麻布中学校・高等学校

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麻布中学校・高等学校
麻布中学校・高等学校.jpg
過去の名称 東洋英和学校内尋常中学部
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人麻布学園
設立年月日 1895年
共学・別学 男子校
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(7クラス)
学期 3学期制
高校コード 13522E
所在地 106-0046
東京都港区元麻布2-3-29
電話番号 03-3446-6541
FAX番号 03-3444-2337
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

麻布中学校・高等学校(あざぶちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都港区元麻布にある私立中学校高等学校

目次

[編集] 概要

中高一貫制男子校。現在、高校からの募集はしていない。設置者は学校法人麻布学園。

制服はあっても着なくてもよく(標準服と称している)、校則の全くない校風と東京大学合格者を毎年多く輩出している(2007年度95名・卒業生を含む数字)ことから、マスメディアに取り上げられることが多い。


[編集] 交通

[編集] 沿革

全て月日が付属しない年表示は年度である。

  • 1895年江原素六により東洋英和学校内に東洋英和学校内尋常中学部を創立し、同年私立麻布尋常中学校と改称。
  • 1899年麻布中学校と改称。
  • 1900年、現在の立地に新校舎が落成し、移転。
  • 1901年集成館を創立。旧制中学第一学年を主に収容し進学時に麻布中学校に編入させ、それによって麻布中学校の定員超過を名目上解消する事を目的とした。
  • 1903年、債権整理の為組織を麻布中学校財団法人として財団法人化する。
  • 1912年、人数超過の解消と法の改正に伴い集成館を廃止。
  • 1922年、校長江原素六死亡。2代校長に清水由松が就任。
  • 1924年麻布中等夜間学校開校。
  • 1926年、山中湖畔の土地を学校用地として買収。翌年洗心寮建設。後に山内一郎によって売却され売却益を横領される。
  • 1930年から1931年頃、校歌制定。現在の物と合わせて3番まで。
  • 1931年、現在の普通教室が入っている"ロ"の字型の校舎のうち学園のHPに掲載されている絵に写る塔を中心とした2辺が完成。
  • 1932年麻布中等夜間学校麻布夜間中学へ変更。5ヶ年制。
  • 1935年、創立40周年を記念してプール落成。
    • 現在の多摩川グラウンドに農場と運動場を開設。
  • 1937年、校舎増築。現在の"ロ"の字校舎の1-1がある辺が増築。現在の講堂がある場所に江原先生記念成毛講堂が落成。
  • 1941年、校友会を改編して麻布中学校報国団結団。
  • 1942年、清水由松は名誉校長に退き、細川潤一郎が校長に就任。
  • 1944年、クラス名をアルファベットから数字へ変更。
  • 1945年、校友会組織。翌年、自治委員会組織。第一回運動会開催。
  • 1947年、新学制によって麻布中学校発足。翌年麻布高等学校が発足し旧制中学4、5年を切り離す。
    • 麻布夜間中学も48年に麻布定時制高等学校として発足。
  • 1947年5月23日から25日まで、第一回文化祭。
  • 1948年、麻布民主化同盟が檄文を教室に貼り付ける事件が発生。
    • 1949年1月、日本共産党麻布学園細胞が結成宣言。『民主学園』を発行するなど。
  • 1949年法改正に伴い麻布中学校財団法人学校法人麻布学園に変更。
  • 1950年、清水名誉校長死去。清水由松の誕生日5月16日を創立記念日とする。江原記念日を5月20日とする。
    • 校友会・自治会(自治委員会)を改編して生徒協議会結成。
    • 職員の反対を生協の要望が覆して文化祭開催。しかし以後3年開催されず。
  • 1951年、生徒協議会と教師との折衝の後9月に文化祭開催。しかし以後2年間は開催せず。
  • 1954年5月15日から16日まで文化祭。この年より毎年行われる。
  • 1956年、現在の100周年記念棟の場所に新館と呼ばれる校舎が建設。66年の増築に伴い生徒会館と呼ばれ93年に解体。
