浜田雅功

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 浜田雅功
本名 濵田雅功
(はまだまさとし)
ニックネーム はまちゃん
生年月日 1963年5月11日(46歳)
出身地 Flag of Japan.svg 日本 兵庫県尼崎市
血液型 A
身長 165cm
方言 関西弁
最終学歴 日生学園第二高等学校
出身 NSC大阪1期生
コンビ名 ダウンタウン
相方 松本人志
芸風 漫才コントツッコミ
立ち位置
事務所 吉本興業東京本社
活動時期 1982年 - 現在
同期 トミーズ
ハイヒール
現在の代表番組 浜ちゃんが!
ジャンクSPORTS
ごぶごぶ
過去の代表番組 人気者でいこう!
HAMASHO
オオカミ少年
作品 曲「WOW WAR TONIGHT
曲「チキンライス
配偶者 小川菜摘
受賞歴
1984年 ABCお笑い新人グランプリ
  

浜田 雅功(はまだ まさとし、1963年5月11日 - )は、日本お笑い芸人俳優歌手である。「浜」の戸籍上の表記は「濵」である。

目次

[編集] 概要

愛称は浜ちゃん。身長165cm。体重60kg(59.4kg)。血液型はA型。趣味はゴルフ

大阪市浪速区生まれ(大国町駅周辺[1])、兵庫県尼崎市出身。所属事務所吉本興業

日本を代表するお笑いコンビ、ダウンタウンの一人であり、ツッコミを担当。相方は、「松ちゃん」こと松本人志

妻はタレントの小川菜摘で、1991年1994年に2男をもうける。

[編集] 略歴

[編集] 芸人になる前

大阪市でペンキ屋(大阪万博にてソ連館のペンキ塗りをしたペンキ屋)に勤めていた父・憲五郎、母・信子の間に生まれ、小学5年に父が独立、尼崎市でペンキ屋を開く。父とヒロミの父とは、鹿児島時代の同級生(2人とも就職の為に出身地の鹿児島を離れた)である。妹は通称カーコ(本名不詳)。親友でもある松本人志高須光聖曰く、実家では、よほど親しい友達でないと家に上げてもらえなかったという。

幼稚園へあがる頃に尼崎へ引っ越している。家族で芦屋にも住んでいた事がある(ごぶごぶでの本人談)。高須とは幼稚園からの付き合いであり、小学校へ転校してきたというのは松本のネタである。

松本・高須のラジオ番組「放送室」でも、当時の仲間内で一番貧乏だったのは、浜田の家ということで意見が一致している。住んでいたアパートはかなり老朽化しており、浜田が幼少時、浜田の家の上の階の床が抜け、上に住んでいた韓国人のおばちゃんが浜田を抱いていた母親の肩をかすめて落ちてきたことがある。しかし、本人は貧乏であったことは認めるが、生まれたときから貧乏ではなかったと主張している。本人曰く、「大阪万博までは羽振りが良かった。それからや、ヤクザの取立てが家に来るようになったんや」とのこと。

三重県にある全寮制の日生学園第二高等学校(入学は日生学園第一高等学校。2年次に移動)卒業。在学時はあまりに厳しい環境のため何度も寮を脱走し、松本や友達の家に逃げ込んでいた(本人談)。浜田が一年生の頃、学校の便器を素手で掃除するというしきたりがあったほどである(『徹子の部屋』に出演したときに述べていた)。同校の後輩として今田耕司がいる(今田は同校中退)。

高校卒業後の目標は特になかった為、父親の提案で競艇選手の試験を受けたが落ちている。

[編集] 吉本入り

1982年、小学校から中学校時代の同級生である松本人志を誘って吉本興業入り。同社の若手タレント養成所「吉本総合芸能学院(NSC)」第1期生となる。当初は「松本・浜田」というコンビ名であったが、その後改名により「ひとしまさし」「てるお・はるお」「ライト兄弟」を経て、現在のコンビ名「ダウンタウン」になった。

デビュー当時はそのふてぶてしい態度から先輩達から忌み嫌われる存在(浜田に関してはよく先輩から奇妙な愛情でいじられていたらしい)であったものの、「4時ですよーだ」(毎日放送)で関西地区での人気を不動のものにする。程なくして上京、「夢で逢えたら」(フジテレビ)などで人気を博し、全国区タレントとして広く名を知られるようになる。1990年前後にはウッチャンナンチャンとんねるずB21スペシャルらと共に「お笑い第三世代」として一大ブームを巻き起こした。その後、お笑いのみの活動にとどまらず、俳優声優歌手活動も精力的に行っている。現在ではピンでの司会業が増えている。

