小池一夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
小池 一夫
本名 俵谷 星舟
たわらや せいしゅう
生誕 1936年5月8日(78歳)
日本の旗 日本 秋田県大仙市
国籍 日本
職業 漫画原作者小説家脚本家
作詞家大学教授
活動期間 1970年 -
ジャンル 漫画劇画の原作・構成
代表作 子連れ狼』(画:小島剛夕) 他多数
受賞 受賞の項目を参照
公式サイト 小池一夫公式ホームページ
テンプレートを表示

小池 一夫(こいけ かずお、本名及び僧号:俵谷 星舟(たわらや せいしゅう)、旧名:譲(たわらや ゆずる)、1936年5月8日 - )は、日本漫画原作者小説家脚本家作詞家作家秋田県大仙市出身[1]。男性。1976年までは「小池一雄」[2]大阪芸術大学キャラクター造形学科教授(学科長)、神奈川工科大学情報学部情報メディア学科教授を歴任し、現在は大阪エンタテインメントデザイン専門学校で教鞭をとっている。出版社の小池書院編集長。中央大学法学部卒。別筆名に小池一雄、緒塚敬吾、イゴル・キニスキー等がある。身長183cm。血液型はO型。

漫画原作作品に『子連れ狼』(画:小島剛夕)、『御用牙』(画:神田たけ志)、『高校生無頼控』(画:芳谷圭児)、『修羅雪姫』(画:上村一夫)、『クライング フリーマン』(画:池上遼一)、『オークション・ハウス』(画:叶精作)、小説に『乾いて候』、『夢源氏剣祭文』がある。初期の『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)にも関わっている。

信条は「漫画はキャラ起てが大事だ」。インパクトのあるキャラクターを動かし、世界的な謀略劇の中を鍛え上げた肉体を駆使して駆け抜けるというハッタリの効いた壮大な筋が身上。「キャラクター原論」の提唱者である。

経歴[編集]

1936年秋田県大曲市(現大仙市)に生まれる。幼少期より周囲の子供より一回り大柄で、ガキ大将だった。少年期は近所の物持ちの家に入りびたり、倉の中にあった立川文庫などの講談本や少年向けの小説などを読み、それを学校で同級生に語って聞かせる[3][1]

1955年秋田県立秋田高等学校1959年中央大学法学部卒。中学校から大学まで剣道部に在籍する。大学時代は『桃太郎侍』で知られる時代小説家山手樹一郎に師事し[1]、小説家を目指すが断念。その後弁護士を目指すが、司法試験に三度失敗。雀荘の店員・経営または雀ゴロ[4]農林省[1]、外国航路の船員ゴルフ場勤務等の職業を経験。

1968年春、たまたま目にした『少年マガジン』に、さいとうプロダクションが原作者募集をしているのを見て、「枯れ葉の紳士録」という原稿を書き、応募[5]。締切りを大幅に過ぎていたにも拘らず、採用される[6]。以後、さいとうプロに所属し、『無用之介』『ゴルゴ13』などの原作に携わった後[7]1970年に独立、7月に『ノスパイプ作戦』(ヤングコミック)で原作者デビュー(ただし原稿依頼は『白地に黒く死の丸染めて』の方が先行しており、一時期はこれがデビュー作とされていた)[8]。1972年には、叶精作神江里見小山ゆうやまさき拓味伊賀和洋、神田たけ志らとともにスタジオ・シップ(現・小池書院)を起こし、所属メンバーのほかにも多くの実力派漫画家を作画に迎え、多数の漫画作品を発表する。遅咲きデビューからわずか数年で劇画界に一勢力を築く形となった[9]

1970年代は、『子連れ狼』、『御用牙』、『修羅雪姫』、『忘八武士道』など、セックスとバイオレンスに満ちたアナーキーな時代劇作品を多数発表。仕事も多忙を極め1970年代前半には、月に15本程度連載を抱えていた[10]。また、その多くが映画化またはドラマ化され、1970年代の映画界に大きな影響を与えた。クエンティン・タランティーノジョン・ウーなど、日本国外にも多くのファンを生んだ。なお、一部の映像化作品では、小池自身が脚本を担当している。漫画原作者としては先輩の梶原一騎も小池の活躍に脅威を覚え、セックスとバイオレンスを主題とした作品を書くようになった。

