パソコン通信

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パソコン通信(パソコンつうしん)とは専用ソフト等を用いてパソコンとホスト局のサーバ(またはノードホスト)との間で通信回線によりデータ通信を行う手法及びそれによるサービスであった。

全盛期は1980年代後半から1990年代前半の頃で、のちにインターネットが一般ユーザーに開放されたため徐々に衰退していった。商用大手としては最後まで残っていたニフティが、2006年3月末でパソコン通信サービス「NIFTY-Serve」を終了した事で、パソコン通信は事実上、過去のものとなった。インターネットが世界中のネットワーク同士を結ぶ開かれたネットワーク(オープンネットワーク)であるのに比べると、パソコン通信は原則として特定のサーバとその参加者(会員)の間だけの閉じたネットワーク(クローズドネットワーク)であった。

システム[編集]

原理的には個人同士が1対1で接続することも含まれるが、通常の利用形態としてはパソコンにモデム音響カプラなどを接続して一般加入回線(電話回線)を経由してサーバにダイアルアップ接続していた。その中で電子メールの送受信や電子掲示板チャットなどを利用した情報交換が行われた。株式取引や公営競技の投票が運営されていた時期もある。ファイルアーカイブなどの機能を持つが、基本的には情報の送受は文字データ中心である。パソコンではなくワープロ専用機や家庭用ゲーム機携帯端末での通信接続もパソコン通信に分類される場合がある。

日本でパソコン通信ホストを運営していた団体にはニフティサーブ(@niftyを経て現・ニフティ)、PC-VAN(現・BIGLOBE)、アスキーネットアスキーによるサービス、後にネットワーク事業から撤退)などに代表される商用業者を始めとしてエプソンなど顧客サービスを目的としたものがあった。またそれ以外に個人やグループなどで開設した草の根BBSと呼ばれる小さい局が多数存在していたが、ニフティサーブとPC-VANの二大ネットはそれぞれ数百万の会員を集め活況を呈した。一方の草の根BBSはパソコン、ホスト用ソフト、着信用のモデムと通常電話回線、それに書籍から十分仕入れられる比較的簡単な技術知識があれば誰でも開設可能であり原則無料であったが一般向けに料金を徴収するなどの商用であれば第2種電気通信事業に該当するため、当時の郵政省への届け出を必要とした。

大規模なところでは趣味・話題を共通にする集まり(ニフティサーブではフォーラム、PC-VANではSIGと呼んだ)をいくつも作り、それぞれの中で情報交換ができるようにしていた。小規模な草の根BBSなどでは、それ自体が1つのフォーラムのようになっているところもあった。

音響カプラ

通信方式はインターネットの各種通信プロトコルTCP/IPなど)と異なり、基本的に無手順による文字の送受信のみ(AOLでは画像表示もできた)である。ストップビットなど、様々な項目を適正に設定しないと通信ができなかった。画像などバイナリデータの送受信もできたが各種バイナリ転送プロトコルを使用する必要があり、後のインターネットに比べると面倒なものであった。バイナリ転送プロトコルが普及する以前に開発されたのが、ishなどバイナリデータとテキストを相互変換するツールである。電子メールでのバイナリデータのやり取りや、バイナリ転送に別課金が生じるPC-VANなどでよく利用された。

通信速度は初期には音響カプラを用いた300bps程度であったが、モデムでパソコンと電話回線を直結できるようになるとモデムの改良と歩調を合わせる形で1,200、2,400、9,600、14,400bpsへと速度が上がり、インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)のダイヤルアップ接続アクセスポイントが主要都市に整備され始めた1996年頃には28,800bps、1997年頃には33,600bpsまで達した。現在、一般回線用モデムの能力は最高56kbpsまで上がったが、その能力を使ったパソコン通信はあまりない(56kbpsで通信するには、サーバ側にISDN回線と、デジタル信号で送信する(電話局の交換機でアナログ信号に変換する)専用のモデムが必要なため(このモデムが内蔵されている業務用TAもあった)。一般の56kbpsモデム同士では33,600bpsが上限)。

また1980年代半ばから無線機にTNCと呼ばれるデータ通信機器を接続してパケット通信を行うことがアマチュア無線家の間で流行し、RS-232Cポートを持つパソコンやワープロでこれらに興じる人も多かった。特にアマチュア無線用バンド(周波数帯)では回線の状態から通信速度は稼げないものの、当時の非常に高価な(1分数十円)電話回線を用いたパソコン通信では非常に贅沢な遊びとされたネットゲーム(個人がプログラムを組んだオセロゲームやチェス等の物が主だが)もアマチュア無線経由で流行した。

日本のパソコン通信の歴史[編集]

