28日 ラストレター 5位
5th 1999年12月22日 -CREATURES- 7位
6th 2000年6月7日 AGITATOR 5位
7th 2000年9月27日 神経がワレル暑い夜 10位
8th 2001年8月29日 DRAMATIC NEO ANNIVERSARY 5位
9th 2001年11月21日 COCOON 10位
10th 2002年3月27日 壊れていくこの世界で 5位
11th 2002年8月28日 PSYCHEDELIC LOVER 7位
12th 2002年12月18日 HILL -幻覚の雪- 9位
13th 2003年6月18日 ネオグロテスク/薔薇色の世界/夕闇スーサイド 4位
14th 2003年12月3日 脳内モルヒネ 16位
15th 2004年6月30日 Smiley Skeleton 8位
16th 2004年10月20日 MYCLOUD 7位
17th 2006年6月21日 HELLO 8位

スタジオアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位
1st 1999年7月7日 FINALE 5位
2nd 2000年11月22日 PRIVATE ENEMY 14位
3rd 2002年4月24日 HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜 7位
4th 2003年7月23日 ID ATTACK 6位
5th 2004年12月1日 FREEZE 12位

ベストアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位
1st 2003年12月17日 DICTATORS CIRCUS -奇術的旋律- 16位
2nd 2005年4月6日 DICTATORS CIRCUS -A variant BUD- 6位
3rd 2005年6月8日 DICTATORS CIRCUS -A deformed BUD- 13位
4th 2009年3月 HELLO COMPLETE SINGLES AND PV COLLECTION

コンピレーション・アルバム[編集]

発売日 タイトル 概要
1999年6月9日 神風怪盗ジャンヌ イメージアルバム テレビアニメ『神風怪盗ジャンヌ』のキャラクターソングアルバム。「ハルカ…」を収録。
2011年11月23日 CRUSH!2 -90's V-Rock best hit cover songs- 1990年代ヴィジュアル系アーティストの楽曲がカバーされているアルバム。
花少年バディーズが「蜘蛛の意図」をカバー。
2014年3月5日 SAKUMA DROPS 佐久間正英プロデュースの楽曲を集めたアルバム。「壊れていくこの世界で」を収録。

映像作品[編集]

東芝EMI時代に発売されたDVDは2003年4月23日にユニバーサルミュージックから再発された。尚、ファンクラブ限定であったDVDVHSは後にSWEET-CHILD ONLINE SHOPPINGにて一般購入可能となった。

ビデオクリップ集[編集]

発売日 タイトル 規格 備考
1998年12月20日 (VHS)
2000年12月20日 (DVD)
VHS
DVD
豪華40Pオールカラーフォトブック付き(VHS)
2000年12月20日 VHS
DVD
メンバーコメント付(DVD)
2001年12月19日 VHS
DVD
2001年12月19日 VHS
DVD
2005年12月14日 DVD 初回生産分のみ「夕闇スーサイド(conceptual ver)」収録

ライブ収録[編集]

発売日 タイトル 規格 備考
1999年9月9日 "FILM"
RISING A 「MAD SKY」 at NIPPON BUDOKAN
VHS
2000年12月20日 DVD
2000年3月15日 TOUR 1999 FORTELLER'S-MUTATION FINAL
THE GENOME CONTROL 1999.12.22
VHS ファンクラブ1万本限定
2000年12月20日 DVD
Dictators Circus Ⅴ VHS
Dictators Circus Ⅴ Vol.1 DVD
Dictators Circus Ⅴ Vol.2
2002年3月 TOUR FINAL PARADOXICAL GENESIS
「ANNIVERSARY」 2001.9.23 YOKOHAMA ARENA
VHS ファンクラブ限定
2003年4月23日 DVD VHSのダイジェスト版
2003年4月 Dictators Circus Ⅵ at SAITAMA SUPER ARENA DVD オープニングDJは市川展丈
ファンクラブ限定盤はノーカット収録(2枚組)として発売
通常盤は2003年4月23日にダイジェスト版として発売
2004年4月 ATTACK to THE FREEDOM DVD3枚組 ファンクラブ限定発売
2005年7月 10th ANNIVERSARY
Dictators Circus Ⅶ [SAITAMA SUPER ARENA]
- A variant BUD -- A deformed BUD -の2枚組
ファンクラブ限定発売
2014年11月25日 DICTATORS CIRCUS FINAL
2014.10.24 - I SAID 「HELLO」-
2014.10.25 - BIRTHDAY –
at SAITAMA SUPER ARENA
Blu-ray
DVD
豪華スペシャルBOX仕様
両日完全収録
メイキング映像付
DICTATORS CIRCUS FINAL
2014.10.24 - I SAID 「HELLO」-
at SAITAMA SUPER ARENA
10月24日公演の全曲収録
DICTATORS CIRCUS FINAL
2014.10.25 - BIRTHDAY –
at SAITAMA SUPER ARENA
10月25日公演の全曲収録

