ユリエスキ・グリエル

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ユリエスキ・グリエル
Yuliesky Gourriel
ガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥス #10
Yulieski Gourriel on March 9, 2013 (1).jpg
基本情報
国籍 キューバの旗 キューバ
出身地 サンクティ・スピリトゥス州サンクティ・スピリトゥス
生年月日 1984年6月9日(29歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
196 lb =約88.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手二塁手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
五輪 2004年2008年
WBC 2006年2009年2013年
オリンピック
野球
2004 野球
2008 野球

ユリエスキ・グリエル・カスティーヨ(Yulieski Gourriel Castillo, 1984年6月9日 - )は、キューバ野球選手内野手三塁手二塁手)、右投右打。

キューバ国内リーグ "セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル" のガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥスに所属している。

経歴[編集]

17歳のときに国内リーグデビュー。2005-2006シーズンには本塁打打点の二冠王を獲得したほか、当時国内リーグ史上初の20本塁打・20盗塁を達成した[1]。2006-2007シーズンは本塁打数が半減してしまったが、これはこのシーズンから公式戦で使用されるボールが、ミズノ製のものから自国製のもの(いわゆる「飛ばないボール」)へ変更され、リーグ全体の打撃成績が低くなった影響と見られる[2]

国際大会では2004年アテネオリンピックをはじめ、2003年・2005年ワールドカップなどの国際大会でのキューバ代表の優勝に貢献。特に2005年のワールドカップでは8本塁打を記録し、他の選手を圧倒した。第1回WBCには二塁手として出場し、打率.273・出塁率.342・長打率.515の成績で大会ベストナインに選ばれた。

2006年7月末には「コロンビアで開催されている国際大会に遠征中、エドゥアルド・パレとともに亡命した」とESPNのウェブサイトで報じられ[3]ヤンキースが獲得に興味との噂が出たが、その後本人が否定した[4]

2008年北京オリンピックの決勝戦では1点ビハインドの9回に1アウト満塁のチャンスで併殺打を打ち、キューバは韓国に敗北、銀メダルに終わった。2012年7月に開催された第26回ハーレムベースボールウィークでは出塁率.500を記録、MVPに選ばれた。

2013年第3回WBCでは、オランダとの決勝ラウンド進出決定戦でエラーをするなど、大会打率.280の不振で終えた。チームはオランダに敗れ、決勝ラウンド進出を逃した。

人物・プレースタイル[編集]

5ツールプレーヤーであり選球眼も持ち味の万能型選手。現在のキューバ野球界で最高の選手とみなされており、国民的英雄オマール・リナレスの背番号10を継承。メジャーリーグベースボールのスカウトからは「もしドラフトで指名されるならば1巡目だ」と評価されている[5]

2014年2月4日にはMLB.comの取材に対して、「12年間キューバでプレーしてきたが、今は国外でプレーしたい」と話した[6]

グリエル家は "野球一族" である。父親ルルデス・グリエルは現役時代、10数年に渡る国家代表歴を持ち、バルセロナオリンピックでは金メダリストとなった名選手。現在はサンクティ・スピリトゥスの監督を務めている。またルルデスの弟、つまりユリエスキの叔父もチームの主力選手だった。ユリエスキの兄ユニエスキ・グリエルもサンクティ・スピリトゥスの外野手で、弟に比べ線が細くセンスも見劣りするが、レギュラーの座を保持している。

年度別打撃成績[編集]

[7]

















































O
P
S
2001-2002 SSP 87 376 353 59 106 26 5 7 163 50 7 6 4 6 8 1 5 33 3 .300 .320 .462 .782
2002-2003 90 385 333 57 97 20 4 16 173 65 12 3 0 3 45 7 4 41 5 .291 .379 .520 .899
2003-2004 55 241 215 49 77 14 7 9 132 42 7 3 0 2 19 0 5 25 4 .358 .419 .614 1.033
2004-2005 89 411 370 80 126 16 7 23 225 86 11 1 0 6 29 5 6 47 10 .341 .392 .608 1.000
2005-2006 90 413 349 89 114 19 11 27 236 92 21 4 0 6 51 11 7 30 3 .327 .416 .676 1.092
2006-2007 88 410 348 65 120 28 0 13 187 46 12 5 0 1 50 13 11 23 13 .345 .441 .537 .978
2007-2008 79 359 295 68 89 14 1 22 171 71 3 0 0 7 48 11 9 20 15 .302 .407 .580 .987
2008-2009 84 381 328 77 131 22 7 22 233 90 11 5 0 4 48 12 1 23 14 .399 .472 .710 1.182
2009-2010 89 407 344 90 125 17 2 30 236 105 5 4 0 3 54 12 6 29 11 .363 .455 .686 1.141
2010-2011 87 390 327 74 111 21 2 20 196 81 3 0 0 4 48 9 11 17 12 .339 .436 .599 1.035
2011-2012 89 396 321 58 104 18 0 22 188 85 14 4 0 7 61 19 7 34 10 .324 .434 .586 1.020
通算:11年 927 4169 3583 766 1200 215 46 211 2140 813 106 35 4 49 461 100 72 322 100 .335 .416 .597 1.013
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

参考資料[編集]

  1. ^ キューバシリーズ 2005-2006 ペナントレースの終了、並びにプレーオフ開始、及び個人タイトルについて」 『日本野球連盟』、2006年4月26日。2007年7月29日閲覧。
  2. ^ 第46回キューバリーグ(06-07シーズン) プレーオフ」 『日本野球連盟』、2007年3月26日。2007年7月29日閲覧。
  3. ^ ESPN.com news services, "Report: Cuban baseball players defect in Colombia," ESPN.com, July 28, 2006. 2007年7月29日閲覧。
  4. ^ Enrique Rojas, "Cuban star Gourriel has no interest in deserting," ESPN.com, August 2, 2006. 2007年7月29日閲覧。
  5. ^ John Manuel, "World Baseball Classic: Cuba's Yuliesky Gourriel," Baseball America, March 2, 2006. 2007年7月29日閲覧。
  6. ^ Jesse Sanchez (2014年2月4日). “Gourriel eyes baseball career outside of native Cuba”. MLB.com. 2014年2月5日閲覧。
  7. ^ [1]