阿川佐和子

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阿川 佐和子
誕生 1953年11月1日(60歳)
日本の旗 日本東京都
職業 エッセイスト
タレント
最終学歴 慶應義塾大学文学部西洋史学科
主な受賞歴 1999年:講談社エッセイ賞(『ああ言えばこう食う』』)
1999年:坪田譲治文学賞(『ウメ子』)
2008年島清恋愛文学賞(『婚約のあとで』)
配偶者 未婚
親族 祖父:阿川甲一
父:阿川弘之
兄:阿川尚之
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あがわ さわこ
阿川 佐和子
プロフィール
生年月日 1953年11月1日
現年齢 60歳
出身地 日本の旗 日本東京都
血液型 O型
公称サイズ(2008年4月時点)
身長 / 体重 150 cm / kg
活動
デビュー 1981年昭和56年)
ジャンル タレントエッセイスト
モデル: テンプレート - カテゴリ

阿川 佐和子(あがわ さわこ、1953年11月1日 - )は、日本のエッセイストタレントである。独身

経歴[編集]

1953年昭和28年)、作家阿川弘之の長女として東京都に生まれる。幼少期(2歳)の1年間は広島市伯母宅で育った[1][2]。その後、東京の鷺宮四谷へと移る。

東洋英和女学院中学部・高等部を経て、慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。卒業後は織物職人を目指し、様々なアルバイトを経験する。

1981年昭和56年)、『朝のホットライン』でリポーターを務めたことを皮切りに、1983年昭和58年)より報道番組『情報デスクToday』のアシスタントを、1989年平成元年)からは『筑紫哲也 NEWS23』のキャスターを務めた。1992年平成4年)米国ワシントンへ渡米、帰国後『報道特集』のキャスターとなる。

報道キャスターとして硬派な報道番組に出演し続けていたが、1998年平成10年)、討論型バラエティー番組『ビートたけしのTVタックル』で進行役に就任。ビートたけし大竹まことという強烈な個性を持つ共演者によって、バラエティタレントとしての才能も引き出されるようになり、以降、バラエティ番組に出演する機会が増える。

檀ふみ安藤優子平野レミと親交が深い。特に檀とは父親が有名作家同士であることから親密であり、共著が多く、CMでも共演している。

エピソード[編集]

自身の名前の由来[編集]

「佐和子」という名前を名づけたのは父・弘之であるが、これは阿川家とは縁もゆかりもない「南佐和子」という女性の墓石から父が勝手に取ったものである。これは、兄・尚之の出生時、父が(なぜか)女の名前しか用意しておらず、男児誕生のしらせを受けて病院へ向かう道すがら、偶然通りかかった立山墓地(青山霊園の飛び地)の墓石の「南尚之」という文字が目に入り、この名前を拝借して尚之と名付けたため、次に生まれた佐和子も、同じ南家の墓石から名付けられた。2009年6月8日のNHKわたしが子どもだったころ』にて、この「南家」の墓へ参る様子が放映された。なお、縁もゆかりもない墓石から命名されたことに関して、周囲からは「怖くない?」などと言われたが、自身は特にネガティブな感情はなく、むしろ「勝手に名前を貰って申し訳ない」という気持ちだったと語っている。

童謡「サッちゃん」[編集]

童謡「サッちゃん」の作詞者・阪田寛夫と佐和子の父である阿川弘之は友人関係にあり、鷺宮で互いの自宅もすぐそばだった。『週刊文春』での対談で、阪田はこの歌のモデルは阿川佐和子であると語っていたが、その後、実は佐和子ではなく「幼馴染の少し影のある少女“さちこ”が転園したときの思い出を書いた曲」であると言われたと、佐和子が発言している[3]

新幹線のぞみ号の名付け親[編集]

新幹線のぞみ号の名付け親である。新型新幹線の名称決定委員に任命された際、鉄道好きの父・弘之から「日本国鉄の列車の名前は歴代すべて大和言葉でつけられてきた」とのアドバイスを受ける。候補に挙がった名前で大和言葉は「つばめ」しかなく、委員会の終盤に父の言葉とともに、最有力候補となっていた「希望(きぼう)」を大和言葉にすると「のぞみ」になることを述べ、最終的にこれが採用されることとなった[4]

『TVタックル』[編集]

過去のお見合い相手の何人かは国会議員となっており、『ビートたけしのTVタックル』で再会することもしばしばであるという。同番組では、時に司会者のビートたけし大竹まこと、さらには浜田幸一三宅久之らパネリストを手玉にとっており、彼らも驚く爆弾発言が飛び出すこともある。話題が恋人との付き合い方になった際、たけしが「週2回はがんばらないとね」と発言すると阿川は「たった週2回ですか?」と切り返し、笑いを誘った。なお、番組に於ける阿川の位置づけは「悪党党副総裁」である。

