武田鉄矢
| 武田鉄矢 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 武田 鉄矢 |
| 出生 | 1949年4月11日(62歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 福岡教育大学教育学部障害児教育教員養成課程聴覚障害児教育専攻中退(2008年名誉学士号) |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | 歌手、俳優、タレント、作詞家 |
| 担当楽器 | ボーカル |
| 活動期間 | 1972年 - |
| レーベル | ユニバーサルミュージック |
| 事務所 | ネクストワン |
| 共同作業者 | 海援隊 |
| 影響 | 早川義夫 |
| 公式サイト | 武田鉄矢 公式サイト |
武田 鉄矢(たけだ てつや、本名同じ、1949年(昭和24年)4月11日 - )は、日本の歌手、俳優、タレント、作詞家。フォークグループ「海援隊」のボーカル、リーダー。称号は名誉学士(福岡教育大学)。
代表曲に「母に捧げるバラード」、「贈る言葉」、「あんたが大将」、「思えば遠くへ来たもんだ」(いずれも海援隊)[1]などがある。身長166cm。血液型O型。
片山蒼の名義で、自身が出演する映画、ドラマの脚本を執筆することもある。
目次 |
[編集] 来歴・人物
1949年(昭和24年)、福岡県福岡市博多区生まれ。福岡県立筑紫中央高等学校卒業。坂本竜馬の研究を志して当時一期校だった高知大学文理学部(現:人文学部)に2年間挑戦するも失敗に終わる。一浪後、二期校で合格した福岡教育大学教育学部障害児教育教員養成課程に入学。しかし、7年在籍するも中退。芸能界で失敗しても大学に戻れるよう母・イクが学費を払い続けていたという。なお、武田の両親は熊本県小国町の出身[2]。
1972年(昭和47年)10月25日に、千葉和臣・中牟田俊男らと海援隊でデビュー。当初は全く売れなかったが、武田が母・イクに向けた詫び状を歌にした「母に捧げるバラード」(1973年(昭和48年))がヒットし、翌年の第25回NHK紅白歌合戦に出場。
その後はしばらく低迷したが、映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977年(昭和52年))でのさえない青年役が高い評価を得て、俳優としての新境地を開拓。海援隊としても再び注目され、ドラマ『3年B組金八先生』(1979年(昭和54年))のヒットとともに主題歌の「贈る言葉」も大ヒットした。1982年(昭和57年)12月の海援隊解散後は、ソロ歌手・俳優・作家として活動。歌手活動としては、「男と女のラブゲーム」(芦川よしみとのデュエット)(1987年(昭和62年))、「声援」(『3年B組金八先生』第3シリーズ主題歌)(1988年)などのヒット曲がある。海援隊は1993年(平成5年)4月10日の「ドリームライブ in 福岡ドーム」のために1日だけ再結成され、翌1994年(平成6年)に本格的にグループとしての活動を再開し、現在に至る。
福岡教育大学は中退になったものの、武田の『金八先生』シリーズでの長年の活動を評価し、2008年(平成20年)に、国立大学法人理事会で特別に名誉学士号(6月に制定。第一号)を授与することを決め、武田本人も了承した。9月12日に、授与式と学生とのトークイベントが行われた。名誉学士号授与の条件として福岡県の教職員の卵達に人生で学んだことを話す機会をたまに設けることを求められ、本人も快諾している[3]。2010年(平成22年)5月12日には福岡教育大学の特命教授(大学活性化の為に、学長の任命で無償での教育研究活動に従事できる)に就任し、『風の又三郎』をテーマに90分の「賢治の小説は童話ではなくミステリーだ」と論じる講義を行なった[4]。
また、漫画原作者として『お〜い!竜馬』(画:小山ゆう。テレビアニメ版では武田が主題歌を担当)と『プロゴルファー織部金次郎』(画:高井研一郎。武田主演で実写映画化)の2作を手掛けている。
被害妄想の癖があり、「2011年の震災は俺が油断してたから起こった」と真剣に考えている(武田鉄矢・今朝の三枚おろし で発言)。
[編集] エピソード
[編集] 音楽面
- 「母に捧げるバラード」(1973年(昭和48年))の「今も聞こえるあのお袋の声」の部分のメロディは丸山明宏(現:美輪明宏)の「ヨイトマケの唄」の「今も聞こえるヨイトマケの唄」を模倣したと、2007年(平成19年)放送の『オーラの泉』で美輪本人に告白している。
