岡崎市

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おかざきし
岡崎市
Okazakijo2.JPG
岡崎城
Flag of Okazaki Aichi.JPG
岡崎市旗
Okazaki Aichi chapter.JPG
岡崎市章
市旗・市章、共に1962年昭和37年)4月1日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
団体コード 23202-5
面積 387.20km²
総人口 376,607
推計人口、2015年2月1日)
人口密度 973人/km²
隣接自治体 豊川市豊田市安城市西尾市
蒲郡市新城市額田郡幸田町
市の木 ミカワクロマツ
市の花 フジ
市の鳥 ハクセキレイ
岡崎市役所
所在地 444-8601
愛知県岡崎市十王町二丁目9番地
北緯34度57分15.6秒東経137度10分27.7秒座標: 北緯34度57分15.6秒 東経137度10分27.7秒
Okazaki city office.jpg
外部リンク 岡崎市

岡崎市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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岡崎市(おかざきし)は、愛知県の旧三河国のほぼ中央に位置する。全国的には「八丁味噌」の産地として知られ、豊田市とともに西三河を代表する都市。中核市に指定されている。

目次

概要[編集]

足利氏族である細川氏仁木氏戸崎氏、また、鳥居氏大久保氏土井氏の発祥地、徳川家康の生誕地として有名である。中世鎌倉街道や、江戸時代東海道宿場町城下町として栄え、歴史的に西三河地方の中心都市として機能してきた。中心部は旧額田郡で、明治時代初期には額田県の県庁所在地であった。また、一部に旧碧海郡の地域もある。

研究教育施設や史跡が多く、市の規模に比して文教都市の色が濃い。また、伝統地場産業には八丁味噌花火、石製品、額田の豆腐などがある。

岡崎市民は、「岡崎」の地名を「おざき」ではなく、「川崎」と同じように「おかざき」と平板に発音する(JRの駅の行き先放送では「おざき」と発音されている)。人名()の場合は「おざき」と発音して区別する。岡崎が舞台となったNHK連続テレビ小説純情きらり』や大河ドラマ徳川家康』の中でも、放映開始当初は「おざき」と発音していたが、途中から「おかざき」の発音に改められた。

地理[編集]

岡崎市は愛知県の中央部にあり、美濃三河高原と岡崎平野の接点に位置する。中京圏の中心都市名古屋市から約35キロメートルの距離にあり、市内を東西に国道1号、南北に国道248号が通っている[1][2]。また東名高速道路岡崎インターチェンジや、2016年からは新東名高速道路岡崎東インターチェンジが設置され、主要な県道も多くあり、市内各所で渋滞が発生している。鉄道は市内を東西に抜ける東海道本線及び名鉄名古屋本線と、岡崎駅から豊田市瀬戸市方面へ結び、春日井市中央本線と接続する愛知環状鉄道線の計3路線がある。

面積は387.24平方キロメートルで愛知県内3位、人口は2014年11月1日時点で380,205人で、愛知県内4位となっている。市域の4割を占める東部の山間地帯にあたる額田地区の人口は8,551人と少なく、平野部に人口が集中している。太平洋側気候で、特に平野部は暖かく、冬でも雪が降ることは少ない[3][4]。また、市内に活断層や推定活断層は見つかっていない[5]

市内を矢作川が南北に流れ、東西に流れる乙川など、市内に20本程流れる河川の全てが矢作川の支流である。市内にはこの豊富なを利用した大規模工場や水田地帯が多くある。多数の河川により形成された沖積平野上に市の中心市街があり、市の東部は美濃三河高原を構成する山地となっている。最高峰は標高789mの本宮山であるが、平野部にも丘陵が点在しており、市内の標高差が700メートル以上ある変化に富んだ地形となっている。市域の60%が森林であり、豊かな自然から自然公園法に基づき、南部の桑谷山周辺が三河湾国定公園に、東部の本宮山及び巴山周辺が本宮山県立自然公園にそれぞれ指定されている[6]。また、市の中心部には岡崎城があり、城を中心とした岡崎公園は桜の名所として有名である。

岡崎という地名は、中世明大寺町にあったとされる明大寺城や矢作東宿が、竜美ヶ丘のある陵の出にあったことから名付けられたものとされる。初めてその名が確認できるのは1484年作成の上宮寺「門徒次第之事」にある「オカサキ」との記述である[7][8]

岡崎市中心部周辺の空中写真。市街地の西を矢作川が南流する。1987年撮影の26枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

隣接する自治体[編集]

気候[編集]

例年、年平均気温は17.0℃、最高気温は36℃、最低気温は-1℃、年間総降水量は1200mmほどである。

岡崎市の気象観測極値

要素 観測値 観測年月日
最高気温 38.8℃ 2011年平成23年)8月1日
最低気温 -7.6℃ 1999年平成11年)2月4日
日降水量 263.5mm 2008年平成20年)8月29日
時間降水量 146.5mm 2008年平成20年)8月29日
※気象庁の設置しているアメダスにより観測された数値。

人口[編集]

Demography23202.svg
岡崎市と全国の年齢別人口分布(2005年) 岡崎市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 岡崎市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
岡崎市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 219,092人
1975年 243,156人
1980年 271,243人
1985年 294,406人
1990年 316,334人
1995年 332,136人
2000年 345,997人
2005年 363,807人
2010年 372,472人
総務省統計局 国勢調査より

平成26年11月1日現在380,205人※現在愛知県第4位[9][10]

1921年の人口は約42,000人で、名古屋市豊橋市に次ぐ愛知県第3位であり、西三河の中心都市だった。その後、豊田市の発展などがあり、2014年の人口は380,205人で、名古屋市、豊田市、一宮市に次ぐ、愛知県第4位となった[11][12]

住宅地形成[編集]

隣の豊田市がトヨタ自動車の中枢であることや、その他関連企業が周囲に多いこともあり、近年は住宅地を次々と造成しベッドタウンとしての性格が強くなりつつある。

市内の町名[編集]

岡崎市の地名を参照。

歴史[編集]

概要[編集]

原始・古代[編集]

岡崎城天守(2012年5月撮影)

矢作川や乙川流域の肥大な平野部に位置し、温暖な気候の岡崎市では、旧石器時代から人々が生活していた[13]美合の五本松遺跡や大西の仁田遺跡などが旧石器時代の遺跡である。また額田地区の西牧野遺跡は旧石器時代から江戸時代にかけての複合遺跡である。縄文時代から鎌倉時代までの土器片や遺構、土器棺などが多く発掘された複合遺跡である六名真宮遺跡は、官衙跡ともいわれており、国の史跡に指定されている[14][15][16]