日本におけるパソコン通信の始まりは、1984年に「千代田常磐マイコンクラブ」が松戸市内に開設したものであるという[1]。一方、それ以前の1982年に後の「MacEVENT(Apple系情報ネット)」の前身となるパソコン通信サービスが林伸夫により行われていたとの記録もある。1985年日本電信電話公社日本電信電話(以下NTT)に移行するに伴い電気通信事業法などの法律が制定・改正された(通信自由化)。その結果、モジュラージャックなどの技術基準を満たしていれば、NTTなど第1種電気通信事業者が敷設する一般加入回線への端末設備の接続が、個人でも法律的に認められるようになった。これを受けて数社から技術基準を満たす非同期式300/1200bpsのモデムが発売され、パソコン通信普及のきっかけとなった。これらのモデムは旧来のモデムとは違い、網制御装置(NCU)を内蔵したものである。

1980年代半ばにアスキーネット、PC-VANなどの大手業者が商用サービスに参入、通信ソフトの普及と共に安価な2400bpsモデムが発売されるなど1990年代にかけて大手、草の根BBSとも加入者が増加していき、『電脳辞典 1990's』によれば、1989年末頃には商用大手9社の加入者数が20万人台、草の根ネットは24時間運営局だけでも300局以上、といった規模となる[* 1][2]。基本的には個々のサービスはそれぞれ独立しておりニフティCompuServe朝日ネットPeopleなど提携関係にある一部の場合を除いては他サービスとのつながりはほとんどなかった。電子メールのやりとりも同一サービス加入者でないと不可能であったが、1992年にPC-VANとニフティのメールが接続され、さらに各サービスでインターネットメールとの接続が開始されたため、メールに限っては障壁がなくなった[3]

パソコン通信では、アクセス数の増加への対応や全国各地に居住する利用者への負担を軽減するためにはアクセスポイントを増やさざるを得なかった。ニフティとPC-VANがそれぞれの運営母体である富士通のFENICSとNECのC&Cという自前のVANを活用し[4]、全国各地にアクセスポイントを続々と設置していったのに対して、他社は遅れを取ってアクセスポイント数も少なく、日本の商用パソコン通信サービスはニフティとPC-VANの寡占状態となり[5]、1996年にはそれぞれ会員数200万人を数えた[6]

草の根BBSでは、24時間開設となっても複数の電話回線と複数のモデムがなければ複数の人間が接続できず、長時間の接続を制限することもあった。遠距離からの電話回線料金の負担を軽減するための、パケット通信によるTYMPASやTri-PといったVANサービスで全国からの接続を仲介したこともあった。例えば、東京から大阪のホストへ直接電話回線の従量料金で接続することは相当な電話料金がかかり、VANサービスならば全国の主要都市にアクセスポイントがあり、東京のアクセスポイントに接続すればよかった。しかしホストとユーザーともにVANサービスを利用するための費用も必要であり、費用徴収が困難な側面もあり、個人で運営するBBSの運営は無料により近隣地区からユーザーの接続という趣味の範囲にとどまることが多かった。個人運営のホストの中には夜間のみ開設され、昼間は普通の電話として使われる回線もあり、専用の回線を24時間開放することは非常な贅沢であった。

ネットワーキングフォーラムと呼ばれる全国大会も開催され、BBSの接続番号などを記載した「ワープロ/パソコン通信BBS電話帳」がマイコンBASICマガジン別冊として年2回のペースで出版されたこともあった。また、出版社などが運営するところもあったり、NHK衛星放送局も運営していた(銀河通信)こともある。

これに引き換え1994年頃から、世界規模の通信網であるインターネットへの一般個人からの接続環境が整備され始め、翌1995年Windows 95の登場により、インターネット接続機能が標準で組み込まれ、接続の設定が容易になった。 もっとも、ビル・ゲイツはインターネットの普及はまだ先であるとして、パソコン通信を前提としたネットワーク(MSN)を考えていた。それ故、Windows 95の初期バージョンには、インターネット関連の機能は搭載されておらず、別売りの「Microsoft Plus!」に拡張機能としてのInternet Explorerが含まれていた。 ただし、ビル・ゲイツは、Windows 95発売後に自分の判断の誤りに気づき、OSR2以降ではインターネット関連機能が標準搭載されるようになった。すなわち、OSR2ではTCP/IPが初期状態で選択されており、Windows 95を使えばインターネットに接続できるというイメージ戦略に成功した。

また、NTTがINS1500などダイアルアップ回線として安価に多数の回線を収容できるサービスを始めるなど、設備投資が安価になるなどの環境整備もあり、相次ぐISP企業の参入と、ダイヤルアップ接続用アクセスポイントの設置地域が拡充され、多くの地域で安価(市内通話料金あるいはテレホーダイ + プロバイダ料金)にインターネットへ接続できる環境が整っていった。

