ユリエスキ・グリエル
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 野球 | ||
| 金 | 2004 | 野球 |
| 銀 | 2008 | 野球 |
ユリエスキ・グリエル(Yuliesky Gourriel, 1984年6月9日 - )は、キューバの野球選手。内野手(三塁手・二塁手)、右投右打。キューバ国内リーグ "セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル" のサンクティ・スピリトゥスに所属している。2008年の北京五輪時点で、身長180cm(5' 11")・体重74kg(163lb)[1]。
万能型で、巧打・飛距離・守備・足・肩の全てを兼ね備えた選手。現在のキューバ野球界で最高の選手とみなされており、メジャーリーグベースボールのスカウトからは「もしドラフトで指名されるならば1巡目だ」と評価されている[2]。2006年7月末には「コロンビアで開催されている国際大会に遠征中、エドゥアルド・パレとともに亡命した」とESPNのウェブサイトで報じられた[3]が、その後本人が否定した[4]。
[編集] 経歴
17歳のときに国内リーグデビュー。2005-06シーズンには本塁打・打点の二冠王を獲得したほか、当時国内リーグ史上初の20本塁打・20盗塁を達成した[5]。翌2006-07シーズンは本塁打数が半減してしまったが、これはこのシーズンから公式戦で使用されるボールが、ミズノ製のものから自国製のもの(いわゆる「飛ばないボール」)へ変更され、リーグ全体の打撃成績が低くなった影響とみられる[6]。
国際大会では2004年のアテネ五輪をはじめ、2003年・2005年のIBAFワールドカップなどの国際大会でのキューバ代表の優勝に貢献。特に2005年のワールドカップでは8本塁打を記録し、他の選手を圧倒した。2006年のワールド・ベースボール・クラシックには二塁手として出場し、打率.273・出塁率.342・長打率.515の成績で大会ベストナインに選ばれた。
アテネ五輪では一時的に二塁手にコンバートされていたが、特に問題もなく守り、五輪後も国際大会では二塁手に就いていた。しかし国内では完全に三塁手一本であり、本人も三塁への拘りをもっているとされる[要出典]。
グリエル家は "野球一族" である。父親ルルデス・グリエルは現役時代、10数年に渡る国家代表歴を持ち、バルセロナ五輪では金メダリストとなった名選手。現在はサンクティ・スピリトゥスの監督を務めている。またルルデスの弟、つまりユリエスキの叔父もチームの主力選手だった。ユリエスキの兄ユニエスキ・グリエルもサンクティ・スピリトゥスの外野手で、弟に比べ線が細くセンスも見劣りするが、レギュラーの座を保持している。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
所 属 |
試 合 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠飛 | 四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
長 打 率 |
出 塁 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001-02 | SSP | 87 | 353 | 59 | 106 | 26 | 5 | 7 | 163 | 50 | 7 | 6 | 4 | 6 | 8 | 1 | 5 | 33 | 3 | .300 | .462 | .325 | .787 |
| 2002-03 | SSP | 90 | 333 | 57 | 97 | 20 | 4 | 16 | 173 | 65 | 12 | 3 | 0 | 3 | 45 | 7 | 4 | 41 | 5 | .291 | .520 | .382 | .902 |
| 2003-04 | SSP | 55 | 215 | 49 | 77 | 14 | 7 | 9 | 132 | 42 | 7 | 3 | 0 | 2 | 19 | 0 | 5 | 25 | 4 | .358 | .614 | .423 | 1.037 |
| 2004-05 | SSP | 89 | 370 | 80 | 126 | 16 | 7 | 23 | 225 | 86 | 11 | 1 | 0 | 6 | 29 | 5 | 6 | 47 | 10 | .341 | .608 | .398 | 1.006 |
| 2005-06 | SSP | 90 | 349 | 89 | 114 | 19 | 11 | 27 | 236 | 92 | 21 | 4 | 0 | 6 | 51 | 11 | 7 | 30 | 3 | .327 | .676 | .423 | 1.099 |
| 2006-07 | SSP | 88 | 348 | 65 | 120 | 28 | 0 | 13 | 187 | 46 | 12 | 5 | 0 | 1 | 50 | 13 | 11 | 23 | 13 | .345 | .537 | .443 | .980 |
| 2007-08 | SSP | 79 | 295 | 68 | 89 | 14 | 1 | 22 | 171 | 71 | 3 | 0 | 0 | 7 | 48 | 11 | 9 | 20 | 15 | .302 | .580 | .415 | .995 |
| 通算 | SSP | 578 | 2263 | 467 | 729 | 137 | 35 | 117 | 1287 | 452 | 73 | 22 | 4 | 31 | 250 | 48 | 47 | 219 | 53 | .322 | .569 | .401 | .970 |
[編集] 参考資料
- ^ "Athlete Biography GOURRIEL Yuliesky," The official website of the BEIJING 2008 Olympic Games. 2008年8月28日閲覧。
- ^ John Manuel, "World Baseball Classic: Cuba's Yuliesky Gourriel," Baseball America, March 2, 2006. 2007年7月29日閲覧。
- ^ ESPN.com news services, "Report: Cuban baseball players defect in Colombia," ESPN.com, July 28, 2006. 2007年7月29日閲覧。
- ^ Enrique Rojas, "Cuban star Gourriel has no interest in deserting," ESPN.com, August 2, 2006. 2007年7月29日閲覧。
- ^ 「キューバシリーズ 2005-2006 ペナントレースの終了、並びにプレーオフ開始、及び個人タイトルについて」 『日本野球連盟』、2006年4月26日。2007年7月29日閲覧。
- ^ 「第46回キューバリーグ(06-07シーズン) プレーオフ」 『日本野球連盟』、2007年3月26日。2007年7月29日閲覧。
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