所沢市
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所沢市(ところざわし)は、埼玉県南部にある人口約34万人の市である。 埼玉県内では、さいたま市、川口市に次ぎ、川越市とほぼ同数の第3~4位水準の人口を擁する。特例市及び彩の国中核都市に指定されている。
目次 |
[編集] 概要
都心のベッドタウンとして、新所沢、小手指地区には集合住宅が多く、所沢駅前はプロペ通りを中心にした繁華街となっている。東所沢地区はJR武蔵野線が開業した当時に比べ人口が急増している。その反面、北部の富岡地区は江戸時代に行われた開拓により整備された農地(三富新田)が広がり、南部には宮崎駿監督作品の映画『となりのトトロ』の舞台にもなった狭山丘陵(トトロの森)が広がっており豊かな自然にも恵まれている。
日本で初めて飛行場が建設された地としても有名で、かつて飛行場であった所には所沢航空記念公園が作られ、所沢航空発祥記念館もある。東京航空交通管制部もここ所沢にある。
プロ野球球団埼玉西武ライオンズのフランチャイズの西武ドームの所在地としても全国的に名が知られている。西武グループの本拠地としても有名で、駅前には西武百貨店(ただし旧セゾングループ)など西武の名を冠するビルが連なっている。
[編集] 市名の由来
「所沢」という地名は野老(トコロ。ヤマノイモ科の植物)が群生する湿地の意といわれるが不詳。古くは「野老澤」(ところさわ)と称した。市内西部から市内中心部を通り、東部に流れる東川(あずまがわ)を指しているとする説が有力である。[1]
[編集] 地理
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埼玉県西部、武蔵野台地に位置し、南部には狭山丘陵が広がっている。 狭山丘陵から流れる東川、柳瀬川は市内東部へ流れ、最終的には荒川に至る。 山口貯水池(通称:狭山湖)は所沢市内にあるが東京都民用の水源となっている(東京都水道局が管理)。
池袋を起点とする西武池袋線と西武新宿を起点とする西武新宿線の2つの幹線が東と南からやってきて、ちょうど所沢駅に互い違いで乗り入れている。 その後2つの路線はそれぞれ北と西とに進路を変え市内を横断する。 西武池袋線は西武有楽町線経由で東京メトロ有楽町線・副都心線と相互直通運転を行っており、都心部へのアクセスも良い。 JR武蔵野線は「所沢市内」での他路線との接続はない。(ただし市境付近に新秋津駅と西武池袋線秋津駅がある)
関越自動車道が東部を通過しており、国道463号(旧・県道浦和所沢線)と所沢ICで接続する。 国道254号線と国道463号線は新座市の英インターで交差した後、市中心近くに至り、宮本町交差点を起点にそこから2本に分かれ(北側は通称「行政道路」、南側は通称「(国道463号、若しくは行政)バイパス」と呼ばれる)、入間市へと続いている。
所沢駅前のプロペ通りを中心とした地域は繁華街で西武百貨店、ダイエー、いせきの他、多くの飲食店、衣料品店などがある。 プロペ通りから続くファルマン通りも古くからの繁華街で、旧市役所のあった元町を経て、金山町の交差点まで続く銀座商店街がある。かつては川越の蔵造りの街並みに引けを取らない街並みであったが、現在は高層マンションが立ち並んでいる。
航空公園を中心とする並木地区には公共機関が集中し、また在日米軍所沢通信基地がある。
新所沢は都市公団(現・都市再生機構)、小手指は西武鉄道とそれぞれが開発した集合住宅が広がっている。 近年では旧市街地に超高層マンション建設が相次いでいる。
[編集] 所沢市を流れる河川
[編集] 歴史
[編集] 古代まで
所沢の近辺には、約2万年前から人類が定住しており、砂川遺跡を筆頭に市内には旧石器時代以降の遺跡や貝塚が点在している。
