西武山口線

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SeibuRailway mark.svg 山口線
山口線で使われる8500系(2007年6月2日、西武球場前駅)
山口線で使われる8500系
(2007年6月2日、西武球場前駅)
路線総延長 2.8 km
電圧 750 V(直流
最高速度 50 km/h
複線区間 なし(全線単線)
停車場・施設・接続路線
多摩湖線
0.0 SY01 西武遊園地駅
uSTR+GRZq
↑東京都/↓埼玉県
uSTR exKBHFa
(0.0) 遊園地前駅 -1985
uSTR
軽便鉄道時代
uBHF exSTR
0.3 SY02 遊園地西駅
uDST exSTR
東中峯信号場
uSTR exDST
中峯信号所 -1985
uSTR exDST
山口信号所 -1985
STRlg uABZrg uKDSTr exSTR
狭山線 /山口車両基地
exSTR
2.8 SY03 西武球場前駅
exKBHFe
(3.7) ユネスコ村駅 -1985
西武遊園地駅山口線ホーム
山口線(東中峯信号場

山口線(やまぐちせん)は、東京都東村山市西武遊園地駅埼玉県所沢市西武球場前駅間を結ぶ西武鉄道案内軌条式鉄道新交通システム)の路線である。愛称「レオライナー」。前身であるおとぎ線についても記載する。

路線データ[編集]

案内軌条式鉄道化後のもの。

  • 路線距離(営業キロ):2.8km
  • 方式:側方案内軌条式、空気入りゴムタイヤ(補助輪入り)
  • 駅数:3駅(起終点駅含む)、1信号場
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電気方式:直流750V
  • 最高速度:50km/h
  • 構築物:車両基地1か所、トンネル5か所、橋梁7か所、変電所1か所
  • 信号保安設備:地上信号式、第1種電気継電連動装置(ARC付)、点制御による多情報変周式車上パターン式ATS
  • 通信設備:列車無線装置、ホーム監視テレビを3駅に設置

歴史[編集]

元々は1950年(昭和25年)に開業した多摩湖ホテル前駅ユネスコ村駅を結ぶ単線「おとぎ線」を走る「おとぎ列車」という名称の遊戯施設で軌間762mmの「軽便鉄道」だった。

1952年(昭和27年)に「おとぎ列車」を地方鉄道法に基づく地方鉄道に転換、「山口線」と改称した。おとぎ列車の名はその後も用いられた。運賃は西武鉄道の他の一般鉄道路線とは別建てで、大人片道200円、子供片道100円で、営業時間は9:30から17:30まで。当初は蓄電池機関車(バッテリーロコ)だけだったが、1972年(昭和47年)に日本の鉄道100年を記念して蒸気機関車の運行を開始し、平日は蓄電池機関車、冬季以外の休日は蒸気機関車が走っていた。蒸気機関車の交代を前にして1976年(昭和51年)に運行を休止してトンネルの切り通し化や架道橋の架け替えなどの改修を行なって路盤強化を図った結果、それまで運行されなかった蒸気機関車の重連運転も行なわれるようになった。

1984年(昭和59年)5月に運行を休止して大改修を実施し、路線も変更。翌年案内軌条式鉄道新交通システム)として運行を再開した。これは施設の更新時期であったと共に、西武ライオンズ球場(現・西武ドーム)への交通アクセスの改善のためであるが、飯能日高ニュータウン高麗駅の間を結ぶ案内軌条式鉄道路線の構想があったため、それの実験を兼ねていたとも言われている。なお、手続き上は地方鉄道のおとぎ列車を一旦廃線扱いとした上で、新たに案内軌条式鉄道の免許を取得している。

新交通システムとして再開業後は、西武鉄道の他の一般鉄道路線と共通の運賃形態に組み込まれている。

建設省運輸省(いずれも現・国土交通省)が1983年に制定した「標準型新交通システム」規格をあえて無視して計画されており、VVVF制御の実用化を念頭に置いた直流750V電化の採用、キャブシグナルATOによる自動(無人)運転ではなく通常の信号機を建植し、ATSを使用するワンマン運転の実施など、イニシャル・ランニングコストの抑制に配慮した合理的なシステム構築が実現している。

日本の案内軌条式鉄道を用いた「新交通システム」路線で純民間企業経営のものは、2010年時点では山万ユーカリが丘線と西武山口線の2例のみである。

年表[編集]

