ジャスティン・バーランダー
| デトロイト・タイガース #35 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1983年2月20日(29歳) |
| 身長 体重 |
6' 5" =約195.6cm 225 lb =約102.1kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2004年 MLBドラフト1巡目(全体2位)でデトロイト・タイガースから指名 |
| 初出場 | 2005年7月4日 |
| 年俸 | $16,000,000(2010年より5年契約) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ジャスティン・ブルックス・バーランダー(Justin Brooks Verlander, 1983年2月20日 - )は、アメリカメジャーリーグ、デトロイト・タイガースに所属する野球選手。バージニア州マナキンサボット生まれ。右投げ右打ちの投手。オールド・ドミニオン大学出身。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア時代
タカホーリトルリーグ(Tuckahoe Little League)所属時からコントロールはヒドいものの、抜きん出た肩の強さを見せていた。13歳のときには父親(リチャード)の手におえる球速ではなくなっており[1]、キャッチボールを止められてベースボールアカデミーに入れられた。そのアカデミー入学直後に行った球速測定では、既に 84mph(134.4km/h)を記録。高校入学時は93mph(148.8km/h)、その後一時期呼吸器障害により球速が落ちるもののオールド・ドミニオン大学進学時で復活[1]。大学在籍時は3年連続で全米選抜に選出され、335回と2/3を投げて427 の奪三振を記録。また在学時にフォーシーム・ファストボールとツーシーム・ファストボール以外にカーブとサークルチェンジを習得し、投球の幅を広げ、その後大学3年時の2004年にドラフトでデトロイト・タイガースから1巡目(全体2位)指名された。指名から契約まで4か月を要し、10月25日に契約金が315万ドルと球団史上最高額で入団した[2][1]。
[編集] タイガース
2005年はAレイクランド、AAエリーでプレーし、7月4日のインディアンス戦でメジャーデビューを果たしたが、5.1回を投げ4失点で負け投手となった。2試合目は7月23日のツインズ戦で6回、5失点で負け投手となった。これがこの年のメジャー最後の登板となり、AAエリーに降格した[3]。マイナーリーグでの防御率1.29はマイナーリーグ全体で6位の成績を収めた[4]。
2006年は開幕から先発ローテーションに定着。5月には4勝1敗・防御率1.73の成績で月間最優秀新人に選出され、5月22日のロイヤルズ戦でメジャー初完封を達成[5]。オールスターゲームのアリーグの32人目の選手を選出する「ファイナルボード」にノミネートされたが、選出はならなかった[6]。シーズン通算で30試合に先発登板し、防御率3.63、リーグ4位、球団新人投手としては1976年のマーク・フィドリッチの19勝以来の高水準となる17勝を上げ[7]、124奪三振は球団新人右腕投手の新記録となった[7]。28票中26の1位票を集めてアメリカンリーグ・新人王に選ばれた[8]。
投手コーチのチャック・ヘルナンデスは「非常にインパクトを受けたのは、彼のメンタル的な安定さ」で「大概の若いピッチャーは失敗を恐れてやりすぎるものだが、彼はピンチに陥っても感情のコントロールができている」と証言する通り精神的に非常に安定しており、登板時に投球や審判の判定によって取り乱す事はほとんどない。しかし、ケニー・ロジャースが「シーズンを通して気持ちを抑える難しさを学んでいるところだ」と証言している通り[9]、6月17日から8月1日にかけて7連勝を記録したが、8月11日以降の成績は3勝5敗・防御率5.86と調子を落とした。
2007年6月12日、地元デトロイトでのインターリーグ対ブルワーズ戦で、タイガースとしては1984年4月7日のジャック・モリス以来、デトロイトでは1952年8月25日のバージル・トラック以来となるノーヒットノーランを達成した[10]。7月10日に行われたオールスターゲームに初めて選出された。18勝6敗・183奪三振と前年を上回る数字を記録し、勝率.750はリーグ1位となった。