[編集] 人物

[編集] 芸風

ツッコミのパターンは頭をはたく、デコピンゲンコツ回し蹴りかかと落とし頭突きビンタ、尻を蹴る、額を指4本で突く、ほっぺに噛み付き、鼻に指を突っ込む、前肩と後頭部を同時に叩く、アッパーカットなど様々なバリエーションに富み、際だってメリハリのあるツッコミが松本のシュールなボケと対照を成す。松本曰く、どれも痛いが、ただ、「はたく」は音だけで痛みはさほどない(松本、フットボールアワー後藤が発言)。豊富な突っ込みパターンのため、視聴者から「突っ込みのパターンは13個あるのか?」という質問が来たことがある。

また、ビンタの威力は強烈で「受けた直後に真っ直ぐ歩けなくなる」「物が白黒に見える」「味覚障害になる(甘いと酸っぱいは判別できるが甘酸っぱいは分からなくなる)」などと例えられている。松本は「浜田のビンタは小熊(あるいは小ゴリラ)ぐらいの威力」と言っている。

先輩でも臆することなく容赦なしにドツいたり、タメ口をきいたり、呼び捨てにしたりしてツッコミを入れる。大御所俳優などに対してもこのようにストレートな発言をぶつけて笑いを取る才能は、松本や島田紳助などから「自分にはない」として高く評価されている。志村けんも「俺でもいかりやさんの頭を叩くのに何十年もかかった」「俺が頭をたたかせるのは今じゃオマエ(浜田)だけ」と評価している。もちろん無礼な行動であるので、浜田に対して悪い印象を持つものも多い。志村けんの周囲は「あいつだけは絶対許せない。今度会ったらぶっ飛ばす」と発言しており、その際には志村が「違うんだよ、彼は本番ではああいうキャラで売ってるんだけど、裏ではちゃんと礼儀正しいし、挨拶するし、すごいイイやつなんだよ」と宥めている。志村は、ある番組[2]において「俺が好きなやつには、叩かれてもいい」と発言していた。

浜田の頭は大御所や先輩、同期、相方しか叩く事は許されず「若手が頭を叩いた時はもう、とてつもなく恐ろしい事になる」と松本が証言している。しかし本人は「筋さえ通していれば何もしない(後で挨拶に来れば怒らない)」と発言しており、実際に山崎邦正ブラックマヨネーズが浜田の頭を叩いた事があるが何も起こらなかった。

テレビでの容赦の無さとは逆に、収録外では礼儀正しい対応を尽くしている。事実、収録中はいじり倒す番組出演スタッフにも深々と頭を下げており(「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」など)、先輩へ頭を下げる姿も画面から見切れる形ではあるが、映像に映る。

加賀まりこ泉ピン子など毒舌を得意とする大御所クラスの女性芸能人の前では、さすがの浜田もツッコミが弱くなってしまうことが多い。もちろん、頭をはたくなどのツッコミは絶対にせず、笑いながらツッコミを入れるのが精一杯である。それ故、その傍らで松本の頭を叩く事もある。しかし「ガキの使い」の企画では加賀にゴミ袋を被せるなど体を張って笑いを取りに行くこともある。

コンビ共にデビュー当時から特異な比喩表現を行うことが多かった。まだまだ無名当時に競演した関根勤が、大物俳優で現在のように誰からもいじられなかった中尾彬に対して浜田が「黙れ、ガマ親分!」と怒鳴ったのを見たことを引き合いに出し、「あんなすごい的確な表現をする(さらにそれを放送中に言う)人間が出てきたのに驚き、すぐダウンタウンのファンになった」と語っている。

今では誰しも、浜田に突っ込まれることをありがたく思ってきているが、これはHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPで、まだ売れる前だったシャ乱Qつんくを叩いたところ、その後売れたことをつんくが提唱したからである。俗に言う「浜田に突っ込まれたミュージシャンは売れるジンクスである。

一時期はツッコミ用の小道具としてハリセンメガホンが定番のアイテムであった。大阪時代から東京に進出した後の1992年頃までは、松本・ゲスト・観客に対してキレキャラで接し、どつくことを基本にしていた。しかし、一般に受け入れられるようになり始めた1993年頃から、意識的によく笑うことを新しい芸風にした。この転換は大成功で、その後のダウンタウンのイメージアップに貢献した。

ツッコミのスタイルとしては、中田ボタン紳助竜介に影響を受けている。一般的にツッコミというポジションは「努力と技術がものをいう」と言われており、浜田もかつてコンビを組んだ当初はツッコミの概念を掴みあぐね、中田ボタンを参考にしたという(三世代漫才トークより)。

「ごっつ~」「ガキの使い~」内でのドッキリ企画では迫真の怒りの演技を見せる。ドッキリの為の演技とはいえ、浜田のとてつもない怒りぶりを見てYOU篠原涼子西端やよいココリコ田中直樹今田耕司フットボールアワー井上マーらがこのドッキリに引っかかり泣いてしまった事があった。今田は「ダウンタウンがケンカして解散の危機に」というドッキリを信じ込み、大泣きした。