  • 1957年、定時制廃止。
  • 1961年、今年度を最後に多摩川農園を廃止。翌年現在の多摩川グラウンドとして整備。
    • 体育館の改築に伴い国立競技場で運動会開催。
  • 1962年、現在の柔剣道場付き体育館が落成。
    • 麻布学園同窓会設立。
  • 1965年国立競技場にて創立70周年記念大運動会。
  • 1966年、70周年記念新校舎落成。現在の芸術棟。
  • 1967年、細川校長辞任、藤瀬五郎が新校長に就任
  • 1968年、この年度の卒業式より校歌3番廃止。
  • 1969年9月26日に無届の反戦集会が中庭で行われた事に対し、「学園紛争が始まったと解釈せざるを得ない」。1968年度終了までを第一次学園紛争と呼ぶ。
    • 1970年1月10日乱入者多数にて始業式中止。
    • 2月10日、ニ・一一闘争統一実行委員会が中庭使用届けを出すが校長が拒否。話し合いの場で校長を拘束。
    • 2月20日統実委が釈明を行わない校長に対して校長室を占拠。統実委校長室占拠事件
    • 3月9日から12日までの生徒会・職員・統実委と生徒による全校集会で和解案が採択される。
    • 3月18日から授業改革全校集会にて改革案を作成、採択。
  • 1970年、藤瀬校長辞任、山内一郎が校長代行として赴任。第一次学園紛争での藤瀬校長と生徒間の和解案を全て破棄。この後の一連の紛争を第二次学園紛争と呼ぶ。
    • 理事会が山中湖畔の校地売却を承認。
    • 文化祭において討論会が代行によって中止される。それに対する暴動により文化祭切り上げ。
    • 成毛講堂・相模湖遭難記念館取り壊し。
  • 1971年、文化祭は取り壊し工事を避ける為秋に開催。
    • 10月3日文化祭2日目に武装突撃隊が第一次学園紛争時の和解案の復帰を求めて突入。山内代行の導入したガードマンと応酬。後に代行一人の決断で機動隊が導入されるが生徒と突撃隊が学外へ排除。その後討論会。
    • 10月5日討論会。代行の退去勧告に対し座り込みを行った生徒に対し再度機動隊導入。
    • 10月6日山内打倒共闘会議結成。
    • 10月7日山内代行がロックアウト開始。義務教育である中学校も含めたロックアウトは全国初。
    • 11月13日ロックアウト解除。全校集会1日目。
    • 11月14日'全校集会2日目運動場で雨中にも関わらず開催。生徒1名の逮捕に激発した生徒に囲まれて、16:58に代行は退陣を表明し、17:32に署名。
  • 1972年海野昌平が校長に就任。
    • 山内前代行が逮捕、起訴される。
    • 1973年2月14日全校集会にて海野理事長は授業料・入学金・施設費値上げの白紙撤回を確認。
    • 3月1日全校集会にて山内前代行の残した負債を理事会が補填する事を認めるまで生徒がストライキに入ることを決議。教員も翌日同様の要求を採択。
    • 3月5日理事会が要求を認める。
    • 3月16日ストライキ解除。
  • 1973年PTA発足。サークル連合発足。
    • 現講堂と教員棟が完成。現在の"ロ"の字校舎の全面が完成。
    • 7月8日学費値上げ撤回を求めて高校生が校長室を占拠、バリケード封鎖。全校集会を経て7月13日に自主的に封鎖解除。
    • 学園が山内前代行を民事で提訴。
  • 1974年理事会の理事長と校長の分離決議に従い大賀毅が校長に就任。
  • 1975年文化祭公金横領事件。広告収入を禁止。
    • 6年ぶりに運動会実施。
  • 1976年予算委員会設立。
  • 1981年山内一郎前代行の上告が棄却。懲役5年が確定。
    • 校内飲酒事件に対して調査委員会設立が全校投票によって承認。
    • 山内事件に対して民事判決が下る。両者控訴せず、学園側の要求がほぼ通り確定。
  • 1983年予算委員会がサークル連合解散要求宣言を全会一致で採択。サークル連合解散。
    • 全校投票にて「広告収入に関する新規約」を承認するが、実際には広告は取らず。
  • 1984年新サークル連合発足。
  • 1986年全校投票により年度末を持って新聞会が自治団体から一サークルへ格下げ。
  • 1989年全校投票により「生徒活動費値上げ案」を承認。
  • 1992年大賀校長退任、根岸隆尾が校長に就任。
  • 1995年生徒会館を取り壊し後地に100周年記念会館が竣工。『麻布学園の100年』が刊行。

