江口寿史
| 江口 寿史 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生誕 | 1956年3月29日(55歳) 熊本県水俣市 |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画家、イラストレーター |
| 活動期間 | 1977年 - |
| ジャンル | ギャグ漫画 |
| 代表作 | 『すすめ!!パイレーツ』 『ストップ!!ひばりくん!』 『江口寿史の爆発ディナーショー』 他 |
| 受賞 | 第38回文藝春秋漫画賞(1992年) |
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江口 寿史(えぐち ひさし、1956年3月29日 - )は日本の漫画家、イラストレーター。妻は元アイドルの水谷麻里。
目次 |
[編集] 人物
熊本県水俣市生まれ。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』、『すすめ!!パイレーツ』、『江口寿史の爆発ディナーショー』など。 1977年に、『恐るべき子どもたち』でヤングジャンプ賞(現在の十二傑新人漫画賞)入選、同年『8時半の決闘』で第6回赤塚賞準入選、1978年には『名探偵はいつもスランプ』で第6回愛読者賞を受賞、また1992年には『江口寿史の爆発ディナーショー』で文藝春秋漫画賞を受賞している。
また、1995年には自ら編集長となって「COMIC CUE」を創刊。松本大洋、望月峯太郎、よしもとよしとも、魚喃キリコ、古屋兎丸などの意欲的な作家を集めるとともに、「テーマを決めての競作」「名作漫画のカバー」などの従来の漫画界になかった企画も行った。なお、「COMIC CUE」創刊時、南Q太を「若手女性漫画家の筆頭」に挙げていた。
[編集] 経歴
『七色仮面』『月光仮面』『鉄腕アトム』などの影響で水俣市立第二小学校3年生頃からマンガを描き始める[1]。水俣市立第二中学校在学中、1970年3月、父の転勤に伴って千葉県野田市立南部中学校に転校[1]。1974年3月、千葉県立柏高等学校卒業[1]。1年間の浪人生活を経て某デザイン学校に入学したが1ヶ月しか通学せず、その後は学校に籍を置きつつ映画鑑賞と読書とパチンコに明け暮れる[1]。1976年、甲状腺機能亢進症のために手術を受け、1ヵ月半の入院生活を送り、この間にプロ漫画家デビューへの決意を強くする[1]。
1977年にヤングジャンプ賞入選作である『恐るべき子どもたち』で「週刊少年ジャンプ」誌上においてデビューを飾り、同年連載デビュー作である『すすめ!!パイレーツ』の連載を開始する。質の高いギャグによってデビュー作から絶大な人気を集め、当時「週刊少年チャンピオン」で人気を誇っていた『マカロニほうれん荘』の鴨川つばめと並び称される事となる。なお『パイレーツ』の後期より扉絵の構図などにイラストレーションとして見せる為の工夫が見られ始める。その後『ひのまる劇場』の連載を挟み、1981年より自身の最大のヒット作となる『ストップ!! ひばりくん!』の連載を開始する。
この頃より、江口のギャグと並びもう1つの大きな特徴である、「極めて洗練された画風」を確立するにつれ筆の遅さが目立ち始め、また「白いワニ」に比喩される「真っ白な原稿」=「ネタ切れ」にも悩まされる様になる。結果漫画家に厳しい「ジャンプ」としては異様な観すらある破格な優遇を受けながらも『ひばりくん』を中断し、未完のまま放り出してしまう。
以降作品の発表の場を「フレッシュジャンプ」に移し、『江口寿史の日の丸劇場』(単行本は『寿五郎ショウ』として発売)の連載をはじめる。この作品によって以降の江口漫画の主流となる「一話完結のショートギャグ」というスタイルを確立する。『日の丸劇場』の連載終了の翌月より同誌において、作者唯一のストーリー物の連載作品『「エイジ」』の連載を開始。第一部が終了した時点でいったん筆を休め、翌月から再びギャグ連載である『ラブ&ピース』の連載を開始するも2回で投げ出す。