古墳時代には、当初安城周辺に比して小さな勢力しか存在しなかった。のちに大きな権力を有する豪族が現れ、4世紀後半には比較的大きな帆立貝形古墳である於新造古墳が西阿知和に作られ、4世紀末には、直径100メートル以上の、当時三河地方最大級であった甲山第1号墳が六供に作られた[17]。また景行天皇皇子である五十狭城入彦皇子墓として宮内庁から治定されている和志山古墳などの前方後円墳も現れ、ヤマト王権勢力下となっていたことが伺われる。同じく景行天皇皇子であるヤマトタケル東夷征伐に関わる伝承も、矢作神社の由緒など、市内に多く伝わる。飛鳥時代に入ると、6世紀に物部守屋の子・真福が願主となり三河最古寺院真福寺が築かれ[18]、7世紀には物部氏氏寺とされる巨大古代寺院北野廃寺が建立された。また同時期に岩津古墳群も作られた[19][20]

8世紀中頃に、新城(仁木)郷、鴨田郷、位賀(伊賀)郷、額田郷、麻津郷、六名郷、大野郷、駅家郷(山綱)の額田八郷及び碧海郡の駅家郷(宇頭)や谷部郷(本郷)、鷲取郷(北野)、河内郷(上和田下和田)、碧海郷(青野)などができた。また927年成立の延喜式では、三河国三として山綱駅家や宇頭の鳥捕駅などが挙げられている[21][22][23][24][25][26]

中世[編集]

11世紀の平安時代後期に藤原南家藤原季綱が三河守になると、兄弟の藤原季兼が岡崎に移り住み、額田郡郡司的立場から荘園開発を進め、勢力を伸ばした。額田冠者を名乗った季兼の子藤原季範の三女由良御前は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の母であり、季範の養女(実孫)は、足利氏宗家初代当主足利義康の妻である[27][28][29]

鎌倉時代には、鎌倉街道沿いの明大寺の地に矢作東宿(矢作宿)が設置された。13世紀に藤原季範の玄孫にあたる足利氏宗家第3代足利義氏が、鎌倉幕府の三河守護として、矢作東宿に拠点を構えて以降、足利氏や、足利氏系氏族、足利氏家臣などが代々三河守護を務めた。足利氏系の細川氏及び仁木氏が現在の岡崎市内に置かれた他、吉良氏一色氏今川氏といった足利氏支流が西三河に分立されて足利氏の第二の拠点となった。1335年中先代の乱の混乱の中護良親王を殺害した足利直義足利千寿王成良親王とともに矢作に逃れ、1336年矢作川の戦いでは、後醍醐天皇軍に対するため三河の足利一族が集まった。

足利氏宗家第8代足利尊氏により室町幕府が開かれた後は、幕府御料所となったが、副将軍足利直義と足利尊氏執事高師直の対立から足利幕府が二分して観応の擾乱が起きると、三河の足利一族の間でも争いがなされた。観応の擾乱後に、高氏出身の尼僧明阿により総持尼寺が開かれ、徐々に門前町として集落が形成されて岡崎の発展が始まることとなる。特に15世紀の室町時代中期から大きな発展を見せ、三河守護仁木氏守護代だった西郷氏岡崎城を築城するとともに、矢作川に北野から矢作にわたる堤防を作り、幾筋にも分流していた矢作川を、一筋の流れにまとめた[30][31][32][33]

戦国時代になると室町幕府政所執事の伊勢氏被官であった松平氏が力を蓄え、松平宗家二代松平泰親岩津を本拠として、以降松平宗家岩津松平家が周辺を勢力下に置いた。三代松平信光は岩津を本拠としてさらに南に勢力を伸ばし、岡崎城安祥城を勢力下とした。信光の後は、当初鴨田に分立されていた四代松平親忠が、井田野で中条氏らを破り、鴨田の地に松平氏及び徳川将軍家菩提寺大樹寺を建立するなどした。

1524年(大永4年)、松平宗家の七代松平清康が、岡崎松平家を攻略し、安城岡崎を兼領する。そして1531年(享禄4年)に、龍頭山の砦を整備・拡張し、岡崎城(別名、竜城、竜ヶ城)とした。清康の死後、松平氏が今川氏の庇護下に入ると、市域は今川と織田の抗争の前線となり(小豆坂の戦い)、多くの城が作られた。桶狭間の戦い後、松平元康は岡崎城で独立し徳川家康と改名、以後織田信長の盟友として勢力を拡大していくこととなる。1590年(天正18年)、家康が関東に移封となると、豊臣家臣・田中吉政が岡崎城に入る。吉政は城を拡張し、石垣や城壁などを用いた近世城郭にふさわしいものに整備した。また、城下町の整備も積極的に行い、岡崎の郊外を通っていた東海道を岡崎城下町の中心を通るように変更し、現在の岡崎城の原型を造った。

近世[編集]

江戸時代に入ると、岡崎藩が立藩され、徳川家康誕生の地として別格の扱いを受けるようになった。特に第3代将軍の徳川家光は、滝山東照宮の創建、伊賀八幡宮及び六所神社の改築などを行い、現在いずれも国の重要文化財となっている。東海道沿線には岡崎宿藤川宿の2宿が置かれ、宿場町が栄えた。また、「五万石でも岡崎様は、お城下まで舟が着く」と謡われているように、矢作川と乙川の合流地点にある岡崎は水運の要衝であり、矢作川には当時としては日本最長の矢作橋が架けられる程であった。

岡崎藩初代藩主の本多康重は、東海道の整備、城下町の建設などに尽力し、「岡崎の27曲がり」といわれる多数のクランク状の道が整備された。これは、普段の生活では影響は無い曲がり角が、敵軍の急襲の際には進攻の妨げとなる様に設計されたものである。また、江戸中期には矢作川沿いの農村で綿作が盛んに行なわれるようになり、三河木綿が特産品として生産されるようになった。