ナビゲーターの江口ともみが怪我で休んでいる時、阿川が代わりにナレーションを行うと、たけしから「だめだよ阿川さん、そんなにスラスラやったら。こういう時は、たどたどしくやって『私がいないとだめなんだわ』と思わせてあげなきゃ」と指摘され、その次の回では少々たどたどしくナレーションを行った。

議論が白熱、あるいは暴走し始めてしまい話ができない状態になると、一部の与野党議員は阿川に話を振って自らの話を展開しようとする姿がしばしば見受けられるが、この場合大概周囲が静かになり、話が出来るようになる。

永田町時代劇に「おねだり妻・お幸の方」役で出演した際、ゲストから絶賛され「私はおねだりしません!」と猛否定した。

2010年平成22年)11月1日に放送されたテレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』で9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件の映像公開問題について映像公開を消極的な政府について「表向きには穏便にって言っといて、YouTubeに流せばいいのに」と発言。放送されて3日後の11月4日尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件が発生した。

幻の『男女7人夏物語』出演[編集]

2013年平成25年)6月22日にフジテレビで放送(関西テレビでは6月15日に放送)された『さんまのまんま』にゲストとして出演した阿川が語ったところによると、明石家さんまが主演したドラマ『男女7人夏物語』で主要登場人物7人のうちの1人を俳優以外から選ぶ方針があり、その人選の中で阿川もまた出演者の候補として挙げられていた。しかし放送当時、阿川は報道系番組『情報デスクToday』に出演していたこともあり、事務所が阿川本人に無断で出演の話を断ってしまい、後にその事実を知らされた阿川は幻のドラマ出演をとても残念がった。なお、その役は小川みどりがつとめた。[5]

その他[編集]

2006年5月7日フジテレビ『スタ☆メン』という日曜夜の情報番組の生放送(この日の特集のテーマは「少子化大国ニッポン!」)で阿川が「……やっぱり産んでおけば良かった。私の世代はデキちゃった婚はなかったから……」と言ったら、橋下徹(タレント、弁護士)が「阿川さん、今のボクなら絶対一発で命中させることが出来ますよ!」と言った[6]。テレビの生放送に慣れた爆笑問題ですら呆れ返り「ハシモト! 完全なセクハラだぞ」「弁護士なら酒場でも言うことじゃない!」とツッコミをかぶせて異様な空気を収拾した[6]

受賞歴[編集]

家族・親族[編集]

阿川家[編集]

祖父阿川甲一
壮年の頃)
山口県美祢市伊佐町、広島県広島市中区白島九軒町神奈川県横浜市東京都

出演[編集]

テレビ[編集]

など

ラジオ[編集]

通常は2年ごとにコメンテーターが更新されるが、2012年度は親友の壇ふみに引き継ぐ。
  • 阿川佐和子「え?そこまで言うの?」(西日本放送、南海放送ほか)

CM[編集]

著書[編集]

エッセイ[編集]

  • 笑ってケツカッチン 筑摩書房、1988 のち文庫
  • 走って、ころんで、さあ大変 文藝春秋、1990 のち文庫
  • ときどき起きてうたた寝し 文藝春秋、1991 のち文庫
  • メダカの花嫁学校 世界文化社、1991 のち文春文庫
  • あんな作家、こんな作家、どんな作家 講談社 1992.9 のち文庫
  • その場しのぎの英会話 カタコトでも一年間住んじゃった 光文社 1993.8 カッパ・ホームス のち知恵の森文庫
  • きりきりかんかん 文藝春秋、1993 のち文庫
  • どうにかこうにかワシントン 文藝春秋、1994 のち文庫
  • お見合いバンザイ…!? 講談社、1995 「阿川佐和子のお見合い放浪記」+α文庫
  • おいしいおしゃべり 東京書籍、1996 のち幻冬舎文庫
  • 無意識過剰 文藝春秋、1998 のち文庫
  • 旅の素 さわこのこわさ 旅行読売出版社 1999.6 「タタタタ旅の素」文春文庫
  • 今さらながらの和食修業 集英社 1999.10 のちbe文庫
  • いつもひとりで 大和書房、2000 のち文春文庫
  • いい歳旅立ち 講談社、2002 のち文庫
  • もしかして愛だった 大和書房、2002 のち文春文庫
  • トゲトゲの気持ち 中央公論新社、2003 のち文庫
  • サワコの和 幻冬舎 2004.3 のち文庫
  • オドオドの頃を過ぎても 新潮社、2004 のち文庫
  • 空耳アワワ 中央公論新社 2005.3 のち文庫
  • グダグダの種 大和書房 2007.7 のち文庫
  • 残るは食欲 マガジンハウス 2008.9
  • 魔女のスープ 残るは食欲 2 マガジンハウス 2010.9
  • 聞く力―心をひらく35のヒント 文春新書 2012.1
  • 娘の味 残るは食欲 3 マガジンハウス 2012.5