この頃より活動の場を集英社に限定せずに、「weekly漫画アクション」(双葉社)で『エリカの星』、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で『パパリンコ物語』と他社での連載を始めるが、いずれも途中で投げ出す。その中にあって1986年から『日の丸劇場』と同じ形式で「月刊ASUKA」(角川書店)で連載された『江口寿史のなんとかなるでショ!』だけは、落稿も1回に止め、円満終了を迎える。
1988年より「アクション」において、『日の丸劇場』、『なんとかなるでショ!』と同様のスタイルで『江口寿史の爆発ディナーショー』を連載。1992年に本作の単行本によって文藝春秋漫画賞を受賞する。なお、この受賞の際に選評で新人扱いされたという逸話がある。
1989年4月~9月には、FM東京系の深夜放送番組スーパーFMマガジン「NORU SORU」のパーソナリティーを務める。
1990年、交際を続けていた元アイドルの水谷麻里と結婚(江口は2度目)。
この頃より、イラストレーターとしての仕事が増えてきて、徐々に仕事の中心がイラストの方へと移って行く。
1995年は「COMIC CUE」の編集の仕事があったとは言え、発表された漫画は合計でわずか14ページであり、漫画家として事実上廃業状態となる。
しかし、1998年より「アクション」誌上において『キャラ者』の連載を開始し、連載漫画家としての復帰を果たす。毎週1ページと短く休載も多いながらも、途中で投げ出される事なく続き、掲載誌を「weelkyぴあ・関東版」(ぴあ)に移した後2008年6月まで連載され、彼にとって最長の連載期間となった。
2003年より放映を開始したTVアニメ『無人惑星サヴァイヴ』にキャラクター原案で参加。
2004年12月より「イブニング」にて月1連載の『寿丼」が始まるも、3回にて休載。作者のHPでは体勢建て直し中との事であったが、イブニング編集部より連載終了が正式に公表されている。
2008年7月より「A-ZERO」にて『ゼロの笑点』を連載。月刊誌で尚且つオールカラー4ページ漫画であったが、2009年6月の休刊まで休載が無かった。同作品終了時より、2010年10月現在で連載作品はゼロとなっている。
[編集] 遅筆・放棄
江口は遅筆な事で有名であるが、遅筆のエピソードとしては、「ジャンプ」の愛読者賞用の作品『POCKY』が、途中からネーム状態のまま掲載されるというものがある。そして遅筆の結果、印刷に間に合わずに落稿する事も多く、当初から不定期掲載を謳った連載も多い。
また、無事に連載が終了されている作品の多くが一話完結方式で連載されていたもので、いつでも最終回とする事ができた作品が多いのに対し、連載による継続したストーリー展開を必要とした作品については円満に終了された作品はほぼ皆無である。
代表作の1つであるストップ!! ひばりくん!は長期の中断を経て、27年越しで完結した[2]。
打ち切りの例として、『週刊ヤングジャンプ』で漫画『ラッキーストライク』を連載したのだが僅か3回で打ち切りになり、『月刊TVnavi』ではイラストエッセイ「TV旅」(月刊で1ページ)を連載する予定が創刊号からいきなり間に合わず殴り書きイラストを掲載し、創刊2号はイラストが載ったものの、3号では休載してそのまま連載終了になったという事例がある。
[編集] 未完のまま放棄された作品
- 「エイジ」
- ラブ & ピース
- パパリンコ物語
- エリカの星
- BOXERケン
- ラッキーストライク
- セクシーくノ一
- HOMERUN CATCHER
- うなじ
- 平成大江戸巷談 イレギュラー
- 寿丼
- ぬいぐるみお父さんのホケン劇場!!
