筒井康隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

文学
画像:Lit.jpg
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社文芸雑誌
文学賞
作家
詩人小説家
その他作家

筒井 康隆(つつい やすたか、1934年9月24日 -)は日本小説家劇作家俳優ホリプロ所属。身長166cm。血液型はB型。

日本を代表するSF作家の一人で、小松左京星新一と並んで「SF御三家」とも称される。パロディやスラップスティックな笑いを得意とし、初期にはナンセンスなSF作品を多数発表。1970年代よりメタフィクションの手法を用いた前衛的な作品が増え、エンターテインメントや純文学といった境界を越える実験作を多数発表している。

父は草分け期の日本の動物生態学者で、大阪市立自然史博物館の初代館長筒井嘉隆。息子は画家筒井伸輔

目次

[編集] 経歴

[編集] 大学卒業まで

1934年、父・筒井嘉隆と母・八重の長男として、母方の実家である大阪府大阪市住吉区粉浜に出生。室戸台風が通過した三日後、大水害の真っ只中であった。生家は住吉区山坂町[1]で、後に弟が3人(正隆、俊隆、之隆)生まれ、男ばかりの兄弟で育つ。1941年、南田辺国民学校に入学。幼少期から漫画と映画に没頭し、小学生時代は『のらくろ』、エノケンに熱中。自分でも漫画を描いて他の子供に売りつけるなどしていた。また父が蔵書家であったことから読書好きとなり、小学生の頃は江戸川乱歩を愛読した。1944年、吹田市千里山に学童疎開し、千里第二国民学校に転校。地元の農家の子供から苛烈ないじめを受ける。終戦後の1946年、息子の成績不振を心配した父の計らいで大阪市立中大江小学校に転校。まもなく実地された知能検査で市内トップのIQ178であることが判明し、1年ほど設置された特別学級を受ける。

1947年、大阪市立東第一中学校(現在は統合で大阪市立東中学校)に入学。この頃から不良少年となり、授業をさぼって映画館に通い詰める。父親の金をくすねたり、母親の着物を勝手に持ち出して質屋に売り映画代を捻出していた[2]。その一方で手塚治虫に熱中し、赤塚不二夫藤子不二雄などとともに『漫画少年』誌の投稿欄の常連でもあった。1948年、児童劇団「子熊座」に入団、演劇への興味が芽生える。1950年、大阪府立春日丘高等学校に入学。演劇部の部長を務めるが学業は不振であった。春日丘高校はもともと女学校であったため女生徒の数が多く、筒井はここで女生徒からいじめを受けて女性への恐怖心を植え付けられたとしている[3]。この頃マルクス兄弟の映画に傾倒。受験勉強への反発から新潮社版世界文学全集を読破し、サルトルトーマス・マンの作品に影響を受ける。

1952年2月、関西芸術アカデミー研究科に研究生として入学。同年4月、同志社大学文学部心理学科に入学し、同志社小劇場に所属する。この頃カフカアルツィバーシェフヘミングウェイ等を愛読し影響を受けた。また潜在意識について興味を持ち、吹田市の実家から京都市までの電車での通学時間を利用して、日本教文社版のフロイト全集を読破。その後美学美術史学科に転じシュルレアリスムに興味を持つ。1954年、関西芸術アカデミーを卒業して青年劇団「青猫座」に入団。初舞台は飯沢匡の『北京の幽霊』。同年日活のニューフェイスに応募するも、面接のみの二次試験で落選している。しかし「青猫座」での演技は高評価を受け、1955年、大阪毎日会館で『二十日鼠と人間』主役を演じた際には、「東の仲代達矢、西の筒井康隆」と新聞に報じらた。1957年、大学を卒業。卒論は「心的自動法を主とするシュール・リアリズムにおける創作心理の精神分析的批判」。卒業後、展示装飾などを手がける乃村工藝社に入社し営業部に勤務。サラリーマン劇団「明日」に入団し演劇活動を継続する。