逆に、浜田自身は「ごっつええ感じ」の「野生の王国」というコントで「ほんこんだと思ってしばいていた着ぐるみの中の人物が、実は坂本龍一だった」というドッキリを仕掛けられたことがあり、坂本だと分かった時にはただただ平謝りだった。

また同じく同番組内の企画で、高校時代に最も恐れていた恩師(若杉先生)が「オウ! 浜田!」と突然登場した事もあり、本気でビビる姿を見せた事もある。

「やりすぎコージー」番組内で発表された「08年東京NSC生280人が選ぶ理想のツッコミ」という吉本が毎年NSC生に対して行うアンケートでは、圧倒的得票で1位を獲得し、芸歴25年を超えてもなお、尊敬されるツッコミの代表格である事を証明した。ちなみに同アンケートで20年程首位獲得しているらしい(千原Jr談)。ただし、「放送室」で独自調査した「NSC卒業生に聞く自分が組みたいツッコミ」アンケートでは1位を取得せず、3位に留まった(このときの1位はフットボールアワー後藤輝基)。

[編集] 仕事

  • 出版物や声優活動などタレント活動以外では「浜田」ではなく、戸籍上の表記である「濵田」でクレジットされる。また俳優活動でも『ひとりぼっちの君に』以降の出演番組では、浜田でも濵田でもなく「濱田雅功」とクレジットされている。これについては「一人で仕事したときに、コケようが何しようが、全部オレの責任。それをあの“浜”でコケると、 うちの相方さんにも迷惑かかる。“ダウンタウンの浜田”って絶対見られるやんか。ただ、気持ちの中で本名の“濱田”で オレは仕事をしてる、ってなると、オレの気持ちの中で『いや、オレが蒔いた種で、オレが勝手にコケた』ってなる。もちろん、世間はそう見いひんよ。どっちにしたって“ダウンタウンの浜ちゃん”でしか見いひんけど。オレの中のケジメとしては『いや、本名でやった』と。あの“浜”だけはなんかこう、しょぼいことでけへん、みたいな」と話している。
  • 後輩やADに対し収録の観客がいる前でも堂々と厳しく注意し、HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPの生放送でもミスしたスタッフや立ち位置を間違えたミュージシャンに対し注意する場面をよく見かける[3]。また観客に対しても進行を妨げる声援をかけた場合は容赦なく怒る。相方の松本も「あれだけ怒鳴りつけた後に普通に突っ込んだりして笑いをとれるのは凄いわ、俺には出来ない」と語っている。
  • 浜田個人としては「ADブギ」(TBS系)などのドラマにも出演し、俳優業もこなす。これについては島田紳助に「自分は笑いだけでやっていくつもりはないんです。隣が偉大すぎて。」と語っていた事がある。だが、脚本を勝手に関西弁に変えてしまうなど、アドリブも多く、共演者は笑いをこらえるのに必死だった。「パパとなっちゃん」で共演した田村正和には演技が面白いと気に入られ、ドラマ放映期間中に誕生した長男へ出産祝いが贈られた。
  • 相方の松本と同様、恋愛関係の番組には無縁で、自身の番組でも恋愛のトークはあまり参加しない傾向が強い。「ダウンタウンDX」などでは杉本彩梨花などの過激な恋愛論の終止符は、松本のボケを待ってツッコムか、出演者のツッコミを採用して終わるパターンが多い。
  • 1996年頃にはドラマ「竜馬におまかせ!」の役作りの為に長髪にしたりするなど、次第にその容姿にも注目が集まるようになり、30代でありながらラフな格好をすることからファッションリーダーとしてファッション誌でも取り上げられるようになった。浜田のファッションを真似る人達は「ハマダー」と呼ばれていた(当時、アムラーシノラーなど、ファッションリーダーを真似る一般人はその手本となる人物をもじった愛称が付けられていた。相方の松本も対抗し、ネクタイの先をズボンに入れる格好を「ヒトシー」と名づけて現在も実践しているが、定着していない)。
  • 東京進出直後、「スーパークイズスペシャル」に出演。「目立たなければいけない」と、全く親交が無く「近くにいた」加山雄三に「おい雄三、コラァ」と喧嘩を売ったことが東京のテレビ関係者にウケたが、番組終了後には平謝りだった(この時加山は「なぜ謝る必要があるのか」と返したという)。松本は浜田のこうした行為に「頭がおかしい」「ダウンタウンを東京に売り出せたきっかけになった」などと評している。また同じ関西出身で司会を担当していた逸見政孝とのやりとりも見ものであり、逸見の「お前らしっかりせえや!」「何でお前らおんねん!」との言葉に対し「いつみ~!」「いつみのオッサンだけは! あのガキは!」「逸見、後で裏来い」といった暴言をよく吐いていた。しかし楽屋では非常に仲が良く、また、加山の件でもフォローをしており、逸見が逝去した際は「逸見さんはダウンタウンが売れるきっかけを与えてくれた人です。本当に感謝しています」と涙ながらに話していた。
  • 1995年よりH Jungle with tとして歌手としても作品を発表しており、1995年3月15日小室哲哉のプロデュースで発売された『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント』(H Jungle with t)は、200万枚を超えるヒット曲となり同年の上半期1位(年間2位)となった(松本も間奏部分での参加)。以降も、ソロ名義、Re:Japanの一員として、CD明日があるさ」を発売する。2004年11月には作詞・松本人志、作曲・槇原敬之で松本の幼少時代を歌ったクリスマスソング『チキンライス』を発売した。また、相方の松本人志とは坂本龍一らのプロデュースで、GEISHA GIRLSとしてシングル、アルバムCDを発売している。
  • シュレックシリーズ』(日本語吹き替え版)の主人公の声優を担当。

