ドリス・デイ

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Doris Day
ドリス・デイ

1955年の『情欲の悪魔』でのドリス・デイ
本名 Doris Mary Ann von Keppelhoff
生年月日 1922年4月3日(87歳)
出生地 アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ
国籍 アメリカ合衆国
ジャンル 歌手映画女優
活動期間 1939年 - 1986年

ドリス・デイDoris Day1922年4月3日 - )は、アメリカ合衆国女優歌手オハイオ州シンシナティ出身。本名はDoris Mary Ann von Keppelhoff(ドリス・メアリー・アン・ヴォン・カッペルホフ)。

[編集] 経歴

父はドイツ出身の音楽教師で、両親は彼女が10歳の時に離婚。ドリスの名はサイレント映画女優のドリス・ケニヨン(en:Doris Kenyon)から名付けられた。子どもの頃から歌や踊りが好きでバレリーナをめざしていたが、15歳の時に交通事故に遭い、激しい踊りができなくなりその夢を断念。しかし歌の方は続け、18歳の時にジャズバンドのレス・ブラウン楽団に専属歌手として参加。バンドメンバーのアル・ジョーダンと結婚し、息子テリー(のちにレコードプロデューサーとなる)を出産するが、1942年、20歳の時に離婚。2年後、このバンドのリーダーだったレスター・ブラウンの提供した「センチメンタル・ジャーニー (Sentimental Journey)」を歌い、大ヒットさせる。

1946年、24歳の時に2度目の結婚をするも、わずか8ヶ月で破局。離婚直後にワーナー・ブラザーズのオーディションを受け、同社と契約。1948年の『洋上のロマンス』で映画デビューする。評判はよく1949年に2本、1950年に主題歌もヒットした『二人でお茶を』など3本、1951年には5本も出演するほどのど売れっ子になった。同年エージェントだったマーティン・メルチャーと結婚。また1953年西部劇ミュージカル映画『カラミティ・ジェーン』の大ヒットで人気を不動のものとした。1956年の『知りすぎていた男』の劇中で歌った「ケ・セラ・セラ (Que sera sera)」が大ヒットし、アカデミー歌曲賞を受賞した。

1968年に夫が亡くなり映画界を引退、活躍の場をテレビに移し『ドリス・デイ・ショー』(1968年-1973年)を中心に活躍することになる。1976年に4度目の結婚をするが、1981年には離婚。その後は動物愛護に力を注ぎ、カリフォルニア州のカーメルに設立した「Doris Day Animal League」で、家庭内ペットの世話の方法などを指導している。

[編集] 主な出演作品

  • 情熱の狂想曲 Young Man with a Horn (1949年)
  • 二人でお茶を Tea for Two (1950年)
  • カラミティ・ジェーン Calamity Jane (1953年)
  • 情欲の悪魔 Love Me or Leave Me (1955年)
  • 知りすぎていた男 The Man Who Knew Too Much (1956年)
  • 影なき恐怖 Julie (1956年)
  • パジャマゲーム The Pajama Game (1957年)
  • 先生のお気に入り Teacher's Pet (1958年)
  • 愛のトンネル The Tunnel of Love (1958年)
  • 夜を楽しく Pillow Talk (1959年)
  • ママは腕まくり Please Don't Eat the Daisies (1960年)
  • 誰かが狙っている Midnight Lace (1960年)
  • 恋人よ帰れ Lover Come Back (1961年)
  • ミンクの手ざわり That Touch of Mink (1962年)
  • ジャンボ Billy Rose's Jumbo (1962年)
  • スリルのすべて The Thrill of It All (1963年)
  • 女房は生きていた Move Over, Darling (1963年)
  • 花は贈らないで! Send Me No Flowers (1964年)
  • ただいま熱愛中 Do Not Disturb (1965年)
  • マーメイド作戦 The Glass Bottom Boat (1966年)
  • おしゃれスパイ危機連発 Caprice (1967年)
  • ニューヨークの大停電 Where Were You When the Lights Went Out? (1968年)
  • ドリス・デイ・ショー(ママは太陽) The Doris Day Show (TV 1968年-1973年)

[編集] 外部リンク

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