HSST

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HSST-03 実験車両(岡崎南公園)
横浜博覧会で初の営業運転を行ったHSST-05
愛知高速交通東部丘陵線100形 3輌編成車両

HSST: High Speed Surface Transport、エイチエスエスティ)は日本の磁気浮上式鉄道技術の一つ。当初は日本航空、その後は名古屋鉄道が中心となり開発が進められた。運転速度および輸送能力に応じてHSST-100、HSST-200、HSST-300の3システムが開発されている。2005年3月に愛知高速交通東部丘陵線(愛称:リニモ)で常設路線として初の営業運転を開始した。

開発経緯[編集]

都心から60km以上離れた成田空港へのアクセスが問題となっていたことが開発のきっかけであった。問題の解決策として、当時の運輸省国鉄成田新幹線の導入を考えていたが、日本航空も空港アクセス交通システムについて独自に調査・研究を行っていた。

日本航空では、当時の西ドイツで開発が進んでいた磁気浮上式鉄道に注目し、航空機技術と組み合わせれば最適な交通システムが作れると判断、トランスラピッドを開発していた西ドイツのクラウス=マッファイ社から吸引式磁気浮上技術を導入し、1974年頃から開発が開始された。当時の開発目標として最高時速を300kmとした。

また、クラウス=マッファイ社から吸引式磁気浮上に関する技術を導入したため、あたかもトランスラピッドのコピーであるかのような印象を与える場合もあるが、実際にはトランスラピッドが高速化に適した軌道一次式リニア同期モータを使用するのに対して、HSSTでは浮上と案内を兼用した車上一次式リニア誘導モータを採用する等、同じ吸引式磁気浮上でも細部は異なる[1]

基本技術[編集]

HSSTの構造図。車両とレール側のU字構造の頭頂部同士に働く吸引力で浮上および案内力が生ずる。

浮上・案内[編集]

浮上・案内には電磁吸引制御式が採用されている。HSSTの特徴でもあるが、1つの機構で浮上力と案内力を兼用して発生させる方式である。軌道側に鉄製の浮上案内レールが下向きに取り付けられており、車両側に取り付けられた電磁石はレールと対向している。この電磁石がレールを吸引する力により浮上力を得る。この方式で安定した浮上力を得るためには、レールと電磁石の間のギャップを常にセンサにより測定し、一定距離を保つように電磁石を制御する必要がある。浮上量は約10mm程度である。

また、レールおよび吸引磁石は車両進行方向に対して共にU字型をしており、レールと吸引磁石のU字の頭が互いに対向するように配置される。このU字部分の頭頂部に一致するように横向きの力が働くが、これが案内力となる。

電磁吸引制御式の特徴として、浮上磁石が鉄レールを引き付ける際に、磁界の影響で鉄レール内にはうず電流が発生する。このうず電流と浮上電磁石との間には車両を制動する方向に力が働く(磁気抗力または磁気抵抗)。これを回避するためには、磁束密度を低くし代わりに広い面積で車体の浮上を支えることが有効である。HSSTではモジュール(後述)構造により車両長さ方向をほぼカバーするように浮上磁石を配置している。

推進[編集]

片側式リニア誘導モーター(リニアインダクションモータ)が採用されている。車両側に一次側(電機子)コイルを、軌道側に二次側の金属プレート(リアクションプレート)を持つ構造となっている。この方式では、軌道側にコイルを持つ必要はないが、車両側で電機子の磁極切り替え制御を行う必要がある。また一般にリニアインダクション(誘導)モータはリニアシンクロナス(同期)モータに比べて消費電力の効率が悪いとされている[2]

またHSSTではリニアインダクションモータの駆動装置としてVVVF方式インバータを用いたV/f制御(電圧と周波数の比を制御)が採用されている。

車両技術[編集]

モジュール[編集]

一般の鉄道車両の台車相当の部分をHSSTではモジュールと呼ぶ。一般の鉄道の台車と異なり、HSSTのモジュールは車両のほぼ全長にわたって分散するように配置されている。これは横方向磁束方式とも呼ばれる。モジュールは浮上、案内、推進、ブレーキの機能をまとめたものであり、車体の両側に連続的に配置されている。モジュールには2個の浮上・案内電磁石を1組として2組、リニア誘導モータの一次側が1つ、ギャップセンサなどが内蔵されている。モジュールの左右はアンチ・ロール・ビームで接続されている。