[編集] 作品リスト
[編集] 漫画
- ◎:連載作品(年度は連載開始年)
- 《収録短編集》■:GO AHEAD!!/□:寿五郎ショウ/◆:なんとかなるでショ!/◇:爆発ディナーショー/▼:お蔵出し/●:THIS IS ROCK!!/★:自選傑作集/▽:犬の日記、くさいはなし、その他の短篇/☆:青少年のための江口寿史入門/※:単行本未収録
- 連載作品についた□・★・☆については作中の何編かが収録されている事を示し、全編を収録している訳ではない
- 《短編集以外への収録短編》1:『すすめ!!パイレーツ』に収録/2:『ひのまる劇場』に収録/3:『なんとかなったワケ!』に収録/4:KAWADE夢ムック『総集編江口寿史』に収録/5:『江口寿史の正直日記』に収録/6:吾妻ひでお著『うつうつひでお日記DX』に収録
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[編集] 単行本
ワイド版、文庫版などの同一内容の再版本は割愛
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[編集] デザイン
- デニーズのメニューとそのイメージキャラクターであるウエイトレスのイラスト。デニーズカードにも使われた(1992~97年)
- おたくの星座(キャラクターデザイン)
- オーロラクエスト おたくの星座 -In Another World-(キャラクターデザイン)
- グミ・チョコレート・パイン(カバー絵)
- 老人Z(映画キャラクターデザイン)
- PERFECT BLUE(キャラクター原案)
- 無人惑星サヴァイヴ(キャラクター原案)
- フィーバーガールズI(キャラクターデザイン、三共製パチンコ台)
- 30minutes・30minutes鬼(オープニングイラスト)
- 片腕マシンガール(イラスト)
- BAHO CDアルバム 「HAPPENINGS」 BMG Japan 1998年6月
- 銀杏BOYZ CDアルバム 君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命 初恋妄℃学園 2005年1月
- 古代少女ドグちゃん(イメージイラスト)2009年
- 水俣市 (出身地である水俣市の観光ガイドブックの表紙、駅貼りポスターのイラスト等)
[編集] イラスト集
- NO MATTER(1988年)
- ILLUSTRATION H(1991年)
- EGUCHI HISASHI WORLD 1980s(1995年)
- EGUCHI HISASHI WORLD 1990s(1995年)
- ポストカードブック ONLY IN DREAMS(1996年)
- 江口寿史ストリップショウH(1999年)
- 江口寿史スクラップブックE(1999年)
- 素顔 -美少女のいる風景-(2004年)
- WORKs(2008年)
[編集] アート関連の本
- 江口寿史監修ポーズ集・基本編(1994年)
- 江口寿史監修ポーズ集・動き編(1995年)
- 江口寿史監修ポーズ集・日常編(1995年)
- 江口寿史監修ポーズ集・カップル基本編(1996年)
- 江口寿史監修ポーズ集・カップル日常編(1996年)
- 江口寿史監修ポーズ集・二人のポーズカラー版(2001年)
- 江口寿史の塗り絵(2008年)
[編集] 影響を受けた漫画家
[編集] アシスタント
[編集] 逸話
- 高校1年のとき吉田拓郎を知ってフォークに夢中になりマンガは描かなくなった[3]。しかし、ギターが全然上達せず、音楽はあきらめ19歳のとき、初めて本気でマンガ家になろうと決意したという[3]。江口は「マークII」(1985年)という吉田拓郎に心酔する高校時代の自身を描いた短編を書いているが[4]、2010年のレコード・コレクターズ増刊「日本のフォーク/ロック アルバム・ベスト100 1960-1989」で、私のベスト1レコード/CDに、吉田拓郎のアルバム『元気です。』を挙げ、「このレコードとの出会いがなかったら今の自分はないという意味で断然1位であります」と話した[5]。
- 佐野元春とは同じ早生まれということもあり、江口が最も好きなミュージシャンでもある。また対談したこともあり、佐野から「江口さんもきっと僕と同じように世の中と戦っているんだと思うよ」と言われ、江口が答えられなかったエピソードがある。
- 「今度締切を守れなかったら坊主頭になります」と意気込んだことがあるが、案の定宣言した締切は守れず坊主頭になったことがある。
- 『ストップ!!ひばりくん!』の劇中には江口本人である江口"Candy"寿史(えぐち キャンディ ひさし)なる人物が登場した。
- 漫画でも自身が遅筆であることを自虐したネタを描くこともあり、前述の『ストップ!!ひばりくん!』においても担当をモデルとしたキャラクターから「原稿が上がるのが遅い」といった趣旨の不満を漏らされ、『江口寿史のなんとかなるでショ!』の帯には「江口寿史、今世紀最後の単行本!? 日本一の遅筆野郎が、2年半の歳月をかけてついに完成!!」という煽り文句が書かれていた。
- 結婚をしてから「きちんと出勤して仕事をしたい」という理由で自宅と仕事場を別々にしたが、週に3日くらいは泊まり込んでしまうと語っていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
- ^ a b c d e 『KAWADE夢ムック 別冊文藝 総特集江口寿史』巻末略年譜(河出書房新社、2003年)による。
- ^ “先ちゃん27年越しで最終話描く。「ひばりくん」完結”. ナタリー. (2010年2月27日) 2010年2月27日閲覧。
- ^ a b ココロの旅 | 関西テレビ放送 KTV 2011年8月9日放送
- ^ 江口寿史のお蔵出し、1994年4月、自著、イーストプレス、p13-27に収録
- ^ レコード・コレクターズ増刊「日本のフォーク/ロック アルバム・ベスト100 1960-1989」、2010年11月、ミュージック・マガジン、p41