歴代岡崎藩主は全て名門譜代大名から選ばれ、老中を務めた水野忠之松平康福本多忠民など、江戸幕府の要職者を輩出した。歴代藩主が幕閣に入ったことや臨時課役による出費で、岡崎藩の財政は悪く、第6代藩主の水野忠辰が幽閉されるなど度々藩政の混乱を招いた[34]幕末に岡崎藩最後の藩主を務めた本多忠直は、徳川家康の側近徳川四天王であった岡崎出身の本多忠勝本多氏宗家第16代であったが、徳川方にはつかず新政府軍に与し、明治維新後、岡崎藩知事を務めた。

岡崎の地は岡崎藩の他にも、南部には三河中島藩や、大岡越前として有名な大岡忠相から始まる西大平藩が、北部には大給松平家が支配した奥殿藩がそれぞれ置かれ、奥殿藩第8代藩主の松平乗謨は老中や陸軍総裁を務めた。また、藩の他にも直轄領や幕府官僚の知行が配置され、徳川家康出身地として広義の幕府領として扱われた[35][36]

近現代[編集]

明治の世になると、廃藩置県により岡崎藩が岡崎県となり、岡崎県、ついで額田県の県庁が置かれた。8世紀から伝わる伝統の三河木綿を引き継いだ水車動力のガラ紡、官営愛知紡績所が操業し、国鉄東海道本線名鉄岡崎市内線挙母線名古屋本線が開通し、岡崎の近代化を一層促進した。岡崎は西三河の中心都市として栄え、西三河中から学生が集まる愛知県立第二中学校(現愛知県立岡崎高等学校)、愛知第二師範学校(現愛知教育大学)、岡崎高等女学校(現愛知県立岡崎北高等学校)なども置かれた[37]

1916年大正5年)7月1日に市制を施行。岡崎市が誕生する。愛知県で3番目、全国では67番目にできた市であった。昭和期、太平洋戦争では、岡崎海軍航空隊がおかれたことなどから、1945年昭和20年)7月20日に空襲を受け、市街地の大部分が焼失した(岡崎空襲[38][39]。市内を走る路面電車の車庫が燃えてしまったため、急遽京都から車両を調達したこともあった。また、資材供出のために西尾線は休止されてしまった。太平洋戦争末期には、全国4番目の高等師範学校として岡崎高等師範学校(現名古屋大学)が設置された。

戦後、モータリゼーションの流れに押され名鉄岡崎市内線、挙母線が廃線となるが、その後国鉄岡多線が開通し、トヨタ自動車の自動車輸送やユニチカ岡崎工場向けの原料輸送が行われた。

1970年昭和45年)に三菱自動車工業が北野町に大規模な開発センター兼工場を設置するなど、岡崎市にも工業化の波が押し寄せてきた。それに伴い、康生地区への大型商業施設の進出も激化した。1971年(昭和46年)4月には「岡崎ショッピングセンター・レオ」(核店舗は松坂屋岡崎店)が、1972年(昭和47年)10月には「セントラルパークビル・セルビ」が、1973年(昭和48年)4月には「名鉄サンリバー」が完成。1977年(昭和52年)7月5日には「シビコ」(核店舗はジャスコ岡崎店)が開店した[40]。その後、商業の中心地は康生から移り分散したものの、今日にいたる間に西三河地方屈指の商圏が形成され、同地方随一の商業都市として発展した。

後に三河安城駅として結実した東海道新幹線新設期成同盟会による豊橋 - 名古屋間の新幹線停車駅誘致運動では岡崎市正名地区も候補にあがったが、都市部から離れていること、連絡する鉄道路線がない(並行して新交通システムを整備する予定だった)ことが欠点となり選定されなかった。

市名の由来[編集]

岡崎という地名は、もともとは中世明大寺町にあったとされる明大寺城や矢作宿が、竜美ヶ丘のある陵の出にあったことから名付けられたものとされる。その後、西郷氏により明大寺から菅生郷に城が移され、岡崎という地名が拡張されて用いられるようになったものと考えられる[41][42]。 初めて岡崎という地名が確認できるのは1484年作成の上宮寺「門徒次第之事」にある「オカサキ」との記述である。『三河国名所図会』には、「岡崎は享禄1528年-1531年)以来の名號にして、其以前は菅生郷なり」、と記載されているため、1524年(大永4年)に松平清康が龍頭山砦を占拠後、砦を拡張整備し岡崎城と命名して、松平宗家の本城として以降と思われる。

年表[編集]

古代

鎌倉時代

  • 三河守護の足利義氏が、矢作東宿(岡崎市明大寺付近と推定)に守護所と額田郡公文所を設置する。

戦国時代

江戸時代

明治・大正

昭和・平成

市域の変遷[編集]

明治22年以前 明治22年10月1日 明治23年 - 明治45年 大正1年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在