- 映画『ドラえもん』の第1作目 - 第17作目(第5作目を除く)のエンディングテーマ曲の作詞を務めた。6,11,13,15,16作目は武田が歌っている(6,11,13作目ではソロ、15作目は「武田鉄矢一座」、16作目は海援隊として歌唱)。17作目も海援隊が歌を担当しているがこの作品のみ千葉和臣、中牟田俊男が歌っている。10作目の主題歌は後にセルフカバー。かねてより原作者の藤子・F・不二雄を尊敬していたが、藤子の逝去に伴って「藤子先生が亡くなった今、僕は『ドラえもん』の映画の作詞を引退します」と宣言し、同劇場版シリーズの楽曲参加を勇退した。その後、映画『ドラえもん』30周年を記念し、2010年(平成22年)の劇場版『ドラえもん のび太の人魚大海戦』で14年ぶりに挿入歌を手掛けることが決定した。
- 音楽担当となった当初、藤子スタジオに娘を連れて行ったことがあり、その時に娘は「ドラえもんはどこ?」と尋ねたところ、藤子は「今テレビ局の仕事に行っているんだよ」と答え、武田は彼のやさしさに深い感銘を受けた。
- 後に藤子・F・不二雄大全集で本人が明かしたところによると、藤子の存命中に一度だけ「映画ドラえもんのテーマ担当から武田を降板させる」という案が藤子に提案されたことがあったが、それを聞いた藤子は普段では考えられないようなほど激怒し(藤子は普段温厚な人物として知られ、滅多な事では怒ることはないといわれている)、「映画ドラえもんのテーマソングは武田でなければならない」という強い意志を感じ取ったスタッフは、以後二度とそういった話を藤子に持ちかけることは無くなったとのことである。
- BS-i連続テレビドラマ『恋する日曜日』セカンドシリーズで『僕の部屋から』というドラマが制作された際に、主題歌「僕の部屋から」の作詞を担当した。
- 「少年期」は『ぼくドラえもん』第7号(小学館刊)で読者が選ぶ「ドラデミー大賞」主題歌賞に選ばれた。
- 別項にあるように坂本竜馬を敬愛しているため、武田は竜馬が亡くなった年齢(33歳)と同じになった年(1982年)に海援隊を解散(後に再結成)した。ただし竜馬の「33歳」が数え年であったのに対し、武田の「33歳」は満年齢である(竜馬は満31歳だった)。
[編集] 俳優業
- 俳優としては山田洋次監督の映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977年 松竹)がスタートであり、デビュー作ながら日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞する演技を見せた。同監督作品の『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(1978年(昭和53年) 松竹)にも出演。『刑事物語』シリーズ(1982年 - 1987年 東宝)の片山刑事役で、本格的な中国拳法、秘門派「蟷螂拳」や自ら考案した「ハンガーヌンチャクによるアクションシーン」を披露したり、個性派俳優としても活躍。ハンガーヌンチャクを使う殺陣上ではハンガーを振り回している最中、指から摩擦で煙が出てきた逸話をもつ。
- 海援隊でデビュー後、低迷して落ち込んでいた武田を救ったのは、ひょんな出来事だった。山田洋次がたまたまパチンコ屋の有線放送で耳にしたのが「母に捧げるバラード」で、山田はふとこのシンガーに興味をいだき、さっそくコンタクトを取った。そして武田の人となりを見て、『幸福の黄色いハンカチ』に抜擢したという。前述のとおり、武田はこの作品のさえない青年役を好演し、それ以降俳優業に本格的な進出を遂げることになる。
- 最も影響を受けた俳優に高倉健と渥美清の名を挙げている。
- 『幸福の黄色いハンカチ』で俳優業は当初から乗り気ではなく、舐めてかかっていたらしく、桃井かおりからやる気のなさを指摘され「お高く止まっている」と仲が悪く、大層気に食わなかった。ケンカをするシーンでは、感情を剥き出しにしてケンカをし、山田洋次から高評価を受けた。また、撮影前日に大騒ぎをして、二日酔いの状態で現場に来て高倉健に大目玉を喰らった。
- テレビドラマへの進出について武田は「ボクは吉田拓郎さんみたいな歌手になりたかった。でも、どうあがいてもなれなかった。それで仕方なく横に流れたんですね。それはテレビに出るということです。もう、今はなんてことないけど、当時はテレビに出ないというのがフォークシンガーのステータスでね。荒井由実、小椋佳、吉田拓郎、井上陽水..といった主流がテレビに出るのを拒否していたんです。そんな時にボクがテレビに出たもんだから風当たりが強くてね、当時は相当キツかった」などと話している[5]。補足するとフォークシンガーやニューミュージック系歌手のテレビ出演は、1978年(昭和53年)1月から始まった『ザ・ベストテン』(TBS)などで、原田真二や世良公則&ツイスト、アリスなどが頻繁にテレビ出演を始めたため武田が最初ではない。武田が最初なのは「フォークシンガーやニューミュージック系歌手の本格的なテレビドラマへの進出」ということ。1970年代は『あこがれ共同隊』(TBS、1975年)のようにニューミュージック系歌手がゲスト出演したり端役で出るというケースはあったが主役級で出演するようなことはなかった。1979年(昭和54年)6月に土曜ワイド劇場枠『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』(テレビ朝日)で犯人役を演じて話題を呼んだ泉谷しげると共に、同年の10月からスタートした『3年B組金八先生』(TBS)の主役に抜擢された武田は、俳優兼ニューミュージック系歌手の先駆けといえる[6]。やはり『2年B組仙八先生』(TBS、1981年)から、早めにテレビに進出したなぎら健壱は「テレビ出演拒否はもういいと、わりあい早い時期に気づいた武田や泉谷なんかが今も生き残っている」と話している[6]。
