鳥山明

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鳥山 明
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生誕 1955年4月5日(56歳)
日本の旗 日本愛知県名古屋市
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
キャラクターデザイナー
活動期間 1978年 -
ジャンル 少年漫画
代表作 ドラゴンボール
Dr.スランプ
ドラゴンクエストシリーズ』(キャラクターデザイン)
受賞 第27回小学館漫画賞少年少女部門(『Dr.スランプ』)
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鳥山 明(とりやま あきら、1955年4月5日 - )は、日本漫画家キャラクターデザイナー愛知県名古屋市出身[1][2]。同県の清須市に在住。プロダクションは「BIRD STUDIO」(バードスタジオ)。妻は漫画家のみかみなち。

1978年に「ワンダーアイランド」でデビュー。主に『週刊少年ジャンプ』に作品を発表。代表作『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』はいずれもテレビアニメ化された。『ドラゴンボール』は2008年時点で単行本42巻と完全版34巻を合わせて1億5000万部以上、全世界で3億5000万部を超えるヒット作となった[3]。『Dr.スランプ』で第27回(1981年度)小学館漫画賞少年少女部門受賞。2006年の日本のメディア芸術100選では、『ドラゴンボール』がマンガ部門3位に選出されている。

1980年 - 90年代の「ジャンプ黄金時代」の立役者であり、『週刊少年ジャンプ』編集長であった西村繁男は、「『少年ジャンプ』の600万部の快挙は、鳥山明の破壊的なパワーを借りて初めて実現しえたことは、誰も否定できないだろう」と述べている[4]

ドラゴンクエストシリーズ』をはじめ、ゲームのキャラクターデザインも手がける。

目次

[編集] 来歴

[編集] 幼少時代

初代担当編集者の鳥嶋和彦によると、家は貧しかったが両親ともにのんびり屋の性格で、夕食代にも事欠く時でも代わりにと2人でワルツを踊るような人だった。鳥山自身は絵を描くことが好きで、腹を空かせながら漫画を描くのを唯一の楽しみにしていた[5]。そしてその頃に通っていた絵画教室で描いた『101匹わんちゃん大行進』が表彰されたことで、自信を持ったという[6]。小学校の写生コンクールでは何度か賞を貰い、高校時代には美化キャンペーンのポスターで全国高校生の部で入賞している[7]

幼少時は漫画やアニメに熱中したが、小学校高学年以降は映画やテレビドラマに興味の対象が移り、漫画に触れる機会が無くなっていた[8]。しかし、絵を描くことは好きで自信もあったため、1974年愛知県立起工業高等学校デザイン科に進学した。

[編集] デビューまでの経緯

高校卒業後はデザイン会社に就職する。そこではチラシなどを作っていたが、結局サラリーマン生活に嫌気が差し、2年半ほどで退職した。その後は気ままな生活を送っていたため金銭的に困ることになる。しかし本人によると「わずかでも世間の仕組みを知ることが出来てムダではなかった」と述べている[9]

その頃、たまたま手に取った『週刊少年マガジン』で、新人賞の作品募集の記事を見つける。入賞すると賞金50万円が手に入ることを知り、23歳にして初めて本格的に漫画を描き始めた。結局、締め切りには間に合わなかったため、毎週作品を募集していた『週刊少年ジャンプ』へ作品を投稿するようになる[10]。この頃は『スター・ウォーズ』のパロディなどを描いていたという[11]

当時はまだまだ新人賞には及ばないものの[12]、鳥嶋和彦は鳥山が作中の描き文字(擬音、擬態語など、写植以外の文字のこと)をカタカナでなくアルファベットで描いていることや、対象を様々な角度から描けること、絵が丁寧に描き込まれていることにセンスを感じ[11]「今は下手だが頑張れば何とかなるかも」とアドバイスをした[13]。やがて厳しくボツ(不採用)を出す鳥嶋のもとで懸命に修行することになる。この間のボツ原稿の総量は、1年間に500ページにも及んだ[14]