[編集] 執筆活動初期

1960年6月、ボーナスをつぎ込んでSF同人誌『NULL』を創刊。父と三人の弟が同人であり、康隆、正隆、俊隆がSF短編を、父嘉隆が家族の紹介文を、四男の之隆がカットを担当した。同人誌を出したのは当時SF小説を受け入れられるような新人賞がなかったためであるが[4]、うまくマスコミに取り上げられ、「筒井一家」紹介記事がたびたび新聞に掲載、また毎日放送のテレビ番組に家族総出で出演したりもしている。さらに『NULL』創刊号は江戸川乱歩の目に留まり、弟の作品や父による紹介文とともに『宝石』1960年8月号に転載、これが実質的なデビュー作となった。以降注文を受けてショート・ショートを各誌に発表しながら『NULL』にナンセンスなSF短編を発表していく。1961年、4年間務めた乃村工藝社を退社、美学部美学科時代の先輩の後を継ぐ形で大阪市北区にデザイン事務所「ヌル・スタジオ」を立ち上げる。事務所の向かいの煉瓦会社で働いていた眉村卓と知り合い、後に小松左京らも加わり、「ヌル・スタジオ」はSF作家、SFファンのたまり場となっていった。 また、雑誌『NULL』は筒井家以外のSFファンにも門戸を開き、小松左京、眉村卓、平井和正らのプロデビューしている作家らも参加。創刊翌年の1961年には、高校2年生の堀晃も参加した。(『NULL』はのち、筒井が主宰した第三回日本SF大会「DAICON」(1964年)のレポートを兼ねた11号で週刊した)

1962年、『SFマガジン』のSFコンテストで「無機世界へ」(後の「幻想の未来」の原形)が選外佳作となる。入選三席には小松左京、半村良がいた。翌年『SFマガジン』増刊号に「ブルドッグ」を発表し『SFマガジン』に初登場。1964年、第3回日本SF大会・大阪大会(DAICON)を主催、前年に創立されていた「日本SF作家クラブ」に参加し、SF作家との交流を深める。1965年、前年に脚本スタッフとして参加していたテレビアニメ『スーパージェッター』の商品化権料を多額に得、作家専業のめどが立つ。同年、小松左京夫妻の仲人で光子夫人と見合い結婚。直後に上京し専業作家となる。同年10月、初作品集『東海道戦争』出版。しかししばらくは生活が苦しく、1967年頃、心配した小林信彦より『小説現代』などの中間小説誌を紹介され、以後中間小説誌での発表が増えていった。

[編集] ナンセンスから前衛文学へ

筒井はそれまでのナンセンス、ブラックユーモアの作風に加え、1970年代から様々な文体を用いた実験的な作品を発表していき、次第に熱狂的なファンを獲得していった。初期のよく知られている作品には、社会風刺からナンセンスな笑いを引き出した「ベトナム観光公社」(1967年)、PTAによる悪書追放運動を批判した「くたばれPTA」(1966年)、高度経済成長期に勃興したウーマンリブ運動フェミニズムを揶揄した『女権国家の繁栄と崩壊』(1970年)、エスパー七瀬を通して家族の裏側を書く『家族八景』、俗物的な人間を徹底的に風刺した『俗物図鑑』(ともに1972年)、小松左京『日本沈没』のパロディ「日本以外全部沈没」(1974年)など。1970年の第1回星雲賞を長編部門、短編部門で独占してから計8度同賞を受賞し、日本を代表するSF作家の地位を確立した。また1968年から直木賞に三度候補として上げられたが(1967年『ベトナム観光公社』、1968年『アフリカの爆弾』、1972年『家族八景』)選考委員にSFに対する理解がなかったことから落選。筒井は後にこの経験から、作家志願者が文学賞選考委員を次々に殺していくスラップスティック作品『大いなる助走』(1979年)を執筆している。

1972年4月には東京から、妻の実家に近い神戸市垂水区に転居。筒井は両親と不仲であり、以降、「常識人」であった妻の親族たちとさかんに交際した。

1973年8月には、SFファングループ「ネオ・ヌル」を小笠原成彦、岡本俊弥大野万紀水鏡子らと結成。1974年の1月に「NULL」復刊第1号が発行。以降、この雑誌は、スポンサーが筒井、岡本俊弥を実質編集長として、刊行されることとなる。第二期「NULL」のウリは、「会員から応募されたショート・ショートにすべてに、筒井が的確な『寸評』を書いた」ことで、売れっ子作家であったこの時代に、新人の育成にこうして力を注ぐ筒井の姿は感動的である[5]。また、筒井が当時編集していた年刊傑作選『日本SFベスト集成』に、筒井は「NULL」掲載作から作品を選んだ。

また、この「ネオ・ヌル」グループをスタッフとして、筒井は大会名誉委員長として1975年8月に、日本SF大会「SHINCON」を神戸で開催。この大会のテーマは後に有名になる「SFの浸透と拡散」であり、山下洋輔によるピアノ演奏、舞台『スタア』(劇団欅)の上演、桂米朝による落語「地獄八景亡者戯」など、企画の大半は筒井の人脈によるものであった。1977年4月には「NULL」の最終号(7号)が刊行。なお、「ネオ・ヌル」出身の作家には、夢枕獏山本弘牧野修西秋生高井信らがいる。また、すでに「SFマガジン」でデビューしていたかんべむさしや、第一期「NULL」に参加していた堀晃も、「ネオ・ヌル」には参加していた。