東日本各地に多く見られることだが、当地にも日本武尊の東征伝説がある。戦勝を祈願したといわれる神社(所澤神明社や北野天神社の由来)や、あるいは篭手をかざした(地名・小手指の由来)と言った伝承がある。
7世紀に律令制度のもと、武蔵国国府が現在の府中市に設置されると、武蔵国国府と上野国国府を結ぶ官道が築かれた。これが東山道武蔵路であり、市内の南陵中学校で遺構が確認されている。また、かつての郡境にあたる現在の松が丘付近には悲田処(行路病人などの救護施設)が設置されたという伝承がある。
武蔵国一帯は朝鮮半島からの渡来人が数多く定住しており、当地にも渡来人のコミュニティが存在していた、との説もある。
[編集] 中世
平安時代末期になると世情が乱れ、野武士軍団である武蔵七党の一派、村山党が定着した。 現在も市内に多く存在する山口、村山、金子といった姓は、この流れである。
1192年に鎌倉幕府が成立すると、府中方面に通じていた街道は鎌倉街道上道となり、軍事的にも経済的にも重要な幹線道路として整備された。 特に所沢は、上道と間道である堀兼道・羽根倉道の合流地点として、栄えたという。
1333年、隠岐島に島流しされていた後醍醐天皇が伯耆国船上山(現鳥取県東伯郡琴浦町内)で蜂起すると、上野国(群馬県)の新田義貞は呼応して鎌倉へ向かって進軍し、小手差原(現在の北野付近)で北条氏の兵と衝突、決着はつかず両軍とも一時兵を引いた。世にいう小手指原の戦いである。 市内に残る白旗塚・将軍塚(松が丘)・誓詞橋(砂川堀)・勢揃橋(柳瀬川)といった地名は、この戦いに由来する。 その後、1352年にも義貞の遺児である義興・義宗の兄弟が足利軍と小手指原付近で衝突している。(武蔵野合戦)
戦国時代は関東管領扇谷上杉氏の支配下にあり、上杉氏家臣で守護代の大石氏が統治していた。のちに河越夜戦で上杉氏が衰退し後北条氏が台頭してくると、八王子城主北条氏照の支配下となった。柳瀬川沿いに山口城址・滝の城址などの中世城館跡が数か所残っている。
[編集] 近世
江戸時代、所沢は江戸から近いこともあり、旗本領や天領(一部は川越藩領)として幕府の直接支配のもとに置かれた。 河原宿(現在の宮本町付近)から江戸四谷への道(江戸街道・おおむね現在の西武新宿線沿い・現所沢街道に近い)が整備され、東(江戸街道)・西(秩父道)・南(府中・八王子方面)・北(川越方面)へ延びる主要道路の中継地、あるいは物資の集積地として繁栄した。 また、市北部の富岡地区では、川越藩の柳沢吉保による三富新田開拓が行われた(このうち上富地区は、現在は三芳町の域内)。
なお、地層が関東ローム層と礫層に覆われた武蔵野台地では地下水脈が深いため、所沢は井戸水の確保に苦労した。 その惨状たるや「所沢の火事は土で消せ」と言われたくらいであり、実際に1818年(文化15年)2月の神明社、薬王寺及び民家142戸が焼失する大火など、江戸期には数回の大火が発生している。
[編集] 近代
明治維新後、現在の所沢市域の旧幕府直轄領だった大部分は1869年(明治2年)3月21日(旧暦2月9日)に品川県に、1871年8月29日(旧暦7月14日)に川越藩領だった一部は川越県となったが、同年12月25日(旧暦11月14日)に全域入間県、1873年6月15日に熊谷県と移管された後、最終的に1876年8月21日、埼玉県に組み入れられた。1881年(明治14年)上新井村の本宿と久米村の金山を編入し、所沢村から所沢町になった。1889年(明治22年)4月1日、町村制施行に伴い、入間郡所沢町が誕生。
明治時代にも1875年(明治8年)、1880年(明治13年)、1885年(明治18年)などに大火があり、蔵造りの街並みが造られた。
1911年(明治44年)、現在の並木地区を中心とした一帯に陸軍が日本初の飛行場(のち陸軍航空整備学校)を設置し、基地の町という新たな顔をもつことになった。現在、所沢が所沢航空記念公園を持ち「航空発祥の地」を標榜しているのは、これに由来する。(ちなみに日本人の初動力飛行は東京代々木練兵場で、1910年(明治43年)12月19日、陸軍大尉徳川好敏により行われた。)