車体とモジュール間には空気バネによりモジュール端の4箇所で接続されており、これにより車体への振動緩和を行っている。

ブレーキ[編集]

通常の場合はリニアモータからの制動力による電気ブレーキを使用する。しかし安全面を考慮し油圧ブレーキも装備されている。油圧ブレーキは、ブレーキシューが車両側に装備され、シューにより軌道側の浮上案内レールの一部を挟むことで制動力を得る。

ブレーキ系統は常用系と保安系の二重のシステムを持っている。保安系ブレーキは電磁弁に対して常時励磁しており、電気系の故障などで励磁が解除されると油圧ブレーキが作動するフェイルセーフになっている。

給電装置[編集]

HSSTでは、車上側の推進コイル、浮上コイルに対して電力供給が必要となる。このため軌道側に設置されている電車線から接触給電(直流1500V)が行われる。

検修庫で安全上、軌道から集電できない場合は電源ケーブルを接続して浮上する。

車上電源[編集]

浮上中に電源異常になった場合に備え、バックアップバッテリが搭載されている。バックアップバッテリのみでも数十秒間の浮上が可能。

軌道[編集]

HSSTの場合、浮上や推進に必要なコイル類は全て車両側に装備される。このため軌道構造はシンプルにできる特長がある。ダブルビーム型とシングルビーム型がある。

HSST-Double-Beam.png
ダブルビーム型は、2つのコンクリート支柱(ビーム)で車両を支える。支柱間に車両側の機器部分を入れることができ、車両の低重心化が図れ、高速化に適するが、その反面、軌道の建設コストは割高になる。
筑波万博などでデモ走行を行ったHSST-03形に採用された実績がある。
ダブルビーム型
HSST-Single-Beam.png
シングルビーム型は、車両直下に軌道のビームがくるため、軌道下に車体の一部(機器など)を持ってくることが出来ず、ダブルビーム型に比べて車両の重心が高くなる欠点がある。
愛知高速交通東部丘陵線はこの方式を採用している。
シングルビーム型

環境への影響[編集]

騒音[編集]

車両側への給電が接触して行われるが、これによる騒音の発生は軽微である。従って従来の軌道鉄道と比べても低騒音での導入が可能である。

磁界[編集]

東部丘陵線の開通に先立ち、愛知医科大学の水谷登らによりペースメーカーにHSSTシステムが与える影響の調査・報告が行われた。これによると誤作動は認められなかったという。

ランニングコスト[編集]

タイヤがなく非接触なので、タイヤやブレーキシューの交換の必要がなく消耗品もほとんどない。また、その交換のための予備車両も必要ない。他の新交通システムと比較して、消費電力もあまり差がないため、結果的にランニングコストは少なくてすむ。

消費電力[編集]

HSSTは、リニア誘導モーターであるため、一般の鉄道で使用されている直流モーター同期モーターリニア同期モーターに比べて効率が悪い[2]

実は浮上にかかるエネルギー消費は、一般的なイメージより小さい。HSST-100で6mmの浮上に必要な消費電力は1t当り0.8kW程度である。HSSTが走行時に消費する電力のうち浮上における消費分は5から30%程度で、推進による消費が大部分である。推進時の抵抗はゴムタイヤの転がり抵抗よりも少ないため、その傾向は高速化する程一層顕著になる。

HSSTシステムの種類[編集]

HSSTではその用途別に主に3種類の基本形に分かれている。

HSST-100形[編集]

都市型交通システムなどの短距離路線を想定。道路と平行して軌道設置できるように、最小半径が25m、最高速度100km/h程度。急勾配にも対応可能である。

HSST-200形[編集]

中距離システムを想定。最高速度は100km/hから200km/h程度。最小半径100mとしている。HSST-04/05がこれにあたる。

HSST-300形[編集]

高速大量移動システムを想定。最高速度は300km/h以上。HSST-03がこのタイプの原型である。

実験車両[編集]

HSST-01[編集]