[編集] 趣味・嗜好

  • 大の愛煙家である。愛用のタバコはマールボロ・ライト
  • ジョージアのCM出演経験があるにもかかわらずコーヒー嫌いでも有名で、子供っぽい食べ物が大好きなため(ハンバーグからあげトンカツ焼きそばカレーライスなど。中でも焼きそばが一番好きらしい)、松本から「味覚バカ」「味覚が中学生」「ハンバーグに目玉焼きがのっていればテンション上がる」などと揶揄されている。また、スタッフにも「あの人小学校の味覚だよ」と言われている。ちなみに2007年頃、メガマックを食べて感動した。反面クセのある食材や珍味、ゲテモノなどを番組で食べさせられると食べる前に嫌がったり食べても吐き出したりえづいたりすることが多い。
  • トマトが大の苦手であるが、それは生やトマトジュースで、ケチャップミートソースの様に調理された物は好きである。
  • 大の甘党でもあり、妻の小川菜摘が『はなまるマーケット』に出演した際の話では、ミスタードーナツの「エンゼルクリーム」に目が無いという。飲み物も、ミルクティーなどの比較的甘い物が好きだという。松本人志曰く「舌(味覚)がガキなんですよ」との事。
  • 強面なイメージと違いに弱い。しかしビールブランデーのCMに出演したことがある。かつてメイン番組である「浜ちゃんと!」のゲストに志村けんを迎え、酒を交えながらトークを進めていたが、途中でトイレに立った。これに対して志村は「芸能界を仕切っていくには酒に強くないと」「打ち上げとかで飲みに行っても、座長が飲めないからって先に帰っちゃったらしまらないからね」とスタッフに語り、浜田が酒を飲めるようになることを望むとともに、将来の芸能界を引っ張る人材として大きな期待を寄せていることも示唆した。最近では酒に凝り始め、特に焼酎を好んでいるとのこと。酒に酔うと節々が痛くなり、更に激しい頭痛がしてくるらしい(07年「浜ちゃんと!」にて)
  • 昔のテレビ番組や芸能人に詳しい。水前寺清子が「チータ」と呼ばれる由縁を松本に教え、「お前は何でそんな事を知ってるんや…」と松本を驚かせた。
  • 若手時代、吉本所属のマジシャン、マジック中島・ひろみと楽屋が一緒だった際、マジックに使う鳩の鳴き声に怒り、マジックに使う短剣で籠をガンガン叩いたというエピソードがある程動物嫌いで有名だったが(実際は猫が苦手で犬は元々大丈夫らしい)、犬を飼い始め溺愛している。ジャンクスポーツでは犬3匹飼っていると言っていた。その事実を知った松本は「十二支を全部殺してきたお前が…!」とショックを受けていた。
  • 少年時代は石野真子の大ファンであった。「ダウンタウンDX」(読売テレビ)でゲストに来ると、石野さんではなく「真子ちゃん」と呼ぶ。またガキの使いの企画で石野を中学生時代「おかず」にしていた事も告白している。さらに人気者でいこう!では森田健作のファンである事を公表、森田の歌を口ずさむシーンもあった。
  • 映画「仁義なき戦い」の大ファンであり、「おじょママ!」内の妻・小川菜摘との電話でフィギュアを全て持っていると発言。また、ヤクザを特集した雑誌なども好んで読んでおり、ガキ使のトークでは「芸能人はいつ狙われるか分からないから銃の所持を認めてほしい」と発言したこともある。こうしたことに加え「楽屋では拳銃の手入れをしている」やら「携帯の絵文字にピストルマークが入ってる」などと松本人志がネタにしたり、本人も「若い衆」「側近」といった極道用語を普段から使っていることなども、前述の「ヤクザっぽい」キャラクターが浸透した一因であると見られる。ヤクザ映画(昭和鉄風伝 日本海)の主演を務めた事もあり、また「ダウンタウンDX」の第一回でヤクザ映画のパロディーを菅原文太山城新伍川谷拓三と行った時は、三人から「素晴らしい演技だった」と大絶賛された。その他、ナインティナインらが出演している「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系列)のコーナー「やべっち寿司」にちょくちょくひやかしに訪れる度に「ヤクザ」とテロップが表示されたり、同番組のフジTV警察24時というコーナーでは「大物ヤクザ」とされ「暴対法違反容疑で逮捕」というミニコントも行われた。また、小川菜摘も、バラエティ番組出演時に「極道の妻」というフレーズが出た際に、共演者が一斉に自分の方を見たため、「何でみんな私を見るのよ!!」と、冗談交じりにキレていた。
  • 大のアダルトビデオ好きで、自宅の自室で好きな所を編集するのが趣味であり、妻も黙認している。
  • ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内のコーナー「?クイズ浜田雅功の500のコト?」で一問一答で以下のように答えている。「住んでみたい町は二子玉川」「生まれ変わったら田中角栄になりたい」「時代劇に出るとしたら弥七を演じたい」「好きな交差点は用賀」「東京23区で一番おしゃれだと思うのは世田谷区」「好きなヒーローバロム・1」「好きな商店街祖師谷商店街」「最もストレスを感じる瞬間はショートパットをはずしたとき」「ついつい見てしまうテレビ番組は『「ぷっ」すま』」「大地震のときまず最初に持ち出すものは」「自分を将棋のコマに例えると飛車」「好きな祝日勤労感謝の日」「初恋の人(小学生の時に付き合っていた人)は、佐藤ひとみ」(因みにこの問題に関しては、相方の松本のみ正解)「好きな道路は世田谷通り