一方で、1971年より純文学雑誌『海』に作品の掲載をはじめ、純文学の分野にも進出。また同誌の海外作家特集を愛読し、ガルシア・マルケスバルガス・リョサなど中南米の作家への興味を持った。1978年には大江健三郎の紹介から『海』編集長堤嘉彦の訪問を受け、中南米の文学について教示を受けるなどして大きな影響を受けた。同年、登場人物が自身を虚構内の存在だと意識しているという設定を持つ『虚人たち』で泉鏡花文学賞を受賞。これを皮切りに、擬人化した文房具が乗り込む宇宙船団を描き純文学作品として刊行した『虚航船団』(1984年)、夢をモチーフに独自の文学空間を切り開いた『夢の木坂分岐点』(1987年、谷崎潤一郎賞)、使用できる文字が1章ごとに1つずつ減っていく『残像に口紅を』(1989年)など、メタフィクションの技法を用いた言語実験的な作品を多数執筆。1990年代にも、文芸批評を下敷きにした学問小説『文学部唯野教授』、パソコン通信を使って読者の意見を取り入れながら連載された『朝のガスパール』(1992年日本SF大賞)など話題作を発表した。『残像に口紅を』『文学部唯野教授』2作連載時にはストレスで胃に穴を開け入院、入院中にハイデガーを読んで影響を受け、以後死や別れをモチーフにした作品も増えていった。

[編集] 断筆宣言以後

1993年、角川書店発行の高校国語の教科書に収録されることになった『無人警察』内の癲癇の記述が差別的であるとして、日本てんかん協会から抗議を受け、数度交渉を行ったのちに決裂。さらに角川書店が無断で『無人警察』を削除したことに怒り、『噂の眞相』に連載していたマスコミ日記「笑犬樓よりの眺望」上で断筆を宣言。断筆宣言は業界内でも賛否両論を起こし、長年の友人である大江健三郎(息子の大江光は癲癇の症状を持っている)からは、読売新聞紙上で「社会に言葉の制限があるのならば、新しい表現を作り、使っていくのが作家ではないか」との批判を受けている。同年10月、断筆に至る経緯を記した『断筆宣言への軌跡』を刊行。1994年4月1日、中野サンプラザにて山下洋輔らのジャズ演奏からなる「筒井康隆断筆祭」を開催。自身も演奏者として参加した。

断筆中の1995年に阪神・淡路大震災に遭遇し、神戸市垂水区の自宅が被災する事態に見舞われたものの、演劇活動に力を入れ、またホームページを開設し未発表作品の公開などを行なった。1997年、新潮社、角川書店、文藝春秋各社と出版社側で自主規制を行なわないことを確認する覚書を交わしたのち執筆再開、『邪眼鳥』で小説家復帰を果たした。執筆再開後はこれまでの作風に加えて、『わたしのグランパ』(1998年、読売文学賞)や『愛のひだりがわ』など、『時をかける少女』以来のジュブナイル小説や、還暦を過ぎたこともあり『敵』『銀齢の果て』といった老いをテーマにした作品も発表している。また断筆解除後はトレードマークであった眼鏡やサングラスを止め口ひげを伸ばしている。近年は東浩紀との交流からライトノベルに興味を持ち、2008年『ファウスト』にてライトノベル『ビアンカ・オーバースタディ』を掲載すると発表。掲載されれば最高齢のライトノベル執筆者となる。挿絵はいとうのいぢが担当(筒井公式ホームページより)。

[編集] 俳優としての活動

1981年8月9日、東京日比谷野外音楽堂にて、交友のあった山下洋輔らとともに、クラリネット奏者として『ジャズ大名セッション ザ・ウチアゲ コンサート』に出演。このとき観客に混じっていた、アートディレクターの鶴本正三(雑誌「スターログ」発行人でもある)に原宿ラフォーレでのイベントを依頼され、これをきっかけに劇団「筒井康隆大一座」を立ち上げる。翌年3月に自作『ジーザス・クライスト・トリックスター』を上演、筒井自身が主役を演じ、14日間の全日程すべて満席となった。翌年、名古屋、京都、神戸、大阪を巡業、以降も「大一座」は筒井の作品『スイートホームズ探偵』『人間狩り』などを上演し、1989年まで活動が続いた。1993年の断筆宣言以降は、執筆による収入が無くなることもあって俳優業に力を入れ、久世光彦演出の単発ドラマやCM出演など、それ以前よりも頻繁に映画、テレビに出演するようになった。断筆解除後の1997年にはタレントとしてホリプロと契約、執筆活動の傍ら映画やテレビドラマにたびたび出演している。1999年には蜷川幸雄の依頼でチェーホフの『かもめ』にトリゴーリン役で出演、2000年・2001年にも蜷川演出の三島由紀夫『弱法師』(『近代能楽集』)に主人公の義父役で藤原竜也と共演した。