書籍[編集]

バンドスコア[編集]

いずれもドレミ楽譜出版社より発売。

タイトル ISBN
CELLULOID/Screen
ISBN 4-8108-6501-0
FINALE
ISBN 4-8108-6543-6
PRIVATE ENEMY
ISBN 4-8108-7440-0
HEAVEN
ISBN 4-8108-4411-0
ID ATTACK
ISBN 4-8108-4443-9
DICTATORS CIRCUS -奇術的旋律-
ISBN 4-8108-4499-4
FREEZE
ISBN 4-285-10107-6
DICTATORS CIRCUS -A variant BUD-
ISBN 4-285-10326-5

写真集[編集]

タイトル 出版社 ISBN
PIERROT Dictators Circus Ⅵ
メディアファクトリー ISBN 4-8401-0701-7
TOUR2003「ATTACK【to】THE FREEDOM」
ぴあ ISBN 4-8356-0912-3
PIERROT "Dictators Circus" -The Anniversary Of Decade-
ソニー・マガジンズ ISBN 4-7897-9708-2

アーティストブック[編集]

タイトル 出版社 ISBN
PROCESS
フールズメイト ISBN 4-938716-16-X
PIERROT ULTIMATE FILE 1995~2005
ソニー・マガジンズ 通信販売限定 絶版
PIERROT ULTIMATE FILE 2005〜2006 COMPLETE
ソニー・マガジンズ ISBN 4-7897-2886-2

出演[編集]

テレビ[編集]

番組名 放送日 演奏楽曲 放送局 備考
Break Out - - テレビ朝日 インディーズ時代から多数出演。
ポップジャム 1998年10月3日 クリア・スカイ NHK
2000年10月1日 神経がワレル暑い夜
2003年6月28日 薔薇色の世界
ミュージックステーション 1998年12月4日 MAD SKY -鋼鉄の救世主- テレビ朝日
1999年4月30日 ラストレター
2000年1月14日 CREATURE
HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP 2000年6月12日 AGITATOR フジテレビ
2000年12月4日 ENEMY
AX MUSIC-FACTORY 2001年11月28日 COCOON 日本テレビ
2002年3月26日 壊れていくこの世界で
MUSIX! 2001年12月16日 COCOON テレビ東京
AX MUSIC-TV 2003年6月20日 ネオグロテスク 日本テレビ
音楽戦士 MUSIC FIGHTER 2004年12月10日 MYCLOUD

ラジオ[編集]

出演 タイトル 放送局 放送期間
キリト FM ROCK KIDS AIR-G' 1998年10月3日 - 1998年12月26日
キリト NEO BRAIN PERSON bayfm 1998年10月7日 - 2000年3月1日
キリト・潤 CASE OF PROTOTYPE TBSラジオ 1998年12月3日
PIERROT SUPER EDITION JFN 1999年7月7日 - 1999年7月28日
キリト・潤 BRAIN STORM TBSラジオ 1999年1月14日 - 1999年9月30日
KOHTA・TAKEO RADIO SWEET TRANCE 東海ラジオ 2000年4月3日 - 2001年3月
アイジ・潤 BRAIN STOVE TBSラジオ 2000年4月7日 - 2000年6月23日
アイジ・潤 BRAIN STOCKING TBSラジオ 2000年3月1日 - 2000年9月29日
キリト Be@t B@by Screaming Night TBSラジオ 2000年10月5日 - 2001年3月29日
PIERROT FM ROCK KIDS RETURNS AIR-G' 2001年10月13日 - 2001年12月
潤・TAKEO MIND SCAPE K-MIX 2002年6月3日 - 2002年6月7日

