清須市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
きよすし
清須市
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
団体コード 23233-5
面積 17.32km2
総人口 65,690
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 3,790人/km2
隣接自治体 名古屋市稲沢市
一宮市北名古屋市あま市
市の木 花水木(ハナミズキ
市の花 チューリップ
清須市役所
所在地 452-8569
愛知県清須市須ケ口1238番地
外部リンク 清須市役所

清須市位置図(愛知県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村
特記事項 2005年7月7日に合併し成立した。
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
清須市のシンボル、清洲城模擬天守

清須市(きよすし)は、愛知県北西部(旧尾張国)の都市の一つ。清市は誤表記。2005年7月7日西春日井郡西枇杷島町新川町清洲町が新設(対等)合併して発足。2009年10月1日に同郡春日町を編入した。

目次

[編集] 地理

戦国時代織田信長の本拠地となった都市として有名である。地形は比較的平坦で、庄内川の下流域にあり、ほとんどの地域が海抜10m未満であるため、2000年の東海豪雨の際には、現在の市域の各所(特に旧西枇杷島町)で多数の浸水被害が生じた。

[編集] 概要

  • 人口:65,958人
    • 男性:33,043人
    • 女性:32,915人
  • 世帯数:26,357世帯
  • 人口密度:3,780人/km²

2009年10月1日現在、外国人を含む)

[編集] 隣接する自治体・行政区

[編集] 歴史

歴史的に、徳川家康による清洲越しで城下町がまるごと名古屋に移転するまで、尾張の首府として東海の巨鎮と称され、織田信長の青年時代の根拠地清須(清洲)、安土桃山時代福島正則が城主だった城下町という由緒がある。また江戸時代以後は、美濃街道の宿場町「清須宿」、同街道の市場「枇杷島市」が存在していた。枇杷島市においてはその財力を背景に江戸時代より町内会ごとに名古屋型山車が作られており、江戸時代末期の1802年(享和2年)より尾張西枇杷島まつりが行われている。当祭は、名古屋東照宮の祭礼の形態を引き継ぐ数少ない祭として知られている。

[編集] 市名の由来

市名の由来は、この地に古くからある地名に由来する。「きよす」の表記は、「清須」と「清洲」の両方が混在しており、歴史書によって異なる。伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔(じんぽうしょう)』に「清須御厨(きよすみくりや)」として記載されているのが最古の記載としているが諸説ある。江戸時代初期に書かれた書物『三河物語』には「清須」、同時代に書かれた書物『信長公記』には「清洲」と書かれている。合併後の新市名には、前者の「清須」を採用した。

[編集] 沿革

[編集] 行政

[編集] 市長

  • 初代-2代 加藤静治(かとう・しずはる)2005年8月7日~(2013年8月6日…任期満了予定)

[編集] 警察

[編集] 姉妹都市・提携都市

織田信長サミット
その外国内の姉妹都市
海外の姉妹都市

[編集] 地域

[編集] 人口

Demography23233.svg
清須市と全国の年齢別人口分布(2005年) 清須市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 清須市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
清須市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 59,752人
1975年 61,165人
1980年 61,138人
1985年 60,986人
1990年 61,578人
1995年 62,738人
2000年 63,009人
2005年 63,358人
2010年 65,864人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 教育

[編集] 交通

名古屋市営バス名駅26号系統(名古屋駅 - 上小田井駅 - 平田住宅)が、1停留所(古城バス停)間のみ市内を通る。その他の路線バスは通っていない。

[編集] 市営交通

[編集] 鉄道路線

清洲駅は稲沢市に有るが、駅の直ぐ南側が清須市になる。名古屋駅南側から枇杷島駅付近までは東海道新幹線が並行して走っているが、市内に駅は存在しない。

[編集] 道路

高速道路
一般国道

[編集] 観光

[編集] 観光地

[編集] 経済

[編集] 商業

[編集] 主な企業

[編集] 出身有名人

[編集] 郵便番号

郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月1日に変更。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語