岡崎市

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岡崎市
おかざきし
日章旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
団体コード 23202-5
面積 387.24km²
総人口 373,274
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 964人/km²
隣接自治体 豊川市豊田市安城市西尾市
蒲郡市新城市幸田町
市の木 ミカワクロマツ
市の花 フジ
市の鳥 ハクセキレイ
岡崎市役所
所在地 〒444-8601 愛知県
岡崎市十王町二丁目9番地
電話番号 0564-23-6495
外部リンク 岡崎市

岡崎市位置図(愛知県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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岡崎市(おかざきし)は、愛知県の旧三河国のほぼ中央に位置する。全国的には「八丁味噌」の産地として知られる。中核市に指定されている。

目次

[編集] 概要

岡崎市旗

細川氏仁木氏鳥居氏大久保氏土井氏の発祥地と、徳川家康の生誕地として有名である。西三河地方を代表する都市。江戸時代から城下町、東海道の宿場町として栄えた。中心部は旧額田郡で、明治時代初期には額田県の県庁所在地であった。また、一部に旧碧海郡の地域もある。

教育施設や史跡が多く、市の規模に比して文教都市の色が濃い。また、伝統地場産業には八丁味噌花火、石製品、額田の豆腐などがある。

岡崎市民は、「岡崎」の語を「おざき」ではなく「おかざき」と平板に発音する(JRの駅の行き先放送では「おざき」と発音されている)。岡崎が舞台となったNHK連続テレビ小説純情きらり」の中でも、放映開始当初は「おざき」と発音していたが、途中から「おかざき」の発音に改められた。

東部の山間には、野生の鹿なども生息している。

岡崎という地名は、全国にあって紛らわしく、特に近畿では、平安神宮のある京都市左京区岡崎を指すことが多いので注意が必要。また、神奈川県徳島県にも、岡崎城という城がある。

[編集] 地理

愛知県の中央部、三河山地と岡崎平野の接点に位置する。市内を矢作川が南北に、乙川が東西に流れており、支流も数多く存在する。市内にはこの豊富な水を利用した大規模工場や水田地帯が多くある。市の東部は山地となっているほか、平野部にも丘陵が点在しており、市域の60%が森林である。また、市の中心部には岡崎城があり、桜の名所として有名である。

市内を東西に国道1号、南北に国道248号が通っている。また主要な県道も多くあり、市内各所で渋滞が発生している。鉄道は東海道本線名鉄名古屋本線が市内を東西に抜けるほか、岡崎駅から豊田市瀬戸市方面へ結ぶ愛知環状鉄道線の計3路線がある。

[編集] 隣接する自治体

[編集] 気候

例年、年平均気温は17.0℃、最高気温は36℃、最低気温は-1℃、年間総降水量は1200mmほどである。

岡崎市の気象観測極値

要素 観測値 観測年月日
最高気温 38.8℃ 2001年8月1日
最低気温 -7.6℃ 1999年2月4日
日降水量 263.5mm 2008年8月29日
時間降水量 146.5mm 2008年8月29日

気象庁の設置しているアメダスにより観測された数値である。

[編集] 人口

岡崎市と全国の年齢別人口分布図(比較) 岡崎市の年齢・男女別人口分布図
紫色は岡崎市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 271,243人
1985年 294,406人
1990年 316,334人
1995年 332,136人
2000年 345,997人
2005年 363,807人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 歴史

矢作川や乙川流域の肥大な平野部に位置する岡崎市には、古くから人々が生活しており、市内の真宮遺跡からは土器片や遺構、土器棺などが多く発掘され国の史跡にも指定されている。

戦国時代になると松平氏が力を蓄え、1524年大永4年)、松平宗家の七代松平清康が、岡崎松平家を攻略し、安城岡崎を兼領する。そして1531年享禄4年)に、龍頭山の砦を整備・拡張し、岡崎城(別名、竜城、竜ヶ城)とした。清康の死後、松平氏が今川氏の庇護下に入ると、市域は今川と織田の抗争の前線となり(小豆坂の戦い)、多くの城が作られた。桶狭間の戦い後、松平元康は岡崎城で独立し徳川家康と改名、以後織田信長の盟友として勢力を拡大していくこととなる。1590年、家康が関東に移封となると、豊臣家臣・田中吉政が岡崎城に入る。吉政は城を拡張し、石垣や城壁などを用いた近世城郭にふさわしいものに整備した。また、城下町の整備も積極的に行い、岡崎の郊外を通っていた東海道を岡崎城下町の中心を通るように変更し、現在の岡崎城の原型を造った。