この状況の変化により、基本的に一つの閉じたシステムであるパソコン通信については、事業の将来性や存在意義が薄れてしまったり、2000年問題で更新を迫られたホストも少なくなかったことから、殆どの商用サービスでは事業を中止したり(アスキーネットや日経MIX, People)、ISPに事業の中心を移したりしていった(ニフティやPC-VAN, ASAHIネット)。

現在[いつ?]では大手、草の根とも、従来のパソコン通信上にあったコンテンツは、インターネットWeb上の電子掲示板等に移行しているところが多く、Telnet接続で文字通信手段を残しているホストもあるが、無手順による接続ホストは消滅に近く実態は殆どつかめない。

なお全盛期当時の過去ログなどは、利用者によって個人的に保存されたもの以外は、ホストのハードディスク故障、古い記録媒体の劣化やアクセス手段の喪失のほか、運営者によって破棄されるなどして散逸していることが多い。また、保存されているデータも、著作権者が所在不明などの理由により、再利用されることはほとんどない。

一般での利用は全盛期は過ぎているものの、営業用などに同じシステムを利用した物が少数ではあるが、未だに続いている。NECモバイルギアシリーズ、シャープザウルスなどで屋外での利用を考慮したツールを発売した事もあるが主な利用は掲示板ではなく、メールなどのデータの送受信としてである。また、屋外での公衆電話機にパソコン通信を考慮したモジュラジャックが付くなどしている。端末側の設備として携帯電話に於いては速度は遅いものの、パソコンと直接接続する物もある。

利用形態[編集]

ネットの利用形態は様々だが、その中でも「オンラインソフトウェア(特にフリーソフトウェア)」の広範囲な流通と、素性をよく知らない人との気さくな「会話」は、パソコン通信で初めて可能になった。

会話[編集]

意思伝達の主な方法が文書であると、日常的に文書を書く人と書かない人では文書作成力や読解力に格差が生じることから意思がスムーズに伝わらずに誤解が生じることもあった。文字でのやり取りは対面して話す時とは違い感情がそのまま文章に表れるとは限らず、また感情を読み取れる人ばかりではないため、感情やニュアンスを表すのに意図的に顔文字(絵文字)が付け足される場合もあった。また物事に付いての考えが異なれば意見が衝突する機会が度々生じ、いたるところで議論が行われるようになった。それに伴い、議論を楽しもうという人たちが表れる一方で見物して楽しもうという人たちも発生した。草の根BBSなどでは、限りある回線を占有するだけでコミュニティに積極的に参加しない人をROM(ReadOnlyMember)やDOM(DownloadOnlyMember)と呼び、特に否定的な意味で使われたがROMは一般的には読むだけで発言しない人を示す用語であった。

オンラインソフトウェア[編集]

1980年代末期になりパソコン通信が普及するようになると、パソコン通信でユーザーが自作したパソコン用プログラムがオンラインソフトウェアとして公開されるようになった。従来はパソコン雑誌に投稿して掲載されるか、作者個人か仲間内で使われるしかなかったような小回りの効く便利なツールが一般に流通する機会を得ることになった。一般に単機能のものが多く商用ソフトほど大規模ではないが、中にはファイル管理ソフトやパソコン通信ソフトなど市販の商用ソフトを凌ぐ人気を得たものもある。日本国内では、その多くはNECのパソコンPC-9801シリーズのMS-DOS上で動くものであった。

プログラミングが得意な人が善意で自作ソフトウエアを公開し、利用者によるバグ報告や要望を取り入れて改良が行われた。その多くは個人による開発であるが、利用者による改良を期待して企業が商用ソフトを開発する前段階として無償公開するソフトもあった。作者の意向によってフリーウェア(フリーソフト)、シェアウェアなどに区分されたが「羊羹ウエア(気に入ったら羊羹を送って欲しい)」という変わり種もあった。MS-DOS上で動くソフトウェアが主流を占めた時代には決済の手段が限られていたため、ほとんどが無料のフリーウェアとして公開されMicrosoft Windowsが普及し出すと開発ソフトウェアが高価だった背景もあり、徐々に商用BBSで決済を行なうシェアウェアが増えていった。人気の高いソフトウエアは開発元のホスト局にアップロードされるとたちまち全国の他のホスト局に転載されるのを始め、「月刊パソコン通信」などパソコン通信を扱った雑誌付録としてフロッピーディスクで配布された。しかし初期のパソコン通信では電子メールに課金されたり容量制限が厳しかったり、他のパソコン通信サービスとは相互にメールができなかったりしたためサポートは自らの加入しているパソコン通信のみというものも多かった。

商用パソコン通信サービス[編集]

日本[編集]

大手[編集]