- テレビドラマは、1979年(昭和54年)にスタートした『3年B組金八先生』(TBS)の坂本金八役が一番の当たり役となりシリーズ化されている。NHK大河ドラマ『徳川家康』(1983年(昭和58年))での豊臣秀吉役、『太平記』(1991年(平成3年))での楠木正成役、『101回目のプロポーズ』(1991年 フジテレビ)でのさえない中年・星野達郎役など、印象深い役を数多く演じている。『金八』シリーズ当初は一般人に役名である「金八先生」と呼ばれるのを快く思っていなかったが、渥美清に「役名で呼ばれるのは滅多にないすごいこと」と言われてからは快く思うようになった[7]。
- 2006年(平成18年)、大河ドラマ『功名が辻』で主人公・山内一豊の古参の家来・五藤吉兵衛役のオファーがあったが、『竜馬がゆく』の敵役(土佐藩上士)の先祖を演じることに抵抗があり、当初は拒否したという。後にNHK側から「土佐に入る前に死んでしまう役ですから」と説得され、出演することとなった。共演の前田吟とともに、「これが最後の大河出演」と決めていたらしいが、『龍馬伝』で前言を撤回、勝海舟を演じている。NHKでのハイライト放送では勝役を「俳優業の集大成」、そして「先生冥利に尽きる」と語っている。
- 西田敏行とは、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』でコント共演をして以来、家族ぐるみの付き合いをしている。「西やん」、「鉄ちゃん」と呼び合うほどの親友である。2010年(平成22年)にはNHK-BS2のBSエンターテイメント「西田・武田の笑モード」で久しぶりに共演している。
- 『金八先生』シリーズの各卒業式で生徒に贈る言葉は最初は3行の台本を20分掛けて喋るというが、直近のシリーズではスタッフがわざと台本の台詞部分を空白にして全て武田のオリジナルで語っている。これが本人にとっては大きな負担であり、贅沢な悩みになっている。
[編集] 脚本家
片山蒼の名義で、映画、ドラマ、舞台の脚本を執筆している。
- 幕末青春グラフィティ 坂本竜馬 1982年
- 幕末青春グラフィティ 福沢諭吉 1985年
- 幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬 1986年
- 刑事物語シリーズ
- 片山蒼名義で原作を、武田鉄矢名義で脚本を担当している。
- 刑事物語 1982年
- 刑事物語2 りんごの詩 1983年
- 刑事物語3 潮騒の詩 1984年
- 刑事物語 くろしおの詩 1985年 - 原案のみで、脚本には参加していない
- 刑事物語5 やまびこの詩 1987年 - 脚本も片山蒼名義
- 3年B組金八先生 -夏休みの宿題- 2003年、2005年
[編集] 趣味、嗜好
- 高校時代に読んだ司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の影響からバンド名に「海援隊」と名付けるほど、坂本竜馬を敬愛しており、竜馬役や竜馬に関連する人物の役をすることがある。金八先生の名字の『坂本』は竜馬の姓に、金八の娘の『乙女』は竜馬の姉の名にちなんだものである。また、ソフトバンクモバイルのCMではお父さん犬に「坂本竜馬かぶれ」と揶揄される内容で出演。
- 無類の酒・女性好きとして有名。また、坂本金八役を長年務めるが、素の武田は子供嫌いである。しかし、半分は芸風と語っているので、根っからの子供嫌いかどうは不明である。
- 山崎静代のヌード画を描いて、彼女の誕生日にプレゼントするなど絵画の趣味も持ち合わせている。ただ山崎は、この行為を「気持ち悪い」と語っている。二人ともTBS系連続ドラマ『夫婦道』で父娘役で共演していた[8]。
- AVの草創期時代から造詣が深く、豊丸が勤めるバーの常連であったという。
- 大沢あかねを蒼井そらと間違えたことがある。詳しくは「オールスター感謝祭#無名芸能人犠牲者続出」を参照。
- 谷村新司と並ぶニューミュージック界の二大ビニ本マニアとして知られ、一時期は『3年B組金八先生』の収録終了時に、卒業記念として男子生徒役の役者に自分のコレクションをプレゼントしていたが、加藤優役の直江喜一と松浦悟役の沖田浩之は当時既に18歳だったため、「お前ら二人は自分で買え」とのことで武田のコレクションは貰えなかった[9]。
