亀田誠治

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亀田 誠治
基本情報
出生名 亀田 誠治
別名 師匠(せんせい)
出生 1964年6月3日(47歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク
学歴 早稲田大学
出身地 日本の旗 日本
職業 ベーシスト
編曲家
音楽プロデューサー
担当楽器 ベース
レーベル EMIミュージック・ジャパン(東京事変として)
事務所 誠屋
共同作業者 東京事変
公式サイト http://www.ganso-makotoya.com/

亀田 誠治(かめだ せいじ、1964年6月3日 - )は、日本のベーシスト編曲家音楽プロデューサーである。2004年からバンド『東京事変』の正式メンバーとして参加。妻は歌手の下成佐登子

目次

[編集] 来歴

生い立ち

アメリカ合衆国・ニューヨーク生まれ(生後1年で帰国)。幼少時よりクラシックギターピアノを学び、14歳の頃にベースを始める。武蔵高等学校から早稲田大学第一文学部に進学する。在学中からピアニスト・ヴォーカリストの吉中美樹と音楽ユニット『Miki-Pooh』を結成し、活動する。

音楽業界へ

大学卒業後、1989年からハーフトーンミュージックに所属して編曲家として活動を開始、1990年代は、主にアイドル声優の作品のプロデュースやアレンジを手掛ける。その一方で、学生時代のサークルの先輩であるシンガーソングライター崎谷健次郎からコンサートツアーでのサポート・ミュージシャンに起用されたことをきっかけに、ベーシストとしてもデビューを果たし、数々のアーティストたちのレコーディングにスタジオ・ミュージシャンとして参加している。1995年には崎谷健次郎のアコースティック・ライヴに参加し、その模様はNHK-BS2で放映された。

音楽プロデューサー確立期

1999年からアレンジャーとして参加した椎名林檎のアルバムが連続してミリオンセラーとなり、一躍、音楽業界にその名を馳せることとなった。

2000年代に入ると、スピッツ平井堅スガシカオなど、様々なアーティスト達から次々にプロデュースの依頼が舞い込むようになり、名実共に名プロデューサーの仲間入りを果たした。

2009年12月06日放送の情熱大陸に出演し、プロデュース等の仕事内容について取り上げられた。

バンド『東京事変』結成

2004年夏からは、旧知の椎名林檎の誘いで、彼女のバンド「東京事変」にベーシストとして正式参加し、時折、楽曲提供も行っている。

現在まで

2007年第49回日本レコード大賞において、平井堅の「哀歌 (エレジー) 」やアンジェラ・アキサクラ色」など、数多くの楽曲を編曲した実績により、編曲賞を受賞した。

2010年NHK-BS2で放送されている音楽情報番組『ウエンズデー J-POP』に、音先案内人として不定期出演。

[編集] 音楽的影響

雑誌『ベースマガジン』2005年10月号にて、「細部に渡ってポール・マッカートニーに音楽を学んだ」と話している。

[編集] プロデュース、編曲、または楽曲を提供したアーティスト

[編集] あ行

[編集] か行

[編集] さ行

[編集] た行

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[編集] は行

[編集] ま行

[編集] や行

[編集] ら行

[編集] わ行

[編集] 主な音楽制作活動

  ※正式メンバーとしてベースを担当している東京事変については、東京事変の項目を参照のこと。

アーティスト 期間 仕事内容
CoCo 1990年-1994年 デビュー直後から作曲、編曲で参加しており、関わった楽曲は20曲以上になる。シングル曲で初めて編曲に参加したのは、1990年5月発売の「夏の友達」。[1]
永作博美 1993年-1994年 ribbon在籍当時にリリースされたソロシングル「My Home Town」「Without You」「逢いにきて」、及びアルバム『N』、『Here and Now』のすべての編曲及びサウンド・プロデュースで参加。なお、レコーディングではベースも演奏し、1993年9月16〜17の両日、渋谷ON AIRで行われたソロ・コンサート「HIROMI NAGASAKU LIVE SHOW'N'」にもバックバンドのメンバーとして参加している。
國府田マリ子 1997年-2001年 多数のアルバムとシングルにおいて、編曲とベースを担当している。また、バックバンドのメンバーも務める。
椎名林檎 1999年-2002年 ファースト・アルバムとセカンド・アルバム、およびカバー・アルバムや多数のシングル曲にアレンジャーとベーシストとして参加。また、コンサート・ツアーにもベーシストとして参加している。[2]
Do As Infinity 2000年- 3rdシングル「Oasis」からアレンジャー、プロデューサー、レコーディングでのベース演奏で参加。
Emi with 森亀橋 2001年- 森俊之(Keyboard)、亀田誠治(Bass)、佐橋佳幸(Guitar)の3人のプロデュース・チームが、元Le Couple(ル・クプル)の藤田恵美をヴォーカルに迎えたユニット。2001年と2003年にリリースされた藤田の『Camomileシリーズ』は、香港で人気に火がつき、台湾、マレーシア、タイ、シンガポール、インドネシアのアジア五カ国でゴールド・ディスク、プラチナ・ディスクを獲得した。
CHARCOAL FILTER 2002年-2004年 編曲とプロデュースを担当。 DVD『わくわくチャコールフェア2005 ~積もる話をツモりながらCHARCOAL FILTERとテンション点棒あがるDVD』では、ギターを演奏している極めて珍しいライヴ映像が収録されている(『Kazematic』)。また、編曲家としてのイメージの強い亀田だが、Konagawa Takahiroのソロ楽曲「tears」(アルバム『The first tears』収録)では作詞を担当している。
平井堅 2002年- シングル「大きな古時計」で編曲とベースを担当して以降、「LIFE is... 〜another story〜」「瞳をとじて」「POP STAR」「哀歌(エレジー)」「僕は君に恋をする」などに参加。
Bank Band 2005年- 沿志奏逢2』及び『ap bank fes'05〜』にベースで参加。
ポルノグラフィティ 2006年 シングル「ハネウマライダー」収録全曲でレコーディングでのベース演奏に参加。
坂本真綾 2007年 ミニ・アルバム『30minutes night flight』に収録の「セツナ」にベース演奏で参加。
The THREE 2008年 布袋寅泰KREVA、亀田誠治による期間限定ユニット。映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』の主題歌「裏切り御免」をリリース。
秦基博 2008年 シングル「フォーエバーソング」で編曲を担当。
NICO Touches the Walls 2009年 シングル「ビッグフット」、「ホログラム」、「かけら -総べての想いたちへ-」、アルバム「オーロラ」で編曲を担当。

[編集] 脚注

  1. ^ なお、CoCoの解散記念のメモリアル写真集『未来はCoCoから』(1994年)の中で、グループ解散に際して活動に関わったスタッフの一人として亀田もメッセージを寄せているが、その中で現在の妻である下成佐登子と出会ったきっかけがCoCoのレコーディング・セッションだったことを明かしており、「全くもってCoCo様には頭が上がらないのだ」とコメントしている。
  2. ^ 彼女は、亀田のことを「師匠」と呼んでいる。

[編集] 外部リンク

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