  • アスキーネット - 1985年5月開局。1997年にサービス終了。
  • PC-VAN - 1986年4月開局。現BIGLOBE、現在はISP専業(パソコン通信は2001年終了)。
  • NIFTY-Serve - 1987年4月開局。現・@nifty、徐々に掲示板的サービスに移行(一部の旧会員が利用していたパソコン通信も2006年3月31日終了。日本で最後まで残った大手パソコン通信サービスであった)。
  • 日経MIX - 1987年9月開局。1997年にサービス終了。
  • ASAHIパソコンネット - 1988年11月開局。現・ASAHIネット、現在[いつ?]もパソコン通信サービスを提供中。また、会社としてはISP及びクラウドサービス事業を展開。
  • People - 1994年開局。1997年にフジテレビと業務提携。2001年にサービス終了。運営会社であったピープル・ワールドの後身であるフジテレビフューチャネットは合併によって消滅。

その他[編集]

アメリカ[編集]

  • CompuServe - パソコン通信の老舗、AOLに吸収される。
  • AOL - GUIを用いるのが特徴。現在[いつ?]は大手ISP。日本にも進出を果たしたが、2004年イー・アクセスに営業譲渡。
  • MSN - MicrosoftWindows 95発売と同時に開始。Windowsエクスプローラとシームレスに接続できることが売りだったが、早々に撤退。現在[いつ?]はコンテンツプロバイダ。米国ではISP事業も手がける。

パソコン通信用ソフトウェア[編集]

パソコン通信ホスト用ソフトウェア[編集]

以下は、小規模なホスト用ソフトウェアである。ホストは、パソコン以外にも汎用コンピュータを使用した物も多々ある。

  • HCS-II/IV - 草の根BBSの老舗「ADD-NET」が母体となる株式会社B.S.J.が開発した商用ホストシステム(PC-98シリーズ用)。専用サバオリボードを追加することで最大24回線まで拡張できる。銀河通信やACCS-NETなどに加え、企業内BBSなど業務目的の中規模BBSシステムとして採用されていた。
  • Turbo BBS - カナダのRobert Maxwellによる同名のBBSのホストプログラム。ドキュメント中にパブリックドメインという記述があるが、作者の事前の許可のない商目的での配布や再販は禁止している。Turbo Pascalで書かれていた。
  • KTBBS - KPUC(久喜PCユーザーズクラブ)版Turbo BBS。日本で広く使われた。同じくTurbo BBSをアレンジしたものとしてRT BBS、TT BBSなどがあった。また、NET-COCKと共通のオフラインログリーダーを利用できるよう改造したKTC-BBSがある。
  • BIG-Model - ネットコンプレックスより発売されている商用ソフトウェア。Ver4.0C以前はナツメ出版企画(ナツメ社の出版部門)より発売されていた。もともとはマイコン研究グループのFORSIGHTのBBS用として開発がすすめられたもの[7]。市販ソフトでは圧倒的なシェアを持ち、主に東日本で利用しているホストが多かった。同時接続数により価格差がある。Pro版の3.xまではカスタマイズにも応じていた。4.0Bまでは2000年問題があり、3.xまでから4.0Cへのバージョンアップは有料だったため、これを機に他へ移行または閉鎖したBBSもあった(4.0xからは無料)。派生版にピディウス!というソフトがある。かつて、ネットコンプレックスはBIG-Modelのサポートやサンプル等を兼ねたNet Complex Net(ナツメ時代はNATSUME NET、サポート・サンプルの他に書籍などの案内、問い合わせなどもあった)を運営していた。現在[いつ?]、同社ではこのノウハウを元に作ったOpen!NOTESというインターネット用の掲示板CGIをリリースしている(機能限定型シェアウェア)。
  • 絵理香 - BCCより発売されていた商用ソフトウェア(現在廃盤)。九州を中心に西日本で利用しているホストが多かった。元々オープンソースであった為、派生版が多く存在し特に絵理香K版が有名。「レス」に相当するものを「アペ」(アペンドから)と呼ぶという特徴がある。
  • ピディウス! - BIG-Modelの派生版で、Windowsで動作する。また、現在[いつ?]xoopsのような機能を提供できるピディウス!IGというバージョンも存在する。
  • mmm - HyperNotes型のフリーソフト。トライエムと読む。
  • WWIV - Wayne Bell(米国)作のシェアウェアTurbo Pascalで記述されている。Mac版もあった。日本語化にあたって数々の派生バージョンが存在した。
  • CoSy Conference System(w:CoSy (computer conferencing system)) - カナダのゲルフ大学(w:University of Guelph)で開発され、マグロウヒル社(当時)のBIX(Byte Information eXchange)および日経マグロウヒル社の日経MIXで採用された電子会議システム。
  • FirstClass - カナダのSoftArc社が開発したMac OS用の商用ソフトウェア。GUIを使ったパソコン通信ホスト局を手軽に開局することができた。アップルコンピュータは一時ユーザーグループの育成のために、バケツリレー方式のネットワークを日本全国に張り巡らしたことがある。現在[いつ?]では対応OSも増えインターネットとの親和性を高めたものが、グループウェアと称して市販されている。
  • 網元さん・同2 - MSXパソコン上で稼働するソフトウェア。MSXマガジンが開発し、主要部分がBASIC言語で記述されて改造が容易だったことや、安価なMSX機を使用することによって初期投資を抑えられたこともあり、比較的人気があった。1も2も作者は伊藤という人物であるが、同一人物でも家族でも親戚でもなく、偶然である。
  • XXJW - PC-8801上で動作するソフトウェア。ユーザーインターフェイスがWWIVとほぼ同じ造りになっていた。
  • TownBBS - シスポート社が販売していたソフトウェア。シャープのMZ2500/NECのPC9801用。
  • WANI-BBS - アスキーネットに似たルック&フィールのソフトウェア。
  • NET-COCK - X68000上で動作するソフトウェア。洗練されたコマンド体系と優秀なオフラインログリーダーの存在から、特にX68000ユーザーを中心に熱狂的な支持を得た。共通のオフラインログリーダーを利用できる、KTBBSを改造したKTC-BBSや、利用者の設定で互換モードが選択できるMPNBBSといった互換ホストプログラムも誕生した。
  • MPNBBS - KTBBSやNET-COCK互換のインタフェースが選べるホストプログラム。改造ではなくスクラッチビルドで開発された。LSI C-86試食版でコンパイルして配布されていた。
  • 謎的電網.exe - 「謎の青年失業家」が開発・公開したホストプログラム。ネットリンク機能に優れ、短い時間でアーティクルを交換し合い、同ホストを採用している草の根BBS同士でフォーラムを共有できるなど先進的であった。メインメモリに常駐が出来、エディタの利用等の軽作業をホストプログラムを動かしたまま行え、ホストメッセージのメンテナンスに優れていた。