- プロ野球は福岡ソフトバンクホークスのファンである。ちなみに、幼少時は西鉄ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)のファンだった。その後は読売ジャイアンツと掛け持ちである。
- 運転免許を取得したのがかなり遅く、47歳であった(本人曰く「取得に20年かかった」)。そのため、『幸福の黄色いハンカチ』では運転するシーンはトレーラーでけん引しながら撮影された。この免許取得の経験が、ドラマ『教習所物語』の原案に繋がっている。
- 語ることが好きである。NHK大河ドラマ『功名が辻』の収録では本番直前まで、共演者であり同じく話好きである前田吟とずっと話し続け、本番の際にセリフを忘れることがあった[10]。
- 政治的には保守のスタンスをとっており、政党では自民党を支持していることを公言している。
- 『金八』シリーズの出演者で、「すごい」と思ったのは浅井雪乃役の杉田かおる(現場でのオーラが半端ではない)、鶴本直役の上戸彩(演技に対するこだわりが素晴らしい)。誇りに思っているのが加藤優役の直江喜一(建築士になったのは立派)。[11]
[編集] その他
- 母親譲りの大阪嫌いとして有名で、2007年(平成19年)4月4日にTBS系列で放送された『笑福亭鶴瓶のメインキャスト!』において、「数を数える時に節を付けるのがおかしい」「大阪は他人に頼ってきたから主体性が無い」、朴訥な九州人まるだしの九州弁で、「大阪人は信用できん」「すぐに人を騙す」などといった差別主義的な、ステレオタイプな内容の発言をしている。また、ドラマの控え室で大阪府に居住歴のある木村拓哉にずっと大阪に対する悪口を吹き込んでいたため笑福亭鶴瓶が止めに入ったが、武田はそれに対して「大阪のどぶ鼠が!」と罵っている。この件について笑福亭鶴瓶は、テレビ東京系列で放送されている『きらきらアフロ』で「根に持っている」と、『ヤングタウン日曜日』でも一連のやり取りを発言するなど不満を表明している。2007年(平成19年)7月6日放送の自分のラジオ番組内で森元総理の失言(大阪に対する悪口)を具体的に紹介、隣にいた水谷加奈を大笑いさせた。これらの笑福亭鶴瓶とのやり取りに対し、武田本人は「笑福亭鶴瓶とのケンカみたいに、芸能人の営業のうちだよ」と答えており、「芸能人の営業」のために大阪や大阪人を揶揄しているともとれる発言をしている[12]。その一方で、自身が大阪府警の刑事・笹垣潤三役で出演する『白夜行』では神戸弁を用いたり[13]、緒方洪庵役で出演する『JIN-仁-』では、緒方の大坂居住歴が長いことに着目し当初標準語であった台本の台詞を上方言葉に改めて演じる[14]など、役柄に応じて必要な場合は近畿方言で演じている。
- 長い髪の毛がトレードマークと言ってもいいほど有名である。物まねされるときは必ず初期の金八のヘアースタイルだった長髪のカツラが使われ、耳元の髪を後ろに掻き分けながら博多弁で「何ですかぁー!」と言うのがものまねの定番になっている。『金八先生』第3シリーズで、なぜ長髪なのかという生徒の質問に「頭がでかいから(それを隠すため)」と答えるシーンがある。
- よく知られるように武田のその濃いキャラを使ってネタ元にするお笑い芸人は後を絶たず(ウッチャンナンチャン、ダウンタウン、清水ミチコ、山田邦子ほか)、「武田ツウ」と呼び継承されている。また武田もそれを人気アップへ意識的に逆利用している。
- 「鉄矢」は本名であるが、大学生の時まで「鉄也」だと思い込んでいた。これは親が「鉄也」と教えていたためであり、試験の際に記入した氏名に対して、担当教官から「ペンネームを使うな」と指摘されたことで発覚した。両親も届け通りの本名を指摘されるまで忘れていたという。本名発覚当初は「鉄砲でも矢でも持って来い」というような投げやり感漂うこの字面に困惑していたが段々と受け入れ、使用するようになった[15]。
- 既婚者で娘が二人いるが一般人のため、公表されていない。
- 弟子に女優兼事務所のマネージャー補佐の大川明子らがいる。
- ファンの人とから写真撮影やサインをねだられてもそれに応じることはなく、ダウンタウンDXの視聴者投稿コーナーではたびたび報告されている。本人曰く向こうが自分のことを知っていも、自分からすればファンは他人なので他人にそういったことをしたくないという。
- なお、これの理由について、とある番組内で昔はサインなどにも気前よく応じていたのだが、ネットを通じてプライベートをバラされた経験があり、イメージダウンとなってしまったという。これ以上、イメージダウンにならないためにも、わざと最低な断り方をする至ったと語っており、要求を断ったファンに対して番組内で謝罪している。
- 高校時代のあだ名はバルタン星人。[16]