[編集] スポーツ

  • スポーツ好きで、2005年6月25日代々木のバレーの試合を生観戦した。そして試合前にコメントしたが早くも「凄いすね!この雰囲気」と絶叫。同年12月25日にはフィギュアの試合も観戦。その華麗な美の競演に言葉を失った。
  • ゴルフ好きとしても有名で、過去にゴルフビデオを何本もリリースしたり、ゴルフウエアブランドを立ち上げたりしている。だが、腕前はいまいち。全英オープンゴルフの特別番組では司会も務めたが、青木功に高飛車な態度で応じたことから強烈な嫌味を言われた。同じくゴルフ好きの反町隆史に、「浜田さん、ポロシャツ似合わないですね」と言われたことがある。
  • 2000年4月の第1回の放送より、ジャンクSPORTSのメイン司会に起用され、更に2006年2月に開催されるトリノオリンピックではフジテレビ系列の五輪メーンキャスターに抜擢された。金メダルが荒川静香選手の一個のみという戦果に終わった大会だったが、「浜田さんが一番"金"を稼いだ」と松本にからかわれた。なお、2008年8月に行われる北京オリンピックでもフジテレビ系列の五輪スペシャルキャプテンに任命されている。
  • 阪神の本拠地・甲子園球場がある西宮市の隣の尼崎市という出身にもかかわらず、大の巨人ファンであったが、2007年4月30日のヤクルト対巨人戦での副音声では「今年から東京ヤクルトスワローズファンになりました」と言っていた。しかし番組の途中から段々地が出始め、最終的には巨人を応援していた。父親は大の阪神ファンで子供の頃に江夏豊のサイン会に連れて行かれたりしたため、阪神に関する知識もそれなりにある。
  • スポーツ新聞スポーツ報知を愛読している。
[編集] 観戦したスポーツ