『子連れ狼』は1987年と、最も早い時期にアメリカで出版され、成功を収めた数少ない日本漫画の一つであり、今日の日本漫画ブームの草分けとなった。アメリカン・コミックの巨匠であるフランク・ミラーは『子連れ狼』の大ファンであり、ダークホース社から出版された『子連れ狼』アメリカ版の表紙絵を描いている。小池劇画はアメリカン・コミックスにまで影響を与えたといえ、2001年アイズナー賞受賞以降の、アメリカでの多くの受賞はそのことを裏付けている。興行収入が1億ドルを超える大ヒットを記録した2002年のハリウッド映画『ロード・トゥ・パーディション』は、『子連れ狼』をモチーフにしている。

1980年代以降は、時代の変化もあり、刺激を弱めて、週刊少年サンデーでキャリア唯一の少年誌ラブコメ『ラブZ』(1982年)を発表するなど[11]、娯楽性を主にした作品に作風を切り替えた。1984年には、雑誌『週刊サンケイ』に初の小説「乾いて候」を連載開始し、小説家としてもデビュー。

後進の育成にも力を入れており、1977年に「小池一夫劇画村塾」を開設。出身者に高橋留美子原哲夫板垣恵介山口貴由山本貴嗣堀井雄二さくまあきら西村しのぶ山本直樹らがいる。

2000年大阪芸術大学芸術学部映像学科の教授に招聘され、『小池一夫のキャラクター原論』を上梓。2001年、同大学にて漫画家養成を目的とした「小池一夫ゼミ」第一期をスタート。以後、主な小池ゼミ出身者としては椎橋寛森橋ビンゴ、田雑芳一、宮本和也、険持ちよ、矢寺圭太らがいる。2002年、同学部文芸学科長。2005年、同大学に新設されたキャラクター造形学科の学科長に就任。

2003年、プロ養成漫画塾「小池一夫塾」を新宿にある映像テクノアカデミア内に開講(現在は終了)。また『子連れ狼』の続編、『新・子連れ狼』を連載開始している。2006年劇画村塾を再開(東京第9期、大阪第1期)。2007年、同塾、東京第10期、大阪第2期をスタート。同年9月、劇画村塾を株式会社化するも、2009年に同社と訣別。

2005年、生まれ故郷である秋田県大仙市に百歳寓という別荘を設けている[12]

2011年、4月に独自の講座「キャラクターマンWEB講座」を開講し、同年11月創作ブランド「小池工房」を設立。

最近では[いつ?]、小泉政権時代より政府の「知的財産戦略本部」に参加し、「知的財産」に関する講演も多い。

日本文藝家協会日本シナリオ作家協会日本映像学会日本アカデミー賞協会の会員。星野仙一新仙組総長、阪神タイガース金本知憲後援会会長。

特徴・交友関係・その他[編集]

原作の特徴
小池の原作は従来主に小説家の副業である原作で用いられてきた小説形式ではなく、漫画のネームに直しやすい、映画脚本でよく見られる「ト書き」である[1]。打ち合わせもほとんど不要[1]で多作をこなす。さらに原作料は当時の第一人者梶原一騎の半分から四半分と安価[1]。その上ヒット率も高いとあり、1970年代前半、小池はその地位を確立していく[13]
小池の原作と上村一夫
小池の原作はト書きの欄外に細かい演出の指示が書き込まれているもので[14]改変の余地が少なく、締め切り間近であり時間的余裕が無いと言う事情もあり、作画家の方の演出が入る事は稀であった。そんな中で上村一夫は特別扱いであり、小池の方でも上村を高く評価しており、「相手は上村だから」ということで特に問題ともしなかった[15]。また小池は比較すれば原作を小池流で通すのではなく作画家の個性に合わせて組み立てる手法を採っており、小池・上村が初めて組んだ作品『修羅雪姫』では主人公をマッチョな男ではなく、女性としている[16]。上村は1986年に45歳の若さで他界するが、小池は上村を親友と呼ぶ[17]
セックスとバイオレンス
小池作品はセックスとバイオレンスが多い。小池は「劇画というのは、それ(裸)を見せるからこその劇画なんですよ。語ることではなく見せること」(大西祥平『小池一夫伝説』p.225より引用)と語る。曰く、忍者同士がただ闘っていても読者は楽しくないとの由である。また男性主人公を多くの女性が愛するハーレム展開も多い。これは小池に言わせれば男の夢と言うものであり、読者へのサービスである。また同時にこれはドラマの中での一休みと言った要素でもあるという[18]
ン ツ
小池は通常ひらがなの「ん」であるべきところに、カタカナの「ン」を、同様に「っ」には「ッ」を用いることが非常に多い[19]。また「おれ」「おまえ」などの代名詞に傍点が打たれる場合も良く見られる[19]。これはいわゆる「ぎなた読み」を避けるための工夫である[19]。また小池によれば、漫画では文字も、絵の一部、言わば「字画同一」なのである。傍点やンを用いることで読者が読み易くなるのであると言うのが小池の主張である[19][20]。なおこれは1972-1973年くらいから見られる傾向である[19]。また、名詞が代名詞的な用い方をされている場合や、言葉に特定のニュアンスを持たせたい場合も、ひらがな表記にして傍点を打つ。そのほか、勃起のことは「エレクチオン」と表記されることが多い。
百八竜
クライングフリーマン』連載時(1986年-1988年)、小池は香港の青幇からの呼び出しを受けた。同作に登場するマフィア「百八竜」は小池が「百八の煩悩」から名付けた架空の組織だが、香港に同名の青幇が実在していたのである。高輪プリンスホテルのスイートルームで行われた対話は、脅迫的な内容ではなく、作品をなかなかおもしろいと評価され、高級時計をプレゼントされるなど友好的なものであった。その後も暫く「百八竜」との関係が続いたという。ただしこのお陰で以後「百八竜」を悪の組織として描写できなくなってしまい、大いに予定が狂ってしまった[21]