羽根村 岡崎村 岡崎村 岡崎村 昭和3年9月1日
岡崎市に編入
岡崎市 岡崎市 岡崎市 岡崎市
柱村
戸崎村
若松村
針崎村
和合村 美合村 美合村 美合村
岡村
保母村
大平村 男川村 男川村 男川村 男川村
丸山村
小美村
高隆寺村
洞村
欠村 明治35年9月23日
岡崎町に編入
岡崎町 大正5年7月1日
市制 岡崎市
岡崎市
三島村 三島村 三島村 明治39年5月1日
岡崎町に編入
岡崎横町 岡崎町 岡崎町
岡崎亀井町
岡崎久右衛門町
岡崎魚町
岡崎康生町
岡崎材木町
岡崎十王町
岡崎松本町
岡崎上肴町
岡崎伝馬町
岡崎田町
岡崎唐沢町
岡崎島町
岡崎投町
岡崎能見町
岡崎八幡町
岡崎板屋町
岡崎福寿町
岡崎門前町
岡崎祐金町
岡崎裏町
岡崎両町
岡崎連尺町
岡崎六地蔵町
岡崎籠田町
六供村
梅園村
八帖村
菅生村
中村
日名村 広幡村 明治28年5月13日
町制 広幡町
大正3年10月1日
岡崎町に編入
能見村
井田村
伊賀村
箱柳村 乙見村 乙見村 明治39年7月1日
合併 常磐村
常磐村 昭和3年9月1日
岡崎市に編入
田口村 常磐村 昭和30年2月1日
岡崎市に編入
板田村
大井野村
岩中村
小呂村
稲熊村
滝村 常磐村 常磐村
米河内村
安戸村
小丸村
新居村
蔵次村
大柳村
岩津村 岩津村 岩津村 明治39年7月1日
合併 岩津村
岩津村 昭和3年5月1日
町制 岩津町
八ツ木村
西阿知和村
東阿知和村
真福寺村
西蔵前村
東蔵前村
丹坂村
恵田村
駒立村
奥殿村 奥殿村 奥殿村
桑原村
川向村
宮石村
渡通津村
日影村
細川村 細川村 細川村
仁木村
奥山田村
大樹寺村 大樹寺村 大樹寺村
大門村
上里村
鴨田村
藪田村
百々村
福岡村 福岡村 明治26年11月8日
町制 福岡町
福岡町 福岡町
上地村
本宿村 本宿村 本宿村 本宿村 本宿村
上衣文村
大幡村
鶫巣村
鉢池村
竜泉寺村 龍谷村 龍谷村 龍谷村 龍谷村
桑谷村
才栗村 河合村 河合村 河合村 河合村
秦梨村
切越村
蓬生村
須淵村
岩戸村
茅原沢村
古部村
生平村
羽栗村 山中村 山中村 山中村 山中村
池金村
舞木村
山綱村
藤川村 藤川村 藤川村 藤川村 藤川村
市場村
蓑川村
桜形村 形埜村 形埜村 形埜村 形埜村 昭和31年9月30日
合併 額田町
平成18年1月1日
岡崎市に編入
鍛埜村
南大須
大高味村
井沢村
毛呂村
小久田村
切山村
亀穴村 宮崎村 宮崎村 宮崎村 宮崎村
石原村
明見村
中金村
大代村
雨山村
河原村
千万町村 巴山村 明治23年12月17日
改称 栄枝村
明治39年5月1日
宮崎村に編入
木下村
夏山村 明治39年5月1日
合併 豊富村
豊富村 豊富村
細光村 高富村 高富村
片寄村
滝尻村
淡淵村
鳥川村
樫山村 豊岡村 豊岡村
桜井寺村
牧平村
鹿勝川村
下衣文村
保久村 下山村(一部) 下山村(一部) 下山村(一部) 下山村(一部)
中伊村
外山村
一色村
冨尾村


合歓木村 阿乎美村 明治24年11月10日
分立 合歓木村
明治39年5月1日
合併 六ツ美村
六ツ美村 六ツ美村 昭和33年10月15日
町制 六ツ美町
昭和37年10月15日
岡崎市に編入
岡崎市
福桶村
高橋村
上青野村 明治24年11月10日
分立 上青野村
下青野村
在家村
下中島村 中島村 中島村
安藤村
高畑村
上和田村 糟海村 糟海村
法性寺村
牧御堂村
井内村
宮地村
赤渋村
中之郷村 明治29年6月11日
分立 中井村
土井村
下和田村 占部村 占部村
坂左右村
野畑村
定国村
国正村
中村
正名村
上三ツ木村
下三ツ木村
矢作村 矢作村 明治26年2月19日
町制 矢作町
明治39年5月1日
合併 矢作町
矢作町 矢作町 昭和30年4月1日
岡崎市に編入
岡崎市
坂戸村 中郷村 中郷村
島村
小望村
池端村
館出村
桑子村
西牧内村
富永村
新堀村
西本郷村 本郷村 本郷村
東本郷村
北本郷村
暮戸村
渡村 明治34年4月4日
分立 渡村
筒針村
西大友村 長瀬村 長瀬村
東大友村
中園村
舳越村
北野村
森越村
橋目村  
(下記以外)
 
(茶臼)
(中茶臼)
(宮東)
(新居林)
(北茶屋浦)
(郷前)
昭和35年1月1日
安城市に編入
(安城市) (安城市)
尾崎村 志貴村 志貴村
柿碕村
宇頭茶屋村
宇頭村 岡崎市 岡崎市 岡崎市
小針村
上佐々木村 藤野村(一部) 明治24年8月8日
分立 志賀須香村
下佐々木村
東牧内村
河野村 昭和35年1月1日
安城市に編入
(安城市) (安城市)

行政[編集]

市長[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任 退任 備考
1 千賀又市 1916年(大正05年)10月14日 1918年(大正07年)07月12日
2-4 本多敏樹 1918年(大正07年)12月04日 1922年(大正11年)12月00
1922年(大正11年)12月06日 1926年(大正15年)12月00
1926年(大正15年)12月06日 1930年(大正15年)12月05日
5 小野庄造 1930年(昭和05年)12月12日 1931年(昭和06年)12月08日
6 小瀧喜七郎 1933年(昭和08年)01月16日 1935年(昭和10年)12月23日
7-9 管野経三郎 1935年(昭和10年)12月23日 1940年(昭和15年)02月00
1940年(昭和15年)02月22日 1944年(昭和19年)02月00
1944年(昭和19年)02月22日 1946年(昭和21年)11月01日
10-12 竹内京治 1947年(昭和22年)04月05日 1951年(昭和26年)04月00
1951年(昭和26年)04月23日 1955年(昭和30年)04月00 無投票
1955年(昭和30年)04月30日 1959年(昭和34年)05月01日
13-15 太田光二 1959年(昭和34年)04月30日 1963年(昭和38年)04月00
1963年(昭和38年)04月30日 1967年(昭和42年)04月00 無投票
1967年(昭和42年)04月28日 1971年(昭和46年)05月01日
16-18 内田喜久 1971年(昭和46年)04月25日 1975年(昭和50年)04月00
1975年(昭和50年)04月27日 1979年(昭和54年)04月00
1979年(昭和54年)04月22日 1980年(昭和55年)06月30日 無投票
19-23 中根鎭夫 1980年(昭和55年)08月17日 1984年(昭和59年)08月00
1984年(昭和59年)08月12日 1988年(昭和63年)07月00
1988年(昭和63年)07月31日 1992年(平成04年)07月00
1992年(平成04年)07月26日 1996年(平成08年)07月00
1996年(平成08年)07月21日 2000年(平成12年)0000
24-26 柴田紘一 2000年(平成12年)09月10日 2004年(平成16年)09月09日
2004年(平成16年)09月12日 2008年(平成20年)09月11日
2008年(平成20年)10月05日 2012年(平成24年)10月04日
27 内田康宏 2012年(平成24年)10月21日

市組織[編集]