[編集] 受賞歴

※『スタア』は演出:福田恆存荒川哲生による。

[編集] 著書

[編集] 小説

  • 東海道戦争(1965年、早川書房)のち中公文庫
  • 48億の妄想(1965年、早川書房)のち文春文庫
  • 時をかける少女(1967年、盛光社)のち角川文庫、ハルキ文庫
  • ベトナム観光公社(1967年、早川書房)のち中公文庫
  • 馬の首風雲録(1967年、早川書房)のち文春文庫
  • アフリカの爆弾(1968年、文藝春秋)のち角川文庫
  • アルファルファ作戦(1968年、早川書房)のち中公文庫
  • にぎやかな未来(1968年、三一書房)のち角川文庫
  • 幻想の未来・アフリカの血(1968年、南北社)のち角川文庫
  • 筒井順慶(1969年、講談社)のち角川文庫、新潮文庫
  • ホンキイ・トンク(1969年、講談社)のち角川文庫
  • わが良き狼(ウルフ)(1969年、三一書房)のち角川文庫
  • 霊長類南へ(1969年、講談社)のち文庫、角川文庫
  • 母子像(1970年、講談社)のち「革命のふたつの夜」と改題[6]、角川文庫
  • 馬は土曜に蒼ざめる(1970年、早川書房)のち集英社文庫
  • 緑魔の町(1970年、毎日新聞社)のち角川文庫
  • 三丁目が戦争です(1971年、講談社)イラスト:永井豪
  • 発作的作品群(1971年、徳間書店)
  • 脱走と追跡のサンバ(1971年、早川書房)のち角川文庫
  • 日本列島七曲り(1971年、徳間書店)のち角川文庫
  • 乱調文学大辞典(1972年、講談社)のち文庫、角川文庫
  • 家族八景(1972年、新潮社)七瀬三部作 part1 のち文庫
  • 新宿祭 初期作品集(1972年、立風書房)
  • 将軍が目醒めた時(1972年、河出書房新社)のち新潮文庫
  • 俗物図鑑(1972年、新潮社)のち文庫
  • 農協月へ行く(1973年、角川書店)のち文庫
  • おれの血は他人の血(1974年、河出書房新社)のち新潮文庫
  • 暗黒世界のオデッセイ 筒井康隆一人十人集(1974年、晶文社)のち新潮文庫
  • おれに関する噂(1974年、新潮社)のち文庫
  • 男たちのかいた絵(1974年、徳間書店)のち新潮文庫
  • ウィークエンド・シャッフル(1974年、講談社)のち文庫、角川文庫
  • デマ 実験小説集(1974年、番町書房)
  • ミラーマンの時間(1975年、いんなあとりっぷ社)のち角川文庫
  • 七瀬ふたたび(1975年、新潮社)七瀬三部作 part2 のち文庫
  • 村井長庵 歴史・時代小説集(1975年、番町書房)
  • 笑うな ショート・ショート集(1975年、徳間書店)のち新潮文庫
  • メタモルフォセス群島(1976年、新潮社)のち文庫
  • エディプスの恋人(1977年、新潮社)七瀬三部作 part3 完結編 のち文庫
  • 初期ショートショート あるいは酒でいっぱいの海(1977年、集英社)のち文庫
  • バブリング創世記(1978年、徳間書店)
  • 富豪刑事(1978年、新潮社)のち文庫
  • 大いなる助走(1979年、文藝春秋)のち文庫
  • 宇宙衞生博覽会(1979年、新潮社)のち文庫
  • 美藝公(1981年、文藝春秋)のち文庫
  • 虚人たち(1981年、中央公論社)のち文庫
  • エロチック街道(1981年、新潮社)のち文庫
  • 虚航船団(1984年、新潮社)のち文庫
  • 串刺し教授(1984年、新潮社)のち文庫
  • イリヤ・ムウロメツ(1985年、講談社)イラスト・手塚治虫のち文庫
  • 旅のラゴス(1986年、徳間書店)のち文庫、新潮文庫
  • 夢の木坂分岐点(1987年、新潮社)のち文庫
  • 歌と饒舌の戦記(1987年、新潮社)のち文庫
  • 原始人(1987年、文藝春秋)のち文庫
  • 驚愕の曠野(1988年、河出書房新社)のち文庫
  • 新日本探偵社報告書控(1988年、集英社)のち文庫
  • 薬菜飯店(1988年、新潮社)のち文庫
  • 残像に口紅を(1989年、中央公論社)のち文庫
  • フェミニズム殺人事件(1989年、集英社)のち文庫
  • 文学部唯野教授(1990年、岩波書店)のち同時代ライブラリー、岩波現代文庫
  • 夜のコント・冬のコント(1990年、新潮社)のち文庫
  • ロートレック荘事件(1990年、新潮社)のち文庫
  • 朝のガスパール(1992年、朝日新聞社)のち新潮文庫
  • 最後の伝令(1993年、新潮社)のち文庫
  • パプリカ(1993年、中央公論社)のち文庫、新潮文庫
  • 家族場面(1995年、新潮社)のち文庫
  • 邪眼鳥(1997年、新潮社)のち文庫
  • ジャズ小説(1996年、文藝春秋)のち文庫
  • 敵(1998年、新潮社)のち文庫
  • わたしのグランパ(1999年、文藝春秋)のち文庫
  • エンガッツィオ司令塔(2000年、文藝春秋)のち文庫
  • 細菌人間(2000年、出版芸術社)
  • 魚籃観音記(2000年、新潮社)のち文庫
  • 恐怖(2001年、文藝春秋)のち文庫
  • 大魔神(2001年、徳間書店)
  • 天狗の落し文(2001年、新潮社)のち文庫
  • 愛のひだりがわ(2002年、岩波書店)のち新潮文庫
  • ヘル(2003年、文藝春秋)のち文庫
  • 壊れかた指南(2006年、文藝春秋)
  • 銀齢の果て(2006年、新潮社)
  • 巨船ベラス・レトラス(2007年、文藝春秋)
  • ダンシング・ヴァニティ(2008年、新潮社)