ゴルフ場勤務の経験があり、ゴルフへの造詣も深い。「至美(しび)ゴルフ」は、TBSテレビ「小池一夫の至美ゴルフ」・サンテレビ「週刊至美ゴルフ」・広島テレビ「小池一夫のシビ・ゴルフ広島奮戦記」として、テレビ化(TBSとサンテレビはほぼ同時期に放送)されている。なお、同名番組だが、内容はそれぞれ全く異なり、また、ゴルフに関する情報をまとめたもので、原作となった劇画とは大きく異なる。また、1987年にはゴルフ雑誌『アルバトロス・ビュー』を創刊する。かつて雀荘勤務経験や雀ゴロ経験もあるため麻雀は強く、阿佐田哲也とも何度も対戦している。居合道にも精進して、自分が写真モデルを務めた教習本を出版したこともある。また、茶道の入門書も監修している[22]

小池によれば、スタジオシップに参画した叶精作、神江里見、小山ゆう、神田たけ志、伊賀和洋らは、小池がさいとうプロから引き抜いたのではなく、小池によれば、彼らの方から小池についてきたとのこと[23]。当時、さいとうは激怒したが、後に漫画家ゴルフコンペに共に参加する。

赤い鳩』では日猶同祖論を展開した。日本語の「辱める」とヘブライ語の「ハズカシューム」は同義語だそうである。塾や大学の講義でもこの話題に脱線すると、なかなか本題に戻らない。『赤い鳩』の連載時、いくつかの宗教団体右翼などから、「嘘を書くな」と小学館編集部に抗議が殺到した。右翼から「ピストル撃ちますよ」という内容の脅迫電話が編集部にあり、連載を中止した[24]

長嶋茂雄と非常に仲が良く、大阪芸術大学に招き、講演を依頼し、劇画村塾の会社組織化パーティでも祝いに駆けつけている。他にも星野仙一田村正和孫正義などの人脈がある。

1990年代水声社から刊行された『マンガ地獄変』シリーズ(1970年代のアナーキーな漫画を再評価するムック)が、第4巻で小池を取り上げる予定だったが、原稿は集まっていたにも拘らず、担当編集者がビバ彦として知られる「モー娘オタク」になり、「モー娘ファン活動」に多忙となったため、同書は刊行されなかった。

『マンガ地獄変』シリーズに執筆していた漫画評論家の大西祥平が、映画雑誌『映画秘宝』において、2004年から2011年にかけて、小池へのインタビューも含めた小池漫画論「小池一夫伝説」を連載し、2011年11月に洋泉社から単行本化されている。

受賞[編集]

  • 1972年 京都市民映画祭新人賞(映画『子連れ狼』のシナリオに対し)
  • 1974年 少年画報社第3回劇画賞受賞
  • 1974年 コロムビアゴールデンディスク賞・ゴールデンヒット賞受賞(作詞)
  • 1975年 テイチクヒット賞(作詞)
  • 1981年 第27回(昭和56年度)小学館漫画賞特別賞受賞(『魔物語などの原作活動』に対し)
  • 2001年 アイズナー賞(米)最優秀国際作品部門「子連れ狼」 
  • 2002年 ハーヴェイ賞(米)「子連れ狼」 
  • 2004年 アイズナー賞 漫画家の殿堂入り
  • 2004年 ジェム・ダイアモンド賞(米) MANGA TOP OF THE YEAR (2004) 「首斬り朝
  • 2004年 アクサテュール賞(スペイン)「子連れ狼」 
  • 2006年 インクポット賞(米)(アメリカ漫画界に貢献したため)
  • 2008年 ジャパンエキスポ(仏)審査員特別賞

