飛行機恐怖症

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飛行機恐怖症(ひこうききょうふしょう)とは、飛行機に搭乗することに対して恐怖を感じる症状のことである。恐怖症のひとつ。

概要[編集]

原因は、過去に死者が出た航空事故及び事件の報道(例えば、1985年の日本航空123便墜落事故の映像や、2001年のアメリカ同時多発テロ事件ニューヨーク世界貿易センタービルハイジャックされた旅客機が突入した映像が繰り返し流された)によるトラウマ、過去に自分や知り合いの乗った便が何らかのトラブル・事故に巻き込まれた経験を体験したり聞かされたりした事、金属製の巨大な物体が空中に浮かぶことが不思議で理解できない事、などが挙げられる。

飛行機恐怖症は、墜落への恐怖、閉所への恐怖、高所への恐怖、死ぬ恐怖、パニック状態になることへの不安、状況をコントロールできない無力感、テロへの不安などが、入り混じったものである。

なお、航空機による死亡事故に遭遇する確率は、統計による実測値で50万分の1程度(中国)から200万分の1(アメリカ)程度(2004年 - 2005年)とされており、その他の死亡要因(疾病や飛行機以外の交通事故)と比較すれば、相対的には安全と言える(「航空事故」を参照)。毎日航空機に乗る乗員も、大多数の人は、事故に遭うこともなく、定年を迎える。

ただ、それでも航空機で事故に遭遇した場合は高い確率で死亡すること(自動車や鉄道の場合は死亡事故も発生するが、飛行機と比べると低速であって上空ではなく地上を動くことから軽傷で済む事故の方が件数が高い)、一度飛行機に乗ってしまうと、起こり得る危機に自分の意思で対応・対処できる余地が全く無い事が、心情的な抵抗感を及ぼすと思われる。

重度の場合は、医療機関で睡眠薬などの薬剤を処方したり、飛行機を使わざるを得ない移動が不可能となったりと、仕事や生活に支障を来たす場合もある。

飛行機恐怖症の著名人[編集]

  • 映画監督のラース・フォン・トリアーアメリカ合衆国を舞台にした映画を度々制作するが、ヨーロッパから出たことが皆無で、代わりに陸路移動で済むスウェーデンなどでロケを行っている。
  • アイザック・アシモフは、飛行機嫌いで、可能な限り自分で車を運転して出かけた[1]
  • ドリス・デイは、2004年にブッシュ大統領から賞をもらったが、飛行機恐怖症のため、授賞式には出席できなかった[2]
  • アメリカンフットボールのコーチ・解説者であるジョン・マッデンは、飛行機恐怖症のため、広大なアメリカを試合のたびにマッデン・クルーザーと呼ばれるキャンピングカーで移動している。このマッデン・クルーザーには、彼の選んだホース・トレイラーと呼ばれるMVPの顔を週ごとに塗装していた。飛行機で無ければ行けない、ハワイホノルルで行われるオールスター(プロボウル)での解説は皆無である。
  • サッカーオランダ代表選手デニス・ベルカンプは極端な飛行機恐怖症で、可能な限り陸路で長時間をかけて移動していた。代表や所属クラブチームが遠隔地で試合を行う場合、直前の試合を欠場して先に出発したり、遠征直後の試合に間に合わなかったりすることもあった。ベルカンプは、オランダ代表の先輩で「空飛ぶオランダ人」と呼ばれたヨハン・クライフと対比され、「飛ばないオランダ人」と揶揄された。
  • プロ野球選手の江川卓は国内の移動の場合、どんなに時間を要しても常に鉄道などを用いる。飛行機でなければ行けない、ハワイで開催された名球会のイベントの取材時には長嶋茂雄から「江川さん、よく飛行機乗れましたね」と言われたほどである。ちなみに、江川の妻は元客室乗務員である。
  • 元プロ野球選手の牛島和彦も飛行機恐怖症で知られる。現役時代、解説者時代、そして横浜ベイスターズの監督時代も、時には始発の新幹線や夜行列車を使うなどして極力陸路で移動している。
  • お笑い芸人のタモリは、「飛行機が嫌いですね。もう飛行機はダメですね。あのねぇ飛行場に行くと飛行機が飛び立つところを見ていると何かいたいけな感じがするんですよ。あの滑走路の端に行きますでしょう。その時に何かうなだれていってるような感じがするんですよね。」と発言している[3]。ちなみに、タモリは鉄道ファンである。
  • お笑い芸人の明石家さんまは、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の当日、東京で「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)の収録後、123便で大阪へ移動し、当時レギュラー出演していた生放送番組「MBSヤングタウン」(MBSラジオ)に出演予定であった。しかし、たまたま「ひょうきん」の収録が予定よりも早く終わったために、123便をキャンセルし、ひとつ前の便で大阪に向かい難を逃れた。さんまは「ヤングタウン」の放送中には言葉を失うほどのショックを受け、この事故をきっかけに新幹線で行ける範疇の場所(東京~大阪の往復など)へは飛行機ではなく新幹線を利用するようになった。