[編集] 身体的特徴

  • 痔ろうを患っており、痔用の青い座布団を常時敷いている。これは、テレビ番組やロケ時など、椅子などに座るシーンで確認できる。またダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!にて「無人島になにか1つだけ持っていけるとしたら」の質問に「青い座布団」と答えた(痔になる前の若いころの同じ質問には「舎弟」と回答している)。浜ちゃんと!西川史子痔ろうの手術をするように薦められたが「手術せず、がんばっている」と発言している。本人曰く「腫れは肛門の周りだけだから大丈夫」。現在、青い座布団の中にはダウンタウンDXの座布団が入っている。
  • 番組中など公共の場で頻繁におならをするため、よく相方の松本人志から突っ込まれている(ただし松本も負けず劣らず、よくおならをする。「笑っていいとも!」で共演したタモリに言わせれば「芸能界一おならをするコンビ」である)。また浜田のの臭気は激烈で、松本に「最初ウンコ付いてんのかと思った」「化学薬品のような臭いがする」「毛穴からニューっと入ってニューっと入って、中でボッボッとなる」「嗅ぐと記憶が消える」「浜田の屁を嗅ぐ度に思い出が1つずつ消えていく」「家に帰ると浜田が屁をした時間で時計が止まっていた」「生まれてから一度も日本語を喋ったことのない外国人が『クサッ』と言った」「まだ話せない赤ん坊も『クサッ』と言う」等ギャグにされる程である。
  • 松本からは「サルの子」「チンパンジーみたいな顔」「子ゴリラ」「キャッチャーミット」「くちびるオバケ」「くちびるゴリラ」などと揶揄される事がある。また、素で不機嫌そうな顔は「ビーフジャーキーの天狗みたいな顔」とも揶揄された。
  • ふくらはぎが非常に発達しており、松本に「ガンダム」「焼きタラバ」「石鹸が入ってる」といわれたことがある。また、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!大晦日年越しスペシャル 絶対に笑ってはいけない病院24時!!」において、ナース姿でストッキングを履いていた時には「そんなに足綺麗でしたっけ?」「めっちゃ足締まってんねん」などと言われていた
  • 口や鼻、喉の感覚が鋭敏な方で、異物が挿入された時はもとより、臭いものを嗅いだりすると、激しくえづく。ガキの使いの罰ゲームとして、このえづきで音階を収録して編集し、気持ち悪いカエルの歌などを作ったことがある。また、相方の松本も鼻にこよりを入れるとえづく。
  • 目が回らない。回転椅子に乗って百回椅子を回された時には、口では目が回るとは言いつつも、その直後の走行においてはまったくそれを感じさせないような直進をみせた。それに関して、自律神経が壊れているというツッコミを受けている。
  • 詳細は不明だが、5時間以上寝ると次の日は一日中頭が痛いという(高須談)。家族で旅行に行くときも、4時頃に一人で起きているそうだ。ガキの使いトークにて、長時間(8時間以上)の睡眠は頭が痛くなるから出来ないと本人も言っていた。 [要出典]
  • 頭痛がしている時はサロンパスをこめかみに貼り、トークでサロンパスが効くんですよと発言したところ、久光製薬から大量のサロンパスが送られてきたという。ガキの使い等の楽屋でもサロンパスを貼っているのが確認できる。
  • 上から水が落ちてくるコントを収録中、滑って顔面から床に落ちてしまい、前歯が二本とも折れた。それを抜いた際に「元の前歯長いねー」と言われて、差し歯を短くしてもらった。しばらくはマスクをした状態で収録していたが、後にくちびる整形疑惑を生むことになった。

[編集] 家族

  • 基本的に愛妻家で、「リンカーン」では電話で楽しそうに話す様子が放送された。(その光景を見た芸人達からは「絶対愛人かと思った」と言われてしまう)テレビ番組で妻と岬(錠前に二人の名前を書き柵につける場所がある)に行った際、錠前に自分の名前と妻の本名を書き、一緒に来ていたハイヒール・モモコ一家らに(妻の名前を芸名ではなく本名で書いた事を)「自分本気やー!」とからかわれた。ちなみに、Wコウジなど浜田と親しい後輩達は後日その事を知り、その惚気っぷりに「こんなん俺らの知ってる兄さんやない!」と嘆いたという。
  • 子煩悩で教育熱心としても有名。「浜田刑務所」と呼ばれるほどに厳しいが、世田谷界隈で、よく家族連れで遊んでいるのが目撃されている。休日には子供にせがまれるでもなく、自ら率先して遊びに連れて行っているようである。また、子供との会話は東京に住んでいるため浜田の関西弁が移らないように基本的に関東弁で喋っている。
  • 本人曰く、妻(小川菜摘)からは家で「マーちゃん」と呼ばれている。新婚当時は「ピーちゃん」(ヒヨコをつぶしたような顔をしているから)と呼ばれていた。
  • 長男は高校の生徒会長を務め、現在は所属している「OKAMOTO'S」のベーシストでもある。
  • また、次男も中学校で生徒会長を務めた。
  • 結婚披露宴の時の引き出物は、浜田と菜摘のツーショットが印刷されてあるテレホンカードだったと松本人志がよくネタにする。

[編集] 親交関係

  • 昔から友人が多く(松本人志談)、現在も交友関係は幅広い(後藤輝基談)。
  • 芸人よりもタレント、俳優、スポーツ選手といった、別の業種に浜田を慕っている人物が多い。俳優の内藤剛志袴田吉彦は番組での共演から親交が深い(内藤に至っては年上にも関わらず弟子入りし、浜田を「師匠」と呼んでいる)。この2人とは番組企画でCDを発売している。俳優の細川茂樹金子賢加藤晴彦は「浜田ファミリー」と呼ばれており、自宅にもよく遊びに来る。遠藤久美子も「『人気者で行こう!』では非常に面倒を見てもらった」と読売テレビ番組「土曜ドカンッ!」で話している。
  • 毎年正月には家族で旅行に出かける。親交のある星野伸之夫妻、ハイヒール・モモコ夫妻、遠藤章造千秋夫妻(当時)も同行している。
  • ライセンスの井本貴史とはよく遊ぶ仲だと番組で度々言っている。井本も「一週間のうち8日会ってる」と発言する程、仲が良い。