パソコン通信クライアント用ソフトウェア[編集]

下記は主にパソコン用のパソコン通信向け機能を持った端末ソフト(いわゆる通信ソフト。ダム端末エミュレータと呼ばれる事もある)である。この他にもワープロソフト中に通信機能を持ったものやワープロ専用機に通信機能(OASYSのAutoComなど)を持った物もあった。

  • まいと〜く - インターコム社製の有料ソフトウェア。1986年11月発売。「MS-DOSも知らんと言う人でも、手軽にパソコン通信を楽しめる」というコンセプトのソフトウェア[8]。初心者でも簡単に使えるよう設定が簡略化され、操作性についても配慮がなされていた[9][10][11]。通信ログを遡れる機能、日本語ワープロ機能などの機能を本体に取込み、これ1本である程度の情報処理ができる[10][12]。最初のバージョンではB5判で450ページとA4判42ページ、次のバージョンではA5判で「準備編」、「速習編」、「実習編」、「資料編」の4冊と、初心者にも懇切丁寧を心がけた結果膨大なマニュアルが貼付されており、日本語入力ソフトウェアや、各社のモデムのディップスイッチ設定についてまでも解説がなされていた[10][13]。インターコムは1985年からモデム(my looper)を通信販売していたが、その販促用として、パソコン通信で知り合ったプログラマーの協力で、半ば遊び半分で開発されたもの[14]。1988年の雑誌『THE COMPUTER』では、「人気ナンバーワン」と称されていた[15]。その後発売された『まいと〜く for Windows』(Microsoft Windows 3.x用、価格28000円)では主要ネットワーク200件のアクセス設定情報が既にプリセットされており、またアクセスポイントへの接続についてNTTのみならず第二電電等各社の中から最も通信料金の安い回線を探索するLCR機能などが搭載された[16]。ちなみに姉妹品として『まいと〜くFAX』というファックスソフトもあり、for Windows(Windows3.x用、19000円)ではやはり、送信時にLCR機能で安価な回線を検索できる[17]
  • KmTermX - フリーソフト。通称「KTX」。PC-9800シリーズとPC/AT互換機向け。WTERMと双璧を成した。軽快な動作と独自マルチタスクエンジンによる並行動作が売りだが、マクロがコンパイルを要するなどの扱いにくさもあり、中級者以上に支持されたソフト。LSI C-86試食版でコンパイルされていた。後にWindows用も開発された。
  • WTERM - フリーソフト。H.INOUE、TOMTOM制作。初心者からでも使え、MS-DOSが動作する様々な機種に移植された。ダイヤル時に回線がbusyであった時に単純にその電話番号にかけなおすのではなく、関連づけられた別の電話番号にダイヤルしなおす機能やオートパイロット、バックスクロールや、入力した文字列を再表示させられるヒストリー機能など、多くの機能が盛り込まれていた。また、添付されたマニュアルはA4用紙換算で約100枚というボリュームで、WTERMのインストール時に「フロッピーをフォーマットするところから説明を始めている」懇切丁寧なものであった[18]
  • CCT - 技術評論社製の有料ソフトウェア。強力なマクロ機能を特徴とする。CCT-98IIでは「コンカレント機能」と言うマルチタスク的な機能があり、ダウンロードを行いながら内蔵テキストエディタで文章を作る事などが可能となっている[19]。CCT-98III(価格20000円)は親切なセットアップ環境が用意され、また文献によればマクロ機能は非常に強力であったとのことである[20]。その後『CCT-Win』(Microsoft Windows 3.x用、価格20000円)も発売されている[21]
  • EasyTERM - フリーソフト。
  • EmTerm - シェアウェア。後発ながら高機能で支持を集めた。EmTermの一部機能はEmEditorに利用された。Windows 95等。
  • ESterm2 - アスキー社製。処理速度が比較的速く、バイナリ転送プロトコルが充実していた[22][11]
  • hwterm - ハイパーウェア製の有料ソフトウェア。Unix等の端末としてパソコンを使うための端末ソフトとしての性格も強いのが特徴である。
  • 秀Term - シェアウェア。ver.4からは「秀Term Evolution」と改称。Windows 95等。
  • MopTerm - フリーソフト。FM TOWNS(Towns-OS)用、Windows 3.1、Windows 95等。「猫の手スクロール」機能を持つ。
  • NinjaTerm - フリーソフト。Mac OS用の通信ソフトでは草分け的存在。System6時代にはほとんどの人が使っていた。
  • STERM - フリーソフト。OS/2 PMアプリ。Telnet端末としても有用だった。
  • Tera Term - Windows 3.1、Windows 95等。現在[いつ?]オープンソース
  • CommunicationPRO68K - X68000上で動作した。シャープ テレビ事業部から発売された[11]