江戸時代に入ると、岡崎藩が立藩され、徳川家康誕生の地として別格の扱いを受けるようになった。東海道沿線に岡崎宿藤川宿の2宿が置かれ、宿場町として栄えた。また、「五万石でも岡崎様は、お城下まで舟が着く」と謡われているように、矢作川と乙川の合流地点にある岡崎は水運の要衝であった。矢作川には当時としては日本最長の矢作橋が架けられた。初代藩主の本多康重は、東海道の整備、城下町の建設などに尽力し、「岡崎の27曲がり」といわれるクランク状の道が整備された。江戸中期には、矢作川沿いの農村で綿作が盛んに行なわれるようになり、三河木綿が生産されるようになった。

明治になり、廃藩置県により岡崎藩が岡崎県となると、岡崎県、ついで額田県の県庁が置かれた。 水車動力のガラ紡、官営愛知紡績所が操業し、国鉄東海道本線名鉄岡崎市内線挙母線名古屋本線が開通し、岡崎の近代化を一層促進した。1916年には市制を施行し、岡崎市が誕生する。

昭和期、太平洋戦争では、岡崎海軍航空隊がおかれ、中心部は空襲を受けた。市内を走る路面電車の車庫が燃えてしまったため、急遽京都から車両を調達したこともあった。また、資材供出のために、西尾線は休止されてしまった。

戦後、モータリゼーションの流れに押され名鉄岡崎市内線、挙母線が廃線となるが、その後国鉄岡多線が開通し、トヨタ自動車の自動車輸送やユニチカ岡崎工場向けの原料輸送が行われた。 1970年三菱自動車工業が北野町に開発センターと工場が設置されるなど、岡崎市にも工業化の波が押し寄せてきた。しかし、隣の豊田市がトヨタ自動車の地元であることや、その関連企業が周囲に多いこともあり、近年は新興住宅地を次々と造成しベッドタウンとなりつつもある。

[編集] 市名の由来

『三河国名所図会』には、「岡崎は享禄1528年-1531年)以来の名號にして、其以前は菅生郷なり」、と記載されているため、1524年に松平清康が龍頭山砦を占拠後、砦を拡張整備し岡崎城と命名して、松平宗家の本城として以降と思われる。

[編集] 年表

鎌倉時代

  • 三河守護の足利義氏が、矢作東宿(岡崎市明大寺付近と推定)に守護所と額田郡公文所を設置する。

戦国時代

江戸時代

明治以後

[編集] 沿革

町村は矢作町、六ツ美町は碧海郡、その他は額田郡である。

[編集] 行政

[編集] 歴代市長

  1. 千賀又市(1916年 - 1918年)
  2. 本多敏樹(1918年 - 1930年)
  3. 小野庄造(1930年 - 1933年)
  4. 小瀧喜七郎(1933年 - 1935年)
  5. 菅野経三郎(1935年 - 1947年)
  6. 竹内京治(1947年 - 1959年)
  7. 太田光二(1959年 - 1971年)
  8. 内田喜久(1971年 - 1980年)
  9. 中根鎭夫(1980年 - 2000年)
  10. 柴田紘一(2000年 - 現在)

[編集] 広域行政

  • 蒲郡市と蒲郡競艇場を共催している。
  • 西三河の市町で西三河農業共済組合を運営している。

[編集] 行政機関

[編集] 経済

[編集] 商業

[編集] 市内の大型商業施設

イオンモール岡崎(2007年)

[編集] 工業

[編集] 本社を置く企業

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

江戸時代の名町奉行として知られる大岡忠相を藩祖とする西大平藩が岡崎市内にあり、茅ヶ崎市は大岡氏の本拠地であることから。
江戸時代末期、岡崎市内にあった奥殿藩の藩主松平乗謨が陣屋を奥殿から臼田に建設した龍岡城へ移したことから。
岡崎に生まれた徳川家康にとって重要な戦いであった、関ヶ原の戦いの地であることから。

[編集] 海外

[編集] 教育

[編集] 小学校


[編集] 中学校


[編集] 高等学校


[編集] 専修学校


[編集] 大学・短期大学


[編集] 特別支援学校

[編集] 施設

[編集] 支所・出張所

  • 岡崎支所
  • 大平支所
  • 東部支所
  • 岩津支所
  • 矢作支所
  • 六ツ美支所
  • 額田支所
  • 宮崎出張所
  • 片埜出張所
  • 下山出張所