[編集] 性格

  • 非常に攻撃的であり、「芸能界一の超ドS男」とも称される。またTVでのイメージどおり短気であり、非常識なファンには激昂することが多くある(ファンに激怒したエピソードの数々をテレビ番組でネタにされる事もある)。グアム旅行に行った際にファンに無断撮影されたことに対して激怒し、喧嘩になりかけたところをたまたま同じ飛行機にのっていた田代まさしに「怒っちゃだめだよ」と止められたこともある。(その際、田代に「生で見ちゃった」と言われたという)
  • 短気ではあるが、TVでの怒っている姿はほとんどがキレ芸であり、『浜ちゃんと!』に出演したロンドンブーツ1号2号の田村淳は「どこまでやったら怒るんだろうという事を知りたくてやらせてもらったが、結果、何やっても怒んないという事が分かった」と発言している。
  • ふてぶてしい態度も目立つが、実際は気配り上手であり、聞き上手で礼儀正しく、後輩の面倒見も非常によい。また、コンビ単位でも個人単位でも司会をする機会が増えており、初対面のゲストでも自然と親しい者同士のような雰囲気でトークを進めたりする技術力は独特のものであり、ロックユニットB'zが2007年にHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPスペシャルでスタジオ初登場した際、後にB'zから「浜田さんは気遣いの人だった。凄いなと思った。やりにくさとかは全くなかった」と評された。(「be with!」76号に掲載)ジャンクスポーツで共演していた石垣佑磨は、レーサーの山本左近と共に浜田に食事に連れて行ってもらい、芸能界の事などを話し合ったと語っている。
  • 相方の松本曰く、浜田は努力家だという。現在のツッコミスタイルを体得できたのも、紳助竜介中田ボタンのツッコミを手本にして日々努力したためである。
  • キレた時の顔は凄まじいほどに怖いらしく、松本曰く「相手を殴ることを先に考えて少し笑ってる」「眉間のしわが全て真ん中に寄る(志村けんのだいじょうぶだぁみたいになる)」「口の中からもう一つ口が出てくる」「顔が虹色になってる」とトークでネタにしていた。更に松本は「僕はその現場(浜田がキレた現場に)居たくも無い、想像しただけで恐ろしい」と言っていた。
  • イメージと違い、意外にも小心者。「人志松本のすべらない話」や「いろもん」での松本の話では、トイレの個室に浜田が入るのを見た松本が、浜田が用を足している時に個室のトイレのドアを思い切り蹴ったら、中から「ええー……?」という、か細い声が出たという。「リンカーン」ではクルマエビを料理する際、生きたエビを素手で触れず、跳ねただけで腰を抜かした。またUSJのアトラクションに登場するJAWSにも本気で怖がっていた。「ガキの使いやあらへんで」の松本の罰ゲーム「ひとりぼっちの廃旅館一泊二日」では松本のおならにびっくりしていた。
  • 思った事は包み隠さず口に出すタイプである。(「人気者でいこう!」での心理テストにて「正直者」と診断されていた)「ダウンタウンDX」でも、有名人の昔の写真を見て、「うわぁ! パンチ効いとるなあ!」等とよく言い、デリカシーに欠ける言葉を発しては松本にツッコまれている。ハガキの最後に「死ねばいいのに」と勝手に付け足す事もよくある。ただし、これらは全てジョークの範疇に含まれるものである。
  • 金子賢に「浜田さんは人の話を引き出すのは上手いけど肝心の自分の話はちっともしない」と突っ込まれたことがある。また、「放送室」でも松本と高須に同様の事を言われている。これの事実を裏付けるかのように、番組内[4]で自らの自画像を描き、誰が描いたかわからないようにして、その絵を心理学者に紐解いてもらうと「耳が大きいのは、人の話をよく聞きたい、というのを表し、服のボタンがきっちり閉められているのは、自らの本心を語りたがらないのを表してます」という分析結果が出た。
  • 細かい事をあまり気にしない(悪く言えばがさつである)。2008年12月14日放送のガキ使で解答用のペンを繋いでいる紐がねじれていても全く気にせず、隣の席の松本に「(がさつな浜田が)大嫌い!」と言われ、他のメンバーも同調していた。