以上は『麻布学園の100年』による

  • 1997年一部生徒の悪質な行為により、生徒に開放されていた屋上が閉鎖される。
  • 2000年屋上が昼休みに限り開放される。
  • 2004年根岸校長退任、氷上信廣が校長に就任。
  • 2006年地下食堂が改築拡張、家庭科室が新設された。
  • 2007年一部生徒の不祥事(飲酒)により、運動会が中止となる。

[編集] 進路

戦後の新学制が始まってからは毎年東京大学の合格者数上位10校に名を連ねている。

[編集] カリキュラム

授業は中高一貫教育の利点を生かして高校1年生の段階で高校2年生までの単元をすべて消化し、その後それぞれの志望大学に向けて選択授業制となる。

麻布の教育では、入試から卒業まで一貫して文章などを「書かせる」ことに力を入れている。定期試験や実力試験では記述問題が目立ち、レポートを要求される科目も少なくない。中学卒業時にはグループで卒論、高校1年次には個人で修論の提出が要求される。

高校2年の段階から理科と社会が選択制になり、理科は化学、物理、生物、地学のうち2科目、社会科は日本史、地理のうち1科目、世界史、倫理、政経のうちの1科目での合計2科目を選択する。その為理系文系混合クラスでは移動が激しくなる。

高校2年の段階で通常の時間割の外部の7、8時間目にあるPascalによるプログラミングの授業である数学Cの追加授業を履修する事で、高校3年生は選択8時間+必修10時間ほどの最小の授業数にする事が出来る。

通常高校3年は芸術科目は設置されないが、芸術志望の生徒や趣味で取りたい生徒の希望により7、8時間目に芸術の科目が設置される。

週休二日制は過去一切導入されたことがなく、現在も土曜日は午前中のみの4時間授業(中学生は3時間)となっている。土曜日の午後は大抵のクラブ活動の主活動時間となる。

また、中学3年次には文学作品(ほとんどが小説である)を論ずる「卒業論文」を3~5人のグループで執筆する。対象作品は森鴎外ドストエフスキーのような旧時代のものから太宰治安部公房村上春樹サリンジャーのような現代的なものまである。

そして高校1年次に「修論(社会科基礎課程修了論文)」と称し、社会科のカリキュラムをすべて修了した、という意味で社会科に関する事柄を論じる。

[編集] 校風

校風は自由闊達

特徴としては、中高一貫教育であること、男子校であること、明文化された校則がなく自主・自立の校風のもと、学園生活の大部分が生徒達の裁量に委ねられていることなどが挙げられる。そのため服装だけでなく頭髪や装飾品に関しても基本的に全て生徒自身に判断が委ねられている。

しかし、生徒や教師間での黙許的な取り決めがいくつかあり、有名なものとして、校内麻雀禁止、授業中の出前注文禁止(過去に何人もとったものがいたため。休み時間に取る者は居る)、鉄下駄禁止(空手バカ一代の流行時に鉄下駄で登校する生徒がおり、校舎の床が損傷したため)等が挙げられる。

また、最近授業中にゲーム・携帯電話を行う生徒が増えたことにより、学年会の方針として「授業中に授業に関係の無いことをした場合原因となった物を即取り上げ」が決定された。

部活動が盛んであり、多数のクラブが全国的に活躍している。将棋・チェス・管弦楽・パソコンなど主に文化部の活躍が目立つが、アメフトやオリエンテーリングなど運動部でも実績をあげている部活は多い。週休2日制を導入せず土曜日の午前に授業を行っている副産物として、土曜日の午後を部活に割けることが一つの要因である。教師による指導が無いため部活に熱中してしまうことも大きな要因である。高校2年の5月の文化祭後、10月の運動会もしくは部活動の引退をもって本格的に受験対策を始める生徒が多い。

1学年約300名で7クラス。学校関係者は、中学1、2、3年生をM1、2、3(エム-)、高校1、2、3年生をH1、2、3(エイチ-)と一般に呼ぶ。


[編集] 提携校

灘の生徒が東京に引っ越した場合、伝統的に麻布が受け入れ、逆に麻布の生徒が関西に引っ越した場合には灘が受け入れる。また、中国・カナダ等の学校と特に深い付き合いにあり、交流として生徒を送り出したり受け入れたりする。韓国からも語学留学生が来る。なお、麻布大学とは無関係である。