市長公室 秘書課、広報課、防災危機管理課
企画財政部 企画課、100周年記念事業推進課、財政課、行政経営課、情報政策課
総務部 総務文書課、人事課、契約課、財産管理課
税務部 市民税課、資産税課、納税課
市民生活部 市民課、市民協働推進課、安全安心課、市民スポーツ課、岡崎支所、大平支所、東部支所、岩津支所、矢作支所、六ツ美支所、額田支所
文化芸術部 文化総務課、文化活動推進課、図書館交流プラザ、中央図書館、りぶら国際交流センター、美術博物館、岡崎地域文化広場、美術館
福祉部 福祉総務課、生活福祉課、障がい福祉課、長寿課/介護サービス室、国保年金課/医療助成室
保健部 保健所、保健総務課、生活衛生課、健康増進課、動物総合センター
こども部 こども育成課、家庭児童課、保育課
環境部 環境総務課、環境保全課、廃棄物対策課、ごみ対策課、総合検査センター
経済振興部 商工労政課、農務課、観光課、林務課
都市整備部 乙川リバーフロント推進課、都市計画課、交通政策室、公園緑地課、拠点整備課、市街地整備課
土木建設部 事業調査課、用地管理課、道路維持課、道路建設課、河川課、農地整備課
建築部 建築指導課、建築課、施設保全課、住宅課
市民病院 岡崎市民病院看護専門学校
消防本部 消防本部
上下水道局 総務課、サービス課、水道工事課、水道浄水課、下水施設課、下水工事課
会計課 会計課
議会事務局 市議会
教育委員会事務局 教育委員会、教育委員会事務局総務課、教育委員会事務局給食管理室、教育委員会事務局施設課、教育委員会事務局学校指導課、教育委員会事務局社会教育課
監査委員事務局 監査委員事務局
農業委員会事務局 農業委員会

財政[編集]

2015年度(平成27年度)当初予算[46]

一般会計 1,212億6,000万円 (前年度対比8.0%増)
特別会計 663億6,896万円 (前年度対比9.1%増)
企業会計 552億1,781万円 (前年度対比6.8%減)
全会計 2,428億4,677万円 (前年度対比4.5%増)

広域行政[編集]

行政機関等[編集]

映像・ラジオ広報事業[編集]

議会[編集]

(2013年11月15日現在)

岡崎市議会

  • 議員定数:37
  • 任期:2012年10月26日~2016年10月25日[47]
  • 議長:新海正春(自民清風会→慣例により無所属、2期目)
  • 副議長:竹下寅生(民政クラブ→慣例により無所属、1期目)
会派名 議席数 議員名(◎は代表者)
自民清風会 16 ◎蜂須賀喜久好、柴田泉、山崎泰信、神谷寿広、内田実、三浦康宏、小野政明、加藤義幸、川上守、杉浦久直、
鈴木静男、田口正夫、野村康治、簗瀬太、山崎憲伸、吉口二郎
民政クラブ 8 ◎三宅健司、加藤学、柴田敏光、原田範次、井町圭孝、太田俊昭、井村伸幸、鈴木英樹
公明党 4 ◎畔柳敏彦、畑尻宣長、井手瀬絹子、村越恵子
黎明 3 ◎中根武彦、横山幽風(元・日本一愛知の会)、柵木誠(元・日本一愛知の会 岡崎)
無所属 6 新海正春(議長)、竹下寅生(副議長)、大原昌幸、小木曽智洋、木全昭子(共産党)、鈴木雅子(共産党)

参考: 愛知県議会議員

  • 選挙区:岡崎市選挙区
  • 議員定数:4
  • 任期:2011年4月30日~2015年4月29日

※2015年の県議選から、岡崎市選挙区は額田郡選挙区(幸田町、定数1)と統合され「定数5」となる。

氏名 会派名 当選回数 備考
西久保長史 民主党 1
青山秋男 自由民主党 6
中根義高 自由民主党 1 補欠選挙による当選
鈴木雅登 減税日本一愛知 1 補欠選挙による当選

参考: 衆議院議員

氏名 党派名 当選回数 備考
青山周平 自由民主党 1 選挙区
中根康浩 民主党 3 比例復活
重徳和彦 維新の党 1 比例復活

参考: 参議院議員 (岡崎市内在住者)

司法[編集]

裁判所

検察庁

弁護士会

刑務所

経済[編集]

商業[編集]

市内の大型商業施設

イオンモール岡崎(2007年)

市内の老舗企業

本社を置く企業[編集]

工業[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

江戸時代の名町奉行として知られる大岡忠相を藩祖とする西大平藩が岡崎市内にあり、茅ヶ崎市は大岡氏の本拠地であることから。
江戸時代末期、岡崎市内にあった奥殿藩の藩主松平乗謨が陣屋を奥殿から臼田に建設した龍岡城へ移したことから。
岡崎に生まれた徳川家康にとって重要な戦いであった、関ヶ原の戦いの地であることから。

海外[編集]

教育・研究[編集]

小学校[編集]

国立
公立

中学校[編集]

国立
公立
私立

高等学校[編集]

公立
私立

専修学校[編集]

大学・短期大学[編集]

国立
私立

特別支援学校[編集]

国立
公立

研究機関 [編集]

施設[編集]

支所・出張所[編集]

  • 岡崎支所
  • 大平支所
  • 東部支所
  • 岩津支所
  • 矢作支所
  • 六ツ美支所
  • 額田支所
  • 宮崎出張所
  • 形埜出張所
  • 下山出張所


保健・医療・衛生施設[編集]

公園[編集]

スポーツ施設[編集]

  • 愛知県岡崎総合運動場
  • 花園体育センター
  • 岡崎げんき館
  • 岡崎国際射撃場


美術館・博物館・図書館[編集]

文化・交流施設[編集]

  • 岡崎市北部地域交流センター・なごみん
  • 岡崎市西部地域交流センター・やはぎかん
  • 岡崎市南部地域交流センター・よりなん
  • 岡崎市東部地域交流センター・むらさきかん
  • 岡崎市地域交流センター六ツ美分館・悠紀の里
  • 母子寡婦福祉会館
  • おかざき農遊館
  • ふれあいドーム岡崎
  • 岡崎市勤労青少年ホーム

休養施設[編集]

市営駐車場[編集]

  • 岡崎市営篭田公園地下駐車場
  • 岡崎市営康生地下駐車場
  • 岡崎市営吹矢駐車場

マスメディア[編集]

新聞・雑誌社[編集]

放送局[編集]