[編集] 戯曲

  • スタア(1973年、新潮社)
  • 筒井康隆劇場 12人の浮かれる男(1979年、新潮社)のち文庫
  • ジーザス・クライスト・トリックスター(1982年、新潮社)
  • 筒井歌舞伎 影武者騒動(1986年、角川書店)のち新潮文庫
  • スイート・ホームズ探偵(1989年、新潮社)のち文庫

[編集] 童話・絵本・漫画など

  • 創作S・Fどうわ かいじゅうゴミイ(1967年、盛光社)
  • 創作SFえほん 地球はおおさわぎ(1969年、盛光社)イラスト:横山隆一
  • ジャングルめがね(1977年、小学館)イラスト:長尾みのる
  • イチ、ニのサン!(1986年、河出書房新社)イラスト:ミハエル・リューバ・絵本
  • 筒井康隆漫画全集(2004年、実業之日本社)

[編集] エッセイ・評論など

  • 狂気の沙汰も金次第(1973年、サンケイ新聞社出版局)のち新潮文庫、イラスト:山藤章二 - このとき山藤は筒井の顔を「のっぺらぼう」で描き、以降定着する。
  • やつあたり文化論(1975年、河出書房新社)のち新潮文庫
  • 私説博物誌(1976年、毎日新聞社)のち新潮文庫 イラスト:大竹雄介
  • 不良少年の映画史 PART1-2(1979-81年、文藝春秋)のち文庫
  • 腹立半分日記(1979年、実業之日本社)のち文春文庫
  • みだれ撃ち涜書ノート(1979年、集英社)のち文庫
  • 着想の技術(1983年、新潮社)のち文庫
  • 言語姦覚(1983年、中央公論社)のち文庫
  • 虚航船団の逆襲(1984年、中央公論社)のち文庫
  • 玄笑地帯(1984年、新潮社)のち文庫
  • 日日不穏(1987年、中央公論社)のち文庫
  • ベティ・ブープ伝 女優としての象徴 象徴としての女優(1988年、中央公論社)のち文庫
  • ダンヌンツィオに夢中(1989年、中央公論社)のち文庫
  • 短篇小説講義(1990年、岩波新書)
  • 文学部唯野教授のサブ・テキスト(1990年、文藝春秋)のち文庫
  • 幾たびもDIARY(1991年、中央公論社)のち文庫
  • 電脳筒井線 朝のガスパールセッション1-3(1992年、朝日新聞社)
  • 文学部唯野教授の女性問答(1992年、中央公論社)のち文庫
  • 本の森の狩人(1993年、岩波新書)
  • 断筆宣言への軌跡(1993年、光文社)
  • 筒井康隆の文藝時評(1994年、河出書房新社)のち文庫
  • 笑犬樓よりの眺望(1994年、新潮社)のち文庫
  • 悪と異端者(1995年、中央公論社)のち文庫
  • 脳ミソを哲学する(1995年、講談社)のち+α文庫
  • 筒井康隆スピーキング 対談・インタビュー集成(1996年、出帆新社)
  • 筒井康隆かく語りき(1997年、文芸社)
  • わかもとの知恵(2001年、金の星社)画:きたやまようこ
  • 文学外への飛翔 俳優としての日日(2001年、小学館)
  • 笑犬楼の知恵 筒井康隆トークエッセー(2002年、金の星社)
  • 小説のゆくえ(2003年、中央公論新社)
  • 筒井康隆の現代語裏辞典「あ~き」(2003年、文源庫)
  • 筒井康隆の現代語裏辞典「き~こ」(2004年、文源庫)
  • 笑犬樓の逆襲(2004年、新潮社)「噂の眞相」連載時の『狂犬樓の逆襲』を改題。のち文庫