[編集] 年間行事

  • 5月:文化祭、江原素六墓前祭
  • 10月:学年行事
    • 中学1年:江原素六初代校長の墓参り。
    • 中学2年:日帰り遠足。コース選択制となっている。
    • 中学3年:二泊三日修学旅行として一般的な修学旅行で訪れる数箇所に旅行する。
    • 高校1年:社会見学として観劇・マスコミ見学等から変わったところでは都内ポイントハンティング等が行われる。
    • 高校2年:三泊四日修学旅行として国外と国内から数箇所に分かれて旅行する。
    • 高校3年:観劇や魚釣り・スポーツ等を行う。
  • 10月:運動会
  • 2月:入学試験、試験結果発表

[編集] 生徒活動

麻布には一般の学校で言う生徒会というものが存在せず、複数の組織が並列に存在している。よって「生徒会長」と呼ばれることのある人物は一人ではない。慣例的に生徒会長を名乗れるのは、予算委員会・サークル連合・選挙管理委員会・文化祭実行委員会・運動会実行委員会のトップである。なお、前者3つは間接選挙、後者2つは直接選挙で生徒に信任される。

また、運営される全ての組織は教師の監査がまったくと言っていいほど入らない。教師側は生徒委員会を作っており、その主任が最低限の監査と生徒からの相談を受け付けている。教師達は傍聴人として他の一般生徒と同じ扱いであり、発言権は無い。これには理由があり、その最も大きなものは数十頁に及ぶ各機関の規約である。しかし、文化祭実行委員会と運動会実行委員会には規約は存在しない。

[編集] 文化祭

毎年5月に学生・生徒主導で行われ、毎年3日間で2万人以上の入場者数を記録する。文化祭実行委員会(通称:文実)によって企画、運営される。前年度10月の運動会が終わったころに文実委員長・会計局長を選出する選挙が行われ、決定するとそのペアが各部門の部門長を選出して文実を結成する。立候補者は高校1年生(新高2年生)がほとんどである。予算は700~900万円規模にのぼり、生徒の手で管理される。

文化祭でのそれぞれの出し物を展示と呼ぶ。展示は、主に研究展示と娯楽展示にわかれる。研究展示は文化部に多く、それぞれのクラブの活動を報告したり、文化祭に向けて作成してきた作業を発表する展示が多い。娯楽展示は運動部に多く、来校者を楽しませるべく飲食などのサービスの企画を実施する展示が多い。

とくに研究展示で顕著であるが、来校者の投票による「展示大賞」を目標に展示に熱を入れる団体が数多く存在する。来校者のうちの多数を占める小学生とその親が楽しみやすい展示が展示大賞を取ることが多い。麻布パーソナルコンピュータ研究会が賞の常連で、物理部無線班や生物部・化学部なども過去に賞を受賞している。賞は他にもあり、種類は年によって左右するが、研究展示賞・娯楽展示賞・有志展示賞・校長賞などは例年存在する。

各部活が展示を出す他、有志団体による展示も手厚く支援され、友達同士で飲食・娯楽・研究展示を出す生徒も多い。「クラス展示」はクラスによって行われない場合がある。近年は主にコアな趣味の部類の研究展示等で、一教室は借り切れないが展示はしたいという人を支援する為に作られたフロンティア部門が常設になり、体育館でそれらの展示が行われる。これらは主催で分けると部活展示・有志展示に、目的で分けると飲食展示・研究展示に分ける事が出来る。

2005年の文化祭では飲食展示で食中毒を出し、教師の指示の元、急遽全ての食べ物の販売を停止。最終的に数十万円に上る赤字を計上した。また、この影響でこの年の運動会では、接待部門はその場で調理をする食事の提供が禁止され、業者の調理パンを事前の学内の購入希望者に対し定数販売するのみで来校者への販売は無し、という方式をとった。