デビュー当初は本名ではなく、水田二期作(みずたにきさく)というペンネームを使おうとも考えたが「どうせ売れる訳がない」と結局本名で通した。しかし、「鳥山明」という名前が愛知県には数軒しかいなかったために、イタズラ電話がよくかかって来たとのことで[15]、本人曰く漫画家になって一番後悔している[10]

[編集] Dr.スランプの連載

1978年11月(WJ52号)、『週刊少年ジャンプ』掲載の読み切り作品『ワンダー・アイランド』でデビューを飾るも、アンケート結果は最下位であり[16]、その後『週刊少年ジャンプ』本誌や増刊号で発表した短編作品の人気も、芳しいものではなかった。鳥嶋に促されて描いた1979年の読み切り作品『ギャル刑事トマト』は、鳥山が本来苦手とする女性を主人公とした作品だったが、評判が良く、これを機に『週刊少年ジャンプ』での連載が決まった。この時期に描かれた作品は、主に『鳥山明○作劇場』に収録されている。

1980年開始の初連載作品『Dr.スランプ』は当初、自称天才科学者の則巻千兵衛を主役と考えていたが、鳥嶋のアドバイスを受け、少女アンドロイドの則巻アラレを主人公に配し、千兵衛は脇に据えた[17]。これが功を奏し、『Dr.スランプ』は人気作となり1981年より『Dr.スランプ アラレちゃん』としてTVアニメ化もされ、最高視聴率36.9%を記録、歴代アニメ最高視聴率で3位になる[18]など大ヒットアニメとなった。

『Dr.スランプ』連載1年目は、3日に1回しか寝られなかった[19]、最高連続徹夜6日を記録した[10]、ペン入れの記憶がない回がある[20]などと、多忙を極めた。連載は5年程度続いたが、アイディアが不足してきたため1984年に終了させた。

[編集] ドラゴンボールの連載

1984年、『Dr.スランプ』終了後すぐに『ドラゴンボール』の連載を開始する。主人公・孫悟空の冒険譚として始まった作品で、当初はアンケートでも大きな反響は無く、人気は低迷していたが[10]、次々に登場する強敵と戦うことを中心としたシリアスな物語となることで人気を獲得。1995年までの11年間連載は続き、壮大なスケールの作品が描かれた。1986年には、キャラクターデザインを手掛けた『ドラゴンクエスト』が発売された。

1986年から1997年まで3つのテレビアニメシリーズが制作され、11年平均視聴率20%を維持し続けた[21]。アニメに関しては『Dr.スランプ アラレちゃん』から『ドラゴンボール』『ドラゴンボールZ』『ドラゴンボールGT』『ドクタースランプ』(『Dr.スランプ - 』のリメイク)と、1981年から1999年にかけてフジテレビ系列の毎週水曜19:00 - 19:30は、鳥山原作のアニメが放映されていた。

また、1990年から1994年には『ドラゴンボール』の連載と平行して、『ブイジャンプ』および『Vジャンプ』で『貯金戦士キャッシュマン』、『DUB&PETER1』、『GO!GO!ACKMAN』を不定期で連載した。

[編集] その後の活動

長期連載がかなりハードであったため、1995年での『ドラゴンボール』終了以降、漫画は『週刊少年ジャンプ』などジャンプ系列誌で読み切り、もしくは短期集中連載作品を描く程度である。また、その一方で自動車のデザインや漫画原作なども手がけている。2009年末には完全引退を望んでいることを明かした[22]

『ドラゴンボール』終了以降に描いた主な作品は『COWA!』、『カジカ』、『SAND LAND』(いずれも『週刊少年ジャンプ』で短期集中連載として掲載された)、『ネコマジン』(短編)、『天使のトッチオ』(絵本)など。その中でも『SAND LAND』と『ネコマジン』は人気を得ており、『SAND LAND』は北米やドイツ、フランスそのほかの地域でも多数翻訳出版され、『ネコマジン』もシリーズ化した。

