内野聖陽

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うちの まさあき
内野聖陽
本名 内野聖陽
生年月日 1968年9月16日(40歳)
出生地 日本の旗,神奈川県横浜市港北区
血液型 AB型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1995年-
主な作品
『風林火山』『ゴンゾウ 伝説の刑事

内野 聖陽(うちの まさあき、1968年9月16日 - )は、神奈川県横浜市港北区出身の日本俳優。本名同じ。血液型はAB型。身長177cm。文学座所属。

目次

[編集] 来歴

  • 世田谷学園中学校・高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒。在学中は早稲田大学英語会(WESS)に所属。
  • 初めての演劇は英語劇(ちなみにファーストキスはこの舞台)。プレイボーイな役を演じたがこれで一時期舞台が嫌になり大学2、3年は舞台裏にまわっていた。しかし、大学の終わりに舞台を演じたいと思うようになり、1992年、大学在学中に文学座研究所に入所(寺島しのぶと同期入所)。翌年に研修科1年となり、1997年に座員となった。
  • 1996年にNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』に出演し、その名前・演技力が広く世に知られるきっかけとなった(岩崎ひろみ演じる主人公・野田香子と将棋を通して結婚も、後に離婚する天才棋士・森山役)。
  • その後1997年のドラマ『ミセスシンデレラ』に出演し、F3層の人気を得る。また2003年の主演ドラマ『蝉しぐれ』の牧文四郎役と、2004年のドラマ『エースをねらえ!』の宗方仁役はかなりのはまり役とされ、この2作で更に新しいファンが増えた。
  • 舞台ではホームグラウンド・文学座の舞台を実力・動員で牽引したのはもちろん、他の舞台にも多数出演。現在もストレートプレイを活動のメインとしているが、更なる表現手法の開拓・増幅を目指し2000年に『エリザベート』で初めてミュージカル出演も果たす。この出演が、後の内野の表現法・私生活(後述)において重要なターニングポイントになった。
  • NHKドラマ『蝉しぐれ』の主人公・牧文四郎を演じて、放送文化基金出演者賞とモンテカルロ・テレビ祭の主演男優賞を受賞した。そして2007年放映のNHK大河ドラマ風林火山』で主役の山本勘助役を好演し、クランクアップ時の会見では「この作品を誇りに思っています」と語って男泣きした。
  • 私生活では『エリザベート』で知り合い交際を続けていた一路真輝と婚約発表(2006年5月)。7月末に一路と入籍(公表は8月)、10月末に一路が女児を出産。入籍時点で『風林火山』の撮影に入っており、披露宴は風林火山の撮影が終了した2007年10月25日に行った。

[編集] エピソード

  • 寺院の子息であるが、本人はそれを嫌っている。
  • 最近ではテレビドラマなどへの出演も多いものの、現在も舞台でコンスタントに活動している。演技力のある俳優として評価は高い。また実直で気づかいができる善良な内面性も関係者・内野のファンの間で知られている。
  • テレビドラマ「街角」の監督にめいっぱいしごかれたが、これが俳優としての向上になった。
  • 役柄での一人称は『俺』が多いが、実際は『僕』。ただしブログの時は『俺』だった。
  • バラエティ番組にはめったに出演しないが、『風林火山』主演を機にNHKのトーク番組にはよく出演するようになった。
  • 楽屋には誰よりも早く入り、準備している(『風林火山』にて)。
  • 台本の一つ一つを大切にしており、捨てずにとっている。
  • フジテレビ笑っていいとも!』の1コーナー「ニャニャニャミュージック」で、平井堅の『瞳を閉じて』を歌えなかった。ただし『ロッキーのテーマ』はノリノリで歌っていた。
  • 二足で直立したことで有名なレッサーパンダ「風太くん」の存在を知らなかった。
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[編集] 出演作品

[編集] 舞台

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[編集] その他のテレビ番組

[編集] ラジオドラマ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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