松原智恵子

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まつばら ちえこ
松原 智恵子
本名 漆原 智恵子
生年月日 1945年1月6日(67歳)
出生地 日本の旗 岐阜県揖斐郡池田町
民族 日本人
血液型 O型
ジャンル 俳優
活動期間 1960年 -
活動内容 テレビドラマ映画
配偶者 黒木純一郎(ジャーナリスト

松原 智恵子(まつばら ちえこ、本名;漆原 智恵子1945年1月6日 - )は、日本の女優。所属事務所は、グランパパプロダクション(過去に、日活株式会社→吉田名保美事務所→兒山美榮事務所に所属していた)。身長158cm、体重45kg。血液型O型名古屋市立桜台高等学校卒業、明治大学文学部(二部)英文科中退。特技は日本舞踊乗馬

目次

[編集] 人物・略歴

  • 実家は銭湯(現存)。
  • 俳優高橋英樹中尾彬竜崎勝は同期生。
  • 愛知県名古屋市出身[1]
  • 1960年、高校生の時に日活が行ったミス16歳コンテストに入賞し、副賞としての撮影所見学がきっかけでデビューする。日活時代は、主にアクション映画や青春映画のヒロイン役を演じた。1971年8月に日活の一般映画制作中断により日活を離れ、その後は主にテレビドラマに出演するようになる。現在[いつ?]は主に助演の役割が多く、精力的に活動している。
  • 1960年代を代表する名古屋美人の一人で、吉永小百合和泉雅子、とともに「日活三人娘」と呼ばれた。1967年のブロマイド売り上げでは、吉永小百合、藤純子 (現・富司純子)、和泉雅子、酒井和歌子内藤洋子などを抑えて、女優部門のトップになっている。都会派の可憐な清純派スターとして絶大な人気を誇り、全盛期の日活を代表する女優の一人だった。
  • 日活への入社が決まるや否や、父親が東京都調布市に一軒家を建ててくれ、お手伝いさんと二人で住み始める。
  • 16歳で軽自動車、18歳になるとすぐに普通自動車免許を取得、結婚前はかなりのスピード狂で高速道路で抜かれると『よくも!抜いたわね〜!(といった具合で)必ず抜き返していましたね』[2]と、出演した番組で語っている。

[編集] おもな出演作

[編集] テレビドラマ

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京

[編集] 映画

[編集] バラエティ番組

[編集] CM

[編集] ラジオ

  • 文化講演会(NHKラジオ 第二放送、2010年12月19日)

[編集] 脚注

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  1. ^ 日活時代の公式プロフィールなど多数。戦時中、名古屋大空襲を避けるため、母親が疎開していた岐阜県で生まれ、戦後、実家のある名古屋に戻った。
  2. ^ かつて出演した『いつみても波乱万丈』出演時のコメントより。

[編集] 外部リンク

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