テレビ放送は受信場所の地形に応じて瀬戸デジタルタワーまたは同市内(旧額田町の本宮山山頂)の豊橋中継局からの電波を受信している。なお、名鉄本宿駅付近では、本宿中継局の電波を受信している場合もある。

交通[編集]

鉄道[編集]

東岡崎駅南口

市の中心部に近い名鉄東岡崎駅が中核的な役割を担っているが、近年の市南部の人口増加を受けてJR岡崎駅の利用者数が増えている。

名鉄岡崎公園前駅と愛環中岡崎駅は隣接している。

廃線[編集]

バス[編集]

路線バス[編集]

市内のほか、豊田市安城市西尾市幸田町に通じる路線や、中部国際空港への路線がある。市の中心部では豊富な便数が確保されている一方、山間部などの利用の少ない路線では、維持のため市が補助金を給付している。
主な系統は以下の通り。

  • まちなかにぎわいバス(まちバス)[52]名鉄バス東部に運行委託)
    • 東西ルート
      • 中岡崎 - 図書館交流プラザ - 康生町 - 伝馬 - 市役所 - 岡崎げんき館
    • 南北ルート
      • 東行き:シビコ北 → 図書館交流プラザ → 六供・梅園 → 市役所
      • 西行き:市役所 → 梅園・六供 → シビコ北 → 図書館交流プラザ → シビコ北
  • 額田地域内交通(岡崎市)[53]
    • 下山地区線(ささゆりバス)(豊栄交通に運行委託)
      • 岡崎げんき館前・洞町・市民病院 - 豊田鉄工前 - 中伊 - 外山 - 保久 - 冨尾西 - 桃ヶ久保 - 北部診療所
    • 形埜地区線(乙川バス)(岡東運輸に運行委託)
      • 南大須・鍛埜線
        • 右回り:桜形 → 南大須公民館 → 小屋沢上 → 下部上 → 大山上 → 法味上 → 須渕橋 → 鍛埜 → 大林 → 栃本団地 → 北部診療所 → 桜形
        • 左回り:桜形 → 北部診療所 → 栃本団地 → 大林 → 鍛埜 → 須渕橋 → 法味上 → 大山上 → 下部上 → 小屋沢上 → 南大須公民館 → 桜形
      • 切山・小久田線
        • 桜形 - 北部診療所 - 井口 - 小楠 - 赤田和中 - 空屋敷辻 - 大沢 - 切山横手辻 - 木挽沢 - 大ゾレ - 上一色平
      • 毛呂・井沢線
        • 桜形 - 北部診療所 - 井口 - 下毛呂 - 毛呂中 - 上毛呂 - うつぎ - 竹沢連橋 - 井沢公民館 - 若林 - 本郷入口 - 本郷
    • 宮崎地区線(のってこバス)(西三交通に運行委託)
      • のってこ1号(大雨河地区)
        • 宮崎小学校 - 宮崎学区市民ホーム前 - 十王堂前 - ナカシバ電工前 - 雨山公民館 - 熱田神社 - 東河原口 - 東河原公民館前 - 高雲寺
      • のってこ2号(千万町地区)
        • 宮崎小学校 - 牧原バス停 - 宮崎学区市民ホーム前 - 明見バス停 - 木下公民館 - 小学校三叉路 - 千万町中 - 千万町上
    • 豊富・夏山地区線(ほたるバス)(岡東運輸に運行委託)
      • 鳥川線
        • 星野医院 - 額田支所前 - 豊富小学校 - ハズノモト - 下辻 - 小デノ沢 - 宮前 - 市道
      • 夏山・鳥川線
        • 星野医院 - 額田支所前 - 豊富小学校 - ハズノモト - 下辻 - 小デノ沢 - 宮前 - 市道 - 鬼沢公民館 - 寺野(公民館入口) - 夏山橋 - 平針(観音堂)

高速バス[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道[編集]

県道[編集]

主要地方道[編集]
一般県道[編集]

市内の道路通称名[編集]

  • 竜美丘ポプラ通り
  • 作手街道(愛知県道35号岡崎設楽線の一部)
  • 電車通り(愛知県道39号岡崎足助線、愛知県道483号岡崎幸田線の一部、愛知県道478号岡崎停車場線の全線)
  • 伝馬通り
  • 東海道
  • 土呂西尾道(愛知県道43号岡崎碧南線の一部)
  • 土呂通り
  • 長瀬北通り(愛知県道26号岡崎環状線の一部)
  • 長瀬南通り(愛知県道26号岡崎環状線の一部)
  • 西康生通り
  • 鉢地峠道(国道473号の一部)
  • 八帖往還通り
  • 八丁蔵通り
  • 馬頭道(愛知県道480号美合幸田線の一部、愛知県道328号本郷美合停車場線、愛知県道329号美合停車場線の全線)
  • 東岡崎駅前通り(愛知県道477号東大見岡崎線の一部)
  • 東康生通り
  • 平針街道(愛知県道56号名古屋岡崎線の一部)
  • 別院前通り
  • 保母道(愛知県道324号生平幸田線の一部)
  • 本町通り(愛知県道39号岡崎足助線の一部)
  • 松葉通り
  • 緑丘通り(愛知県道326号桑谷柱線の一部)
  • 六名通り(愛知県道293号桜井岡崎線の一部)
  • モダン道路(愛知県道477号東大見岡崎線の一部)
  • 門前通り
  • 八幡通り
  • 竜北メーンロード(愛知県道26号岡崎環状線の一部)
  • 竜東メーンロード(愛知県道26号岡崎環状線の一部)
  • 竜南メーンロード(愛知県道48号岡崎刈谷線の一部)
  • 連尺通り

主な林道[編集]

  • 桑谷蒲郡線
  • 大入線
  • 久保田釜石線
  • 古部才栗線
  • 寺野木下線
  • 桜形木下線
  • 鍛埜桜形線
  • 保母線
  • 小久田岩下線
  • 大重線
  • 源見線
  • 入道倉線
  • 上ノ平線
  • 戸沢線
  • 石原河原線
  • 宮西線
  • 中部線
  • 古貝津線

主な緑道[編集]

主な坂道[編集]