  • 1950年(昭和25年)8月1日 遊戯施設「おとぎ列車」として、「おとぎ線」多摩湖ホテル前-上堰堤間が開通。
  • 1951年(昭和26年)9月16日 上堰堤 - ユネスコ村間まで延長し上堰堤駅を山口信号所に格下げ。
  • 1952年(昭和27年)7月15日 多摩湖ホテル前 - ユネスコ村間 (3.7km) を地方鉄道に転換。「山口線」に改称。
  • 1963年(昭和38年)7月1日 多摩湖ホテル前駅を西武遊園地駅に改称。
  • 1972年(昭和47年)6月2日 日本の鉄道100周年を機に蒸気機関車の運転を開始。
  • 1976年(昭和51年)12月17日 改修工事のため運休。
  • 1977年(昭和52年)3月19日 運行再開。
  • 1979年(昭和54年)3月25日 西武遊園地駅を遊園地前駅に改称。
  • 1984年(昭和59年)5月14日 案内軌条式への改良及び新運行区間整備のため、営業休止。
  • 1985年(昭和60年)4月25日 案内軌条式鉄道として西武遊園地 - 西武球場前間 (2.8km) 開業。同時に遊園地前 - ユネスコ村間廃止。

運転[編集]

全列車が西武遊園地 - 西武球場前間での運転である。運転間隔は通常の昼間は20分間隔だが、西武ドームでの野球開催時には臨時列車が運行され10分間隔となり、この時は東中峯信号場での列車交換が行われる。一方、朝・夜間は30分間隔となる。初電時刻は西武球場前発で6時50分台・西武遊園地発は7時10分台、終電時刻は22時台で、西武鉄道の他の路線に比べ運行時間帯が短い。なお、かつての朝・夜間や大晦日 - 元旦終夜運転(2008年 - 2009年シーズン以降中止)時は40分間隔であった。全ての列車が、西武遊園地駅で多摩湖線の列車に、西武球場前駅で狭山線の列車と接続を考慮したダイヤとなっている。

野球開催時は下り列車において、東中峯信号場付近で西武球場前駅到着の案内放送後に、野球開催のお知らせと埼玉西武ライオンズ応援歌『吠えろライオンズ』のインストゥルメンタルが流れることがある。

車両[編集]

コンクリート軌道上を走る8500系

新交通開業後[編集]

  • 8500系 - 8501 - 8504・8511 - 8514・8521 - 8524
    VVVFインバータは製造当初のGTO方式からIGBT方式に換装されている。

軽便鉄道時代[編集]

蓄電池機関車[編集]

  • B1形 - 1
    1950年のおとぎ列車開業時に保谷電車区(後の保谷車両管理所、現在は廃止)で製造された。5形蒸気機関車の入線に伴い1977年廃車。
  • B11形 - 11 - 15
    11は1952年中島自動車製、12 - 15は西武所沢車両工場製。出力は11kW×2機。制動機:手用(ハンドブレーキ)のみ。
    13・15は21形客車22・25・26・27と共に路線廃止後に大井川鉄道(現大井川鐵道)へ譲渡されたが、営業運転に使用されることはなく[1]千頭駅構内で何年もの間放置されていた。その後、静岡県浜松市にある宗教団体「ハレルヤコミュニティーチャーチ」に客車と共に譲渡された。

蒸気機関車[編集]

1976年まで

  • 1形 - 2
    SL運転開始に合わせて、頸城鉄道2号機を借り入れたもの。新潟県から来たことから「謙信号」の愛称がつけられていた。
  • 2形 - 1
    1形2号機より少し遅れて井笠鉄道1号機を借り入れたもの。先に入線した2号機とのペアという理由で「信玄号」の愛称がつけられた(井笠鉄道は岡山県の路線であり、車両には特に武田信玄との縁はない)。

上記の1号、2号は借り物であり、老朽化してきたことから代替機を求めることになった。阿里山森林鉄路の蒸気機関車も候補にあがり、現地調査もしたが車体が大きくトンネルや橋梁の改修に多額の費用がかかるため断念し、下記の台糖公司の機関車に変更した[2]

1977年以降、1984年5月の休止まで

西武園ゆうえんちに展示されていたころの西武5形蒸気機関車・527号機
  • 5形 - 527・532
    台湾台糖公司が保有していたものを譲り受けたもの。1形・2形に比べ車体が大きいため、運行開始前の1976年12月から翌年3月までトンネル撤去など施設側の改良をおこなった。
    532は、西武山口線のSL運転休止後、元ユネスコ村駅跡地で保存されていたが、北海道の丸瀬布町(現・遠軽町)にある「丸瀬布いこいの森」に移動した。
    527は西武遊園地内でレストランとして使用されていたが、レストラン廃止により、2011年6月に台湾高雄にある財団法人陳中和慈善基金会が所有する博物館に移設された。