[編集] 画風・作画方法

トーンは少なめ
漫画作品では、あまりタッチをつけない均一な線が用いられており、スクリーントーンはあまり使われない。自身を非常に面倒臭がりだとしており、トーンを使わないのも、切ったり貼ったりするのが面倒だから、自分に合わないという理由からである。本人曰く「トーンを切り貼りする作業は漫画を描く作業ではない」とのこと[23]。ただし、トーンが嫌いな訳ではなく、むしろ使いたいとも述べていたこともある[24]
ネームは描かない
一般的に漫画作品は、ネーム、下描き、清書の工程を経て完成するが、鳥山はネームを描かずに、いきなり下描きから始める製作方法を取っている。これは「3度も描くのが面倒」だと、担当編集者の鳥嶋に進言したことによる[23]。これに対し、2代目担当編集者の近藤裕は「いきなり下描きが上がってくるから、描き直しをさせていいものかどうか」と、戸惑ったという[25]
面倒くさがり
象徴的なエピソードに、『Dr.スランプ』では、背景を描くのが面倒で村を舞台にし[11]、『ドラゴンボール』では、超サイヤ人は髪をベタ塗りせずに済むので時間短縮になる、描くのに時間がかかる市街地などの背景はすぐに爆破(もしくは登場人物を荒野に移動)させたい、などがある[23]。かつてのインタビューではマンガ製作の準備・練習が嫌いなことを公言しており、鳥嶋にも鳥山ほど資料を持っていないマンガ家はなかなかいないと皮肉られている[26]。また、歴史・地理方面に疎いらしく織田信長の死因を知らなかった[27]
他には鳥嶋によると「基本的な絵の勉強を漫画ではなく、デザイン画などから学んでいるため、バランス感覚が優れている」「トーンを使わないので、白と黒のバランスを取るのが非常に上手い」「背景などを描かなくても画面が持つだけの構成力とデッサン力を持っている」と評している[11]
様々なメカ
作中にロボットや車、バイクなどが多く登場するのも特徴のひとつで、父親がかつてバイクレーサーだった影響もあるとのこと[28]。特に『Dr.スランプ』では表紙や扉絵に車ばかりを描いていたら、鳥嶋に「いい加減飽きた、この漫画は車が主人公だっけ?」と嫌味を言われたという[29]。ただし、構造に詳しいわけではなく、専門用語などは理解できないらしい[30]。他にも『スター・ウォーズ』など好みのSF映画からの影響が強く、物語の本筋以上に描くことが楽しいとのことである[24]
動物好き
サブキャラクターに動物が多いのは、曰く人間だけだと顔を描き分けるのが大変だからとのこと[31]。多くが人間の言葉を操るなど普通に人間社会に溶け込んでいる。元来が少年時代に「馬やチンパンジーを飼いたい」と親に駄々をこねたほどの動物好きで、犬や猫を始め、ウサギ、鳥類、魚類などの飼育を趣味としている[32]。代表的な作品にハイギョの飼育がテーマの短編作品『ハイギョのマヒマヒ』や、『Dr.スランプ』にも、村の乱暴者がブンチョウの飼育を通じて更生する、などのエピソードがある。唯一ネズミだけは苦手だったが、子供にせがまれて飼い始めたハムスターの影響で苦手意識が薄れた、と語っている[10]
CGによる制作
『ドラゴンボール』連載終了後にMacを使い始め、以降は制作過程でCGを用いたものがかなりの割合を占めており、パソコンが無ければ絵を描くのが完全に嫌になっていたとのこと[23]。デジタル化以降のカラーでは、特徴的であったメリハリの利いたアニメ絵的な塗り方から、境界を明確にしないぼかす様な塗り方に変わっている(特に影の塗り方に顕著)。Macでの作品例として、漫画では『カジカ』、『ネコマジン』、ゲームでは『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』、『BLUE DRAGON』などが挙げられる。
ドラゴンクエスト
『ドラゴンクエストシリーズ』のキャラクター・モンスターデザインでは、堀井雄二の描いたラフ絵を元にデザインしているものもあるが、スライムに代表されるように(堀井のラフ絵では、スライムはドロドロの液体状のモンスターで、目も口もない)自分のアレンジを加えており、キャラクターデザインに至ってはほとんど別物になっている。
ラブコメは読めない、ダメ」
このように語ったことがあり[26]、ラブコメ好きの鳥嶋が出したアラレとオボッチャマン、あかねと突詰、タロウと鶴燐、悟空とブルマを恋愛させろという指示に対しては頑なに拒否し、千兵衛とみどりの結婚をあっさりと済ませた[33]
自画像
自分を作中に登場させる時はガスマスク着用の姿が多い。理由は自画像を描くのが照れくさいから[34]