2006年の文化祭では飲食部門(旧接待部門)の調理は復活したものの、展示団体のいわゆる飲食展示はほとんど行われなかった。

文実の各部門は以下の通り(委員長の方針により変動がある)。

  • 総務局 - 全体の包括的な仕事を行う。2006年度は従来の広報、相談も兼ねている。
  • 会計局 - 文化祭における予算の配分を行う。
  • 運営部門 - ごみの回収分別、受付や本部インフォメーションの管理など、来場者向けの業務を行う。
  • 統制部門 - 警備をするほか、中庭に設置されたステージでの企画部門のイベントに一部参加する。(旧会場部門)
  • 飲食部門 - 飲食物の調理、販売を行う。又、飲食展示の衛生管理と統括を担当。
  • フロンティア部門 - 体育館における小規模展示(フロンティア展示と呼ぶ)の受付と支援を行う。(2000年度(第52回文実)が創設)
  • 美術部門 - 文化祭につかわれる巨大なパネルを製作する。正門のパネル群や中庭舞台はすべて彼らの仕事である。
  • 行事部門 - 中庭、講堂でのイベントの企画、実行をする。
  • 展示部門 - 教室、実験室等を用いた中~大規模展示の受付と支援を行う。
  • 相談部門(廃止) - 文実と一般生徒との確執が強まった結果、溝を埋めるために作られたが、幅が大きく抽象的な活動を行うため、規模を縮小するよう、総務局に統合した(2004年度(第56回)創設)。

[編集] 運動会

文化祭に比べて校外からの来場者数は少ない。運動会実行委員会(通称:運実)によって企画、運営される。文化祭が終わると直ぐに運実委員長・会計局長を選出する選挙を行い、文実と同様の手順で運実を結成する。普通高校2年生のペアが立候補するが、しばしば高校1年や高校3年生の候補も現れる。予算は200万円ほど。かつて「運動会を行わない」という公約で当選した高校3年生がいたが、「運動会を行う」という候補の得票した総数が当選候補者の得票よりも多かったのでその候補者が「運動会の是非」を再度選挙で問うた結果、運動会開催希望が運動会不希望を僅差で上回ったため当選候補が自主的に解散し、再選挙で新たな候補が選任されその年の運動会が開催されたという事例があった。また、運動会予算のうち20万円近くが文集予算として申請されている。

文化祭に比べて生徒の意識は全体的に低く、当日さぼって競技に参加しない生徒や、競技時間以外は学外でカラオケをするなどして時間をつぶす生徒も多い。文化祭への参加は完全な自由意思に委ねられているのに対し、運動会はクラス単位で無理やり競技に参加させるため個々の生徒の意識の差は大きく、前述のように「運動会を行わない」という候補が運動会委員長に当選する事態も巻き起こした。過去に校庭グラウンド改修工事により夢の島競技場を借りて運動会を実施したことがあった。

特色の一つとして、周辺の公道の使用許可を取り事前に希望した生徒が数キロを走る、ロードレースという競技がある。また徒競走はない。クラス対抗の縦割りによる応援団が結成されエール交換を行う。

運実の各部門は以下の通り(委員長の方針により変動がある)。文実の項に無いものを挙げる。

  • 美術部門 - ステージ等の装飾、垂れ幕等を製作する。
  • 企画部門 - 過去の競技の改良、新競技の発案を行う。
  • 審判部門 - 企画部門の作成した競技に応じてルールブックを製作し、当日の競技の審判を担当する。
  • 保健部門 - 当日、怪我をした生徒・来校者の治療をする。治療のレベルは毎年高いといわれる。

また、正確には部門ではないがそれに準ずるものとして応援団がある。

  • 応援団(援団) - クラスごとに組織され、競技直前に掛け声をかけて士気を上げたり、競技の作戦を決めたりエール交換でダンスをしたりしている。

2006年度は9月30日に運動会を実施したが、2007年度は運動会が中止となっている。

[編集] 予算委員会

全校生徒から集められる1300万円の生徒活動費を、管理・分配する委員会。中1から高2までの各クラスから正副の2名が選ばれる。内部には議長団及び事務局という機関が存在し、毎年度最初に行われる本会議で、議長団の構成員として議長・副議長・書記2名が、事務局の構成員として事務局長・副事務局長・事務局員十数名が予算委員の中から選出される。ちなみに議長団の構成員は予算委員ではなく、4月に予算委員になり、最初の本会議で選任されて委員を辞めて新たに所属クラスは委員を出す。事務局・議長団の構成員は例年ほぼ無風で決まることが多い。

予算委員会の予算を監査する団体は無く、事実上予算委員の良心にまかされている。

又、部活動としてでなくても、一定の条件を満たせば誰でも予算委員会に書類を提出し、クラス決議での過半数以上賛成の認可を受けて「予算委員会特別予算被配分団体」として、予算委員会経由で生徒活動費から予算を得て活動することができる。この制度を利用して有志文集を作るという活動が行われたり、「麻布自治を考える会」が何度かビラを配り、会合を行ったりした。ここから自治連盟発足の流れが生まれた。