ライブ・コンサートツアー[編集]

1997年
日程 タイトル 公演規模・会場 備考
1月5日 - 熊谷VOGUE ワンマン
1月26日 SEISMIC FOCUS(イベント) 新宿NISSIN POWER STATION
1月27日2月23日 Escape from 『Pandora』
3月22日4月1日 - 4月1日はワンマン
5月4日 Dictators Circus 渋谷ON AIR WEST
7月13日 - 目黒鹿鳴館 シークレットライブ
7月24日8月27日 CELLULOID HUMANISM
7月31日9月9日 -
9月17日 セルロイド 熊谷VOGUE シークレットライブ
11月14日12月24日 CELLULOID HUMANISM -GATE-
1998年
1月5日1月8日 CELLULOID HUMANISM -THREE EXIT-
1月28日3月29日 -
4月26日6月19日 Dictators Circus Ⅱ【zwei】
5月5日9月5日 -
9月7日9月9日 Last Indies Act Dictators Circus Ⅲ【drei】 インディーズ期のラストライブ
10月10日 Break Out! Special GIG 「LIVE PRIO」(イベント) 渋谷ON AIR EAST
11月4日〜1999年1月5日 THE BASE OF 「MAD SKY」 ライブハウスツアー
1999年
3月3日4月1日 RISING A 「MAD SKY」
4月1日 RISING A 「MAD SKY」 FINAL at 日本武道館 日本武道館 初の日本武道館ワンマン
7月8日 - 目黒鹿鳴館 シークレットライブ
7月15日 - 渋谷ON AIR EAST Arlequin限定LIVE
7月20日 Dictators Circus Ⅳ【vier】
-Birth of Newborn Baby-
富士急コニファーフォレスト 初の野外ライヴ
8月7日8月8日 -
9月3日9月9日 FORETELLER'S-ERROR
9月9日 FORETELLER'S-ERROR FINAL at 横浜アリーナ 横浜アリーナ
9月25日10月2日 -
10月26日12月9日 FORETELLER'S-MUTATION ホールツアー
12月22日 FORETELLER'S-MUTATION FINAL
THE GENOME CONTROL
非公開 インターネット・全国各地の街頭ビジョン・WOWOWで生中継。その後、新宿西口の特設ステージでゲリラライヴ。
2000年
1月19日2月1日 PROGRESS BODY ホールツアー
4月1日 Alrequin限定ライブ 極! 日比谷野外音楽堂 ファンクラブ発足1周年記念ライヴ
7月18日 HEAD OPERATION -CASE "A"- Zepp Osaka
7月20日 HEAD OPERATION -CASE "F"- Zepp Tokyo
7月23日 Dictators Circus Ⅴ 西武ドーム デビュー後628日でのドーム公演
(当時の最短記録)
11月4日 SWEET TRANCE 2000
IN BUDOKAN "21ST CENTURY BOY"
(イベント)
日本武道館
11月21日〜2001年1月23日 PUBLIC ENEMY ホールツアー
12月11日〜2001年1月25日 【GUILTY or NOT GUILTY?】 ライブハウスツアー
2001年
7月15日 ANNIVERSARY EVE 渋谷ON AIR WEST
7月17日9月14日 PARADOXICAL GENESIS
9月23日 PARADOXICAL GENESIS ANNIVERSARY 横浜アリーナ
12月8日 SWEET TRANCE MAINSTAGE 2001
THE SPACE ODYSSEY
(イベント)
国立代々木競技場第一体育館
2002年
1月18日1月27日 Alrequin Limited Circuit
SUBLIMINAL FLOWERS
ファンクラブ限定ライブハウスツアー
5月1日 【LANDSCAPE】 -SCRAP Ⅰ- 川崎クラブチッタ
5月2日 【LANDSCAPE】 -SCRAP Ⅱ- 川崎クラブチッタ
5月8日 【LANDSCAPE】 -HADES SIDE- 日本武道館
5月9日 【LANDSCAPE】 -REAL SIDE- 日本武道館
5月10日 【LANDSCAPE】 -HEAVEN SIDE- 日本武道館