[編集] 人物像

[編集] 趣味・嗜好

モデルガンが好きで、多くを壁に飾っている。また、プラモデル作りの腕前はプロ級で、株式会社タミヤの主催する1/35フィギュア改造コンテストで入賞している[35]。愛知県唯一のプラモデルメーカーファインモールドの社長と懇意であることから、同社関連の仕事もいくつか手がけている。

「生まれも育ちも名古屋。当然、ドラゴンズファン」[2]と語っている。『Dr.スランプ』内でもキャラクターたちが中日ドラゴンズを応援する一幕がみられる。

好きな季節はで、そのためか作品の季節感もほとんどが夏っぽい[36]

女性の髪形ではショートカットが好みで、それは『ドラゴンボール』内では第22回天下一武道会の頃のブルマの髪形に反映されている。

読者からもらったパンティーがヤニで黄色くなってしまう[10]ほどのヘビースモーカーであり、1日で多いと3箱[34][37]、締め切り前は100本以上吸うこともある[38]。その一方、酒は苦手で、飲んでもビールをコップ1杯ぐらいだという[34]

『Dr.スランプ』の登場キャラクターである空豆ピースケの趣味はサイン集めだが、これは、鳥山の趣味がそのまま反映されたもの[39]。子供たちと一緒に『スーパー戦隊シリーズ』を見ていたところはまり、『ドラゴンボール』に戦隊ヒーローのパロディであるギニュー特戦隊を登場させた[40][41]

[編集] マスコミへの露出

マスコミなどへの露出を好まず[42]、インタビュー記事や本人の写真が公表、掲載されるケースは稀である。理由は小さな町に在住のため顔がばれるのが嫌だから[43]。当該写真も顔にガスマスクが合成されている。

人付き合いが苦手だと公言しており、家族と気の合う友人、信頼できる仕事仲間以外の人物とは積極的に会いたいとは思わないらしく、田舎在住であるのも同じ理由からとのこと[44]。ちなみに妻と出会いのきっかけは、鳥山がイタズラ電話をかけたのが始まりである[45]。「あのセンスと知識にはかなわない」と妻を評している[10]

ただ、かつては『徹子の部屋』に出演したり、NHK特集『わが青春のトキワ荘〜現代マンガ家立志伝〜』(1981年5月25日放送)に荒木飛呂彦とともに登場していた。また、鳥嶋の指示により『ジャンプ』誌面や『Dr.スランプ』等の単行本にも自身の写真を積極的に載せていたこともある[10]。最近ではテレビゲーム『BLUE DRAGON』のCMに口周りのみながら出演している。

また、1984年の映画『ゴジラ』にエキストラで出演したことがある。本編中では確認できないが、一部ポスター(市販もされた)においては群衆の中に確認できる[46]