また、臨時軍用気球研究会所沢試験場が翌1911年4月1日にオープン。4月5日に陸軍大尉徳川好敏による初飛行が行われたが、この際使用した飛行機がアンリ・ファルマン式複葉機だったことにちなみ、所沢駅西側には「ファルマン通り」という道が存在する。
なお、飛行場完成に合わせて武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)や旧西武鉄道(現在の西武新宿線)も競って基地への最寄駅を設置した。(現在は両駅とも廃止)
一方、交易中継地としての機能も健在で、「所沢飛白」「湖月縮」といった名産品により、「織物の町・所沢」として最盛期を迎えた。
1927年(昭和2年)、東京市民の水がめとして、山口貯水池(狭山湖)の建設が開始され、1934年(昭和9年)に完成した。このため山口村の旧勝楽寺村と上山口村にわたる一帯が水没し、村の住民は隣の小手指村などに移住した。 狭山湖畔からの景観や付近の桜景色は、同湖完成直後から観光名所となり、後に周辺一帯が一大レジャーエリアとして開発される端緒となった。
しかしながら同湖の水は所沢には供給されないため、町内では江戸時代と変わらず水の確保に苦労する状況であった。1934年(昭和9年)4月には大干ばつにみまわれ、近隣の町や陸軍飛行学校から給水を受ける有様であった。この状況は上水道が完成する1937年(昭和12年)3月まで続いた。
[編集] 現代
1943年(昭和18年)、所沢町と小手指・富岡・吾妻・松井・山口の5村が合併した。
戦時中の1945年(昭和20年)にはアメリカ軍による空襲で旧所沢町だけで死傷者が30名以上、家屋への被害も65棟に及んだ。[2]3月10日の東京大空襲では所沢飛行場にも戦闘機が配備されていたが、強風と延焼により迎撃できなかった。8月15日の敗戦とともに、陸軍所沢飛行場および周辺施設はアメリカ軍に接収され、1971年(昭和46年)に6割、1978年(昭和53年)にさらに1割は返還されたものの、現在も通信基地として残っている。
1950年(昭和25年)に市制を施行し所沢市となった(埼玉県で8番目)。
1955年(昭和30年)には柳瀬と三ヶ島の両村を吸収し、現在の市域となった。
市制施行時、人口は約4万2千人であったが、昭和20年代~30年代前半に沖縄からの移民団が新所沢東部や小手指付近に入植・開拓を行うなど人口は増加しつづけ、1959年(昭和34年)には住宅公団による新所沢団地の入居が開始された。 その後も小手指や新所沢地区を中心に大規模な住宅開発が行われ、2000年には人口33万人を突破している。
1978年(昭和53年)福岡を本拠地とし、経営不振に陥っていたプロ野球・パシフィック・リーグ『クラウンライターライオンズ』の運営会社・福岡野球株式会社を国土計画の堤義明が、西武鉄道沿線である所沢市への移転を条件に全ての債務を肩代わりするなどして買収。狭山丘陵に自前の球場(西武ライオンズ球場(現:西武ドーム)を建設。チーム名を西武ライオンズとした。
1982年(昭和57年)西武ライオンズが本拠地移転4年目にしてリーグ初優勝、日本一に輝く。以来80年代のパリーグ黄金時代を築く。2008年(平成20年)までにリーグ優勝16回、日本一を10回(福岡時代からの合計はリーグ優勝21回、日本一13回)を達成している。
1997年(平成9年)に廃部となったバスケットボールチーム・アンフィニ東京ブロンコスの後継チームを発足。名称を所沢ブロンコスとし活動開始。2005年(平成17年)には埼玉ブロンコスに名称を変更し新潟アルビレックスBBとともにbjリーグを発足した。所沢市民体育館を本拠地としている。
