東野圭吾

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東野 圭吾
誕生 1958年2月4日(51歳)
大阪府大阪市
職業 小説家
国籍 日本
活動期間 1985年 -
ジャンル ミステリーサスペンス
代表作 容疑者Xの献身
秘密
主な受賞歴 第31回江戸川乱歩賞
第52回日本推理作家協会賞(長編部門)
第134回直木賞
第6回本格ミステリ大賞(小説部門)
処女作 放課後
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東野 圭吾(ひがしの けいご、1958年2月4日 - )は、大阪府大阪市生野区生まれ(本籍東区玉造・現中央区)の日本の小説家

目次

[編集] 略歴

学生時代
1958年生野区に生まれる。当時の街が1999年に刊行された『白夜行』の舞台となっているなど、作品には自身の体験が幅広く取り入れられている。以来その地で育ち、大阪市立小路小学校大阪市立東生野中学校に進学。この頃の体験などを綴った自身の随筆『あの頃僕らはアホでした』などによると、成績は「オール3」であり、また読書少年でもなかったそうだ。
その後大阪府立阪南高等学校に入学し2年生になった1974年、偶然手に取った小峰元『アルキメデスは手を汚さない』を読み、推理小説に初めて嵌る。同時に江戸川乱歩賞の存在を知り、さらに松本清張の著作を読み漁るようになり、やがて推理小説を書き始める。処女作は『アンドロイドは警告する』だが、現在まで内容は公開されていない。
卒業後は一年間の浪人を経て、大阪府立大学工学部電気工学科に進学。大学在学中はアーチェリー主将を務め、デビュー作『放課後』でもアーチェリーが題材となっている。
大学卒業後
その後1981年に日本電装株式会社(現デンソー)に技術者として入社。勤務の傍ら推理小説を書き、1983年に『人形たちの家』を第29回乱歩賞に応募する。結果は二次予選通過であった。この頃結婚するが、当時の夫人の職業が女子高非常勤教師であったため、『放課後』の主人公、前島を女子高勤務にすることを思い付く。
1984年の第30回乱歩賞では、『魔球』が最終候補作にまで残るも落選。翌年1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家としてのキャリアをスタートさせる。1986年には退職し、3月に上京。以後は、専業作家としての道を歩むこととなる。
専業作家後
作家となってからは、著作が増刷されずに終わることも珍しくないなど、なかなかヒットに恵まれず、また文学賞も15回も落選するなど、厳しい時代が続いたが、1996年に『名探偵の掟』で『このミステリーがすごい!1997』の3位になるなど、にわかに注目を集め、1998年に『秘密』を刊行すると、一気に大ブレイク。同書は映画化されたほか、第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞する。
以後2006年『容疑者Xの献身』で第134回直木賞、第6回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞するなど着実に評価を高めてゆく一方で、作家版の長者番付でも上位に顔を出すようになるなど、人気作家の仲間入りを果たした。
2009年5月に行われた日本推理作家協会の特別理事会で大沢在昌の後任の理事長として選出され、同年6月1日付で就任する。

[編集] 受賞歴・候補歴

太字が受賞。

  • 1983年『人形たちの家』第29回江戸川乱歩賞二次予選通過
  • 1984年『魔球』第30回江戸川乱歩賞最終候補
  • 1985年『放課後』第31回江戸川乱歩賞受賞
  • 1988年『学生街の殺人』第9回吉川英治文学新人賞候補・第41回日本推理作家協会賞(長編部門)候補
  • 1990年『鳥人計画』第11回吉川英治文学新人賞候補
  • 1991年「天使の耳」第44回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)候補
  • 1992年「鏡の中で」第45回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)候補
  • 1993年『ある閉ざされた雪の山荘で』第46回日本推理作家協会賞(長編部門)候補
  • 1993年『交通警察の夜』第46回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)候補
  • 1996年『天空の蜂』第17回吉川英治文学新人賞候補
  • 1997年『名探偵の掟』第18回吉川英治文学新人賞候補
  • 1999年『秘密』第120回直木三十五賞候補・第20回吉川英治文学新人賞候補・第52回日本推理作家協会賞(長編部門)受賞
  • 2000年『白夜行』第122回直木三十五賞候補
  • 2001年『片想い』第125回直木三十五賞候補
  • 2003年『手紙』第129回直木三十五賞候補
  • 2004年『幻夜』第131回直木三十五賞候補
  • 2006年『容疑者Xの献身』第134回直木三十五賞受賞・第3回本屋大賞4位・第6回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞
  • 2008年『流星の絆』第43回新風賞受賞