以下は、各ホストプログラムの出力やコマンドに対応した、専用ソフト(オフラインログリーダーなどと呼ばれた)である。

  • NIFTY-Serve(現・@nifty)専用の巡回通信ソフト群
    • ComNifty - フリーソフト。Mac OS用。フォーラムを指定すると自動的に巡回してログを保存してくれる。ログ切り出しソフトの「まな板」とNIFTY専用ブラウザ「茄子R」と組み合わせて使う。
    • NifTerm - 年間制のシェアウェア。Windows 95等。統合型通信ソフト。NIFTY-Serveが積極的に配布サービスを行っていたことにより、使用している会員は多かった。後にNIFTY-Serveの衰退にともなう利用者減少により、料金は年間制から永久制に変更になった。
    • AirCraft - もともとはMS-DOS用で通信環境を提供する基本ソフト「Air」に別の作者によるマクロプログラム「Craft」を組み合わせたものでフリーソフトであったが、Windows用は一体化してシェアウェアとなった。オートパイロット、ログブラウザ、エディタ、アドレス帳、データベース、チャットアダプタなどを備えた統合型通信ソフト。
  • CockNews(CN) - X68000上で動作するソフトウェア。NET-COCK用の優秀なオフラインログリーダーとしてその人気を支えた。派生といえるものに、PC-98用のCockMate(CM)、PC/AT互換機用のCockLife for DOS/V(CLV)などがある。

パソコン通信専門誌[編集]

1980年代後半から1990年代のパソコン通信全盛期においては、パソコン通信の話題を専門に扱った専門誌が各社から発刊された。内容はモデムなどのハードウェアや通信プロトコルなどの技術情報、商用ソフト・オンラインソフトの使い方や新作情報、パソコン通信クライアントソフトウェアなどフリーソフトの配布、草の根BBSの開局情報、商用パソコン通信のフォーラムやSIGの紹介など多岐に渡った。

パソコン通信を題材にした作品[編集]