[編集] 共著・対談等

のち河出文庫

  • サイバー大魔王の襲撃―パソコン通信症候群のカルテ (1993年、中央公論社)『電脳筒井線』に参加した早川玄との共著
  • 笑いの力(2005年、岩波書店)共著:河合隼雄養老孟司
  • 対談 笑いの世界(2005年、朝日新聞社)共著:桂米朝

[編集] 編集

  • 夢からの脱走(1969年、新風出版)
  • 異形の白昼 現代恐怖小説集(1969年、立風書房)
  • 12のアップルパイ(1970年、立風書房)
  • SF教室(1971年、ポプラ社)日本SFの歴史、作家、作品紹介を筒井、海外を伊藤典夫、映像、漫画、用語解説を豊田有恒が担当。
  • '71日本SFベスト集成(1975年、徳間書店)
  • '74日本SFベスト集成(1975年、徳間書店)
  • '73日本SFベスト集成(1975年、徳間書店)
  • '72日本SFベスト集成(1976年、徳間書店)
  • '60年代日本SFベスト集成(1976年、徳間書店)
  • '75日本SFベスト集成(1976年、徳間書店)
  • 実験小説名作選(1980年、集英社文庫)
  • いかにして眠るか(1980年、光文社)
  • ネオ・ヌルの時代 PART1(1985年、中公文庫)
  • ネオ・ヌルの時代 PART2(1985年、中公文庫)
  • ネオ・ヌルの時代 PART3(1985年、中公文庫)
  • 日本の名随筆41 嘘(1986年、作品社)
  • 夢探偵「光る話」の花束(1989年、光文社)
  • 人間みな病気(1991年、福武文庫)
  • パスカルへの道(1994年、中公文庫)
  • 21世紀文学の創造1 現代世界への問い(2001年、岩波書店)
  • 21世紀文学の創造3 方法の冒険(2001年、岩波書店)

[編集] 監修

[編集] 著作集

  • 筒井康隆全集(全24巻)(1983年 - 1985年、新潮社)

[編集] その他

レコード

  • デマ(1973年)
  • 家(1976年)
  • 筒井康隆文明(1978年)

作曲

カセットブック

  • 筒井康隆大一座 ジーザス・クライスト・トリックスター(1984年)
  • 昔はよかったなあ他(1987年)
  • カラス エロチック街道(1987年)
  • 急流 関節話法(1987年)
  • 泣き語り性教育 一について(1987年)
  • ショートショート・フェスティバル(1987年)
  • 機械(1988年)横光利一作品の朗読
  • 誰にもわかるハイデガー(1990年)

デジタルブック

  • 筒井康隆四千字劇場(1994年) PC-9800専用

単行本装丁

[編集] 作品の漫画化、映像化

[編集] 漫画

[編集] テレビドラマ

  • タイムトラベラー(1972年、NHK)
  • 中学生日記「廃塾令」(1978年、NHK)
  • 芝生は緑(1979年、毎日放送)
  • 七瀬ふたたび(1979年、NHK)
  • おとぎの部屋「ジャングルめがね」(1980年、NHK教育)
  • 時をかける少女(1985年、フジテレビ)
  • 家族八景(1986年、フジテレビ)
  • 筒井康隆の三人娘(1986年、日本テレビ)
  • さんまの「おれは裸だ」(1988年、よみうりテレビ)
  • カラダ記念日(1989年、TBS)
  • 世にも奇妙な物語(1991年~、フジテレビ)
    • 「ユリコちゃん」(1991年)
    • 「おれに関する噂」(1991年)
    • 「時の女神」(1994年)
    • 「最期の喫煙者」(1995年)
    • 「熊の木本線」(1996年)
    • 「自殺悲願」(1997年)
    • 「鍵」(2003年)
  • フェミニズム殺人事件(1991年、テレビ東京)
  • 時をかける少女(1994年、フジテレビ)
  • 七瀬ふたたび(1995年 - 1996年、フジテレビ)木曜の怪談
  • 怪物たちの夜(1997年、テレビ朝日)「幻想ミッドナイト」第二夜。
  • 七瀬ふたたび(1998年、テレビ東京)
  • 時をかける少女(2002年、TBS)「モーニング娘。新春!LOVEストーリーズ」第3話
  • 富豪刑事(2005年)
  • 富豪刑事デラックス(2006年)
  • 七瀬ふたたび(2008年、NHKドラマ8