[編集] 「このミステリーがすごい!」入賞作品

[編集] 作風

  • 初期の作風は、学園物・本格推理・サスペンスパロディエンターテイメントなど多彩。エンジニア出身であるためか、原子力発電や脳移植などの科学に通暁した作品も多い。
  • その一方でスポーツにも関心があり、大学時代には部の主将を務めていたアーチェリーや中学時代にやっていた剣道野球スキージャンプスノーボード等を題材にした作品もある。
  • シリーズキャラクターを必要最低限しか使わないことでも知られていて、『赤い指』『卒業』『私が彼を殺した』『悪意』『眠りの森』などの加賀恭一郎、『探偵ガリレオ』『予知夢』『容疑者Xの献身』の湯川学など数えるほどしかいない。また、同じ主人公でもストーリーはそれぞれ独立しているので、刊行順に読む必要はない。
  • 推理小説というジャンルそのものや出版業界に対する批判・皮肉をユーモアを交えて描いた『名探偵の掟』『名探偵の呪縛』『超・殺人事件』などを発表している。
  • 推理小説に関しては、作品を重ねるごとに徐々に作風が変化している。初期の本格推理のような意外性に重きを置いた作品が減少し、社会派推理小説のような現実的な設定に拘るようになる。1986年の『白馬山荘殺人事件』では「密室だとか暗号だとかの、いわゆる古典的な小道具が大好きで、たとえ時代遅れだといわれようとも、こだわり続けたい」と語り、本格推理小説の「お約束事」を好む発言をしていた。ところがその4年後には『名探偵の掟』のプロローグとエピローグに当たる『脇役の憂鬱』を発表。そのような「お約束事」に疑問を抱くようになる。1990年の『宿命』で「犯人は誰か、どういうトリックかといった手品を駆使したそういう謎もいいが、もっと別のタイプの意外性も想像したい」と語り、2人に課せられた宿命という意外性を読者に示した。それ以降東野の推理小説は『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』などのフーダニットを重視した作品や、『探偵ガリレオ』『予知夢』などのハウダニットを重視した作品などスタイルを大きく転換することとなり、ミステリーの枠を広げる試みを続けている。近年は、社会性に重きをおいた作品が多い。『容疑者Xの献身』は高い評価と同時に、一部から強い批判も浴び議論を巻き起こした。

[編集] プライベート

  • 客室乗務員をしている姉と、教師をしている姉がいる。彼女たちの職業を参考にして『殺人現場は雲の上』、『浪花少年探偵団』シリーズを執筆した。(自作解説より)
  • 結婚歴があるが、現在は独身。 
  • 遠い血縁関係に萩原智子がいる。彼女の結婚式にも招待された。
  • 猫を飼っている。名前は「夢吉」。捨て猫であったのを拾ったとのこと。また、その猫の写真は一時期公式サイトの背景として使用されていたほか、エッセイ『夢はトリノをかけめぐる』では人間に変身してスポーツに挑戦したり(もちろんフィクション)、『たぶん最後の御挨拶』のカバーにもなっている。しかし『夢吉』と名付けたが、がっかりするくらいつかえない猫だと同書で語っている。
  • 近年は銀座の文壇バーによく行く。大沢在昌奥田英朗らはそこでの飲み仲間でもある。(「野性時代」2006年2月号)
  • 怪獣が好き。
  • 映画監督になろうと思っていた時期があった。『あの頃ぼくらはアホでした』には、「いまでも映画監督を夢みている。だが、小説家で我慢している」といった趣旨の文がある。

[編集] エピソード

  • 映画好きで映画監督になりたかったこともあった。自作の映像化に関しては寛容である。なお、自作を原作とした映画『秘密』と『g@me.』に一場面だけ出演している。また学生時代には自分で映画を撮ったこともある。
  • 受賞直後の記者会見では、「落ちるたんびにやけ酒飲んで、みんなで選考委員の悪口言って、普通の人はできない面白いゲームやったな。今日は勝てて良かった」と発言した。
  • かつては双葉社とは「小説推理」誌上で「むかし僕が死んだ家」「悪意」を連載するなど良好な関係にあった。しかし長編「ゼブラの夏」連載途中に編集者と衝突し(掲載誌目次に「ジラフの夏」と誤記されるなどコミュニケーション不足が遠因とされる)、結局東野の意向により未完のまま連載打ち切りとなった。東野の作家人生において唯一の未完成長編とされ、それ以降、東野と双葉社とは疎遠になっている。

[編集] 作品一覧

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