1997年(平成9年)にはテレビ朝日のテレビ報道に端を発するダイオキシン騒動が発生、社会問題となった。
2006年(平成18年)面積に関する要件の廃止により中核市の条件を満たす。
[編集] 人口
- 人口:341,023人
- 男性:170,734人
- 女性:170,289人
- 世帯数:142,665世帯
(以上、2008年6月末現在、「広報ところざわ」より)
| 所沢市と全国の年齢別人口分布 | 所沢市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 所沢市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 経済
[編集] 産業
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- 西武グループ持株会社・株式会社西武ホールディングス本社(くすのき台)
- 鉄道事業者・西武鉄道株式会社本社(くすのき台)
- プロ野球興行運営会社・株式会社西武ライオンズ(上山口)
- プロバスケットボール興行運営会社・株式会社埼玉ブロンコス(西所沢)
- 食品製造・ピックルスコーポレーション(くすのき台)
- 外食レストランチェーン・山田食品産業株式会社(山田うどん) 本社(上安松)
- 外食レストランチェーン・ぎょうざの満洲本店(松葉町)
- 機械製造・株式会社鷺宮製作所 所沢事業所(青葉台)
- 機械製造・シチズン時計株式会社 所沢事業所(下富)
- 計測器製造・株式会社シバソク 所沢事業所(若松町)
- 光学機器・株式会社ビクセン 本社(東所沢)
- 卓球用品・株式会社タマス(バタフライ) 所沢事業所(神米金)
- 楽器製造・株式会社村松フルート製作所(美原町)
- 自転車部品製造・株式会社三ヶ島製作所 三ヶ島ペタル MKS(糀谷)
- 美少女ゲーム製作・有限会社ソルジャーブルー(ねこねこソフト・コットンソフト)(旭町)
[編集] 農業
- →#名産品も参照
[編集] 行政
[編集] 市長
[編集] 歴代市長
- 初代 新井万平1950年11月3日~ 1951年4月4日
- 2代 内田常光1951年4月23日~ 1955年4月30日
- 3代 鈴木孫三郎1955年5月1日~ 1959年4月30日
- 4代 新井万平1959年11月3日~ ?
- 5代 平塚勝一 1967年 ~ 1983年
- 6代 武藤保之助 1983年 ~ 1987年
- 7代 中井眞一郎 1987年 ~ 1991年
- 8代 齋藤博(さいとう・ひろし) 1991年10月30日 ~ 2007年10月29日
- 9代 当摩好子 2007年10月30日 ~ 【現職】
[編集] 市議会
[編集] 議会構成
- 議員定数:36
- 議長:秋田孝(あきた たかし)(市民クラブ)(2009年6月-)
- 副議長:谷口桂子(たにぐち けいこ)(公明党)(2009年6月-)
- 会派
[編集] 広報番組
- テレ玉 - 「所沢リポート」(土)9:50~10:00、(日)9:50~10:00(※再放送)
- エフエム茶笛 - 「広報ところざわ」(月~金)10:30~10:33、(土、日)11:00~11:03
- メディアッティ所沢 - 「広報ところざわ」
[編集] 指定金融機関
- 埼玉りそな銀行(西暦の奇数年度)
- 三菱東京UFJ銀行(西暦の偶数年度)
- 県内自治体で唯一2行輪番制を採用している。また、水道事業及び病院事業(市民医療センター)は三菱東京UFJ銀行である。これはかつての所沢銀行が合併を経て現在の「三菱東京UFJ銀行所沢支店」となっている為である。
[編集] 姉妹都市
ディケイター市(アメリカ合衆国 イリノイ州)- 1966年5月6日姉妹都市締結