- 高校1年の時に既に老け顔で3年生から「何年留年してるとですか?」と聞かれたと言う。[17]
- 伊集院光は、武田が自身の番組であるTBSラジオ伊集院光 日曜日の秘密基地のコーナーである秘密基地VIPルームに出演した際に、出演冒頭に前のコーナー(打った、勝った! 草野球で大売出し!)のことを冗談か本心かわからないものの「今のコーナーあんまりおもしろくないな」と述べた。この時伊集院は軽くうけながしたが、同じく伊集院の番組である伊集院光 深夜の馬鹿力にて一生懸命作っているスタッフの前で、その苦労も知らず簡単に批判したことに憤慨し、「二度と共演したくない」と言われている。その後も折に触れて上記のエピソードから武田のことを嫌いと公言して憚らない。
[編集] シングル
[編集] ソロとしての代表曲
- 少年期(1985年『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』主題歌)
- コスモス(1985年『刑事物語 くろしおの詩』挿入歌)
- 浪漫(1986年 ACジャパン(当時の団体名は公共広告機構))CMソング)
- 声援(1988年『3年B組金八先生』第3シリーズ主題歌)
- 伝言(メッセージ)』(1989年『愛し方がわからない』主題歌)
- 天までとどけ(1990年『ドラえもん のび太とアニマル惑星』主題歌)
- 雲がゆくのは(1992年『ドラえもん のび太と雲の王国』主題歌)
- 遠い海から来たあなた(2010年『ドラえもん のび太の人魚大海戦』挿入歌)
[編集] デュエット曲
- 男と女のラブゲーム(1986年、芦川よしみと。「タケダ胃腸薬21」CMソング)
- 男と女のはしご酒(1987年、芦川よしみと。「タケダ胃腸薬21」CMソング)
- 生きてゆく物語(2000年、水前寺清子と。TVドラマ『教習所物語』主題歌)
- 緑のたけだ(2011年、GReeeeNと緑とたけだ名義で。東洋水産「赤いキツネと緑のタヌキ」CMソング)
[編集] 武田鉄矢一座としての曲
- 世界はグー・チョキ・パー(1994年『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』主題歌)
- 夢の人(同上 挿入歌)
[編集] 提供曲(作詞)
- 星美里(後の夏川りみ)「恋予報」(1988年、デビューシングル「しほり」のB面。
- 大山のぶ代 「ポケットの中に(1980年、『ドラえもん のび太の恐竜』主題歌)
- 岩渕まこと 「心をゆらして」(1981年、『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』主題歌)
- 岩渕まこと 「だからみんなで」(1982年、『ドラえもん のび太の大魔境』主題歌)
- 岩渕まこと 「海はぼくらと」 (1983年、『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』主題歌)
- 大杉久美子 「わたしが不思議」(1986年、『ドラえもん のび太と鉄人兵団』主題歌)
- 堀江美都子 「君がいるから」 (1988年、『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』主題歌)
- 島崎和歌子 「何かいい事きっとある」(1993年、『ドラえもん のび太とブリキの迷宮』主題歌)
- 西田敏行 「時の旅人」 (1989年、『ドラえもん のび太の日本誕生』主題歌)
など、『ドラえもん』の映画作品の主題歌多数。
[編集] 出演番組
[編集] テレビドラマ
- せい子宙太郎‐忍宿借夫婦巷談(1977年 - 1978年、TBS)
- 大河ドラマ(NHK)
- 3年B組金八先生(1979年 - 2011年、TBS) - 主演・坂本金八(先生) 役
- 第1シリーズ(1979年10月26日 - 1980年3月28日)
- 第2シリーズ(1980年10月3日 - 1981年3月27日)
- スペシャル1「贈る言葉」(1982年10月2日)
- スペシャル2「イレ墨をした教え子」(1983年10月7日)
- スペシャル3「小さな嘘」(1984年10月5日)
- スペシャル4「イジメられっ子金八先生」(1985年12月17日)
- スペシャル5「先生の暴力・生徒の暴力」(1986年12月26日)
- スペシャル6「新・十五歳の母」(1987年12月27日)
- 第3シリーズ(1988年10月10日 - 12月26日)
- スペシャル7「卒業スペシャル」(1989年3月29日)
- スペシャル8「卒業アルバム」(1990年12月18日)
- 第4シリーズ(1995年10月12日 - 1996年3月28日)
- スペシャル9「子供を救え!大人達よ立ち上がれ」(1998年4月2日)
- 第5シリーズ(1999年10月14日 - 2000年3月30日)
- スペシャル10「お前死んだらオレ泣くぞ・3B一年ぶり大集合」(2001年4月5日)