1975年に製作した無人実験車両。基本的にはリニアモータ駆動であったが、250km/h以上で走行する際には補助ロケット日産自動車製)を使用した。1978年に307.8km/hを達成。国立科学博物館に寄贈され、上野本館で展示された後、同博物館の筑波地区資料庫で保管されている[3]

HSST-02[編集]

1978年に製作された客室スペースを持つ実験車両。8人分の座席を確保し、乗り心地改善のため2次サスペンションが導入された。最高時速は110km/h。HSST-01と同様、国立科学博物館へ寄贈、展示された後、筑波地区資料庫で保管[3]

HSST-03[編集]

1985年筑波万博1986年バンクーバー国際交通博覧会1987年の岡崎葵博でデモ走行を行った。軌道にダブルビーム型を採用。また台車に替わりモジュールを採用(6モジュール/両)。現在は岡崎南公園内に展示されている。当時はまだパワーエレクトロニクスが車両に搭載できるほど小型軽量化されていなかったので浮上、推進の制御用VVVFインバーターは地上にあった。そのため、給電線の本数が以後の機種よりも多い。筑波博では直線の軌道だったが、バンクーバー博では曲線の軌道を走行した。

HSST-04[編集]

1988年熊谷市で行われたさいたま博覧会にて展示走行した車両。HSST-200系統として開発、最高時速は30km/h。VVVFが車載となる。

HSST-05[編集]

1989年横浜博覧会にて開催期間中のみ営業運転した車両で、2両編成化していた。HSST-200系統として開発、最高時速は42km/h。

HSST-100[編集]

都市型交通システムへの特化・実用化を目指した車両。最高時速は110km/h。HSST-100は中部HSST開発により1991年から大江実験線で試験が行われた。また、廃線となった横浜ドリームランドから大船駅までのモノレール線を再利用するために車長を長くしたHSST-100Lも開発された。路線計画は中止となったが、HSST-100Lは後に愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)100形のベースモデルとなった。

営業路線[編集]

2014年現在、愛知高速交通東部丘陵線が唯一HSSTの営業路線となっている。この路線は、2005年に愛知県で開催された万国博覧会愛・地球博)の開幕に合わせて開業した。

1999年に「あいち学術研究ゾーン」への導入が決まり、2002年11月に初の実用車両となる3両編成の100形が落成した。大江実験線での試験[4]を経て、2005年の万博の開幕に合わせて愛知高速交通東部丘陵線として開業した。愛称は「リニモ」。万博後乗客数は激減したが、その後順調に回復している。しかしいまだ営業赤字は続いている。

中止された計画[編集]

ドリーム開発ドリームランド線(ドリームランドモノレール)[編集]

1966年大船駅から横浜ドリームランドを結ぶドリーム交通モノレール大船線が開通したが、翌年橋脚の強度が著しく不足していることが発覚し、運休となる。以後モノレール設備は放置されていたが、1982年ダイエー子会社のドリーム開発がこの施設を買収し、HSSTの導入を計画した。しかしダイエー本体の経営が傾き導入計画は頓挫した。同線はその後2003年に正式に廃線となり施設は撤去され、またドリーム開発も2005年に解散している。

広島空港連絡鉄道[編集]

白市から広島空港までの約8kmに敷設予定の鉄道で、当初はHSST方式の導入が予定されていた。しかし従来の鉄道での建設に変更。その後2006年9月に県議会で、計画の見送り(事実上の断念)が発表された。

海外へのシステム販売[編集]

2003年11月、海外へのHSSTの販売に向け、HSSTシステム販売株式会社が設立された。中国台湾アメリカなどに売り込みを図ったが結果が出せずに、2011年12月2日に解散している。[5]

歴史[編集]

1975年に横浜市新杉田に200mの直線軌道を敷設して基本実験を開始。同年の12月に重さ約1tのHSST-01の浮上走行に成功。1976年に川崎市東扇島に1300mの実験線を建設。1978年には、HSST-01にて307.8km/hをマークする。1979年には国からの補助金を得て東扇島の実験線を延長し、曲線と勾配を持つ本格的なものに改良する。1981年3月でHSSTの基礎実験フェーズは終了し、東扇島の実験線も閉鎖された。