小説[編集]

  • ウメ子 小学館、1999 のち文庫(第15回坪田譲治文学賞)
  • 恋する音楽小説 講談社、2001 のち文庫
  • マチルデの肖像 〜恋する音楽小説2〜 講談社、2003 のち文庫
  • 屋上のあるアパート 講談社、2003 のち文庫
  • スープ・オペラ 新潮社、2005 のち文庫
  • 婚約のあとで 新潮社、2008 のち文庫
  • ギョットちゃんの冒険 スタジオジブリ編 大和書房 2008.7
  • うからはらはら 新潮社、2011
  • 正義のセ 角川書店(角川グループパブリッシング)、2013.3.1
  • 正義のセ 2 角川書店(角川グループパブリッシング)、2013.3.26
  • 正義のセ 3 角川書店(角川グループパブリッシング)、2013.3.26

対談集[編集]

  • 男は語る 私と12人の話題の男たち PHP研究所 1992.3 のち文春文庫
  • 阿川佐和子のこの人に会いたい 文春文庫、1997
  • 阿川佐和子のアハハのハ この人に会いたい 2 文春文庫 1999.7
  • 阿川佐和子のガハハのハ 文藝春秋、2001 のち文庫(この人に会いたい3)
  • 阿川佐和子のワハハのハ 文藝春秋、2003 のち文庫(この人に会いたい4)
  • 阿川佐和子の会えば道づれ この人に会いたい5 文春文庫、2007
  • 阿川佐和子の会えばなるほど この人に会いたい6 文春文庫、2007
  • 阿川佐和子の会えばドキドキ この人に会いたい 7 文春文庫、2009
  • 阿川佐和子の世界一受けたい授業―第一人者14人に奥義を学ぶ 文藝春秋 2012.10

共編著[編集]

  • 二人の手紙 神津カンナ 徳間書店 1994.1 のちちくま文庫
  • 蛙の子は蛙の子―父と娘の往復書簡 (阿川弘之共著)筑摩書房 1997.3 のち文庫
  • ああ言えばこう食う 往復エッセイ(檀ふみ共著)集英社、1998 のち文庫
  • ああ言えばこう[嫁×]行く 往復エッセイ(檀ふみ)集英社、2000 のち文庫
  • 吉右衛門のパレット 中村吉右衛門共著 稲越功一写真 新潮社 2000.12
  • 佐和子流人生の磨き方(編著) 扶桑社 2001.12 ザ・ロングインタビュー 3
  • モテたい脳、モテない脳 澤口俊之共著 ベストセラーズ 2003.5 のち新潮文庫
  • 太ったんでないのッ!? (檀ふみ)世界文化社、2003 のち新潮文庫
  • けっこん・せんか (檀ふみ)文藝春秋、2004 のち文庫
  • 「夏彦の写真コラム」傑作選 2(1991-2002) 山本夏彦(編) 新潮文庫 2004.5
  • ピーコとサワコ ピーコ共著 文藝春秋 2005.2
  • アガワとダンの幸せになるためのワイン修業 檀ふみ 幻冬舎 2005.9
  • 男女の怪 養老孟司共著 大和書房 2006.6 のち文庫
  • すずめのほっぺはなに色ですか? 教えて!gooの本 マガジンハウス 2006.6
  • 古寺巡礼京都32 高山寺 小川千恵共著 淡交社 2009.4
  • 悪口の愉しみ (檀ふみ)

翻訳[編集]

  • 嫉妬 女のホンネと心理 ベツィー・コーエン 三笠書房 知的生きかた文庫 1994.5 改題「嫉妬の心理学」
  • あさごはんたべたのだれ? ビビアン・フレンチ 小学館 1997.8
  • ジャックと豆の木 リチャード・ウォーカー話 ブロンズ新社 2000.2

関係する主な人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2008年 9・10月号阿川佐和子さん - リーガロイヤルホテルグループ
  2. ^ 自著「ときどき起きてうたた寝し」1991年、文藝春秋、21-22頁
  3. ^ 2011年3月18日放送、TBS系『ぴったんこカン・カンスペシャル』
  4. ^ 「週刊文春」2007年3月15日号、「阿川佐和子のこの人に会いたい」より
  5. ^ さんまのまんま バックナンバー[1]
  6. ^ a b 話題の連載を期間限定公開!週刊藝人春秋 橋下徹(1)