- 第6シリーズ(2001年10月11日 - 2002年3月28日)
- 第7シリーズ(2004年10月15日 - 2005年3月25日)
- スペシャル11「未来へつなげ 3B友情のタスキ~たった一人の卒業式…3Bの絆は再び迫る薬物依存の魔の手から仲間を救い出せるのか!?」(2005年12月30日)
- 第8シリーズ(2007年10月11日 - 2008年3月20日)
- 3年B組金八先生ファイナル~「最後の贈る言葉」(2011年3月27日)
- 幕末青春グラフィティ 坂本竜馬(1982年、日本テレビ、【原案・脚本も兼任】)
- 花田春吉なんでもやります(1985年、TBS) - 花田春吉 役
- ハロー!グッバイ(1985年、TBS)
- 泣いてたまるか「第2話 目の上のたんこぶ」(1986年、TBS) - 山下 役
- 橋の上の霜(1986年、NHK)
- ボクらの疎開戦争!(1989年、テレビ朝日)
- 愛し方がわからない(1989年、TBS)
- 宅配屋さん 逃げた女房(1989年、関西テレビ)
- 社長さんは脱獄囚(1989年、TBS)
- 奇兵隊(1989年、日本テレビ) - 坂本竜馬 役
- 兄貴に乾杯(1991年、TBS)
- 水戸黄門 第20部「第16話 男意気地の博多節-福岡-」(1991年、TBS) - 丑松 役
- 101回目のプロポーズ(1991年7月1日 - 9月16日、フジテレビ、【W主演:浅野温子】) - 主演・星野達郎 役
- 並木家の人々(1993年1月14日 - 3月25日、フジテレビ、木曜劇場)- 主演・並木公平 役
- ウルトラマンになりたかった男(1993年、TBS)
- あおげば尊し『さよなら…先生』(1994年、フジテレビ)
- おれはO型・牡羊座(1994年、日本テレビ)
- バージンロード(1997年、フジテレビ) - 桜井光 役
- 二十六夜参り(1998年、TBS、【原作も兼任】〉
- ソムリエ(1998年、関西テレビ・フジテレビ)
- プリズンホテル(1999年テレビ朝日)
- パーフェクトラブ!(1999年、フジテレビ)
- 教習所物語(1999年〈単発ドラマ〉・2000年〈連続ドラマ〉、TBS、【原案も兼任】)【W主演:水前寺清子】) - 主演・阿部玲児 役
- 麻婆豆腐の女房(2003年、NHK総合) - 孝孫民(陳建民がモデル)役
- 乱歩R(2004年、読売テレビ ・日本テレビ)- 犯人役※ゲスト出演
- 積木くずし真相(2005年、フジテレビ) - 高橋順 役
- 仕置き代理人 鏡俊介の痛快事件簿(2005年、フジテレビ) - 鏡俊介 役
- 里見八犬伝(2006年、TBS) - 籠山逸東太 役
- 白夜行(2006年、TBS) - 笹垣潤三 役
- どケチ弁護士 山田播磨の温泉事件簿(2006年、TBS) - 山田播磨 役
- 華麗なる一族(2007年、TBS) - 大亀専務 役
- 太郎と次郎〜反省ザルとボクの夢〜(2007年、フジテレビ) - 村崎政男 役
- 夫婦道(2007年・2009年、TBS)高鍋康介 役
- ひまわり~夏目雅子27年の生涯と母の愛~(2007年、TBS)〈特別出演〉
- BOSS「CASE 01・11」(2009年、フジテレビ)
- リミット-刑事の現場2 (2009年、NHK、土曜ドラマ)
- JIN-仁-(2009年10月-12月、TBS)- 緒方洪庵 役(特別出演)
- Wの悲劇(2010年1月11日、TBS)- 相浦克平 役
- ナサケの女 〜国税局査察官〜(2010年10月-、テレビ朝日)- 鉄子 役
- スペシャルドラマ「ストロベリーナイト」(2010年11月13日、フジテレビ)- 勝俣健作 役
- 月曜ゴールデン・人間再生・工場長 岡田岩児(2011年7月11日、TBS)- 岡田岩児 役
- 幸福の黄色いハンカチ(2011年10月10日、日本テレビ)- 渡辺署長 役
- ストロベリーナイト(2012年1月 - 、フジテレビ) - 勝俣健作 役
[編集] バラエティー番組など
- 武田鉄矢の週刊鉄学(朝日ニュースター)
- 鉄矢のとんからりん(テレビ朝日)
- みごろゴロゴロ大放送(テレビ朝日)
- 武田鉄矢の泣いて笑って武者修行(テレビ東京)
- 鉄矢のびっくり外報部(テレビ朝日)
- ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!(フジテレビ)
- なっとくデータマップ(フジテレビ)
- 武田鉄矢のぐるり日本!三度笠(テレビ東京)
- 鉄矢と熊のひたすら日曜日(日本テレビ)
- 解決!クスリになるテレビ(テレビ東京)
- 新すぃ日本語(TBS)
- 新すぃ○○!(TBS)
- 新・題名のない音楽会(テレビ朝日)
- FNSスーパースペシャル1億2000万人のテレビ夢列島'91 スーパータイムSP
- 奥さまは外国人(テレビ東京)