[編集] 作品リスト

短編作品は『鳥山明○作劇場』の項を参照。

[編集] キャラクターデザイン

[編集] コンピュータゲーム

[編集] アニメーション

[編集] テレビ番組

[編集] その他

  • さくまあきら『燃えよ!フトリッパー』 - シングルレコードジャケットのイラスト
  • コアラ舎シンボルマーク - 名古屋市東山動植物園にある、コアラ舎のコアラのシンボルマーク(キャラクターデザイン)
  • ギャオくん - 『週刊少年ジャンプ』創刊20周年記念キャラクター。ゲーム『ファミコンジャンプ』にも登場
  • V龍(ブイロン) - 『Vジャンプ』イメージキャラクター
  • がらくたジジィ - 『91年F1グランプリ』番組内に放映された『少年ジャンプ』のCMに登場するキャラクター
  • スーパーセンス ストーリー - ホンダの交通安全啓発用絵本。作画は東映動画(現・東映アニメーション)が担当
  • ファインモールドマスコットキャラ「五式犬(ごしきけん)」(キャラクターデザイン)
  • ファインモールド「ワールドファイターコレクション」シリーズ(キャラクターデザイン) - 世界各国の陸軍兵士をリアルに再現した上でコミカルにデフォルメしたプラモデルフィギュア
    • ファインモールド関連ではこの他、商品開発ではないが、『ドラゴンボール』「其之五百一 救世主登場!?」のカラー扉絵で、ファインモールドがプラモデル化した「日本陸軍九七式軽装甲車テケ」を描いてミスター・サタンを搭乗させ、その車体にFINE MOLDSと記している
  • ファーブル昆虫記1-6巻 - 奥本大三郎編訳による集英社文庫の表紙及び扉絵を担当
  • リードン - 伝説の読書龍として集英社のキャラクターとして使用
  • QVOLT - 『チョロQモーターズ』の電気自動車
  • ジャンタ - ジャンプショップオリジナルキャラクター
  • 月刊アーマーモデリング』2009年1月号表紙描き下ろしイラスト(コミカライズされた日本陸軍九七式中戦車チハと日本兵たち)、2010年11月号表紙描き下ろしイラスト
  • 『月刊アーマーモデリング』2009年1月号模型作例「1/35四式軽戦車」製作及び記事執筆(模型の車体はファインモールド製、砲塔はタミヤ製)
  • 浜崎あゆみRule/Sparkle』 - 初回盤ピクチャーレーベルのイラスト(映画『DRAGONBALL EVOLUTION』主題歌)
  • その他、タレントに頼まれて似顔絵を描いている(品川庄司品川祐次長課長井上聡麒麟川島明千秋[59]など)

[編集] イラスト集

  • 鳥山明 the world(1990年1月15日発行、集英社)
  • 鳥山明 THE WORLD SPECIAL(1990年9月24日発行、集英社)
  • 鳥山明の世界 AKIRA TORIYAMA EXHIBITION(1993年、1995年発行、「鳥山明の世界」展実行委員会)
  • ドラゴンボール大全集 1巻 COMPLETE ILLUSTRATIONS(1995年6月25日発行、集英社)
  • ドラゴンクエストモンスターズ 鳥山明イラストレーションズ(1996年12月23日発行、集英社)