[編集] 映画

[編集] テレビゲーム

  • 四八(仮) - 一部シナリオ書き下ろし。自身も俳優としてゲーム出演。ファミ通ロングインタビュー掲載。

[編集] 出演

[編集] テレビ

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • 筒井康隆大一座・旗揚げ公演『ジーザス・クライスト・トリックスター』(1982年)主演
  • 同『ジーザス・クライスト・トリックスター』全国巡演 (1983年)
  • 同『人間狩り』 (1984年)
  • 同『スタア』(1985年)
  • 同『スタア』新神戸オリエンタル劇場2周年記念公演(1990年)
  • 劇書房『白石加代子・筒井康隆二人芝居』全国巡演(1995年)
  • かもめ蜷川幸雄演出 スタジオコクーン (1999年)トリゴーリン役
  • ストラビンスキー『兵士の物語』紀伊国屋パフォーマンス(1999年)
  • そして誰もいなくなった山田和也演出 アートソフィア(2000年)主演
  • 筒井ワールドファイナル「ヒノマル酒場」シアターx(2000年)
  • 『近代能楽集』蜷川幸雄演出 さいたま芸術劇場ほか(2000年)
  • 同『近代能楽集』再演 ロンドン公演/シアターコクーンほか(2001年)
  • 向田邦子名作劇場『冬の運動会』久世光彦演出 中島丈博脚本 新橋演舞場 (2001年)
  • 『検察側の証人』山田和也演出 ル・テアトル銀座、大阪・近鉄劇場(2002年)

