西村繁男
西村 繁男(にしむら しげお)
- 日本の雑誌編集者。以下で述べる。
- 日本の絵本作家。下の雑誌編集者とは同姓同名の別人。1947年1月10日生まれ。高知県高知市出身。中央大学商学部、セツ・モードセミナー卒業。代表作に「おふろやさん」、「やこうれっしゃ」などがあり、「ぼくらの地図旅行」(文:那須正幹)など絵本・創作の挿絵も手がける。第8回絵本にっぽん大賞、第12回絵本にっぽん賞、第5回日本絵本賞受賞。
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にしむら しげお
西村 繁男 |
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| 生誕 | 1937年5月31日(74歳) |
| 出身校 | 早稲田大学第一文学部 |
| 職業 | 雑誌編集者 |
西村 繁男(にしむら しげお、1937年[1]5月31日 - )は日本の雑誌編集者。『週刊少年ジャンプ』の第3代編集長。『フレッシュジャンプ』・『スーパージャンプ』の初代編集長。
目次 |
[編集] 来歴・人物
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1962年に早稲田大学第一文学部を卒業して集英社に入社[1]。当初は幼年誌『日の丸』の編集部に配属になるが、同誌が配属後半年で廃刊になったため『少年ブック』編集部に異動。その後同誌の編集長だった長野規らと共に1968年に『少年ジャンプ』(当時は月2回刊)の創刊に携わる。
1973年には『週刊少年ジャンプ (WJ)』(1969年より週刊化)の副編集長となる一方で、集英社労働組合の委員長に就任( - 1974年)。1978年には前任の中野祐介の後を継ぎ、『WJ』の第3代編集長となった。1982年には『フレッシュジャンプ (FJ)』を創刊し、編集長を『WJ』と兼任する。1986年には『WJ』の編集長を後藤広喜に、『FJ』の編集長を中野和雄にバトンタッチする一方で『スーパージャンプ』を立ち上げ同誌の編集長に就任。1989年には同社役員待遇となり、1994年に同社を退社した[1]。退社後は編集者時代の回想を軸とした執筆活動を行った。
[編集] 功績
『少年ブック』時代は横山光輝を担当。
漫画編集者として本宮ひろ志を発掘したことなどで知られるが、一方で『男一匹ガキ大将』の連載続行を強行した人物とされる。
「打ち切り#週刊少年ジャンプの場合」も参照
武論尊に400字詰原稿用紙の使い方を指南したり、低年齢層読者の獲得を狙い『キン肉マン』を連載させるため、担当の中野和雄と大阪へ行き、ゆでたまごの2人、嶋田隆司と中井義則それぞれの親を説得し漫画界入りへの足がかりを作った。
詳細は「ゆでたまご#出会いからデビューまで」を参照
編集長時代は数多くの漫画家や後輩編集者達と衝突した。「東大一直線」を連載していた小林よしのりとも対立、この結果小林は集英社との専属契約を打ち切った。小林が講演会でこの話をしたところ、『週刊文春』で報道され騒動となった。
詳細は「小林よしのり#東大一直線とその後の苦闘」および「風雲わなげ野郎#概要」を参照
「大平かずお#少年キング時代」および「東大一直線#連載終了」も参照
[編集] 主な著書
- さらば、わが青春の『少年ジャンプ』(1994年、飛鳥新社)
- 文庫版は1997年幻冬舎より発売。かなりの量の加筆が加えられている。
- 次原隆二「少年リーダム 〜友情・努力・勝利の詩〜」(『週刊コミックバンチ』連載)の原案。
- 漫画王国の崩壊(1998年、ぶんか社)
- まんが編集術(1999年、白夜書房)
[編集] 備考
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』や『すすめ!!パイレーツ』など、ギャグ漫画を中心にチョイ役で登場している。
[編集] 脚注
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