1985年、筑波で行われた国際科学技術博覧会にてHSST-03が世界で2番目の実用デモ走行に成功。30km/hと低速の走行ながら人気を博した(→つくば科学万博の交通も参照)。また翌1986年カナダバンクーバーで開催された国際交通博覧会においても、一部に曲線走路を含むデモ走行が行われた。

1987年3月から始まった愛知県岡崎市の葵博でHSST-03が展示走行。全長180m。このときの車両は岡崎南公園交通広場に保存されている。

1988年、熊谷市で開催されたさいたま博覧会でHSST-04が展示走行。最高時速30km/h。

1989年3月から始まった横浜博覧会横浜博線(YES'89線)では、当時の運輸省から日本初となる磁気浮上式鉄道の営業免許が下り、HSST-05による初の営業輸送を行う。最高速度42km/h。同年10月まで運行。

1989年8月、名古屋鉄道が筆頭株主となり愛知県、日本航空などが出資して中部エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社(中部HSST開発)を設立、日本航空からの技術者も移り開発が続けられることになった。日本航空はHSSTから事実上撤退。実用化へ向けて中部HSST開発により1991年、名古屋市の名鉄築港線沿いの大江・東名古屋港間1.5kmに大江実験線が建設され、開発が続けられる。

1999年11月に名古屋東部丘陵地域の「あいち学術研究ゾーン」への導入が決まり、翌2000年に東部丘陵線を運営する愛知高速交通株式会社が設立される。また同年、日本航空は完全に撤退。

2003年11月、海外へのHSSTの販売に向け、伊藤忠商事、中部HSST開発、名古屋鉄道の3社によりHSSTシステム販売株式会社が設立される。

2005年3月6日、愛知県で開催された 愛・地球博に合わせて、磁気浮上式の常設実用線としては世界で4番目となるHSST-100により愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)として開業した。最高速度は100km/h。

その他[編集]

エンドウからHSSTの1/80スケール模型が販売された。実際に浮上走行するもの(永久磁石の反発力で浮上)と展示用途のみのものがある。この他には100円のおかし麺(カップラーメン)のおまけでもHSST模型があった。

脚注[編集]

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  1. ^ HSSTで使用されている車上一次式リニア誘導モータのコンセプト自体はドイツの磁気浮上式鉄道の開発がクラウス=マッファイが主導するトランスラピッドに一本化される前に既に研究が進められていたが、あくまでも高速化を追求するトランスラピッドでは採用されなかった。
  2. ^ a b ただし、これには誤解があり、一般的にリニアシンクロナスモータの場合は、軌道一次式、車上一次式を問わず、二次側が永久磁石ではない場合には二次側も励磁する必要があるのに対して、リニアインダクションモータは二次側は励磁する必要がないので消費電力を抑えることができる。車載の電磁石のみを励磁するので誘導式、同期式を問わず軌道上の電磁石を励磁する軌道一次式のリニアモータよりは効率が高く、同種のリニア誘導モータを使用するミニ地下鉄等と同水準である。
  3. ^ a b 国立科学博物館 理工学関係資料移設業務 仕様書 平成23年12月2日(ウェブ魚拓)
  4. ^ 太田健一「モハユニ ■HSST実験線に愛知万博線の量産先行車」、『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、 19頁。
  5. ^ リニア海外販売へ新会社 名鉄と伊藤忠、米中に狙い」共同通信、2003年10月29日

参考文献[編集]

  • 『磁気浮上鉄道の技術』- 正田英介ら、オーム社

外部リンク[編集]


磁気浮上式鉄道
磁気浮上方式
リニアモータ方式
電磁吸引方式 電磁誘導方式
支持・案内分離式 支持・案内兼用式
地上一次リニア同期モータ トランスラピッド (TR-05〜、独)
M-Bahn (旧西独)
  超電導リニア (日)
EET (旧西独)
車上一次リニア誘導モータ KOMET(旧西独)
EML (日)
HSST(日)
バーミンガムピープルムーバ (英)
トランスラピッド (TR-02、旧西独)
 
推進方式未定
(リニアモータも可能)
インダクトラック (米)