- 当時の米軍所沢兵站センター長・ミラー氏の出身地。ともに人工湖があり、また当時の両市が産業・人口規模などで類似していたことから、交流がはじまった。
常州市(中華人民共和国 江蘇省)- 1992年4月20日姉妹都市締結
- 日中国交回復10周年を機に、所沢市でも中国との交流を探る動きが具体化。中日友好協会の仲介により1985年より交流開始。
安養市(大韓民国 京畿道)- 1998年4月17日姉妹都市締結
[編集] 文化
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[編集] 祭事・催事
- ところざわまつり(毎年10月の日曜日)
- 明治初期より続く伝統的な祭り。毎年会場となる所沢駅西口から プロペ通り, ファルマン通り, 昭和通り, 所沢銀座通り, 金山町通り は全面車両通行止めになるなど大規模な交通規制、全10基の山車・神輿を曳行、重松流祭囃子を披露する他、毎年多彩な催し物を企画している。近年ではサンバなどでも有名[3]。
- 所沢市民フェスティバル(毎年10月の土日に開催 開催時期は所沢市HPを参照)
- 所沢市制施行30周年を記念して1980年から毎年開催される「市民の祭典」。場所は広大な立地を活用できる所沢航空記念公園。毎年県内外から2日間で約40万人の来場者が訪れ、多彩なイベント企画、地元企業による出店など所沢市内で開催するイベントとしては最大の規模。
[編集] 名所・旧跡・観光スポット
- 所沢航空記念公園
- 所沢市民文化センター ミューズ
- 所沢市民体育館
- 西武ドーム
- 2005年8月6日まで、渡辺美里が夏の風物詩とも言えるライブを20年連続で行ったスタジアムとしても有名である。
- 狭山スキー場
- 狭山湖
- 西武園ゆうえんち
- 西武園競輪場
- ゆり園
- 所澤神明社
- 滝の城址公園
- 山口城址
- 根古屋城址
- 北秋津城址
- 柳瀬荘(黄林閣) 旧松永安左エ門別邸
- 狭山不動尊 芝増上寺の旧徳川家霊廟の建物などを移築
- 所沢郷土美術館(平塚家)
- 井筒屋町造商店
- 北野天神
- 小手指ヶ原古戦場跡
[編集] 商業施設
[編集] デパート・大型電気店・ホームセンター
1980年代半ば頃にシズオカヤ、1990年代初頭にニチイが相次いで閉店したものの、1986年に西武百貨店が西武グループの御膝元にようやくオープンし現在に至っている。所沢駅周辺の再開発が進み、郊外に集客力の高い専門店を揃えた大型複合施設の出店、大型駐車場を備えた大型スーパー・家電量販店の進出などは所沢駅前のデパート各店の経営にも影響を及ぼし、2005年にはダイエー所沢店、丸井所沢店の撤退が相次いで発表され、所沢市と周辺住民や地元商店街の経営者に大きな衝撃を与えた。後に、所沢市からダイエーに閉店の撤回を求める陳情やダイエー側とビルオーナーの株式会社東栄との話し合いの末、撤退は撤回されて存続が決定となった。一方、1961年の開店から46年に渡り長く地元に親しまれてきた丸井所沢店(A館・B館)は、2007年1月31日をもって閉店、所沢プロペ通りの中核店舗を失うことになった。
[編集] 大型複合施設
[編集] スーパー
[編集] レストラン・飲食店・喫茶
[編集] 映画・娯楽
- 新所沢レッツシネパーク
[編集] 温泉
- 湯楽の里 所沢温泉(下富)
- 湯の森所沢(下安松)
- むさしの温泉「彩ゆ記」(南永井)
[編集] 地域
[編集] 町名・字
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[編集] 健康
- 西埼玉中央病院(国立病院機構)
- 国立障害者リハビリテーションセンター(厚生労働省)
- 防衛医科大学校病院(防衛省)
- 所沢市市民医療センター(所沢市)
[編集] 教育
[編集] 小学校
[編集] 中学校
[編集] 高等学校
- 埼玉県立芸術総合高等学校