- 世界一受けたい授業(日本テレビ)
- 先生役として国語の授業を担当。生徒として出演した回もある。
- 第40回NHK紅白歌合戦白組司会(NHK)
- 九州沖縄スペシャル「ただいま!」ホスト(NHK福岡放送局制作、九州・沖縄ブロックネット)
- いのちの響(TBS)
- おふくろ、もう一杯(2008年 - 、フジテレビ)ナレーション
- 天才じゃなくても夢をつかめる10の法則(2010年、日本テレビ)司会
- 第14回 熱血!オヤジバトル「東日本ブロック予選」(2011年2月11日、NHK)審査員
- 武田鉄矢のショータイム(NHK BSプレミアム)
[編集] 映画
- 幸福の黄色いハンカチ(1977年、松竹)
- 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく(1978年、松竹)
- 俺たちの交響楽(1979年、松竹)
- 遙かなる山の呼び声(1980年、松竹)
- 思えば遠くへ来たもんだ(1980年、松竹)
- マイ・ロード(1980年、東宝)
- 駅 STATION(1981年、東宝)
- 俺とあいつの物語(1981年、松竹)
- 刑事物語シリーズ(1982~87年、東宝)
- 刑事物語(1982年)
- 刑事物語2 りんごの詩(1983年)
- 刑事物語3 潮騒の詩(1984年)
- 刑事物語 くろしおの詩(1985年)
- 正式タイトル。「4」は付かない。
- 刑事物語5 やまびこの詩(1987年)
- えきすとら(1982年、松竹)
- 居酒屋兆治(1983年、東宝)
- だいじょうぶマイ・フレンド(1983年、東宝)
- ヨーロッパ特急(1984年、東宝)
- パンツの穴(1984年、ジョイパックフィルム)
- ゴジラ(1984年、東宝)
- 幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬(1986年、東宝)
- 子象物語 地上に降りた天使(1986年、東宝)
- あいつに恋して(1987年、東宝)
- 二十四の瞳(1987年、松竹)
- ドラえもん のび太のドラビアンナイト
- プロゴルファー織部金次郎シリーズ(1993~98年、東映)
- 同名の漫画が原作、武田は原作・脚本・監督も兼任
- プロゴルファー織部金次郎(1993年)
- プロゴルファー織部金次郎2 パーでいいんだ(1994年)
- プロゴルファー織部金次郎3 飛べバーディー(1995年)
- プロゴルファー織部金次郎4 シャンク シャンク シャンク(1997年)
- プロゴルファー織部金次郎5 愛しのロストボール(1998年)
- とられてたまるか!?(1994年、東宝)
- ヒーローインタビュー(1994年、東宝)
- ヤクルトスワローズの監督役として出演
- バースデイプレゼント(1995年、東宝)
- 緑の街(1998年、ファーイーストクラブ)
- 博多ムービーちんちろまい(2000年、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)
- 星になった少年 Shining Boy & Little Randy(2005年、東宝)
- MAKOTO(2005年、松竹)
- 青春ばかちん料理塾(2003年、東映)
- 私は貝になりたい(2008年、東宝)
- 降りてゆく生き方(2009年)
[編集] 出演CM
特記外テレビCM。
- マルちゃん赤いきつねと緑のたぬき(1979年 - 、東洋水産)※ラジオCMもあり
- パソコン PC-6001・PC-6601・PC-8801・N5200各シリーズ(1980年代、NEC)
- 大日本除虫菊(金鳥コックローチS)※海援隊のメンバー3人で出演
- 富士甚醤油(家伝つゆ)※九州地区のみ
- 松下電器産業(現:パナソニック)(1984年、1991年、パーシャル冷蔵庫)
- 公共広告機構(現:ACジャパン)(1986年、青少年非行防止啓発)
- 九州電話(九州通信ネットワーク=QT Net)※九州地区のみ
- 亀田製菓(柿の種)
- 武田薬品工業(タケダ胃腸薬21)
- 日本盛※CMソングは中牟田俊男が担当
- サントリー(サントリーオールド)
- アサヒビール(アサヒ生ビール『ほろにが』)
- メルシャン(三楽焼酎ホワイトパック)
- メガネトップ(1998年)
- デンコードー(2007年 -)
- アジア太平洋こども会議・イン福岡(特定非営利活動法人アジア太平洋こども会議・イン福岡広報親善大使)(2007年 -)
- つまりぬき24(2008年 -)
- ソフトバンクモバイル(2009年、竜馬かぶれの人の役)
- 言葉の力×ラジオのチカラ ことバリュー 文化放送(2010年)※ラジオCM
- サントリーBOSSレインボーマウンテンブレンド(宇宙人ジョーンズ 新米教師編)
[編集] ラジオ番組