[編集] 保健・医療・衛生施設

  • 岡崎市民病院
  • 夜間急病診療所
  • 岡崎歯科総合センター
  • 岡崎市保健所
  • 岡崎市動物総合センター

[編集] 公園

[編集] スポーツ施設

[編集] 美術館・博物館・図書館

[編集] 文化・交流施設

[編集] 休養施設

[編集] 市営駐車場

  • 岡崎市篭田公園地下駐車場
  • 岡崎市康生地下駐車場
  • 岡崎市吹矢駐車場

[編集] 交通

[編集] 鉄道

東岡崎駅南口

市の中心部に近い東岡崎駅が中核的な役割を担っているが、近年の市南部の人口増加を受けて岡崎駅の利用者数が増えている。

[編集] 廃線

[編集] バス

  • 名鉄バス
    市内のほか、豊田市安城市幸田町に通じる路線や、中部国際空港への路線がある。市の中心部では豊富な便数が確保されている一方、山間部などの利用の少ない路線では、維持のため市が補助金を給付している。主な系統は以下の通りである。なお、西尾市への路線は、2006年12月16日より名鉄東部交通へ移管された。
    • 福岡町 - 岡崎駅前 - 芦池橋 - 東岡崎 - 康生町 - 大樹寺 - 細川 - 奥殿陣屋
    • 岡崎駅前 - イオン岡崎SC - 東岡崎
    • 緑丘 - 商工会議所前 - 東岡崎 - 康生町 - 岡崎げんき館前 - 市民病院
    • 東岡崎 - 康生町 - 岡崎げんき館前 - 洞町 - 美合 - 緑丘 - 庄司田 - 岡崎駅前
    • 岡崎駅前 - 光ヶ丘 - 東岡崎 - 康生町 - 魚町 - 日名町
    • 東岡崎 - 梅園学校前 - 大樹寺
    • 東岡崎 - 竜美丘小学校前 - 東岡崎
    • 岡崎駅前 - 岡崎警察署前 - 東岡崎 - 東名岩津 - 中部国際空港
  • まちなかにぎわいバス
高速バス

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 一般国道

[編集] 県道


[編集] 観光スポット・イベント

大樹寺山門

[編集] 名所

[編集] 史跡

[編集] 神社仏閣

[編集] イベント

  • 滝山寺鬼まつり〈旧暦1月7日に近い土曜日)
  • 桜まつり
  • 家康行列〈4月第1または第2日曜日)
  • 岡崎観光夏まつり五万石おどり・みこし〈8月第1土曜日の前日)
  • 岡崎観光夏まつり花火大会〈8月第1土曜日)

[編集] 名物

[編集] 出身有名人

[編集] 武将・歴史上の人物

[編集] 政治家

[編集] 学者

[編集] 文化人

[編集] スポーツ選手

[編集] 芸能人

[編集] その他

[編集] その他

[編集] 市歌

作詞は北原白秋、作曲は山田耕筰であり、1937年6月29日に発表、1962年4月には条例によって正式に市歌と定められた。あまり歌われる機会はない。

[編集] 「岡崎」ナンバー

従来、自動車ナンバープレートは、管轄する自動車検査登録事務所ごとに表示される地域名が決まり、岡崎市を含む西三河自動車検査登録事務所管内では、「三河」ナンバーが使用されていた。

国土交通省が2004年11月、新たな地域名表示ナンバープレート、いわゆるご当地ナンバーの導入についての要綱を取りまとめたことを受け、岡崎市・幸田町・額田町の3市町は、2005年2月24日 - 3月6日に、「岡崎」ナンバー導入に関するアンケートを実施した。結果、賛成意見が約7割に上ったため、国土交通省に申請することになった。

同年7月29日に認可が下り、2006年10月10日より導入された。今後、岡崎市および幸田町において新規に交付されるナンバープレートには「岡崎」と記されることになる。なお、岡崎市の公用車は2カ年計画で全て「岡崎」ナンバーに変更される。

[編集] 岡崎市のメディア

岡崎市内には、地元メディアとして、ミクスネットワークエフエム岡崎東海愛知新聞がある。

また市内には、中日新聞社をはじめ、多くの新聞・テレビ・ラジオが支社・支局を置いている(豊橋市内に支社・支局を置いていないテレビ愛知東海ラジオ放送も支社または支局を設置している。逆に、メーテレは支社・支局を置いていない)。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 『各 地方ニ 於ケル 「マラリア」ニ 関スル 概況』(内務省 衛生局。大正8年)(国立国会図書館のホームページ『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