岡崎市は1983年昭和58年)に坂道の愛称を募集した[55]の多い地形である。

  • 伊賀浄水坂(いがじょうすいざか)
  • 井田坂(いだざか)
  • 沢蟹坂(さわがにざか)
  • 茶臼坂(ちゃうすざか)
  • 道城坂(どうじょうざか)
  • 灯台坂(とうだいざか)
  • 努力坂(どりょくざか)
  • 蛭坂(ひるざか)
  • 法丈坂(ほうじょうざか)
  • みかえり坂(みかえりざか)
  • みのざか(みのざか)
  • 耳取坂(みみとりざか)
  • 六地蔵坂(ろくじぞうざか)

観光スポット・イベント[編集]

伊賀八幡宮・拝殿(重要文化財)
岩津天満宮・拝殿
大樹寺・山門(県指定文化財)
滝山東照宮・拝殿(重要文化財)

岡崎観光きらり百選も参照

名所[編集]


史跡[編集]


神社仏閣[編集]


建造物[編集]

  • 旧石原家住宅:国登録有形文化財
  • 旧野村家住宅:市景観重要建造物
  • 本多家住宅主屋:国登録有形文化財
  • 愛知県立第二中学校講堂:国登録有形文化財
  • 岡崎師範学校武道場:国登録有形文化財
  • 六供配水場配水塔:市景観重要建造物


その他文化財[編集]

  • 妙源寺
    • 絹本著色善光寺如来絵伝:国重要文化財
    • 絹本著色法然上人絵伝:国重要文化財
    • 絹本著色親鸞上人絵伝:国重要文化財
    • 絹本著色光明本尊:国重要文化財
  • 大樹寺
    • 絹本墨画淡彩如意輪観音図:国重要文化財
    • 大方丈障壁画岡田為恭筆:国重要文化財
    • 大樹寺文書:県指定文化財
    • 木造阿弥陀如来坐像:県指定文化財
  • 真福寺
    • 木造慈恵大師坐像:国重要文化財
    • 塑像仏頭:県指定文化財
  • 桜井寺
    • 磬:県指定文化財
  • 滝山寺
    • 木造観音菩薩・梵天・帝釈天立像:国重要文化財
    • 錫杖:県指定文化財
    • 孔雀文磬:県指定文化財
    • 木造菩薩面:県指定文化財
  • 滝山東照宮
    • 太刀銘正恒附糸巻太刀拵:国重要文化財
    • 太刀銘長光附糸巻太刀拵:国重要文化財
  • 庚申講
    • 木造兜跋毘沙門天立像:国重要文化財
  • 昌光律寺
    • 鉦鼓用引架:国重要文化財
    • 僧月僊作品群:県指定文化財
  • 満性寺
    • 色紙阿弥陀経:国重要文化財


イベント[編集]

滝山寺鬼まつり
  • 滝山寺鬼まつり (旧暦1月7日に近い土曜日)
  • 桜まつり
  • 家康行列 (4月 第1または第2日曜日)
  • 五万石藤まつり (4月下旬~5月上旬)
  • 将棋まつり (4月下旬)
  • 土呂蓮如祭り (4月下旬 土・日曜日)
  • 能見神明宮大祭 (5月 第2土・日曜日)
  • 岡崎城下 家康公夏まつり (2013年からスタート。岡崎活性化本部主催)[56]
  • 岡崎観光夏まつり花火大会 (8月 第1土曜日)
  • 造形おかざきっ子展 (10月下旬)
  • 秋の市民まつり (11月上旬)
  • 岡崎ジャズストリート (11月 第1土曜日・第1日曜日)
  • ※岡崎観光夏まつり五万石おどり・みこし (2011年まで8月第1土曜日の前日に開催されていたイベント。上記の「家康公夏まつり」にとってかわった)

名品・郷土料理[編集]

出身有名人[編集]

武将・歴史上の人物[編集]


政財界[編集]

学者[編集]

文化人[編集]

スポーツ選手[編集]

音楽家[編集]


芸能人[編集]

アナウンサー[編集]

その他[編集]

オカザえもん[編集]

オカザえもん(2013年11月24日)

オカザえもんは、愛知県日進市出身の現代美術作家・斉と公平太の作品。「あいちトリエンナーレ2013」のプレイベント「岡崎アート&ジャズ2012」の出品作品である。イラストと着ぐるみ、2つのキャラクターが存在する。2012年10月31日に行われた同イベントの内覧会で初めて公の場に姿を現す[57]

2013年4月1日、岡崎市から「岡崎アート広報大臣」に委嘱された(任期は1年間)[58]。同年7月10日、日本百貨店協会が主催する「ご当地キャラ総選挙2013」の地区予選において、中部5県の1位に選出された[59]。同年8月6日、同選挙の決勝大会の結果が東京都内で発表され、全国2位を獲得した[60]。9月16日、「ゆるキャラグランプリ2013」に向けての[61]出陣セレモニーが岡崎まぜめん会の主催で開かれた[62]

「オカザえもんJr.」という4歳の子供と、「岡崎 衛門之丞」という兄がいる[63]。また、徳島県東みよし町で「オカザえんぬ」という全身ピンク色の女性版キャラクターが誕生している[64][65]。飲み友達に『前略、大徳さん』(中京テレビ、2013年11月3日放送開始)のマスコットキャラクター、「大徳さん」がいる[66]。2014年7月26日には、はとこの「ワルザえもん」が初登場した[67]。なお大徳さんもワルザえもんも、作者はともに斉と公平太である[68]

2013年11月24日、「ゆるキャラグランプリ2013」において、全国22位を獲得した[69]。オカザえもんより上位のキャラクター21体中、自治体の公認キャラクターは17体を占め(そうでないものは、かわりみ千兵衛、コアックマ&アックマあたまがふくしまちゃんおけわんこの4体のみ)、1年前に誕生したばかりの、未だ岡崎市から公認されていないオカザえもんが22位に選ばれたのは快挙と言える。

市内業者が作る関連商品については、作者の願いにより著作権料は発生しない[70]。その効果もあって多くの商品が生み出されるようになった。売れ行きも好調で、2013年12月に市内郵便局で限定発売された「オカザえもん切手シート」は1日で完売した[71]。また同年12月22日、日本経済新聞が発表した「ゆるキャラスイーツ・ベスト10」で、康生地区の和菓子屋が製造した「オカザえもんどら焼き」が全国5位に選ばれるなど、質においても高い評価を受けている[72]

2014年3月31日、岡崎アート広報大臣を退任。オカザえもんが1年間の間に岡崎市内に及ぼした経済波及効果は約42億5千万円、新聞や雑誌への掲載による広告効果は約6億6千万円であったことが退任式で発表された[73]

