西武山口線

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山口線(やまぐちせん)は、東京都東村山市西武遊園地駅埼玉県所沢市西武球場前駅間を結ぶ西武鉄道が運営する新交通システム鉄道路線である。日本国内の新交通システムで唯一県境を跨ぐ。「レオライナー」の愛称で親しまれている。

大手私鉄が運営する唯一の新交通システムで、新交通システムからイメージするような高架でなく、ほとんどが地上を走行する。なお、山口線の前身であるおとぎ線についても記載する。

西武球場前駅
西武遊園地駅

目次

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):2.8km
  • 方式:側方案内軌条式
  • 駅数:3駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電気方式:直流750V
  • 最高速度:35km/h

[編集] 歴史

もともとは、1950年(昭和25年)に開業した多摩湖ホテル前駅とユネスコ村駅を結ぶ単線「おとぎ線」を走る「おとぎ列車」という名称の遊戯施設で軌間762mmの「軽便鉄道」だった。

1952年(昭和27年)に「おとぎ列車」を地方鉄道に転換し、「西武山口線」と改称した。おとぎ列車の名はその後も用いられた。運賃は大人片道200円、子供片道100円で、営業時間は9:30から17:30まで。当初は蓄電池機関車(バッテリーロコ)だけだったが、1972年(昭和47年)に日本の鉄道100年を記念して蒸気機関車の運行を開始し、平日は蓄電池機関車、冬季以外の休日は蒸気機関車 (SL) が走っていた。

おとぎ列車こと西武山口線は1984年(昭和59年)5月に運行を休止して大改修を実施し、路線も変更。翌年案内軌条式鉄道新交通システム)として運行を再開した。これは施設の更新時期であったと共に、西武ライオンズ球場への交通アクセスの改善のためであるが、飯能日高ニュータウン高麗駅の間を結ぶ案内軌条式鉄道路線の構想があったため、それの実験を兼ねていたとも言われている。なお、手続き上は地方鉄道のおとぎ列車を一旦廃線扱いとした上で、新たに案内軌条式鉄道の免許を取得している。

これはゴムタイヤと案内軌条によるいわゆる新交通システムの範疇に入るが、建設省と運輸省が1983年に制定した「標準型新交通システム」規格をあえて無視して計画されており、VVVF制御の実用化を念頭に置いた直流750V電化の採用、キャブシグナルATOによる自動運転ではなく通常の信号機を建植し、ATSを使用するワンマン運転の実施など、イニシャル・ランニングコストの抑制に配慮した合理的なシステム構築が実現している。

[編集] 年表

  • 1950年(昭和25年)8月1日 遊戯施設「おとぎ列車」として、「おとぎ線」多摩湖ホテル前-上堰堤間が開通。
  • 1951年(昭和26年)9月16日 上堰堤 - ユネスコ村間まで延長し上堰堤駅を山口信号所に格下げ。
  • 1952年(昭和27年)7月15日 多摩湖ホテル前 - ユネスコ村間 (3.7km) を地方鉄道に転換。「山口線」に改称。
  • 1963年(昭和38年)7月1日 多摩湖ホテル前駅を西武遊園地駅に改称。
  • 1972年(昭和47年)6月2日 日本の鉄道100周年を機に蒸気機関車の運転を開始。
  • 1976年(昭和51年)12月17日 改修工事のため運休。
  • 1977年(昭和52年)3月19日 運行再開。
  • 1979年(昭和54年)3月25日 西武遊園地駅を遊園地前駅に改称。
  • 1984年(昭和59年)5月14日 案内軌条式への改良及び新運行区間整備のため、営業休止。
  • 1985年(昭和60年)4月25日 案内軌条式鉄道として西武遊園地 - 西武球場前間 (2.8km) 開業。同時に遊園地前 - ユネスコ村間廃止。

[編集] 運転

全列車が西武遊園地 - 西武球場前間での運転である。運転間隔は通常20分間隔だが、西武ドームでの野球開催時には臨時列車が運行され10分間隔となり、この時は東中峯信号場での列車交換が行われる。一方、早朝・夜間、大晦日 - 元旦終夜運転時は40分間隔となる。