連載作品リスト[編集]

連載中
休載
連載中断中

完結作品リスト[編集]

小島剛夕の作画による作品
芳谷圭児の作画による作品
  • 高校生無頼控(週刊漫画アクション 1971年7月22日号〈No.30〉~1973年6月7日号〈No.24〉)
  • ぶれいボーイ〈無礼男子〉(週刊漫画アクション 1973年11月22日号〈No.53〉~1975年1月2日号〈No.1〉)
  • カニバケツ
  • 学校の探偵
  • 小池一夫のザ・シビゴルフ
叶精作の作画による作品
池上遼一の作画による作品
平野仁の作画による作品
やまさき拓味の作画による作品
伊賀和洋の作画による作品
神田たけ志の作画による作品
  • 御用牙(少年画報社 ヤングコミック 1970年10月~1976年12月)
松森正の作画による作品
井上紀良の作画による作品
  • デュエット
  • マッド★ブル34(1985年7月~1991年2月)
  • 連環日本書紀
  • マッド・ブル2000
  • 星の艦 あきらめなければいつかは乗れる
森秀樹の作画による作品
神江里見の作画による作品
  • 弐十手物語
  • 青春チンポジュウム
  • 気怠く彦次郎 ラブホテル女子高生殺人事件編
  • 藤堂高虎伝 虎視眈々 戦国の世を生き抜いた武将
  • 忘れ苦兵衛
  • 下苅り半次郎
ケン月影の作画による作品
川崎のぼるの作画による作品
  • ムサシ(1974年)
  • 長男の時代(1980年)
  • 勝ちたいんや!―劇画・星野仙一物語(2004年)
その他漫画家との作品

著作リスト[編集]

漫画以外 - キャラクター造形学
  • 「キャラクターはこう動かす!」小池書院(2000年3月) ISBN 4883155331
  • 「キャラクターはこう創る!」小池書院(2000年3月) ISBN 4883155323
  • 「キャラクターはこう活かす!―スーパーキャラクターを創ろう」小池書院(2001年6月) ISBN 4883155544
  • 「大阪芸術大学 小池一夫のキャラクター造形学」大阪芸術大学(2006年12月) ISBN 486225070X
  • 「人を惹きつける技術―カリスマ劇画原作者が指南する売れるキャラの創り方」講談社+α新書(2010年1月)ISBN 978-4062726344
  • 「小池一夫のキャラクター新論 ソーシャルメディアが動かすキャラクターの力」小池書院(2011年5月)ISBN 978-4862257024
  • 「ホット&クール! ローソンのソーシャル・キャラクター戦略」小池書院(2013年6月)ISBN 978-4862259387
漫画以外 - エッセイなど
  • 「小池一夫のつぶやき集 年寄りは弱虫なンかがなれるもンじゃねえ日記」(ツイッターつぶやき集)小池書院(2012年9月)ISBN 978-4862258588
  • 「狼の夜話 俺、劇画、40年」(自伝エッセイ)小池書院(2012年12月)ISBN 978-4862258854
  • 「小池一夫対談集 ~キャラクター60年」(対談集)小池書院(2013年8月)ISBN 978-4862258656

映像化作品[編集]

作詞[編集]

テレビ出演[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 大西, p. 8.
  2. ^ 大西, p. 6.
  3. ^ 日経新聞2006年3月22日「人間発見」現代のキャラクター王(2)
  4. ^ 大西, pp. 8, 11-12.
  5. ^ 大西, pp. 14-15.
  6. ^ 大西, p. 15.
  7. ^ 大西, pp. 16-17.
  8. ^ 大西, pp. 23-27.
  9. ^ 大西, pp. 47-48.
  10. ^ 大西, p. 39.
  11. ^ 大西, p. 180.
  12. ^ 小池一夫さんが郷土・大仙市に 住所も移し、花館に同級生らと集える自宅
  13. ^ 大西, p. 9.
  14. ^ 大西, p. 81.
  15. ^ 大西, pp. 81-83.
  16. ^ 大西, p. 84.
  17. ^ 大西, p. 89.
  18. ^ 大西, p. 226.
  19. ^ a b c d e 大西, p. 229.
  20. ^ 小池一夫公式ホームページ~小池一夫への質問~
  21. ^ 大西, pp. 162,164.
  22. ^ 『まんが 茶会入門』(作:小池一夫・池本朗、作画:やまさき拓味、監修:千宗之、淡交社 ISBN 978-4473011510
  23. ^ 大西, p. 47.
  24. ^ 「小池塾」

参考文献[編集]

外部リンク[編集]