浅野ゆう子

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あさの ゆうこ
浅野 ゆう子
本名 赤沢 裕子
生年月日 1960年7月9日(51歳)
出生地 兵庫県神戸市
国籍 日本の旗 日本
身長 167cm
血液型 AB型
職業 女優
活動期間 1972年 -
主な作品
君の瞳をタイホする!
抱きしめたい!
ハートに火をつけて!
長男の嫁
備考
身長167cm、体重50kg
スリーサイズはB81,W55,H87

浅野 ゆう子(あさの ゆうこ、本名: 赤沢 裕子、1960年7月9日 - )は、日本女優歌手である。アァベェベェ所属。

目次

[編集] 人物

兵庫県神戸市東灘区出身。神戸市立本山中学校を経て、堀越高等学校(東京都中野区)卒業。

[編集] 略歴

[編集] 生い立ち

3歳で父と別れ、母と親戚の家を転々とした。幼いころから芸能志望で、母親も娘を芸能人にさせるべく小学生のころから歯の矯正をさせた。幼少時代から大人びており、たまたま行った公開放送でスカウトされた。

中学生のころは、京王線代田橋駅そばの寮から学校へ通う。TBS系列で放送されていた『歌う新人王決定戦』で優勝したことがデビューのきっかけとなる。

[編集] デビュー

初め浅野は、アイドル歌手としてデビュー(当時、研音/RCAレコード所属)し、「ジャンプするカモシカ」をキャッチフレーズに活動していた。

しかしながら、当時の女性アイドルは小柄であることが好ましいとされており、浅野のような長身で日本人離れしたプロポーションのアイドルは珍しい存在であった。歌がうまくないのにミニスカートホットパンツなどでスタイルを強調していた浅野は女性からの反撥を受けたこともあり、アイドル歌手としては大成しなかった。

一方、ルックスが大人びていた浅野は、テレビドラマ『太陽にほえろ!』に、警察署の事務員(お茶くみ)役として出演したが、実際には当時の浅野はまだ中学生であった。

[編集] モデルから本格的に女優へ

歌を実質休業状態になった1980年代からは、様々な会社の水着キャンペーンモデルなど企業広告で活躍した。ただし、水着での初出は1979年昭和54年)のカネボウ化粧品CF「一気にこの夏チャンピオン」から。

「この頃テレビの仕事は2時間ドラマが年2本程度」[1]。しかし、1988年昭和63年)にフジテレビ連続ドラマ君の瞳をタイホする!』のヒロイン・シングルマザー役に抜擢され、さらにドラマ『抱きしめたい!』で女性からの圧倒的な人気を得て、トレンディー女優の代名詞となった。

W浅野』と呼ばれた浅野温子との競演で、「トレンディドラマの女王」とも称された。1990年代初頭には、W浅野を意識した服装が大いに流行した。

[編集] 人間関係など

憧れの女優は、野際陽子である。また、野際も浅野を評価しており、自身が多くのドラマで幾度となく演じた姑役について、「私の後(の姑役)は、浅野ゆう子さんにでもお願いしようかしらね。」と、浅野を後継者にしたいと語っている。

俳優として駆け出しで、なかなか仕事に恵まれなかった頃の唐沢寿明に「爽やかな路線でいってみてはどうか?」とアドバイスをした結果、後のブレイクに繋がったとして、「私の恩人」と、著書で評されている。

私生活では未婚である。

[編集] 脚に関するエピソード

デビュー当時、「脚の長さ99センチ」と騒がれ、一部マスコミから「股下99センチ」あるいは「股下1メートル」とまでいわれたが、「明星」誌上で読者からの「そんなにないのでは?」という質問に「股下ではないんです。腰骨から下が99センチなんです。ホントなのよ。信じてくださいね」と答えている(デビュー時は身長165cm)。この「腰骨下の長さ」は年を経るにつれ、101cm、はては107cmまで伸びたと報じられた。

股下は月刊プレイボーイに81.5cmと書かれたが、他誌には83cmと書かれたこともある。

岡田晋吉は『太陽にほえろ!伝説 増補決定版』で、「まだ十代の浅野ゆう子が『お茶くみさん』として出演している。彼女が石原裕次郎に会っての第一声が『あら、私のほうが股下が長い』だった。石原さんは目を白黒させていた。」と記している。デビュー間もない頃の『うわさのチャンネル』出演中、和田アキ子せんだみつお達に足の長さを冷やかされ思わず意味もわからず、「私、どて高なんです」と発してしまったことがある。