[編集] その他エピソード

  • 絵が下手で、よく松本から「目がおかしい」と言われ、笑いのネタとして描いた絵を使われる機会が多い。しかし、松本は浜田の絵をバカ画伯と笑う一方で「浜田は絵は下手やけど、人の話を聞いた時に頭の中にちゃんと絵がかけてる」と賞賛している。
  • 駅のトイレで小便をしていて、隣にいたまったく知らないおっさんが屁をした際に職業病で「おい!!」と突っ込んでしまったことがある。
  • モノマネで得意なのは萩本欽一。『欽ちゃんの仮装大賞』では予選から出場し、欽ちゃんのモノマネを披露(松本は点数ボード)。19点を獲得した。
  • 「運転免許の試験に3回落ちた」と松本がラジオで話していた。2001年新宿区霞岳町国立競技場千駄ヶ谷門前の交差点で、赤信号で停止している車に愛車のベンツで玉突き衝突する事故を起こし書類送検される。長者番付の常連であったが新車は買っていない。
  • ADの軽自動車を借り、大声で笑いながら壁にぶつけて遊んでいたのを目撃されている(ダウンタウンDXで報告される)。
  • 相方の松本が初めて買ったスズキ・セルボターボの助手席をタバコの灰で焦がしたことがある。
  • 「初めて見た時、パーマ頭にパンタロンをはいて、ランドセルじゃなくサンドバッグのようなカバンを肩に背負っていた」とよく松本が話している。
  • 松本や金子賢などの共演者からはよく「本当に良い話キライですよね!!」と突っ込まれている。これは「ジャンクSPORTS」で特に顕著で、アスリートがみんなを感動させる良いエピソードを話し、スタジオが深い雰囲気になったところで、「ええ話やー、放送ではカットやー」と返す姿がよく見られる。(その言葉によって変わった空気で次の話へ進行させる)出演するアスリートは話をして浜田に「カットやー」と言われると、ガッツポーズをして喜ぶ。
  • 堀部圭亮が浜田の自宅に行った際、白ワインと称して出された物が実はシェリー酒であった事を暴露され、浜田も小声で「恥掻かすなっ」と言った。
  • 松本も認めるドSで若手芸人に恐れられているが、「ガキの使いやあらへんで」のロケで、強風によりパネルが飛びそうになった為、スタッフが若手のライセンスに支えているように指示して収録は無事に終わったのだが、手の空いているスタッフがいたにも関わらずライセンスが裏で支えていた事を知った浜田は「こいつら芸人なんやで!」とスタッフを怒鳴っている。また「笑ってはいけない新聞社」でヘイポーが田中にカメラを渡し、自分はテントに入ろうとしていたため、「田中はタレントやぞ。お前がカメラ持て」とVTR中に注意しており、後輩を気遣う面も見られる。
  • 松本曰く、本当に悩んでいる後輩は浜田へ相談しにいくという。(2004年謎を解け!まさかのミステリーより)

[編集] 作品

[編集] シングル

  • 1995年に浜田がH Jungle with tとして紅白歌合戦に出場した際、松本がTHE GEISHA GIRLSメイクで飛び入り出場している。

[編集] アルバム

  • TK MILLION WORKS(1996年11月16日)
    • 小室哲哉プロデュースのミリオンセラーを集めたベスト盤。「WOW WAR TONIGHT」を収録。
  • avex 10th Anniversary Presents 十年百曲~J-POP HIT(1998年8月5日)
    • エイベックス設立10周年記念の2枚組100曲入りCD。「H Jungle with t」のシングルを3曲収録。
  • ラスベガス・ファーストクラスの旅(1999年8月18日)
  • ARIGATO 30 MILLION COPIES -THE BEST OF TK WORKS-(2000年3月23日)
    • 小室哲哉プロデュース曲の3枚組ベスト。「H Jungle with t」のシングルを3曲とも収録。

[編集] ビデオ

  • H Jungle with t were born in 3.15,1995(1995年5月24日)
    • PV&ドキュメント。
  • 2 GOING GOING HOME(1995年9月21日)
    • PV&ドキュメント。
  • 浜田雅功 勝つためのゴルフ(1995年)
  • 浜田雅功のシングルGOLF Vol.1~6(1997年)
    • 浜田のゴルフレッスンビデオ第2弾。全6巻。
  • ゴルフ者でいこう! 1~6(1999年)
    • ゴルフレッスンビデオ第3弾。全6巻。

[編集] 出演

浜田雅功個人での出演作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウン出演の項目を参照。

[編集] テレビドラマ

※「ひとりぼっちの君に」以降のドラマ出演時には「濵田雅功」で出演している (「明日があるさ」「平成ミステリー事件簿」「伝説の教師」を除く)

[編集] バラエティー

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] 書籍

[編集] 著書

[編集] 関連書籍

  • おかえりっ! 浜田雅功ファミリーのできるまで(1996年、扶桑社ISBN 4594019420
    • 妻であるタレントの小川菜摘によるエッセイ。
  • HAMASHOの本(1999年、ワニブックス)ISBN 4847013050
    浜田と笑福亭笑瓶が出演した番組「HAMASHO」をまとめたもの。
  • エッ!そうくるかぁー(笑) 浜田家式お約束(2000年、扶桑社)ISBN 4594028888
    • 小川菜摘のエッセイ集第2弾。浜田があとがきを寄せている。

[編集] 関連人物

[編集] 脚注

  1. ^ 本人が大国町駅らへんで生まれたと語る。ごぶごぶ、第1回、2007年2月23日放送より
  2. ^ 2007年1月4日放送の第三回『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ
  3. ^ 『HEY!HEY!HEY! 3時間生放送SP in 幕張メッセ』では、倖田來未とDJ OZMAとのトークで間に座っていた安室奈美恵に対し空気を読んで席を移動するよう注意した。(2007年9月24日放送分)
  4. ^ジャンクSPORTS

[編集] 外部リンク

他の言語