宇治原史規

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宇治原 史規
本名: 宇治原 史規
生年月日: 1976年4月20日(33歳)
出身地: 大阪府四条畷市
コンビ名: ロザン
立ち位置:
事務所: 吉本興業
活動時期: 1996年 - 現在

宇治原 史規(うじはら ふみのり、1976年4月20日 - )は、ロザンツッコミ担当。相方は、菅広文。立ち位置は向かって右。所属事務所吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシー)。大阪府四條畷市生まれ。身長177cm、体重62kg。血液型B型[1]喫煙者愛称は「うじやん」「うーじぃ」「うーにぃ」など。愛車はGM シボレー・トレイルブレイザー。父親は、現パナソニック電工顧問の宇治原志郎(1946-)[2]

目次

[編集] 経歴

[編集] 人物

[編集] 来歴

両親はともに滋賀県出身。4歳で広島県広島市に転居し約10年間を広島で過ごしたため、高校時代までは広島弁を使用することがあった。中学3年生のときに大阪に戻り、公立中学に転入した。

「胃液が薄まるので食事中はお茶を飲んではいけない」などと言われる厳格な家庭で、幼少期からスパルタ教育が施される[3]

成績が良く、最初は漠然と弁護士などの将来を思い描いていたが、高校3年生のときに親友であるからコンビを組もうと誘われ快諾し、その後「芸人になった時に売りになる」という理由で京都大学に入学した。

菅の両親はお笑い芸人になることを応援していたが、宇治原は両親の反対を察し、父には自分の芸人としての活動を秘密にしていた。だが、正月にテレビ番組でふんどし一丁でお金を追いかけ走り回る姿を目撃した父親に「何のために大学に行ったんだ!」と激怒され、その後も「芸人をやりたい」「許さない」の押し問答が続いていた。結局、宇治原が9年かかったものの大学卒業を果たすと、その熱意を認めて許してくれたとのこと[4][5]

[編集] 趣味・嗜好

[編集] インテリ芸人

  • インテリ芸人としてクイズ番組にもよく出演している。2002年春の特番『ブレインサバイバーII』(TBS系)で優勝、2005年12月8日放送の『クイズ!日本語王』(TBS系)でも湯浅卓と共に優勝している。2008年6月24日放送の『超タイムショック最強クイズ王決定戦2』では、初出場にして初優勝を飾った。また、同番組の紹介により、宇治原が今までクイズ番組で獲得した賞金は500万程度であることが明かされた。また、2009年6月14日放送の「アッコにおまかせ!」では、賞金等の総額は3,000万円を超えていることが明かされた。なお宇治原がピンで出演するクイズ番組などで獲得した賞金やギャラ、菅がピンで出演するCMの出演料や書いた本の印税等はコンビで折半している。
  • 熱血!平成教育学院」では、毎度お馴染みの「宇治原イジリ」(高島彩アナウンサー水道橋博士井戸田潤がよく振る)に対して、「あまり宇治原さんを苛めないで下さい」などと視聴者から心配されているが、このいじりは放送回数が増えるごとに徐々に加熱されている(宇治原曰く、「博士や井戸田は同じ芸人だから止め所を分かっているが、高島さんは顔面スレスレのビーンボールを連投してくる」)。
    • 2009年3月8日のSPではサンケイスポーツのインタビューにて「皆でグループを組んで、ワイワイやるのが一番楽しい」と回答、それを見たユースケ・サンタマリアに「AさまだかBさまだかPさまだかよく知らない番組の方が、個人戦のこっちより楽しいんだ!?」とキレられた。また、この時「スタンバイ芸能人」として出演していた菅に、「この前、『やっぱり、Pさまのがこっちより楽しい』って言ってました!」と暴露された。
    • 2009年1月には宇治原史規をめぐる女たちということで前述の麻木の他、宇治原をライバル視する三浦奈保子、常に成績下位で個人的に教えているさとう里香ということで放送された。
    • 番組では普段クールな宇治原だが、俳優中野裕太に対してはかなりライバル視している。
  • 最近は「宇治原はクイズ王になって天狗になっている」と言われ、『平成教育学院』を追い出されそうになったことがある。また、『今ちゃんの「実は…」』(ABC朝日放送)では、灘中学校のクイズ同好会とのクイズ対決に完敗している。
  • クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」の「プレッシャーSTUDY」では伊集院光共々、「番組のエース」としてファインプレー(制限時間ギリギリで最難問の10番を答える、10番と1番が残ったときにさりげなく10番を正解するなど)活躍している。ファインプレー率(今まで「Fine Play!」と表示された問題数を過去にチャレンジした問題数で割った値)は62%で、ダントツトップである。ちなみに、同番組内でのファインプレー率が50%を超えているのは宇治原とやくみつるのみで、そのやくも、50%である。
    • しかし同番組で辰巳琢郎と共演し、美術の問題で辰巳が解答者だった際、アナウンサーを含めて3人いた大学の後輩で唯一2問目の4人に選ばれなかった(宇治原はその件を訴えたが、さまぁ〜ず三村マサカズに、「絵の信頼度は全くないから」と返されてしまった)。

[編集] TV

単発出演

※コンビの仕事は、ロザンを参照のこと。

[編集] 脚注

  1. ^ 朝日放送「ネタ祭り2007夏の陣〜東西対抗お笑いGP〜」、紹介VTRより
  2. ^ パナソニック電工のプレスリリース
  3. ^ 2007年10月9日放送の『ちちんぷいぷい
  4. ^ 中国放送ぶらぴ』2007年6月13日放送分。
  5. ^ テレビ朝日徹子の部屋』2009年1月26日放送分では、「喧嘩の最中に父親が東京に単身赴任してしまって、実質的に喧嘩ができなくなってしまった」とも語っている。
  6. ^ 『京大芸人』発売記念トーク等より

[編集] 外部リンク