スタイリストの三宅由美子は「困ることもあるんです。まず、脚が長すぎること。既製品のパンツは短すぎてダメなんです」と語っている。

[編集] その他エピソード

  • 元々は出身地柄、宝塚に入りたかったらしい。
  • 若い頃は、ものまね番組に出演し、風吹ジュン等のものまねを披露していた。
  • 80年代後半〜90年代前半にデビューした俳優、お笑い芸人から「バブル期の大御所」、「ボディコンといえばゆう子」と言われている。
  • 1991年の『NHK紅白歌合戦』では鼻の骨を骨折していたが、気丈に隠しながら司会を続けた。
  • フジテレビ系『笑っていいとも!』の『テレフォンショッキング』に陣内孝則と並び19回の最多出演となっている(2010年10月21日出演時点)。また、マイケル・ジャクソンの大ファンだったので、1980年代の日本公演で追っかけをしたことがあり、「日本の女優で唯一食事を一緒にした、場所は葉山です。」と発言[2]

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 映画(吹き替え)

[編集] 舞台

  • 下関くじら屋(1979年)
  • 孤愁の岸(1989年)
  • 40カラット(1999年)
  • 私はだれでしょう(2007年)
  • 大奥(2007年)

[編集] バラエティ

ゲスト出演

[編集] 音楽

[編集] シングル

  1. とびだせ初恋  (1974.05.25)
    (c/w) あこがれのあの人
  2. 恋はダン・ダン (1974.08.25)
    (c/w) ケンを愛さないで
  3. ひとりぼっちの季節 (1974.12)
    (c/w) 大人になりたくない
  4. 彼 (1975.03)
    (c/w) 心がほしい
  5. 太陽のいたずら (1975.06.05)
    (c/w) 夢みる季節
  6. 青い誘惑 (1975.09)
    (c/w) 愛をありがとう
  7. 卒業アルバム (1976.01)
    (c/w) 憶えてますか
  8. セクシー・バス・ストップ (1976.04.25)
    (c/w) ブルー・ライト・ヨコハマ
  9. ハッスル・ジェット (1976.08.25)
    (c/w) LOVE BEAT 3-3-7
  10. ムーンライト・タクシー (1976.12.05)
    (c/w) リンゴの心
  11. オー!ミステリー (1977.04.25)
    (c/w) スーパー・ウーマン
  12. ぽつりぽつり (1977.10.25)
    (c/w) サンセット・シーサイド
  13. センチメンタル海岸 (1978.04)
    (c/w) 朝日の前に
  14. サマーチャンピオン (1979.04.05) - ※カネボウ化粧品'79夏キャンペーンCM曲
    (c/w) 仮面舞踏会
  15. ストップ・ザ・カンバセーション (1979.10)
    (c/w) ブルー・&・グレイ
  16. 沖縄サンバ (1980年)
    (c/w) 灼けつく想い
  17. 半分愛して(LOVE ME BY HALF) (1980年)
    (c/w) グッド・バッド・マン
  18. 気分はアカプルコ (1981年)
  19. バレンチノ インフェルノ (1981年) - ※三楽オーシャンCM曲
    (c/w) ピンナップ・ガール
  20. NOMBRE NOIR〜抱かれるままに (1985年)
    (c/w) REZA
  21. 嘘も本気でピュアなハートで(Jelly Beans) (1997.02.05)※田中美佐子との2人組ユニット「Jelly beans」
  22. DAY TO DAY(Jelly Beans)

[編集] アルバム

  1. とびだせ初恋 (1974年8月)
  2. 太陽のいたずら (1975年8月)
  3. セクシー・バスストップ (1976年8月)
  4. YUKO IN DISCO (1976年11月)
  5. オー! ミステリー (1977年7月)
  6. ぽつりぽつり (1977年11月)
  7. ストップ・ザ・カンバセーション (1980年1月)
  8. ヒット・コレクション (1999年11月)

[編集] 作詞

[編集] 書籍

  • 転がる女にコケはつかない(1993年、扶桑社
  • 親子ごっこ(1998年、扶桑社)

[編集] 受賞

  • 第16回日本レコード大賞新人賞(1974年)
  • テレビジョンATP賞特別賞(1989年)
  • 第27回 ゴールデン・アロー賞放送賞(1990年)
  • ベストドレッサー賞(1990年)
  • 第1回 フランス政府観光局女親善賞受賞(1991年)
  • 第12回 メンズ・クラブ ベストドレッサー賞(1994年)
  • 第19回 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(1995年)
  • 第8回 石原裕次郎賞(1995年)
  • 第3回 京都うずまさ映画祭俳優賞(1995年)
  • 第1回 SAKHA VIRGIN DIAMOND AWARD 2005 受賞(2006年)

[編集]

  1. ^メントレG』の2007年1月5日の放送より本人談
  2. ^ 『テレフォンショッキング』2009年7月22日放送より

[編集] 外部リンク

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