[編集] 車両

コンクリート軌道上を走る8500系

[編集] 新交通開業後

全編成VVVFインバータ制御

[編集] 軽便鉄道時代

[編集] 蓄電池機関車

  • B1形 - 1
    1950年のおとぎ列車開業時に保谷電車区(後の保谷車両管理所、現在は廃止)で製造された。5形蒸気機関車の入線に伴い1977年廃車。
  • B11形 - 11 - 15
    11は1952年中島自動車製、12 - 15は所沢工場(現在は廃止)製。出力は11kW×2機。制動機:手用(ハンドブレーキ)のみ。
    13・15は21形客車22・25・26・27と共に路線廃止後に大井川鐵道へ譲渡されたが、営業運転に使用されることはなく[1]千頭駅構内で何年もの間放置されていた。その後、静岡県浜松市にあるハレルヤコミュニティーチャーチという宗教団体に客車と共に譲渡された。

[編集] 蒸気機関車

1976年まで

  • 1形 - 2
    SL運転開始に合わせて、頸城鉄道2号機を借り入れたもの。新潟県から来たことから「謙信号」の愛称がつけられていた。
  • 2形 - 1
    1形2号機より少し遅れて井笠鉄道1号機を借り入れたもの。先に入線した2号機とのペアという理由で、実車には縁もゆかりもないが、「信玄号」の愛称がつけられた(井笠鉄道は岡山県の路線)。

1977年以降、1984年5月の休止まで

西武園ゆうえんちに展示されている西武5形蒸気機関車・527号機
  • 5形 - 527・532
    台湾台糖公司が保有していたものを譲り受けたもの。1形・2形に比べ車体が大きいため、運行開始前の1976年12月から翌年3月までトンネル撤去など施設側の改良をおこなった。
    532は、西武山口線のSL運転休止後、元ユネスコ村駅跡地で保存されていたが、北海道の丸瀬布町(現遠軽町)にある丸瀬布いこいの森に移動した。
    527は西武遊園地内でレストランとして使用されている。

1形・2形・5形のいずれもドイツコッペル製。

[編集] 客車

  • 1形 - 1 - 19
    おとぎ列車開業に合わせて製造された、幌屋根の開放型客車。蓄電池機関車牽引。1963年に1・2(初代)が、密閉型客車に改造され、翌1964年の21形21・22への改番と同時に18・19が1・2(2代)に改番された。また1972年に3・5(初代)が21形25・26に改造され、同時に16・17が3・5(2代)に改番された。1973年に31形入線に伴い10 - 15が、1977年に5形蒸気機関車入線に伴い1・2(2代)・4・6・8が廃車され、軽便鉄道廃止まで残ったのは3・5(2代)・7・9の4両のみ。
  • 21形 - 21 - 26
    蓄電池機関車牽引の密閉型客車。21・22は上記の通り1963年に1形1・2 (初代)を雨天・冬期対策として密閉型に改造したもの。一部に1形からの改造車を含む。23・24は1964年に新造されたもの。25・26はSL運転対策として1972年に1形3・5 (初代)から改造されたものだが、31形の増備によりSL列車からは外されている。
  • 31形 - 31 - 38
    SL運転開始に合わせて井笠鉄道から譲り受けたオープンデッキの木造客車で、当然蒸気機関車牽引であった。31 - 34はモニター屋根で、元はホハ2・5・6・10。35 - 38は丸屋根で、35・36は元は両備鉄道(後のJR西日本福塩線の一部)→神高鉄道(後の井笠鉄道神辺線)ナ19・20を継承したホハ18・19、37・38は元ホハ13・14で、いずれも井笠鉄道時代は車端部に扉が付けられていたが、西武入線時にオープンデッキに改造された。
    山口線休止後31-34が西武遊園地内でレストランに使用され、35-38はユネスコ村駅跡地に展示されたが、ユネスコ村再開発に伴い1993年平成5年に北海道の丸瀬布町(現遠軽町)にある丸瀬布いこいの森に移設。その内1両は解体され、36だけ西武色で残り、残りは井笠時代の塗色に復元された。

[編集] 駅一覧

[編集] 新交通開業後

駅名 駅間キロ 累積キロ 接続路線 所在地
西武遊園地駅 - 0.0 西武鉄道多摩湖線 東京都東村山市
遊園地西駅 0.3 0.3   埼玉県所沢市
東中峯信号所 - (1.0)  
西武球場前駅 2.5 2.8 西武鉄道:狭山線

[編集] 軽便鉄道時代

遊園地前駅 - (中峯信号所) - (山口信号所) - ユネスコ村駅

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ そもそも軌間が合わないため、そのままの状態で使用することは不可能だった

[編集] 外部リンク

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