[編集] 選挙管理委員会

少なくとも年二回行われる選挙を管轄する団体。各クラスから委員1名が選ばれる。選挙方法は、登下校時に支持者が生徒を待ち構えてビラを配り、休み時間に教室を回って候補者の主張を行うというのが一般的。又、支給される選挙費用を使って学校中にポスターが貼られる。学校側が選挙のために時間を割くのは投票時だけであり、しばしば討論会が開かれるが、これも昼休みや放課後に行われる。

2003、2004年度は各団体の規約改正選挙や文集選挙等があった。

選挙管理委員会規約には、一定数の生徒の署名に応じて、あらゆる規約に対して上位決定権を持つ「全校投票」を行わなくてはいけないという項目がある。この制度を利用して、文実・運実の文集のコスト削減を求める通称「文集選挙」が行われた。これには、以下のような理由があった。

  • 予算案に対し全面賛成か全面否定しかできないという欠点の為、文実運実予算内の高額な文集予算の削減を予算委員会経由では主張できない。
  • サークル連合から各サークルへの予算分配率(サークルの請求に対してサークル連合が払う額の割合)が年々低下しており、文実・運実の予算を削減して各サークルに回すべき。

[編集] サークル連合

加盟する各サークルのサークル連合担当等から構成される団体。現在は50近いサークルが加盟している。サークル活動による予算申請は全てサークル連合を通して行われる。議決権はサークル単位で存在する。3学年以上にわたる7人以上の生徒と最低1人の顧問がおり、部員定数をそろえた活動はサークルとして認定される。顧問就任を要請する段階で教師による「活動が学内公認活動に値するか」というチェックはされるものの、それが満たされれば、予算配分などはサークル連合を主体とした生徒に任されているため、特に文化系では教師はあまり活動内容に口を出さないことが多い。

年々予算分配率(サークルからの請求額に対する支給額。足りない分が部費で賄われる)が下がっていることを問題視する生徒は少なくない。これは膨大な額の文化祭や運動会の予算が全額生徒活動費から出されている為である。この意見に反対する者は、文化祭予算の大半は展示の主流である部活展示の赤字補填に使われている事を理由に上げる。

[編集] 麻布の特殊なサークル

  • 地歴部:昭和14年に「地理研究会」として発足、以来、連綿70年以上の歴史を誇る。中学、高校の文化部としては稀に見る息の長さである。卒業後、地理歴史の分野で活躍するOBも少なくない(小島毅、近藤成一、早乙女雅博、寺阪昭信、松澤裕作、他)。OBは「よもぎ会」という会を作って、活動しており、現役と交流するときは爺孫が共に楽しむ雰囲気がある。
  • 硬式テニス部・硬式テニス同好会:テニス部とテニス同好会が存在し、テニスコート等を上手くシェアして両者が共存し活動を行っている。他にソフトテニス部も存在する。
  • 麻布パーソナルコンピュータ同好会 (APCC) :プログラムの開発を中心に活動する部活。先輩が講座を開き後輩に伝達する手法を取っており、BASICやC言語といった基本的な言語の習得と、Windowsや3Dライブラリ、WebプログラムのようなAPIの習得をバランスよく行う。アセンブラなどのハードウェア寄りにも強い。 東京工業大学主催のスーパーコンピューティングコンテストによく出場し、何度か優勝経験も持つ。特に大会で初めてアジアからチームを招いて開催した2004年度は選抜チームを送り込んできた中国に残り3秒で僅差の逆転優勝を達成し、各メディアに大きく取り上げられた。
  • ダンス部:2002年から文化祭等に参加しており、女子校等の多くのダンス部と違い、所謂創作ダンス/集団表現ではなく、ストリートダンスの部活である。一部の部員が2004年に学校へ行こう!MAXに出演した。
  • ゴルフ部:柔道部から派生。最近新設され、初年度から大量の予算(コースを回る費用等)を通している。
  • 物理部無線班:他の班である天文班、化学班、生物班等がそれぞれ天文部(2007年度をもって廃部)、化学部、生物部として独立し、物理部には無線班しか存在しなくなったため事実上独立したという形になっているが、現在も物理部の名称を冠している。地歴部と同様、歴史の長いサークルである。アマチュア無線局の識別信号はJA1YDDであるが、旧来の活動であるアマチュア無線は近年行われておらず、PIC16Fシリーズ74シリーズを主に用いた電子工作(小規模なロボット、デジタル論理回路の製作)が主流となっている。
  • アーチェリー部:中学、高校でアーチェリー部がある学校は少ない。そのため、中学生は全員全国大会からの出場である。学内に広い練習場がないため、毎週末スポーツセンターに出かけて長距離を射っている。
  • オセロ部:中学、高校では全国唯一と思われるオセロ専門のサークル。顧問は元オセロ世界チャンピオンの英語教師、村上健九段。オセロ部への入部の為に入学してきた生徒も多数存在する。
  • 将棋部:全国屈指の強豪部である。2000年にオール学生選手権団体戦で優勝(同大会における高校チームの優勝はこの1度だけである)。また2000年にキリンビバレッジ主催キリンビバレッジ杯団体戦も優勝を果たしている(同大会はオール学生選手権と同じ形式の大会で高校チームの優勝は2003年の東海高校の優勝と2000年の麻布の優勝だけである)。2001年には高校竜王戦優勝者を輩出。高校将棋選手権団体では11回優勝している(この優勝回数は過去最高である。ただし、1998年の優勝以降優勝からは遠ざかっている)。将棋部への入部の為に入学してくる生徒もしばしばいる。
  • チェス部:中学・高校でチェス部のある部は非常に少ないが、それゆえに一般棋戦に参加することが多く、好成績をあげている。麻布卒業生が現在の日本チェスチャンピオンであり、彼は麻布在籍時(高校2年生)に最年少日本チャンピオンとなった。総じて部員のレベルは高く、名実共に日本トップクラスである。2006年アジア競技大会の選手として、チェス部の高校生2名が選ばれた。
  • オリエンテーリング部:通称OL部。中学・高校でオリエンテーリング部が存在する学校は少なく、そのためかインターハイでも過去数度優勝している。2009年度も前年度に続きJWOC(Junior World Orienteering Championships)の日本代表を輩出。
  • 化学部:文化祭時に、毎回スライムを配布することで有名。また、部の交流を深めるということで、自炊の合宿をする部活である。

