週刊プレイボーイ

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週刊プレイボーイ
WEEKLY PLAYBOY
愛称・略称 WPB・週プレ
ジャンル 男性誌
刊行頻度 週刊(月曜日発売)
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 380円(2013年7月現在)
出版社 集英社
発行人 日野義則(2012年12月現在)
編集長 伊勢村一也(2012年12月現在)
刊行期間 1966年10月28日 -
発行部数 196,667部(2014年4月 - 2014年6月日本雑誌協会調べ)
レーベル プレイボーイコミックス
ウェブサイト WEEKLY PLAYBOY ONLINE

週刊プレイボーイ』(しゅうかんプレイボーイ、WEEKLY PLAYBOY)は、集英社が発行する男性向け週刊誌1964年平凡出版(現・マガジンハウス)より創刊された『平凡パンチ』に対抗するかたちで、1966年10月28日に創刊。略称は「WPB」で、読者からは「週プレ」とも略される。

概要[編集]

  • 創刊前後の予告として、『読書の秋を独占する!国際感覚の新男性週刊誌誕生!明星の集英社が総力を結集しておくる超豪華版!』[1]や『イメージを破る斬新なアイディア!国際感覚あふれる新しい男性週刊誌!』[2]とアピールされていた。
  • また、六か条としては、
  1. 『プレイボーイの名は、カッコいい魅力ある青年のイメージです。』
  2. 『プレイボーイは、青年の週刊誌です。』
  3. 『プレイボーイは、読者に楽しみを売る週刊誌です。』
  4. 『プレイボーイには、人生の知恵があります。』
  5. 『プレイボーイには、読者のみなさまの暮らしに直結した実用性に徹します。』
  6. 『国際感覚の雑誌、10月28日創刊です』とある[3]
  • 現在は基本的に毎週月曜日発売。なお、2007年頃までは毎週火曜日発売だった。(一部地域では現在も毎週火曜日発売)
  • グラビア、ニュース、漫画、芸能ネタなどのほかに、「バカ記事」と呼ばれるジャンルを持つ。ほかの週刊誌と違い、文章の言葉遣いがさほどていねいではないのも特徴である。1971年頃までは欧米、日本女性のグラビアやピンナップ、自動車、世界情勢、ファッション・モード、旅行、ギャンブルといった内容のいわば総合情報誌的な役割を果たしていた。
  • 1971年朝霞駐屯地で発生した朝霞自衛官殺害事件に関して、主犯の新左翼テロリストの学生3名を蔵匿したとして、当時26歳の同誌記者が朝日ジャーナルの記者・川本三郎と共に逮捕される。
  • 1988年に休刊となった『平凡パンチ』と共に、男性向けセクシー週刊誌の双璧をなしていたが、『週刊プレイボーイ』のほうは今なお20歳代から30歳代男性を中心に購読者がある。
  • 1995年 - 1996年の時期に角ばったタイトルロゴに変更していたが、元に戻した。2009年秋からは、元のロゴを若干アレンジするかたち(右肩上がり調)で変更した。2011年にまた元に戻した。したがって現在のロゴは5代目である。
  • 2005年から同誌発のグラビアアイドルオーディションとして『ミス週プレ』を開始したが、わずか2年で終了。2009年からは『週刊ヤングジャンプ』との共同開催による『グラビアJAPAN』オーディションが行われているが、2012年は開催されていない。
  • 2008年頃まで定価で販売することはほとんどなく、毎号特別定価として販売していた。現在の定価は380円となっている。

現在の連載[編集]

署名コラム[編集]

漫画[編集]

連載漫画の単行本はプレイボーイコミックスレーベルからの発行が多い。

上記の連載漫画は、2011年4月25日発売の2011年19・20合併号で週刊プレイボーイでの連載を終了し、2011年5月9日付で『週プレNEWS』に移籍した。

過去の連載[編集]

署名コラム[編集]

人生相談を掲載した人物[編集]

過去の連載漫画[編集]

2011年4月25日発売の2011年19・20合併号で週刊プレイボーイでの連載を終了し、2011年5月9日付で『週プレNEWS』に移籍した。
『漫'sプレイボーイ』からの移籍連載。

など

過去の連載小説[編集]

など

本誌出身の人物[編集]

歴代編集長[編集]

増刊[編集]

漫画作品を集めた増刊として、2009年4月30日に第1号刊行。以降、第2号は8月17日、第3号は10月13日、第4号は2010年1月30日、5月30日号(第5号)は4月30日に発行されている。

関連項目[編集]

脚註[編集]

  1. ^ 月刊明星 集英社 1967年1月号 64頁。
  2. ^ 月刊明星 集英社 1967年2月号 105頁。
  3. ^ 月刊明星 集英社 1967年2月号 106頁。

外部リンク[編集]