藤原竜也

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ふじわら たつや
藤原 竜也
本名 同じ
生年月日 1982年5月15日(27歳)
出生地 埼玉県秩父市
国籍 日本
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 舞台映画テレビドラマなど
活動期間 1997年 - 現在
主な作品
舞台
身毒丸
大正四谷怪談
近代能楽集~弱法師~』
ハムレット
ロミオとジュリエット
天保十二年のシェイクスピア
ムサシ
映画
バトル・ロワイアル
デスノート
テレビドラマ
新選組!
古畑任三郎ファイナル

藤原 竜也(ふじわら たつや、1982年5月15日 - )は、日本俳優。所属事務所ホリプロ血液型A型埼玉県秩父市出身。秩父市立秩父第二中学校卒業。堀越高等学校中退(本人曰く、4日で中退)。

目次

[編集] 略歴

1997年 蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』主役オーディショングランプリを獲得し、デビューバービカン・センターロンドン)での公演にて、「15歳で初舞台とは思えぬ存在感で天才新人現る」と大絶賛され[1]、 翌年の凱旋公演でもその迫力を見せ付けた。

2000年 映画『バトル・ロワイアル』の主演に抜擢され、一般に知名度が高まった。

2003年 日本演劇史上最年少21歳でタイトル・ロールを演じた舞台『ハムレット』で、主な演劇賞を総嘗めにした。

2004年 『新選組!』でNHK大河ドラマ初出演。

2005年 リンカーン・センターニューヨーク)にて舞台『近代能楽集~弱法師~』の俊徳役を好演し、NYタイムズでも評価を受けた[2]

2007年 2月 - 6月まで仕事を一時休業し、ロンドン留学していた。帰国後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのグレゴリー・ドーラン演出の舞台『ヴェニスの商人』に出演。

2008年 ジョン・F・ケネディ・センターに於ける『身毒丸ワシントンD.C.公演にて、2002年のファイナル公演以来6年ぶりに身毒丸役を演じ、ワシントン・ポストなどの地元各紙で高い評価を受けた[3]

2009年 井上ひさし作、蜷川幸雄演出による新作舞台『ムサシ』で宮本武蔵役。

[編集] 人物

[編集] 家族・性格・サイズ

竜也という名前は、祖父の「天に昇る竜の如くすくすくと育つように」との想いから、命名された。父親は単身赴任が多く、ほとんど家にいなかった。母親は秩父で飲食店を経営している。顔は母親似。3人兄姉の末っ子で、兄と姉がいる。11歳の時に姪が生まれ、若くして叔父になった。

掴み所のない、自由奔放な性格。仕事に関してはとても真面目だが、それ以外は本人曰く「物凄くいいかげんで適当」「私生活はボロボロ」。蜷川幸雄曰く、「集中力があって、真面目で努力家。ストイックで、役の事しか考えられない」[4]

身長178cm、体重55kg、チェスト82cm、ウエスト75cm、ヒップ:86cm(公式HPより)。

[編集] 趣味・嗜好

特技はサッカーで、埼玉県中学校大会best4まで勝ち上がった事がある。サッカーは浦和レッズ野球埼玉西武ライオンズファン。趣味はダーツ読書など。ダーツは02年頃から夢中になったらしく、一時期はテレビ番組に出演する度に、ダーツの話をしていた。好きな作家夢枕獏漫画では『ONE PIECE』が好き。水泳が苦手で、本人曰く「25mくらいしか泳げない」らしい。また、高所恐怖症である。

好物は焼肉クリームシチュー蕎麦納豆など。幼少時は非常に偏食家だったが、成長するにつれて克服した。だが牡蠣は、今でも苦手。また、『食わず嫌い王』に出演した際には、アワビの「生臭さが苦手」と告白した。かなりの酒豪である。大勢で呑むよりは、1人や数人で呑む方が好きとのこと。特に焼酎を好む。ヘビースモーカー

好きになった人がタイプ。また、08年に出演した『ボクらの時代』の中で、普段は干渉せず自由にして置いて欲しいが、甘えたい時は傍にいて欲しい、という(本人も自分勝手だと認める)恋愛観を語っている。

父と兄の影響で、幼少時から長渕剛の大ファン。

尊敬する俳優は、親交もある唐沢寿明大竹しのぶ。また、『新選組!』で共演して以来の親友である中村勘太郎を、同世代で最も気になる俳優として度々挙げている[5]


[編集] エピソード

初恋は中学1年生。相手は他校の先輩で、交際に至るも、3ヶ月で破局を迎えた。 中学の同級生には宝塚歌劇団星組彩海早矢がいる。

1997年3月 遊びに来ていた池袋の街角で、ホリプロ入社3年目の女性社員に『身毒丸』主役オーディションのチラシを渡される。その時は名前を聞かれただけで連絡先も聞かれなかったため、オーディションに応募していなかったら現在の藤原竜也は誕生していなかった。実はオーディションでは第1次書類選考の段階で落とされていたが、チラシを渡した女性社員が何度も合格書類に紛れ込ませ、第5次選考まで残る。最終審査で蜷川幸雄の面接と演技テストを受け、そのダメ出しの反応のよさと、何の色にも染まっていない演技に選考委員9名の票が集まり、応募総数5537名の中から見事グランプリに選ばれる。その女性社員は後に藤原の初代マネージャーになった。

1997年の『身毒丸ロンドン公演千秋楽前日に持病腰痛が悪化し、急遽千秋楽昼公演は代役を立てて行われた。夜公演もそのまま代役で行う予定だったが、それを知った藤原は蜷川に「どうしても舞台に立ちたい」と懇願し、それに蜷川が折れ、代役を舞台袖に待機させたまま藤原が舞台に立った。動く事すら出来なかった藤原は、それまでの公演を上回る鬼気迫る熱演を見せ「あの千秋楽は一生忘れられない、それくらい凄かった」と、蜷川は後に語っている。