部の存続に教師の意志が関わらないので、多くの中学校・高等学校に存在し、麻布にも存在した放送部や新聞部が部員減で消滅している。特殊な所では相撲部が立ち上げられた事もあったが、これも現在は休部となっている。

[編集] その他の生徒活動

  • 自治連盟・自治連合

予算・選管・サークル連合には厳格な規約が存在するものの、文実・運実には存在しない為生まれる軋轢等(主に予算関連で締め付けが出来ないという事)から、生徒自治の全般を包括的に扱う組織として2005年度には自治連盟が発足し、この中に文実・運実を入れる事で自治連盟規約による押さえ込みなどが図られた。しかし翌年には自治連盟をより本格的な自治連合に作り替えた際、構成員がほぼ文運実系の人物で構成されたため、いずれ文運実系の自治乗っ取りが起こるのではないかと危惧され、解散させられた。

これには氷上現校長の「生徒代表が不明なため、生徒全体にとの対話の窓口が存在しないかのように見え、教師側からの意見提起がしにくい。」という意向も大きく関係している。しかし、十分には機能しておらず、各機関のセクショナリズムを打開できていない。他にも校長は、現在は自治活動において中立性を伴って意見提起をする場所が減っている(前述の新聞部等)と指摘する。

  • 卒業アルバム委員

高校の卒業アルバムも生徒の手によって制作される。卒業アルバムの制作時期は大学受験勉強の追い込み時期とちょうど重なるにも関わらず、受験勉強の合間を縫って、もしくは現役の受験勉強をあきらめて、制作に携わる生徒が多数いる。完全に生徒の手によって作られるので、基本的に学年によって全く違う卒業アルバムが誕生する。

  • 屋上問題

校舎の屋上はかつて終日生徒に開放されていたが、屋上から火のついたタバコの吸殻や金属製のちりとりを投げたりした生徒がおり、近隣住民からの苦情などで問題となったため、1997年には屋上が閉鎖されるに至った。その後有志の生徒により屋上委員会が結成され、屋上開放を求める署名活動などを行った結果、2000年から昼休み限定で屋上が開放されることとなった。2001年以来例年5月には屋上で、屋上問題についての生徒の意識を高めるための「屋上セレモニー」が行われている。