1形・2形・5形のいずれもドイツコッペル製。

客車[編集]

  • 1形 - 1 - 19
    おとぎ列車開業に合わせて製造された、幌屋根の開放型客車。蓄電池機関車牽引。1963年に1・2(初代)が、密閉型客車に改造され、翌1964年の21形21・22への改番と同時に18・19が1・2(2代)に改番された。また1972年に3・5(初代)が21形25・26に改造され、同時に16・17が3・5(2代)に改番された。1973年に31形入線に伴い10 - 15が、1977年に5形蒸気機関車入線に伴い1・2(2代)・4・6・8が廃車され、軽便鉄道廃止まで残ったのは3・5(2代)・7・9の4両のみ。山口線休止後1両が埼玉県新座市在住の民間人に譲渡されたが、後に解体された。
  • 21形 - 21 - 26
    蓄電池機関車牽引の密閉型客車。21・22は前記の通り1963年に1形1・2 (初代)を雨天・冬期対策として密閉型に改造したもの。一部に1形からの改造車を含む。23・24は1964年に新造されたもの。25・26はSL運転対策として1972年に1形3・5 (初代)から改造されたものだが、31形の増備によりSL列車からは外されている。山口線休止後、一部がB11形と共に大井川鉄道へ譲渡された後、浜松市のハレルヤコミュニティチャーチに譲渡され、1両は埼玉県新座市の民間人に1形1両と共に譲渡されたが、後に解体された。
  • 31形 - 31 - 38
    SL運転開始に合わせて井笠鉄道から譲り受けたオープンデッキの木造客車で、当然蒸気機関車牽引であった。31 - 34はモニター(ダブルルーフ)屋根で、元はホハ2・5・6・10。35 - 38は丸屋根で、35・36は元は両備鉄道(後のJR西日本福塩線の一部)→神高鉄道(後の井笠鉄道神辺線)ナ19・20を継承したホハ18・19、37・38は元ホハ13・14で、いずれも井笠鉄道時代は車端部に扉が付けられていたが、西武鉄道入線時にオープンデッキに改造された。
    山口線休止後、31-34はユネスコ村駅跡地に展示されたが、後に「西武園ゆうえんち」内に移設され、レストランポッポの食堂車として使用された。2011年6月には西武園ゆうえんちの再開発に伴い、羅須地人鉄道協会成田ゆめ牧場に31・33の2両が、けいてつ協会 風だより・風の高原鉄道に32・34の2両が譲渡された。
    35-38は山口線休止後、31-34と共にユネスコ村駅跡地に展示されたが、1990年(平成2年)11月以降のユネスコ村再開発に伴い、1993年(平成5年)10月に「丸瀬布森林公園いこいの森」へ譲渡。その後38は車体が解体され、台枠と台車が静態保存。35は西武鉄道時代の塗装のままで静態保存。36、37は井笠鉄道時代の塗色に復元され、雨宮21号蒸気機関車牽引され動態保存されている。

駅一覧[編集]

新交通開業後[編集]

  • 線路 … ◇:列車交換可、|:列車交換不可、∧:終点(列車交換可能)
  • 駅番号2013年3月までに順次導入された。[3]
駅番号 駅名 駅間キロ 累積キロ 接続路線 線路 所在地
SY01 西武遊園地駅 - 0.0 西武鉄道多摩湖線 (ST07) 東京都東村山市
SY02 遊園地西駅 0.3 0.3   埼玉県所沢市
  東中峯信号場 - (1.0)  
SY03 西武球場前駅 2.5 2.8 西武鉄道:狭山線 (SI41)

軽便鉄道時代[編集]

遊園地前駅 - (中峯信号所) - (山口信号所) - ユネスコ村駅

脚注[編集]

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  1. ^ そもそも大井川鉄道には(1968年廃止の千頭森林鉄道を別とすれば)762mm軌間の区間はない。
  2. ^ 益井茂夫「村山山口貯水池をめぐる鉄道」『多摩のあゆみ』No87、1997年、66-70頁
  3. ^ 西武線全駅で駅ナンバリングを導入します (PDF) - 西武鉄道、2012年4月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]