ウォー・ゲーム
1983年、アメリカ映画
主人公が偶然接続したホストが軍のコンピュータであり、本人がゲームのつもりで動かしていたプログラムが核戦争を引き起こそうとする。コンピュータネットワークハッカークラッカーを扱った作品としては古典の部類に入る。
空と海をこえて
1989年TBSが製作放送した3時間テレビドラマ後藤久美子主演、加藤茶共演。
パソコン通信のほかに通信手段のない孤島で、パソコン通信によって血清を手に入れるという設定。時空を超えた繋がりを強調していた。なおこのドラマの内輪話が放映後、技術評論社発行の「TheBASIC」に掲載された。パソコンの世界ではNECがほぼ一人勝ちの状態にあって、日立が1社提供で制作した番組。
ニューメディアいつもでない1日
1989年3月22日NHKにて放送記念日特集としてレギュラー番組の合間をみて1日をかけて生放送された特集番組。スーパーバイザーとして坂村健が登場する。
この中に「ミスターXを探せ」と題して4人のチャレンジャーがパソコン通信を駆使して情報を集め、世界のどこかに居るミスターXを探すという企画があった。コーナー司会は千田正穂。チャレンジャーはニフティサーブやPC-VANなどの商用ネットでチャットを使った情報収集にもあたるが、同時アクセス者から「NHK受信料徴収はんたーい!」などという電報メッセージが送られてきて画面に丸写しになるなど放送事故も発生した。途中、マイクを使用したボイスキーのトラップが不具合で通過できないなど不手際も多く結局人物を探し当てることができず時間切れで終了した(時間切れ直前にチャレンジャーの1人が苦笑いしつつXの人物名を吐露している)。ちなみにミスターXはPC-VANでもSIGを主宰していたクロード・チアリであった。
ネットワークベイビー
1990年、NHK製作のテレビドラマ。主演:富田靖子
厳密にはパソコン通信とは言いにくいが、まだパソコン通信しかなかった時代にネットワークゲームを題材として扱ったドラマである。当時ニフティが提供していたオンラインゲームハビタット」をモデルにしたものと思われる。
(ハル)
1997年森田芳光監督の映画。主演:深津絵里内野聖陽
「映画フォーラム」のチャットを舞台に、一度も出会ったことがない男女の恋愛物語を紡いでいる。パソコン通信で出会って結婚することを「パソ婚」などと呼ぶが、その経緯を丁寧に描写した作品としてネットワーカーの間では評価が高かった(舞台の「映画フォーラム」はニフティサーブの同名フォーラムをモデルにしたと思われる)。
朝のガスパール
1991年10月18日1992年3月31日筒井康隆朝日新聞連載小説(このタイトルは勿論、モーリス・ラヴェル作曲のピアノ曲、「夜のガスパール」のパロディー
パソコン通信成長期を物語るイベントがこの小説との同時進行ライブであろう。筒井が書く小説に対してASAHI-NET会員が反応してメッセージを盛んに書き込み、筒井自身や筒井の友人が応答することもあった。紙上での企画に呼応したPC-VANのSIG-SFDBでは参加したい人たちの意見をまとめてフロッピーディスクに収納し、朝日新聞の当該部署に送ることが行われた。また後には、これらのメッセージのやり取りが出版された(「電脳筒井線」)。
参照:No468 『敵は電脳筒井線』
A・I(あい)が止まらない!
1994年1997年赤松健講談社マガジンSPECIAL連載漫画。
インターネットとパソコン通信の混在する時代。主人公の神戸ひとしが作ったAI(人工知能)プログラムNo.30(サーティ)が、女の子の姿で実体化してしまう。サーティはパソコン通信の中を自由に移動したりするなどし、さまざまな騒動を巻き起こす(のちに彼女の“姉”・“妹”も登場した)。斬新なアイデアなこの作品は漫画ファンだけでなく、パソコン通信のファンからも多くの支持を得た。この作品は作者の連載デビュー作で、多数のプレゼント用テレホンカードが作られるなど大人気作品となった。
オレ通AtoZ
1996年恋緒みなとによる週刊ヤングマガジン連載漫画。
チャットBBSオフ会や掲示板上でのケンカ(いわゆる炎上)といったパソコン通信文化に関して高校生男子の主人公(学校の備品であるMacフォトショップを使って絵を描くのが得意・行きつけのBBSでは「先生」と呼ばれている)とその先輩(女子)・他のクラスメイトやアイドル、その追っかけといった人たちの姿を通じて描いた作品。扱っている内容が当時はあまりに時代の先を行き過ぎていたためか、短期間で連載が終了してしまっているが、内容の完成度はきわめて高い。
パスワードシリーズ
1995年~、松原秀行による児童文学作品。青い鳥文庫講談社)から刊行。
ネットワーク戦士(ネットワークウォリアー)
矢野健太郎による漫画。月刊少年チャンピオン1986年4月号に掲載された読みきり作品と、それをプロローグとした月刊少年ジャンプ増刊ホビーズジャンプ1986年Vol.8/1月20日号から1988年vol.14号/1月20日号までに連載された作品からなるSF巨編。
真・女神転生』およびそのシリーズ
株式会社アトラスより発売されたゲームタイトル。
本作品のストーリーは、主人公がパソコン通信ネットワークDDS-NET上でSTEVENというハンドルネームを持つ者より配布された「悪魔召喚プログラム」を入手するところから始まる。派生作品である『真・女神転生デビルサマナー』でもDDS-NETを使ってチャットを行っている描写が見られる。別の派生作品である『魔神転生』では、パソコン通信中のキャラクタユーザインタフェースを模したデモがある。
マンガ パソコン通信入門 - 笑って体験、はじめの一歩
1996年9月、講談社ブルーバックスから刊行された漫画。
ブルーバックスでは珍しい学習漫画荻窪圭が原作を、永野のりこが漫画を担当している。恋人のユキの趣味がパソコン通信だということを知って、大手商用パソコン通信に参加することになるトオルが主人公。パソコンに関しては全くの素人の彼が戸惑いつつもユキのレクチャーを受けながら学んでいく様がコメディタッチに、またときにはしんみりと描かれる。パソコン操作の入門書としてもラブストーリーとしても良くできていたが、刊行時期や購買層の関係からか知名度はあまり高くなく知る人ぞ知る名作となってしまった。
小説 金田一少年の事件簿 電脳山荘殺人事件
1996年4月、講談社マガジンノベルス。
人気推理漫画『金田一少年の事件簿』の小説版。パソコン通信で知り合った男女7人が吹雪の山荘に集う。そこで起こる連続殺人事件に金田一少年が挑む。ハンドルネームやBBS、OFF会などパソコン通信特有の用語が登場する。
仮面舞踏会-伊集院大介の帰還-
1995年4月、講談社 栗本薫による小説。
伊集院大介シリーズの一作。パソコン通信ネットワーク「コンピュートピア(作者の創作で特定のモデルは存在しない)」で人気な正体不明のユーザー「姫」。「姫」とリアルでも友人で唯一正体を知る浪人生滝沢稔(ハンドルネーム「アトム」)は、「姫(実は男性)」から取り巻きたちとの初オフ会での替え玉になってもらった女子大生が殺されてしまったと聞き事件の真相解明に乗り出す。ネカマ(作中ではネットおカマ)が登場し、ラストではネットいじめが行われた可能性が示唆されている。また作中では真相解明のために自作自演が行われている(情報収集のため2つのハンドルを使い分けているので厳密にそうとは言い切れないが)。リアルでは終始稔の家が舞台でネットでのチャットがメインの為安楽椅子探偵ものでもあり、作中でのチャット場面では顔文字も使われている。