- 埼玉県立所沢高等学校
- 埼玉県立所沢北高等学校
- 埼玉県立所沢商業高等学校
- 埼玉県立所沢中央高等学校
- 埼玉県立所沢西高等学校
- 埼玉県立所沢東高等学校(2008年、埼玉県立新座柳瀬高等学校に統合)
[編集] 大学
[編集] 学校教育以外の施設
[編集] 隣接している自治体
[編集] 東京都
[編集] 埼玉県
[編集] 交通
[編集] 鉄道
上記の駅のほか、西武池袋線秋津駅(東京都東村山市)が市境付近にある。
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 国道・県道
- 国道463号(通称:浦和所沢線・浦所バイパス・行政道路・所沢入間バイパス/小手指バイパス)
- 東京都道・埼玉県道4号東京所沢線(通称:所沢街道)
- 埼玉県道6号川越所沢線
- 東京都道・埼玉県道16号立川所沢線
- 東京都道・埼玉県道24号練馬所沢線
- 埼玉県道50号所沢狭山線
- 埼玉県道・東京都道55号所沢武蔵村山立川線
- 埼玉県道56号さいたまふじみ野所沢線
- 埼玉県道・東京都道179号所沢青梅線
- 埼玉県道222号西所沢停車場線
- 埼玉県道223号狭山ヶ丘停車場線
- 埼玉県道337号久米所沢線
[編集] 一般路線バス
[編集] 高速バス
- 空港連絡バス:所沢駅東口 - 東所沢駅 - 羽田空港(西武バスと東京空港交通の共同運行)
- 空港連絡バス:所沢駅東口 - 東所沢駅 - 成田空港(西武バスと京成バスの共同運行)
- (大宮 - )-東所沢駅 - 所沢駅東口 - 東大和市駅 - 立川駅北口 -京都駅烏丸口 - 大阪駅桜橋口 - 三ノ宮駅(西武バスと西日本ジェイアールバスの共同運行「京阪神ドリームさいたま号」)
- (大宮 - )所沢駅東口 - 名鉄バスセンター(名鉄名古屋駅)(西武バスと名古屋観光日急の共同運行)現在は廃止。
- (大宮 - )所沢駅東口 - 富士急ハイランド - 河口湖駅 - 富士吉田(西武バス運行、季節運行便(運行日、運行区間等に注意)
[編集] コミュニティバス
- 所沢市内循環バス「ところバス」
- ところバスは埼玉県所沢市内を走行する域型の公共交通機関である。
- 所沢市の交通安全課が担当部署だが運行は西武バスへ委託されており、西武バス所沢営業所が営業を担当している。
[編集] 歴史
[編集] 使用車両
- 主に路線バスの走行していない地域や細い道を走行する性格上、小型のバスが主に用いられるが、中には中型のバスも用いられる。
[編集] 路線
- 東路線(航空公園駅起点)
- 東路線(東所沢駅起点)
- 西路線
- 南路線(航空公園駅起点)
- 南路線(所沢駅起点)
- 北路線
[編集] タクシー
タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。
[編集] 人・名物
[編集] 在住の有名人
- 宮崎駿(アニメ作家・映画監督)
- 森永卓郎(経済アナリスト)
- 蛭子能収(タレント、漫画家)
- 楠瀬誠志郎(歌手)
- 増岡弘(声優)
- 福本武久(作家、小説家)
- 安彦良和(アニメーター・漫画家)
- ふなつ一輝(漫画家)
- さだやす圭(漫画家)
- 中沢啓治(漫画家)
- 船曳健太(Jr.BOYS)
- 松本ともこ(ラジオパーソナリティ)
- 小野寺力(埼玉西武ライオンズ)
[編集] 出身または以前在住の有名人
- 石井道子(元自由民主党参議院議員・元環境庁長官)
- 高川文筌(画家)
- 添野義二(世界空手道連盟士道館館長)
- 鹿島岩吉(鹿島建設創業者)
- 三ヶ島葭子(女流歌人)
- 左卜全(俳優)
- 栗原大輔(画家・指揮者・声楽家)
- 所ジョージ(タレント)
- 島田洋七(タレント)
- 羽生善治(棋士)
- 竹内結子(女優)
- 奥貫薫(女優)