[編集] 関連人物

  • ロジャー・パルバース - 筒井を「ユダヤ人以上にユダヤ的」と評する。
  • 山藤章二 - 筒井の作品の表紙絵や挿絵を多く手掛けるイラストレーター。表紙絵や挿絵などで筒井の似顔絵を描く場合(例・『笑犬樓よりの眺望』の表紙カバー)、美男子過ぎて描けないという理由で目・鼻・口を省略し「のっぺらぼう」にしている。夕刊フジに筒井が連載していたエッセイ「狂気の沙汰も金次第」のイラストを山藤が担当した時より続いている。
  • 真鍋博 - 山藤同様に筒井の作品の挿絵や表紙絵を手掛けたイラストレーター。故人。『富豪刑事』の挿絵や、『朝のガスパール』の挿絵・表紙絵等を手掛けた。
  • しりあがり寿 - 『傾いた世界』と『最後の喫煙者』(いずれも新潮文庫)のカバーイラストを手掛けた。
  • 小松左京 - 長年の友人のSF作家。筒井の結婚の仲人でもある。
  • 大江健三郎 - 長年の友人の作家の一人。筒井は1989年に、「全作品を読んでいる同時代の作家5人」の1人としてあげている[7]
  • 井上ひさし - 長年の友人の作家の一人。筒井が1989年に、「全作品を読んでいる同時代の作家5人」の1人としてあげている[7]
  • 中上健次 - 長年の友人の作家の一人。故人。
  • 星新一 - 長年の友人のSF作家。故人。SF作家たちの飲み会で星が放つ、奇想天外な馬鹿話は、筒井に大きな影響を与えた。また、日本沈没のヒットを祝うSF作家たちの集まりで、星新一は「『日本以外全部沈没』なんて題名もいいんじゃない?」と題名を考案。小松左京の許可を得て筒井康隆は『日本以外全部沈没』を執筆した。なお最相葉月による評伝「星新一」によると、星は、自分のブラック・ジョークに影響されて、自分より文学的に評価されていく筒井のことを、嫉妬していたという。
  • 堀晃 - ハードSF作家。関西在住で筒井も目をかけ、山下トリオにも筒井が紹介し、交流がある。下記「JALInet」の発起人の一人。
  • かんべむさし -過激なギャグSFを書く作家として、「筒井の後継者」とみなされたこともある作家。上記堀晃とも仲がよく、やはり筒井が山下トリオに紹介している。
  • 小林恭二 -第一回三島由紀夫賞選考会で、筒井は小林を高く評価しておした(受賞は高橋源一郎)。その後、筒井、小林、堀、薄井ゆうじ佐藤亜紀の5名で、「JALInet」(JAPAN LITERATURE net)を、発起人として立ち上げた。
  • 小林信彦 -筒井同様にマルクス兄弟を愛好する作家。互いの作品をリスペクトしていた。小林のパロディ小説『唐獅子株式会社』の文庫版解説に、筒井は詳細な元ネタの注を書いた。筒井は1989年に、「全作品を読んでいる同時代の作家5人」の1人としてあげている[7]
  • 色川武大 -小林同様に、笑芸愛好、映画愛好と共通の趣味を持ち、互いの作品をリスペクトしていた。色川は「SF作家にならなくてよかった。なったら筒井康隆の亜流になっただろう」と、発言した。小林も含めた3人で、フィルムセンターにて、戦前のエノケン映画などを一緒に見たこともある。また、色川の膨大なビデオ・コレクションから、借り出しもうけた。また『不良少年の映画史』の解説も色川が担当。筒井は色川への追悼文で、「全作品を読んでいる同時代の作家5人」の1人だとし、その中でも特に色川が、「不良少年期、映画、ジャズ、狂気への傾斜、夢へのこだわり」と、もっとも共通点が多い作家であり、「5才上の兄貴のような存在だった」と書いている[7]
  • 長部日出雄 - 長部が「週刊読売」に勤務していた時代からのつきあい。筒井は1989年に、「全作品を読んでいる同時代の作家5人」の1人としてあげている[7]
  • 平岡正明 - 筒井康隆論を多数執筆。親交も厚い。
  • 内藤誠 - 映画監督及び評論家。筒井ファンで、筒井作品を何作も映画化している。ただし、筒井ファンゆえのせいか、筒井の原作の台詞をそのまま使用している場合が多いが、筒井作品内のセリフは多くが、筒井が芝居青年だった時代の「新劇」のノリを踏襲しており、映画としては「わざとくさく感じてしまう」もので、いずれも成功作とはいえなかった。また、映画評論家の佐藤重臣が伝説の上映会「黙壷子(もっこす)フィルムアーカイブ」で使用していたと思われる、映画「フリークス」のフィルムと16ミリの映写機を、内藤の紹介で筒井は買い取り、現在も保有している。
  • 渡部直己 - 文芸評論家。かつては熱狂的な筒井ファンであったが、『虚航船団』に失望して批判したところ、筒井に反撃され、以降、犬猿の中となった(著書『HELLO GOOD-BY 筒井康隆』に、誉貶、双方の文章が収録されている)。
  • 高橋留美子 - 漫画家。若い頃からの筒井ファン。高橋の代表作『うる星やつら』の1シーンに、本棚に収められた筒井の作品群が描かれている。また、1984年公開のアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』のパンフレットには、『あるいは夢でいっぱいの海』(『あるいは酒でいっぱいの海』)、『時をかけるあたる』(『時をかける少女』)等の筒井作品のパロディが掲載されている。
  • 岡留安則 - 『噂の眞相』編集長。筒井に熱心に連載を持ちかけ、原稿料は筒井の言い値を呑んだ。『笑犬樓よりの眺望』連載第1回目で、筒井に「秘密の暴露をたくらむ者は常にわが身に及ぶ災害を覚悟せよ」との考えで、原稿料は原稿用紙1枚1万円(連載開始当時)と暴露された。
  • ベティ・ブープ - 彼女を「わが最愛の女優」と評し、評伝を書いている。筒井は彼女のファンでもあり、劇場用アニメフィルムを、ほぼコンプリートでコレクションしている。

[編集] 参考文献

  • 評伝 筒井康隆(八橋一郎、1985年、新潮社)
  • 『ユリイカ』1988年5月号「特集・筒井康隆の逆襲」(青土社)
  • 筒井康隆「断筆」めぐる大論争(1995年、創出版)

[編集] 注釈

  1. ^ 筒井は自筆年譜などで船場生まれとしているが、八橋『評伝 筒井康隆』によれば事実ではなく、筒井のイメージ戦略である。
  2. ^ この時期については筒井『不良少年の映画史』に詳しい。
  3. ^ 筒井『笑犬樓よりの眺望』
  4. ^ 八橋『評伝 筒井康隆』89頁-90頁
  5. ^ のちに刊行されたベスト集『ネオ・ヌルの時代』2巻の解説で、堀晃は、「新NULL最大の作品は、良質ともに(筒井の)『応募作寸評』だった」と書いた。
  6. ^ 改題は久生十蘭に同名の作品があったため。
  7. ^ a b c d e 別冊・話の特集色川武大阿佐田哲也の特集』(1989年)P.83「弟分からの弔辞」

[編集] 外部リンク