同年6月12日、ハンガリーに渡る。首都ブダペストを足がかりに海外での活動も開始した[74]

同年7月2日、岡崎市役所にて記者会見を行う。7月から11月にかけて岡崎市内で開催されるイベント・サミット「おかざきコウエンナーレ2014」の概要を、PRキャラクターであるオカザえもん自らが発表した[75][76][77][78]

活動当初から福祉活動にはとりわけ熱心である。岡崎市内の児童養護施設や障害者施設、保育園などへの慰問を積極的に行っている[79][80][81]。病弱な子供の自宅を直接訪れることもあるという[82]

その他[編集]

市歌[編集]

作詞は北原白秋、作曲は山田耕筰であり、1937年6月29日に発表、1962年4月には条例によって正式に市歌と定められた。あまり歌われる機会はない。

「岡崎」ナンバー[編集]

従来、自動車ナンバープレートは、管轄する自動車検査登録事務所ごとに表示される地域名が決まり、岡崎市を含む西三河自動車検査登録事務所管内では、「三河」ナンバーが使用されていた。

国土交通省が2004年11月、新たな地域名表示ナンバープレート、いわゆるご当地ナンバーの導入についての要綱を取りまとめたことを受け、岡崎市・幸田町・額田町の3市町は、2005年2月24日 - 3月6日に、「岡崎」ナンバー導入に関するアンケートを実施した。結果、賛成意見が約7割に上ったため、国土交通省に申請することになった。

同年7月29日に認可が下り、2006年10月10日より導入された。今後、岡崎市および幸田町において新規に交付されるナンバープレートには「岡崎」と記されることになる。なお、岡崎市の公用車は2カ年計画で全て「岡崎」ナンバーに変更される。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『各 地方ニ 於ケル 「マラリア」ニ 関スル 概況』(内務省 衛生局。大正8年)(国立国会図書館のホームページ『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)

脚注[編集]

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  1. ^ 「岡崎市」百科事典マイペディア
  2. ^ 「1 .本市の概況」岡崎市
  3. ^ 「岡崎市の人口」岡崎市
  4. ^ 「1 .本市の概況」岡崎市
  5. ^ 「岡崎市の地形」岡崎市
  6. ^ 「岡崎市の概況」岡崎市
  7. ^ 「Q.岡崎の名前の起源、成り立ち、簡単な歴史紹介をしていただけませんか。」岡崎市
  8. ^ [1]「浄瑠璃姫と岡崎 〜桜と姫に守られて〜」岡崎商工会議所
  9. ^ 「岡崎市の人口」
  10. ^ 「愛知県岡崎市行政視察のご案内」岡崎市
  11. ^ 「岡崎の歴史と文化~明治・大正・昭和~」愛知学泉大学 教授 岡田洋司
  12. ^ 「岡崎市人口38万人超へ」東海愛知新聞2014年11月12日1面
  13. ^ 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
  14. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  15. ^ 「西牧野遺跡」愛知県
  16. ^ 「愛知県埋蔵文化財センター調査報告書 第174 集西牧野遺跡」愛知県埋蔵文化財センター
  17. ^ 岡崎市美術博物館 副館長 荒井信貴「「岡崎」のなかった頃の岡崎学 -古墳時代~古代の西三河―」
  18. ^ 「寺院紹介」真福寺
  19. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  20. ^ 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
  21. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  22. ^ 「こうた豆知識 」幸田町
  23. ^ 「駅家郷(古代)」角川日本地名大辞典(旧地名編)
  24. ^ 「谷部郷(古代)」「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
  25. ^ [日本地理志料―古代地名辞書 (1966年)]
  26. ^ 大日本地名辞書
  27. ^ 『張州雑志』巻三十四所収「大宮司系譜」
  28. ^ 「浄瑠璃姫と岡崎 〜桜と姫に守られて〜」岡崎商工会議所
  29. ^ 「沿革」岡崎市
  30. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  31. ^ 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
  32. ^ 「沿革」岡崎市
  33. ^ 「愛知県のできごと」浜島書店
  34. ^ 「岡崎藩」『藩名・旧国名がわかる事典』、『日本大百科全書』
  35. ^ 1994年9月 国道1号本宿地区東海道ルネッサンス事業委員会・郷土史本宿研究会「本宿町案内板説明文」本宿町
  36. ^ 「愛知県のできごと」浜島書店
  37. ^ 「岡崎の歴史と文化~明治・大正・昭和~」愛知学泉大学 教授 岡田洋司
  38. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  39. ^ 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
  40. ^ a b c d e f g 『新編 岡崎市史 現代 5』(新編岡崎市史編さん委員会、1985年12月28日発行)
  41. ^ 「Q.岡崎の名前の起源、成り立ち、簡単な歴史紹介をしていただけませんか。」岡崎市
  42. ^ [2]「浄瑠璃姫と岡崎 〜桜と姫に守られて〜」岡崎商工会議所
  43. ^ a b 岡崎商工会議所のあゆみ岡崎商工会議所
  44. ^ a b c 過去の主な災害 (PDF) 岡崎市市長公室防災危機管理課、2010年3月19日
  45. ^ “岡崎市 38万人超”. 東海愛知新聞. (2014年11月12日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/141112.html 2015年1月24日閲覧。 
  46. ^ 市政だより「おかざき」平成27年4月15日号
  47. ^ 市町村選挙情報(平成24年度)愛知県
  48. ^ 岡崎石工品/岡崎市HP
  49. ^ 岡崎市青少年センター・太陽の城 岡崎市
  50. ^ 名鉄バスからのお知らせ/平成24年4月1日ダイヤ改正(一般路線、岡崎・空港線(路線譲渡)) 名鉄バス 2012年平成24年)3月21日掲載
  51. ^ 空港直行バス時刻表 (PDF) 知多乗合(株) 平成24年4月1日改正
  52. ^ 岡崎市コミュニティバス「まちバス」 岡崎市 都市整備部 都市計画課 交通政策室
  53. ^ 額田地域のコミュニティバス・乗合タクシー 岡崎市 都市整備部 都市計画課 交通政策室
  54. ^ 新東名高速道路 浜松いなさJCT〜豊田東JCT 開通予定時期の見直しについて 中日本高速道路 2014年7月23日付
  55. ^ 岡崎いいとこ風景ブログ  岡崎市都市計画課
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外部リンク[編集]