[編集] 入学試験

麻布は近年2月1日に入学試験を実施し、2月3日に合格発表を行う日程を採っている。入学試験は教員のみによって行われる行事であり、問題の作成から採点まですべて教員の手によって行われる。麻布では縁故入学や推薦入学などを一切認めておらず、採点の方法も公表していないが教員によれば「半数以上の教員がグルにならないと不正が出来ない」システムによって公平に採点されているという。解法に制限はなく、三角関数を使おうが微積分を使おうが、正しい論理に従い正確に解答を導けば正解となる。

入学試験は国語、算数、社会、理科の4教科で昼食を挟んで行われる。国語、算数は試験時間60分で60点満点、社会、理科は試験時間50分40点満点である。

年々受験者が増え、2007年は受験者が1000人を上回った(1004人)。

生徒は入試前に教室の清掃を教員から申し付けられるが、真面目に清掃する生徒はあまりおらず、教師の手によって清掃が行われたり、業者の手が入ることもある。また、麻布の机は落書きが多いだけでなく、ところどころに穴が開いている机も珍しくないため、入試時には使用される机に机より一回り大きい分厚い下敷き(板)が置かれる。

かつては、入試前に身体をほぐすため、受験生にラジオ体操をさせていたのも麻布の入学試験の特色であった。また、2月1日に大雪が降り交通機関が麻痺したこともあったが、受験生を可能な限り受け入れるため受験時間を大幅にずらして入試を実施している。

[編集] 教員の活動

麻布では学校行事のほとんど全てのことを生徒自身で行うため、教員の活動は基本的に生徒活動の相談役・サポートとなる。そんな中でも教員主導によって行われる対外的な活動は存在する。

  • 入学試験

教員のみの手によって行われる対外的な行事としては唯一のもの。

  • 教師演芸会

文化祭内の企画として、講堂において毎年教師演劇会が実施される。文化祭自体は生徒主体の活動であるため、厳密には教員の活動にはあたらないが、文化祭の中では在学生に特に人気のあるイベントである。構成は、前半の個人芸の披露と、後半の寸劇から成る。新任教師は個人芸パートに参加することが義務とされる。寸劇は含蓄のあるストーリーが選ばれる。なお、2009年度は「銀河鉄道の夜」だった。

  • 論集

これも厳密な意味では教員の活動にはあたらないが、論集の存在は麻布の大きな特色のひとつである。論集は生徒が書いた様々な文章を掲載する冊子であり、年に1度発行される。レポートで集めた文章から良質な文章を掲載する例と、生徒自身が論集に投稿し採用される例の大きく2つに分けられる。別冊が付随することもあるが、大体300ページから500ページほどの冊子である。

掲載される文章は様々だが、創作小説や楽譜、旅行記、歴史等の調査結果、社会的事件に対しての分析、制作した美術工芸品の写真、プログラムコードなどが一般的に掲載される形式である。生徒の投稿に関しては、それに対して教員のコメントが添えられることも多い。またコンテストなどで成果を出した生徒や授業中に素晴らしい発表をした生徒に対し、教員が依頼して体験記を執筆してもらい掲載することもある。

論集の編集は教員が行い、教員の手によって全校生徒に配布されるが、対外的には発行されていない。

[編集] 中学校・高校関係者一覧

[編集] 関連書籍

  • 川又一英 『麻布中学と江原素六』 新潮新書
  • 村上龍 『希望の国のエクソダス』 文藝春秋 - 登場する学生は麻布学園の生徒への取材から作られた。

独自に麻布文庫と称して学校に関係する事柄や教師の著作物を書籍化している(「文庫」と称しているが、判型としては新書に近い)。事務室で販売されている。

  • 加藤史朗 - 『江原素六の生涯 』
  • 斎藤嶢 - 『銅版画家 長谷川潔』
  • 都司嘉宣 - 『地震・津波の話』
  • 松元宏 - 『メキシコ・中米一人旅』
  • 山賀進 - 『君たちの地球はどうなっているのか そして、どうなっていくのか -かけがえのない地球-』
  • 麻布学園国際交流委員会編 - 『ぼくたちは冒険する・麻布生の異文化体験記』
  • 原口宏 - 『まんぼう君 海に潜る』
  • 金昇俊 - 『ナショナリズム イデオロギー 宗教』
  • 田邊肇 - 『いきあたり ばったり -僕と「麻布の自由」の物語』
  • 菅野正則 - 『諸葛孔明』

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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