- 武田鉄矢 人生真ん中あたり(TBSラジオ・RKBラジオほか)
- チャレンジ名作ライブラリー(文化放送ほか)
- 夢口上 武田鉄矢商店(文化放送ほか)
- スタート当初は土曜午後3時台の放送だったが土曜日午後4時台→土曜日夕方5時台→土曜日夜10時→土曜日夜9時30分と半年ないし1年ごとに放送時間が変更されていた。
- 武田鉄矢・今朝の三枚おろし(文化放送ほか)
- 明日への伝言板(2011年10月 - 2012年3月 RKBラジオ・KBCラジオ・CROSS FM) - 木曜日担当
[編集] Webドラマ
[編集] 舞台
- 母に捧げるバラード(明治座・御園座・博多座他で公演)
- 3年B組金八先生〜夏休みの宿題〜(明治座・御園座で公演)
- 舞台版 3年B組金八先生
- 『3年B組金八先生』の原作者小山内美江子が運営するボランティア団体「特定非営利活動法人 JHP・学校をつくる会」主催のチャリティーイベントで上演された、JHPの活動内容を生徒達に話して聞かせる形で紹介する作品(2001年)及び、パート7のオンエア済みの一教室シーンを再現する作品(2004年)。歴代の卒業生代表と放送中の現役生が「制服姿」で登場した。ほぼ即興の舞台だったため、金八先生が出席簿に書かれた台本を読みながら物語を進行している。『夏休みの宿題』とは別物。
- 母に捧げるラストバラード(明治座・博多座他で公演)
[編集] 受賞
- 1977年 第2回報知映画賞新人賞(『幸福の黄色いハンカチ』)
[編集] その他
- 母に捧げるバラード(武田鉄矢の母・イクの半生を綴ったエッセイで、NHKで『コラ!なんばしよっと』のタイトルでドラマ化された)
- お〜い!竜馬(小山ゆう作画の漫画の原作を担当。NHKでテレビアニメ化され、主題歌も担当した)
- バカチンたちに捧げるバラード(「週刊プレイボーイ」に連載中の人生相談)
- 心が風邪をひいたら(1980年頃、文庫本で人生相談が内容)
- 西部警察 PART-III(テレビ番組の司会者役として出演(本人役)。収録中に原田芳雄演じるテロリストに番組ジャックされる)
- 九州電力のメールマガジンにて、『絵の無い絵葉書』を連載中http://www1.kyuden.co.jp/life_value_hot_magazine_index
- FNNスーパーニュースANCHOR(関西テレビで平日夕方に関西ローカルで放送されている報道番組。金曜日の企画「あんたがアンカー」のタイトルコールを担当)
- 日本青年会議所(JC)主催、全国会員大会・沖縄大会(2009年10月17日)卒業式でゲスト出演。金八先生バリの温かい言葉と贈る言葉。最後は卒業生全員とステージ上で贈る言葉の大合唱をした。
- かつては日本民主青年同盟の機関誌に登場することもあった。
- 「しゃべくり007」内で「二代目金八を襲名させるなら?」の質問に番組出演者でもある原田泰造を挙げた。また同番組内で「こいつは凄い!と思った役者は?」に森山未来、「ぶっちゃけ、かぶり付きたい女優は?」に吹石一恵を挙げた。
[編集] 脚注
- ^ ただし、「思えば遠くへ来たもんだ」のみオリジナルは「武田鉄矢(海援隊)」名義で、映画に合わせて海援隊名義で再リリースした。双方では、キーなど若干の違いがある
- ^ 『あの日あの時母の顔―私の母語り』 小学館 1996年 10、11頁
- ^ 徹子の部屋2010年3月19日出演時に本人語る
- ^ 「金八教授「鉄学」講義 武田鉄矢さんの母校・福岡教育大学で就任」2010年5月13日付『西日本新聞』朝刊
- ^ 『プレイボーイの人生相談 1966-2006』 週刊プレイボーイ編集部 集英社 2006年 123頁
- ^ a b 爆笑問題『対談の七人』 新潮社 2000年 30、31頁
- ^ TBSラジオ『伊集院光 日曜日の秘密基地』2006年5月14日のゲストコーナー・秘密基地VIPルームに出演した際の自身の発言
- ^ 南海パラダイス 2007年
- ^ 『フォーカス』1995年12月12日号による。
- ^ 『NHK大河ドラマ・ストーリー功名が辻 前編』(NHK出版) 102ページ
- ^ 『しゃべくり007』2009年6月27日放送分より
- ^ 週刊文春 2008年12月25日号 『新バトル 武田鉄矢が小倉智昭に「ウソツキの目だ!」』
- ^ [1] TBS「白夜行」インタビュー #11 武田鉄矢
- ^ [2] TBS 日曜劇場『JIN -仁-』 インタビュー Vol.5 武田鉄矢さん(緒方洪庵役)
- ^ 自著『母に捧げるバラード』より
- ^ 2011年3月29日放送の「これってありですか」より
- ^ 2011年3月29日放送の「これってありですか」より
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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