- 八反安未果(歌手)
- 速水けんたろう(歌手)
- パンタ(ミュージシャン「頭脳警察」)
- チン中村(ミュージシャン「銀杏BOYZ」)
- 竹野内豊(俳優)
- 清水章吾(俳優。同県本庄市へと転居)
- 沼田曜一(俳優)
- 岩田光央(声優)
- 田辺真由美(漫画家)
- 宮原ナオ(漫画家)
- 山本英夫(漫画家)
- 桑名真吾(ゲームクリエイター)
- ヤス・ウラノ(KAIENTAI-DOJOプロレス)
- YOU(タレント)
- 春日俊彰(お笑い芸人、オードリーのボケ担当)
- 鈴木亜久里(元F1レーサー)
- 田丸美寿々(ニュースキャスター)
- 木村郁美(TBSアナウンサー)
- 芝草宇宙(プロ野球 福岡ソフトバンクホークス)
- 森麻季(オペラ歌手)
- 渡邉恒樹(プロ野球 東北楽天ゴールデンイーグルス)
- 杉本友(プロ野球選手)
- 大野修(福島中央テレビアナウンサー)
- NAOTO(EXILE)
- 吉井歌奈子(フリーアナウンサー)
- bp(音楽プロデューサー)
[編集] 名産品
- →#農業の項目も参照
[編集] 所沢市が舞台の映像作品等
- となりのトトロ(アニメ映画)
- 鉄塔 武蔵野線(映画・小説)
- がんばれ!!タブチくん!!(漫画・映画)
- Shall we ダンス?(映画)
- 瀬戸の花嫁(漫画・アニメ)
- 風飛び一斗(漫画)
- 世界の中心、針山さん(小説)
- はだかっ子(映画)
[編集] 電話番号・市外局番
- 所沢市の電話局エリアは、所沢MA。
- 所沢市の市外局番は当初は「0429」だったが、1998年4月29日付けで市内局番の不足を補うため市外局番末尾の「9」を市内局番の冒頭に変更し「042」とした。しかしそれでも市内局番の不足が懸念されることから、2004年1月11日には市外局番を「04」の2桁にして、「29」は市内局番の冒頭に再変更された。これらの措置は、同じMAに属する入間市・狭山市でも行われた。
- なお、既に市外局番「04」で始まる地域は千葉県の柏市、流山市、野田市、我孫子市(こちらは市内局番がそれまで市外局番の末尾だった「71」で始まる4桁)、並びに鴨川市と、安房郡等の一部地域(こちらは市外局番末尾「70」で始まる4桁)が存在しているが、千葉県の「04」地域と通話をする場合も、必ず「04」からまわすことになる。
- 但し天気予報に関しては従前と同じく「0429-177」となっている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 地名の由来
- ^ http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/contents/7d66160f1527196/7d66160f152719644.html 『ところざわ歴史物語』
- ^ 所沢祭の華 サンバ …メンバー300人を擁する浅草サンバカーニバル準優勝チーム リベルダージ によるサンバカーニバル。
- ^ 所沢さといも焼酎「恋も咲くところ」2009-市内酒店北田屋サイト内詳細
- ^ 手打ちうどん …元々所沢周辺地域では武蔵野うどんと呼ばれるつけ麺タイプの肉汁うどんや、同じくさっと茹でた季節の野菜をつける糧うどん(かてうどん)があり、
冠婚葬祭などにうどんを食べる習慣があった。そのため市内には今日でも「手打ちうどん」専門店が多い。 - ^ 「手打ちうどん・焼きだんごMAP」-所沢市観光協会編
[編集] 外部リンク
- 所沢市 公式ホームページ
- 所沢市立 所沢図書館
- 所沢市教育ネットワーク -市内の小中学校ホームページへリンク
- 市民新聞 ところさわ -バックナンバー閲覧可
- 祭・イベント
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