高島忠夫

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たかしま ただお
髙島忠夫
本名 高嶋忠夫
生年月日 1930年7月27日(78歳)
出生地 日本 兵庫県武庫郡(現神戸市灘区
国籍 日本
民族 日本人
血液型 O型
職業 俳優タレント
ジャンル 舞台テレビドラマ映画
活動期間 1951年 - 現在
配偶者 寿美花代
家族 高嶋政宏(二男)
高嶋政伸(三男)
シルビア・グラブ(義娘、二男の嫁)
美元(義娘、三男の嫁)
高嶋ちさ子(姪)
主な作品
クイズ・ドレミファドン!
ごちそうさま
ゴールデン洋画劇場

高島 忠夫(たかしま ただお、男性、1930年7月27日 - )は、日本タレント俳優司会者である。本名は高忠夫(読み同じ)。所属事務所東宝芸能。妻は女優の寿美花代。俳優の高嶋政宏高嶋政伸は実

目次

[編集] 来歴・人物

兵庫県武庫郡(現神戸市灘区)出身。旧制第一神戸中学校卒業、同校が新制兵庫県立神戸高等学校と改称後も在籍。のち関西学院高等部に編入し、1951年(昭和26年)、関西学院大学法学部中退。映画会社新東宝のニューフェイスの第1期生として芸能界入りする。1952年の映画『恋の応援団長』でデビュー。同年に『チョイト姐さん思い出柳』で初主演し、以後新東宝で主演級のスターとして活躍した後、東宝に移籍。1963年には日本初のブロードウェイミュージカルとして上演された『マイ・フェア・レディ』に出演して評判となる。東宝でも数々の主演作を撮ったが、1970年代からはテレビに進出して、司会業を行う。

料理番組『ごちそうさま』やクイズ番組『クイズ・ドレミファドン!』など長期に渡る人気番組の司会を担当し、親指を立てて「イェーイ!」という決め台詞と関西弁で喋るなどの特徴があった。フジテレビゴールデン洋画劇場』では映画解説を担当した。

寿美とは1963年に結婚。『ごちそうさま』で長く夫婦で共演していた。長男を1964年(昭和39年)8月24日生後5ヶ月で当時17歳の家政婦によって殺害される。

その後生まれた次男の高嶋政宏、三男の高嶋政伸はともに俳優として活動。家族でファミリーコンサートを開催し、理想的な家族像と見られることも多かった。音楽プロデューサーである高嶋弘之は弟、その娘であるヴァイオリニストの高嶋ちさ子は姪にあたる。

小説家の小松左京神戸一中時代の同級生で、一緒にバンドを組んでいたこともある仲。高校・大学時代の同級生に作曲家のキダ・タローと俳優の藤岡琢也がいる。1968年、東映動画のアンデルセン物語では声優をこなし、ミュージカル仕込みの明快なテノールの歌声を披露している。

番組で共演した上岡龍太郎に面と向かって、「あんた何も出来ひんやないか」と言われた事や26年間続けて愛着のあった仕事である『ごちそうさま』の司会交代や母親が入院(2000年死去)したことなどがきっかけで、1998年に重度のうつ病を発症し、レギュラー番組の『ゴールデン洋画劇場』『暴れん坊将軍』など4本を降板して治療にあたる。降板にあたっては糖尿病であると説明していた。翌年に症状が改善したことから仕事復帰し、復帰初仕事のトーク番組『徹子の部屋』の出演の際にうつ病だったことを告白した。しかし無理がたたって再発し、再び療養していたが、2003年ごろから徐々に芸能活動を再開、2007年春から完全復帰して家族とともにうつ病への理解を深める活動を行っている。

[編集] 出演作品

[編集] テレビ番組

当時、自身のセールスポイントでもあったテンションの高い、臨機応変でスピード感が溢れる進行ぶりは番組の名物ともなる一方、エスカレートした際、回答者を置いてきぼりにしかねないとスタッフから指摘された事もあったという。また、若さを意識するため、「イエーイ!」と連呼し、以後高島の代名詞ともなった。
NGワード(この言葉を書くと自分のチームが減点されて相手チームの得点となる)を最も多く出したので、歌詞穴埋め問題では必ず最初に指名されていた。指名されるときはヤングチームから「イエーイ!」と呼ばれた。また、政伸、政宏の属するヤングチームと対抗して戦ったことがある。
1987年の第11回大会では、解答者として参加もした。
フランクなキャラクターを活かした解説ぶりから、長い間に亘り同番組の顔と呼ばれたが、本業が役者である彼は当たり前の話だが、映画を見る目に長けており、及第点を与えられない作品でも番組ではもっともらしく解説しなければならない場合がある事を残念に思っていた。

[編集] ラジオ番組

[編集] テレビドラマ

病気のため途中降板。後任は名古屋章
第28作「特急ゆふいんの森殺人事件」[三橋達也が病気療養のため代役]
高島忠夫ら、一家四人がインタビュー出演。再現ドラマ部分では、松方弘樹が彼を演じた。

[編集] 映画

[編集] 著書

[編集] 音楽作品

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  • パ・パヤ・ママ(1954年発売、ペリー・コモのカバー)
  • パパはマンボがお好き(1955年発売。ペリー・コモのカバー、金色仮面[1]とデュエット。江利チエミとの競作。金色仮面のSPレコード「スコキアーン」のB面曲)
  • 銀座の若旦那(1955年1月発売。新東宝映画「若旦那の縁談」主題歌) 
  • ニッポン・トウキョー・ケ・サラ・サラ(1955年3月発売。金色仮面とデュエット)
  • アラビヤ新婚旅行(1955年4月発売。宮城まり子とデュエット)
  • マンボ息子(1955年8月発売)
  • 空の港は霧ふかく(1956年6月発売。築地容子とデュエット)
  • 波止場の人気者(1956年10月発売)
  • 貴方だけのブルース(1958年5月発売)
  • 白い小さなあのホテル(1958年11月発売。新東宝映画「新日本珍道中」主題歌)
  • 結婚しましょう(1959年1月発売)
  • キューバに上陸(1959年3月発売)
  • 二人だけのブルース(1959年3月発売)
  • 首ったけロック(1959年5月発売)
  • あの空だけは知っている(1959年5月発売)
  • 男の星座(1960年4月発売。新東宝映画「若社長と爆発娘」主題歌)
  • バナナの唄(1960年5月発売。朝丘雪路とデュエット。松竹映画「バナナ」主題歌)
  • 君はすばらしいつばさを持っている(「アンデルセン物語」挿入歌、朝日ソノラマ「アンデルセン物語」M-117に収録)
  • お父さん(1974年12月25日発売。堀江美都子とデュエット。テレビ朝日系列「土曜奥さまショー」より)
  • 人生まだ半分(1987年4月1日発売)
  • 約束-PROMESA-(1988年6月25日発売)

[編集] 演じた俳優

[編集] 脚注

  1. ^ 築地容子小林千代子が使用した変名。