脚注[編集]

  1. ^ ちなみに同書によれば1990年頃のモデムの価格は1200bpsが2万円以下、2400bpsが4万円台。

出典[編集]

  1. ^ 丸田一『地域情報化の新しい潮流(2)』(放送大学ラジオ特別講義・2007年)
  2. ^ ピクニック企画, 堤大介, ed (1990-03-01). “パソコン通信” (日本語). 『電脳辞典 1990's パソコン用語のABC』. ピクニック企画. pp. 182. ISBN 4-938659-00-X. 
  3. ^ ばるぼら『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』翔泳社、2005年、p.432
  4. ^ 小林憲夫『ゼロから会員200万人を達成した ニフティサーブ成功の軌跡』コンピュータ・エージ社、1997年、p.49
  5. ^ 「PC-VAN、ニフティサーブ 2大ネットで3分の2」『中日新聞』1995年7月7日号。当時、商用パソコン通信サービス利用者は300万人でそのうち3分の2を両サービスが占めたという記事。
  6. ^ 小林、1997年、p.2
  7. ^ FORSIGHTライブラリィ[1]より
  8. ^ 『ヒット商品物語』p.251 インターコム営業本部部長 米田守 (1988年当時)
  9. ^ 安田幸弘、1989、『パソコン通信の常識読本』、日本実業出版
  10. ^ a b c 長沢英夫(編)、1988、『パソコンベストソフトカタログ』、JICC出版局
  11. ^ a b c 「DataSheet-通信ソフト」、『ネットワーカーマガジン 1992年秋号』所収、アスキー、1992年10月、PP203-208。
  12. ^ 『ヒット商品物語』pp.250-251
  13. ^ 『ヒット商品物語』pp.252-254
  14. ^ または遊び全部。『ヒット商品物語』 pp.247-249, p.251
  15. ^ 『ヒット商品物語』 p.231
  16. ^ 東京電脳倶楽部、1994、『パソコンソフト徹底評価』  ISBN 4-534-02244-1 
  17. ^ 『徹底評価』p.136
  18. ^ 東京電脳倶楽部、1994、『パソコンソフト徹底評価』  ISBN 4-534-02244-1
  19. ^ 安田幸弘、1989、『パソコン通信の常識読本』、日本実業出版
  20. ^ 東京電脳倶楽部、1994、『パソコンソフト徹底評価』  ISBN 4-534-02244-1
  21. ^ 『徹底評価』p.140
  22. ^ 安田幸弘、1989、『パソコン通信の常識読本』、日本実業出版

参考文献[編集]

  • THE COMPUTER編集部(編)、1991、『パソコンヒット商品物語』、ソフトバンク ISBN 4-89052-194-1 - 「まいと〜く」について

関連項目[編集]