[編集] 関連人物

桂正和
鳥嶋和彦によってともに才能を見出された。鳥山とは交流があり、『ウイングマン』の作中に「生徒会トリヤマ」や「Mr.マヤリト」として鳥山が登場している。逆に『Dr.スランプ』には、非常な田舎者として桂が登場しており、番外の短編漫画でエピソードが語られている。悟空が界王を笑わせる為に使ったギャグは、鳥山が桂に披露したもののバカにされたといわれるものである。また、フュージョンのアイディアも、桂正和が考えたものである、と述べている[60]。1984年に桂正和が病気療養のため約5ヶ月『ウィングマン』の連載を中断した際、週1ページの応援ページ「がんばれ!桂くん」が連載されたが、鳥山は、タイトルとタイトルバックの似顔絵(病室で寝巻き姿の桂が、元気にウイングマンの変身ポーズを決めている)を寄稿している。また桂正和、寺田克也竹谷隆之は鳥山から「自分からは滅多に誰かに会おうとはしないが、この3人の天才に会うのは悪くない」と言われている[61]。また、『さちえちゃんグー!!』(読切)、『JIYA -ジヤ-』(短期連載)で共作(原作を鳥山、作画を桂が担当)している。
岸本斉史
岸本は『NARUTO』の連載が3周年を迎えたらご褒美として、鳥山のサイン色紙を貰うという約束を編集部と取り付けており、実際にサインを手に入れた際には、その喜びを『ジャンプ』の巻末コメントで語っていた。
尾田栄一郎
1995年の集英社主催のパーティーで徳弘正也に同行し(当時、アシスタントをしていた)、鳥山からイラスト入りのサインを貰ったのが初対面。その後、尾田の希望で鳥山と対談して以降、さまざまな場で交流している。『天才パソコミ塾』(2002年 集英社インターナショナル)でMacを使った漫画の描き方で共演したり、2006年12月には『ONE PIECE』と『ドラゴンボール』のコラボレーション漫画『CROSS EPOCH』(『週刊少年ジャンプ』2007年04・05合併号、2006年12月25日発売)を発表した。
大川知英(お笑いトリオ・ニブンノゴ!
『ドラゴンボール』のハリウッド化の話が出た際、一番初めに相談したほどの親友[62]