7月12日9月20日 PSYCHEDELIC HEAVEN ホールツアー
8月24日 SWEET TRANCE 2002
FINAL STAGE. THE GRADUATE.
(イベント)
日本武道館
9月17日 FOR THE SICK LOVERS 大阪なんばHatch
12月19日 Act For Awaken Species Zepp Tokyo
12月22日 Dictators Circus Ⅵ
-Act For Original Species-
さいたまスーパーアリーナ
12月23日 Dictators Circus Ⅵ
-Act For Chemical Species-
さいたまスーパーアリーナ
2003年
1月1日 THE DAYBREAK OF MELANCHOLIC SPECIES 大宮ソニックシティ カウントアップライブ
5月4日5月24日 Alrequin Limited Circuit
THE DESPAIR OF [ROSE COLOR]
ファンクラブ限定ライブハウスツアー
8月10日 SPECIAL LIVE SHIBUYA-AX
8月16日8月26日 THE FINAL DESPAIR 日本武道館
8月27日 KINGDOM ROCK SHOW(イベント) 日本武道館
9月27日 KINGDOM ROCK SHOW(イベント) 国立代々木競技場第一体育館
9月30日12月27日 ATTACK [TO] THE FREEDOM ホールツアー
2004年
1月6日 ATTACK [TO] THE FREEDOM FINAL
JUSTICE & EVIL
日本武道館
1月7日 ATTACK [TO] THE FREEDOM FINAL
WINNERS & LOSERS
日本武道館
5月4日5月30日 Standing Smiley Skeleton ライブハウスツアー
5月12日 MEN'S ONLY SHOWCASE SKULL ARMAMENT CLUB SHIBUYA QUATTRO 男性限定ライブ
8月26日 THE MAKING OF NEW FRAME 日本武道館
10月23日12月29日 THE EVENING OF UNDERMINING ホールツアー
2005年
1月3日 THE EVENING OF UNDERMINING FINAL
[After awakening]
日本武道館
1月4日 THE EVENING OF UNDERMINING FINAL
[After completion]
日本武道館
4月29日4月30日 FOLLOWERS LIMITED LIVE 渋谷公会堂
5月3日 Dictators Circus Ⅶ A variant BUD さいたまスーパーアリーナ
5月4日 Dictators Circus Ⅶ A deformed BUD さいたまスーパーアリーナ
7月22日9月4日 Dictators Circus Ⅶ
at SAITAMA SUPER ARENA FILM TOUR
フィルムコンサート
11月27日12月29日 TEMPORARY DECISION ホールツアー
2006年
1月3日1月4日 TEMPORARY DECISION FINAL 日本武道館
4月2日 FOLLOWERS LIMITED LIVE EMERGING 日比谷野外音楽堂 ファンクラブ限定ライブ
2014年
8月16日8月17日 PIERROT FILM GIG 2014 -Dictators’ history- 品川ステラボール フィルムギグ
10月24日 DICTATORS CIRCUS FINAL -I SAID「HELLO」- さいたまスーパーアリーナ
10月25日 DICTATORS CIRCUS FINAL -BIRTHDAY- さいたまスーパーアリーナ

タイアップ[編集]

楽曲 タイアップ
クリア・スカイ テレビ朝日系全国ネット「今夜は帰して!!」エンディングテーマ
ハルカ… テレビ朝日系「神風怪盗ジャンヌ」エンディングテーマ
AGITATOR テレビ朝日系24局ネット「おネプ!」エンディングテーマ
DRAMATIC NEO ANNIVERSARY テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」エンディングテーマ
COCOON TBS系「スーパーサッカー」テーマソング
PSYCHEDELIC LOVER 日本テレビ系「松本紳助」エンディングテーマ
薔薇色の世界 TBS系「GetBackers-奪還屋-」オープニングテーマ

