寺沢 武一(てらさわ ぶいち、男性、B型、1955年3月30日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校卒業。
[編集] 略歴
浪人時代、他に仕事が無かったことから、漫画家を志す。本来は医学部志望だった。
[編集] 特徴・逸話
- 作風にアメコミの影響が強く見られる。また『コブラ』『カブト』等における東洋・日本文化描写もむしろ欧米作品風である。ただし日本人から見ての話であり、欧米人から見れば日本的な作風との事。
- 作画技法に凝ることで知られ、エアブラシやコンピュータグラフィックス効果を用いる。2次元コンピュータグラフィックスを初めて連載漫画の原稿作成に導入したパイオニア的存在としても知られている。カラー原稿は、背景の隅々にまで手が入れられており、漫画原稿にかかわらず単品のポップアートとしても通用する領域に達しており、海外における評価も高い。
- デビューした1970年代当時としては、女性キャラクターの露出度が非常に高く、少年漫画誌への掲載には物議を醸した。しかし絵のクオリティの高さに女性ファンも増加することで次第に沈静化した。また主人公がクールで格好いい性格にもかかわらず、ルックスは3枚目というのも異色であった。
- 手塚治虫を師と仰いでいる。当初はアシスタント募集に一度落とされたが、手塚自身が寺沢の絵を気に入り採用を決めたと言う。
- 『コブラ』第一巻の後書きは師・手塚治虫。曰く「彼の絵は緻密で丹念である」
- 荒木飛呂彦の漫画『魔少年ビーティー』の「ビー・ティー」は寺沢のイニシャルが元となっている。
[編集] 作品リスト
[編集] 師匠
[編集] アシスタント経験者
[編集] 関連項目
[編集] 外部サイト