2004年の『ロミオとジュリエット』東京公演の際にも、再び腰痛が悪化。特に12月11日の公演直後、全く足が上がらない状態になってしまった。しかし著名な整体の先生にかかった事で、翌日にはなんとか回復し、2005年2月25日までの約3ヶ月に及ぶ公演を一度も穴をあけることなく、やり遂げる事ができた。

深作欣二監督に才能を認められ、『バトル・ロワイアル』と監督の遺作となった『バトル・ロワイアルII 【鎮魂歌】』で共に仕事をしている。9・11の影響で制作が中止になった『愛と幻想のファシズム』など他にも何作か映画が制作される予定だったが、実現することはなかった。それについて本人は後に「映画の楽しさを教えてくれた方だった。もっと一緒に仕事をして、色々な事を学びたかった。でもそういう運命だったんだと思う」と語っている。

ハムレット』公演の際には、「絶対に成功しない」「無謀だ」など周囲の雑音が物凄く、非常にプレッシャーを感じていた。そのため、全公演終了後しばらく経ってから、円形脱毛症に悩まされた。

新選組!』で共演した鈴木京香にバレンタインにチョコをもらったという。しかし、隊士役の中でそのことを知っていたのは山本耕史だけで、山本には「アタックしろ!」と言われたとのこと[6]

2006年に出演した舞台『オレステス』では、役作りのため、デビュー以来初めてを伸ばした。

[編集] 出演

主演は役名を太字で示す。

[編集] 舞台

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] 連続ドラマ

[編集] 単発・スペシャルドラマ

[編集] バラエティ

[編集] ドキュメンタリー

  • 身毒丸と呼ばれた少年~ロンドン公演から生まれた15歳の天才役者(1998年6月8日、フジテレビ
  • いま、裸にしたい男たち~藤原竜也・18歳 何やってんだろ、俺(2001年2月23日、NHK BS hi
  • 蜷川幸雄×藤原竜也~ハムレットへの軌跡(2004年4月11日、WOWOW
  • プルミエール~総力特集 藤原竜也 in NY 23歳の挑戦(2005年8月24日、WOWOW
  • 地球危機2008 何気なく暮らしている人たちへ(2008年1月4日、テレビ朝日)※リポーター
  • スポーツ大陸(2008年4月 - 2009年3月 、NHK)※ナビゲーター
  • HVプレミアム8 偉大なるミステリー作家たち(1) エドガー・アラン・ポー 200年目の疑惑 ~探偵・明智小五郎の調査報告~ (2009年3月31日、NHK BS hi

[編集] ラジオ

  • 藤原竜也と妻夫木聡のチャレンジ・ナイツ(1999年5月 - 2000年3月、ニッポン放送
  • 藤原竜也のオールナイトニッポンSUPER(2000年7月28日、LF)
  • 藤原竜也inバトルロワイアルⅡ(2003年6月27日、LF)
  • SUNTORY THEATER ZERO-HOUR ゲスト 『美しい星三島由紀夫)』朗読(2004年4月19日 - 23日、J-WABE)
  • 日本昔ばなし~セブンイレブン フェアリー・ストーリーズ『宝くらべ』朗読(2005年6月26日、FM東京
  • 小栗旬のオールナイトニッポン ゲスト(2009年2月18日、ニッポン放送)[7]

[編集] CM

[編集] 声優

[編集] 映画

[編集] ゲーム

[編集] ナレーション

[編集] DVD

  • 『JUNK+FUNK』(2002年3月、ポニーキャニオン
  • 『moon』(2004年8月、ポニーキャニオン
  • 『世界ウルルン滞在記 Vol.5 藤原竜也』(2009年1月、CKエンタテインメント)
  • 『情熱大陸×藤原竜也』(2009年1月、ジェネオン エンタテインメント)

[編集] 写真集

  • 『1/f‐YURAGI』(1999年9月、フールズメイト)
  • 『Persona』(2000年6月、角川書店
  • 藤原竜也×妻夫木聡×三池崇史『SABU ガイドブック』(2002年10月、キネ旬ムック)
  • 『twenty ONE』(2003年11月、POTATO編集部・学研
  • 蜷川幸雄×藤原竜也×鈴木杏『Photo Book ロミオとジュリエット』(2005年2月、双葉社
  • 『no control』(2005年10月、文藝春秋
  • 『カメレオン OFFICIAL PHOTO BOOK』(2008年6月、太田出版
  • 藤原竜也×篠山紀信『竜也 いまの俺』(2008年7月、集英社

[編集] 著書

  • 『ボクらの時代 自分を「美しく」見せる技術』(中村勘太郎、高橋大輔との共著。2008年8月、扶桑社

[編集] 連載

[編集] 受賞歴

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ ホリプロ (2001年). "『身毒丸』藤原竜也×白石加代子". 2008年12月3日 閲覧。
  2. ^ NYタイムズ (2005年7月30日). "A Cycle of Destruction, From Love to Despair". 2008年12月3日 閲覧。
  3. ^ ワシントン・ポスト (2008年2月8日). "'Shintoku-Maru': At a Loss for Words". 2008年12月3日 閲覧。
  4. ^ 2005年8月24日放送『プルミエール~総力特集 藤原竜也 in NY 23歳の挑戦』(WOWOW)より
  5. ^ Weeklyぴあ(2008/7/10号) 藤原竜也100Q より
  6. ^ 2004年12月30日放送『新選組!隊士座談会 「どんと来い!? 新選組!」』(NHK)より
  7. ^ 小栗旬のオールナイトニッポン公式サイト2009年2月18日(#99)

[編集] 外部リンク