関連項目[編集]

キリト・KOHTA・TAKEOの現在籍バンド
アイジの現在籍バンド
潤の現在籍バンド
前身バンド
弦楽器の製造メーカー
舞台監督
映像監督
ヘアメイク

脚注[編集]

  1. ^ 【ライヴレポート】PIERROT、復活ライヴに15,000人が熱狂「久しぶりという気がしない」 | PIERROT - BARKS音楽ニュース
  2. ^ a b 【ライヴレポート】PIERROT、復活ライヴ最終日に「ここで終わりだということも言いません」 | PIERROT - BARKS音楽ニュース
  3. ^ 【ライヴレポート】PIERROT、「“今”を抱きしめて生き続けることで、かならず“次”が訪れる」 | PIERROT - BARKS音楽ニュース
  4. ^ デビューから日本武道館公演までの当時の最短記録
  5. ^ 第107回 清水 直樹 氏 | Musicman-NET
  6. ^ fuji 7th1999
  7. ^ 【考察】PIERROT、開けてはならぬパンドラの匣は……メッセージの意図を読む | PIERROT | BARKS音楽ニュース
  8. ^ Twitter / PIERROT_0412: PIERROT 2014.04.12 18:00 ...
  9. ^ PIERROT、「再び5人で皆さんの前に立つことを発表します」さいたまスーパーアリーナ2Daysを10月開催 | PIERROT - BARKS音楽ニュース
  10. ^ PIERROT、復活発表に新宿アルタ前の7000人が歓喜 | PIERROT | BARKS音楽ニュース
  11. ^ HELLO 20140412 - YouTube
  12. ^ 「PIERROT FILM GIG 2014 -Dictators’ history-」開催決定! | PIERROT OFFICIAL WEB SITE
  13. ^ 【イベントレポート】PIERROT、フィルムギグに“BEST OF PIERROT” | PIERROT - BARKS音楽ニュース
  14. ^ PIERROT、フィルムギグの正式タイトル発表&放映内容の一部が明らかに! | ROCKの総合情報サイトVif
  15. ^ 解散PIERROT、8年ぶりライブ - YouTube
  16. ^ キリト著『思考回路』より
  17. ^ 『今宵は』潤|ALvino Official Blog
  18. ^ 新木場終了|キリトオフィシャルブログ「日刊思考回路」by Ameba
  19. ^ 『PIERROT ULTIMATE FILE 1995~2005』、『DICTATORS CIRCUS -A variant BUD-』封入ブックレットより。
  20. ^ CDJournal
  21. ^ ドレミ楽譜出版社 BAND SCORE PIERROT CELLULOID/Screenより

注釈[編集]

  1. ^ 当時はTAKE
  2. ^ 当時はAIJI

参考文献[編集]

  • FOOL'S MATE』バックナンバー (株式会社フールズメイト出版。)
  • uv』バックナンバー (ソニー・マガジンズ出版。キリトが連載を持っていた。2006年3月発売のVol.125で休刊。)
  • 『Rock And Read』バックナンバー (Tokyo FM出版。特に008号では解散について詳細に語られている。)
  • 『MUSIC MAGAZINE』バックナンバー (ミュージックマガジン出版。1999年11月1日発行の427号「洋楽VS邦楽」特集より。)
  • 『CDジャーナル』バックナンバー (株式会社音楽出版社出版。)
  • 『PROCESS』 (アーティストブック。上記参照。)
  • 『Uv Special Pierrot Ultimate File 2005~2006 Complete』 (アーティストブック。上記参照。)
  • 『思考回路』 (キリト著。エッセイ。) ISBN:4-7897-1829-8
  • PIERROT 【un】OFFICIAL WEB SITE (前オフィシャルサイトの消滅後、同ドメインでファンによって立ち上げられた非公式PIERROTアーカイブサイト。)

外部リンク[編集]