対策[編集]

(出典は主に英語版

  • 飛行機旅行がどのようなものかについて教育を受けることは、恐怖を減らす上で効果がある。飛行機が飛ぶ仕組みや、定期旅客機が安全に運行する仕組み[4]を理解することは、未知への恐怖を減らす上で役に立つ。また、離着陸に伴う機体の揺れ、雲を通過する際の揺れ、車輪を出し入れする音や振動、補助翼を操作する音などが、当然に起きることを知っていれば、恐怖は少なくなる。知識があれば、自分が知らない事に対して、最悪の事態を心配してなく済む。
  • 「恐怖心」 (fear) と「危険性」 (danger) を区別することが勧められる。危険性について非常に敏感になって、強い恐怖にかられていても、実際の危険性はあまり大きくない。実際の危険性は、すべての名古屋市民(人口約200万人)が、年に1回飛行機旅行をして、1名が亡くなるくらいである。名古屋市の年間の死亡者数は、2万人ほどである[5]が、飛行機事故で死ぬ人は、年に1人もいない。ガンや心筋梗塞や脳卒中に対する恐怖心をほとんど持たない人が、飛行機に対する恐怖心だけを強く持つのである[6]。ガンや心筋梗塞や脳卒中に強い恐怖を憶えるのであれば、対策を実践することができるが、飛行機に乗っている最中に、墜落への恐怖をいくら強く憶えても、不愉快なだけで、生存確率を増やすことにはあまり役立たない。また飛行機事故の死者数より、自動車事故の死者数の方が、はるかに多いが、恐怖心は、自動車に乗る方が少ない。ヒトは、進化心理学的な理由により、高さ(12km)に対する本能的恐怖心を持っているが、速さ(時速850km)や発がん性(宇宙からの放射線)に対する本能的恐怖心を持っていない。
  • もし、飛行機恐怖症の人が、操縦室の中で、機長の表情を見ることができれば、飛行は恐ろしくないと分かる。また通常の乱気流に遭遇しても何でもないと分かる。現実には、機長の表情を見ることはできないが、客室乗務員の表情を見ることはできる。映画「デイ・アフター・トゥモロー」では、この方法が勧められている。なお、小さい子どもは、本能に基づいて、いろいろな物事に恐怖を憶えるが、親の反応を見て、それを取り込んで、次第に恐怖を憶えなくなる。
  • この他、日常の活動に埋没して危険を忘れる方法がある。食事をする、映画を見る、本や雑誌を読む、音楽を聴く、目的地のことを考える、普段の仕事の続きをするなどである。また逆に、飛行の危険や日常生活の危険を直視し、合理的に対策を行い、残された時間で自分は何をするかを考える方法がある。スティーブ・ジョブズは、「明日死ぬとしたら、今日何をするか」を考えた。日野原重明は飛行機搭乗中に多くの原稿を書く。
  • 重症の場合は、医師から抗不安薬の処方を受ける場合がある。スタンフォード大学医学部の Frank Wilhelm らは、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬が、飛行機恐怖症に効果があると述べている[7]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Asimov, Isaac (1994). I. Asimov: A Memoir. New York: Doubleday. p125–129. ISBN 0-385-41701-2.
  2. ^ Doris Day Web Site
  3. ^ 徹子の部屋」(テレビ朝日、2002年12月27日)
  4. ^ 航空豆知識 日本航空
  5. ^ 名古屋市統計書
  6. ^ Perception of Risk Slovic
  7. ^ Acute and delayed effects of alprazolam on flight phobics during exposure

外部リンク[編集]