[編集] 担当編集者

[編集] アシスタント

[編集] 出典・脚注

  1. ^ 『現代日本人物辞典』、旺文社
  2. ^ a b 『COMIC BOX』「わしの裏話」、1985年11月号。
  3. ^ サンケイスポーツ あゆ「ドラゴンボール」全世界テーマソングオリコン ピッコロは緑だけど触角なし……実写『ドラゴンボール』映像まんたんウェブ ドラゴンボール:浜崎あゆみ ハリウッド実写映画の世界共通テーマソングに決定
  4. ^ 『さらばわが青春の『少年ジャンプ』』pp.282
  5. ^ 『オタク論!』唐沢俊一・岡田斗司夫(著)創出版 2007
  6. ^ 『DRAGON BALL 大全集』6巻「鳥山明的超会見」、P216、集英社、1995年。
  7. ^ 『COMIC BOX』「ヒストリー・オブ・鳥山明」、1985年11月号。
  8. ^ 「徹子の部屋」出演時の発言より
    鳥山明「わたしはこうしてマンガ家になってしまった その3」『鳥山明○作劇場Vol.2』集英社〈ジャンプ・コミックス〉、1988年3月15日、ISBN 4-08-851469-6、94頁。
  9. ^ 鳥山明「わたしはこうしてマンガ家になってしまった その5」『鳥山明○作劇場Vol.2』166頁。
  10. ^ a b c d e f g h ジャンプ・コミック出版編集部編「鳥山明 ON THE ROAD」『ドラゴンボール完全版公式ガイド Dragonball LANDMARK 少年編〜フリーザ編』集英社〈ジャンプ・コミックス〉、2003年12月24日、ISBN 4-08-873478-5、146-157頁。
  11. ^ a b c d 「神龍通信 第1号 歴代担当者座談会」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  12. ^ 『さらばわが青春の『少年ジャンプ』』pp.280
  13. ^ 鳥山明「わたしはこうしてマンガ家になってしまった その6」『鳥山明○作劇場Vol.2』184頁。
  14. ^ 鳥山明「-あのころは青かった-これをかいていたころのわし(2)ワンダー・アイランド2ギャル刑事トマトをかいていたころ」『鳥山明○作劇場Vol.1』集英社〈ジャンプ・コミックス〉、1983年7月15日、ISBN 4-08-851261-8、36頁。
  15. ^ 『Dr.スランプ』11巻、48ページ
  16. ^ 鳥山明「-あのころは青かった-これをかいていたころのわし(1)ワンダー・アイランドをかいていたころ」『鳥山明○作劇場Vol.1』20頁。
  17. ^ 『Dr.スランプ』16巻、48ページ
  18. ^ amazon.com
  19. ^ 『Dr.スランプ』16巻34ページ
  20. ^ 『Dr.スランプ』9巻作者コメント
  21. ^ ジャンプ・コミック出版編集部編「THE SECRET IN Z 知られざる『Z』」『テレビアニメ完全カイド「DRAGONBALL Z」孫悟空伝説』集英社〈ジャンプ・コミックス〉、2003年10月8日、ISBN 4-08-873546-3、198頁。
  22. ^週刊ヤングジャンプ』の2009年4・5合併号巻末コメント
  23. ^ a b c d ジャンプ・コミック出版編集部編「鳥山明 WITH DRAGON BALL」『ドラゴンボール完全版公式ガイド Dragonball FOREVER STORY 人造人間編〜魔人ブウ編 All BOUTS & CHARACTERS』集英社〈ジャンプ・コミックス〉、2004年5月5日、ISBN 4-08-873702-4、146-155頁。
  24. ^ a b 『ドラゴンボール大全集』1巻「鳥山明的超会見」
  25. ^ 「神龍通信 第2号 歴代担当者+鳥山明座談会」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  26. ^ a b 「月刊アウト」1982年3月号 p.52
  27. ^ 、「月刊アウト」1982年3月号 pp.51-54
  28. ^ 『Dr.スランプ』14巻、145ページ
  29. ^ 『Dr.スランプ』14巻、作者コメント
  30. ^ 『Dr.スランプ』12巻、作者コメント
  31. ^ 週刊少年ジャンプ特別編集『DRAGON BALL 冒険SPECIAL』139ページ
  32. ^ 『Dr.スランプ』14巻、62ページ
  33. ^ 『Dr.スランプ』16巻、130ページ
  34. ^ a b c 週刊少年ジャンプ特別編集『DRAGON BALL 冒険SPECIAL』140ページ
  35. ^ 「タミヤニュース 人形改造作品集14」1986年
  36. ^ 鳥山明『ドラゴンボール 第18巻』集英社〈ジャンプコミックス〉、1989年7月15日、ISBN 978-4-08-851615-8、カバー折り返し・作者コメント
  37. ^ インタビューでそう答えた当時の愛飲銘柄はキャスター
  38. ^ 「神龍通信 第4号 仕事道具紹介」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  39. ^ 『Dr.スランプ』11巻、110ページ
  40. ^ 『ドラゴンボール 大全集2巻』264ページ
  41. ^ 『ドラゴンボール 大全集3巻』207ページ
  42. ^ 「神龍通信 第2号 ちかごろのワシ」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  43. ^ さくまあきらのホームページ:仕事人裏日記 2006年12月7日
  44. ^ 「神龍通信 第1号 ちかごろのワシ」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  45. ^ 「だからマンガ大好き」さくまあきら
  46. ^ さくまあきらホームページ:仕事人裏日記 1999年12月16日
  47. ^ ドラゴンボール大全集5巻68頁
  48. ^ ドラゴンボール大全集6巻186頁
  49. ^ DRAGONBALLGT DVDBOX Dragon book47~49頁
  50. ^ ドラゴンボール大全集6巻186頁
  51. ^ ドラゴンボール大全集6巻185頁
  52. ^ ドラゴンボール大全集6巻183頁
  53. ^ ドラゴンボール大全集6巻182頁
  54. ^ ドラゴンボール大全集6巻185頁
  55. ^ ドラゴンボール大全集6巻183頁
  56. ^ ドラゴンボール大全集6巻184頁
  57. ^ ドラゴンボール大全集6巻186頁
  58. ^ ドラゴンボール大全集補巻3巻46頁
  59. ^ 『苺同盟』帯カバー、アスコム、2007年。
  60. ^ 『DRAGON BALL 大全集』6巻「鳥山明的超会見」 214~215ページ
  61. ^ 「神龍通信 第3号 ちかごろのワシ」『ドラゴンボール大全集』別冊付録、集英社、1995年。
  62. ^ 2009年6月11日放送『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』で大川が語った

[編集] 関連項目

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