2年目のジンクスを跳ね返し、エースへ成長。シーズン終了後にミゲル・カブレラを獲得などの大型補強で強力打線が完成。先発投手で確実に計算できるのはバーランダー1人という状態で2008年開幕を迎えた[11]。初の開幕投手を務めたが、負けが先行し、6月11日からは6連勝を記録し、7月20日に8勝9敗となった。その後、2度の4連敗でリーグワーストの17敗でシーズンを終えた。優勝候補と目されていた[12]チームは地区最下位に終わった。9月1日のヤンキース戦では8失点、自己最短の1.2回で降板。試合後の会見で「今年はいろいろ不運なことが多くて、自分のシーズンを持っていかれた感じ」と話し、この日のストライクゾーンが厳しかったと発言したため、ジム・リーランド監督からは責任転嫁の姿勢を批判された[12]。
2009年は19勝・269奪三振でリーグ2冠を達成(勝ち星はCC・サバシアとフェリックス・ヘルナンデスとタイ)。4月は1勝2敗・防御率6.75・34奪三振の成績に終わったが、5月は5勝0敗・防御率1.52・56奪三振の成績で月間最優秀投手に選出され、その間に球団史上1971年のミッキー・ロリッチ以来となる3試合連続2ケタ奪三振を達成した[13]。シーズン終了後のサイ・ヤング賞の投票ではザック・グレインキー、フェリックス・ヘルナンデスに次ぐ3位にランクした。
2010年2月4日に5年総額8,000万ドルで契約延長した[14]。
2011年は、24勝5敗とし、最多勝にも選ばれた。また、ピッチャーとしては珍しく、アメリカン・リーグのMVPを受賞した。
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | DET | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 54 | 11.1 | 15 | 1 | 5 | 0 | 1 | 7 | 1 | 0 | 9 | 9 | 7.15 | 1.76 |
| 2006 | 30 | 30 | 1 | 1 | 0 | 17 | 9 | 0 | 0 | .654 | 776 | 186.0 | 187 | 21 | 60 | 1 | 6 | 124 | 5 | 1 | 78 | 75 | 3.63 | 1.33 | |
| 2007 | 32 | 32 | 1 | 1 | 0 | 18 | 6 | 0 | 0 | .750 | 866 | 201.2 | 181 | 20 | 67 | 3 | 19 | 183 | 17 | 2 | 88 | 82 | 3.66 | 1.23 | |
| 2008 | 33 | 33 | 1 | 0 | 1 | 11 | 17 | 0 | 0 | .393 | 880 | 201.0 | 195 | 18 | 87 | 8 | 14 | 163 | 6 | 3 | 119 | 108 | 4.84 | 1.40 | |
| 2009 | 35 | 35 | 3 | 1 | 0 | 19 | 9 | 0 | 0 | .679 | 982 | 240.0 | 219 | 20 | 63 | 5 | 6 | 269 | 8 | 4 | 99 | 92 | 3.45 | 1.18 | |
| 2010 | 33 | 33 | 4 | 0 | 0 | 18 | 9 | 0 | 0 | .667 | 925 | 224.1 | 190 | 14 | 71 | 0 | 6 | 219 | 11 | 2 | 89 | 84 | 3.37 | 1.16 | |
| 2011 | 34 | 34 | 4 | 2 | 1 | 24 | 5 | 0 | 0 | .828 | 969 | 251.0 | 174 | 24 | 57 | 0 | 3 | 250 | 7 | 2 | 73 | 67 | 2.40 | 0.92 | |
| 通算:7年 | 199 | 199 | 14 | 5 | 2 | 107 | 57 | 0 | 0 | .652 | 5452 | 1315.1 | 1161 | 118 | 410 | 17 | 55 | 1215 | 55 | 14 | 555 | 517 | 3.54 | 1.19 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 獲得タイトル・記録
- ア・リーグ新人王:2006年
- ア・リーグMVP 1回:2011年
- サイ・ヤング賞 1回:2011年
- ア・リーグ最多勝利 2回:2009年、2011年
- ア・リーグ最優秀防御率 1回:2011年
- ア・リーグ最多奪三振 2回:2009年、2011年
- ノーヒットノーラン 2回:2007年6月12日、2011年5月7日
- MLBオールスターゲーム選出 2回:2007年,2009年
[編集] 脚注
- ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、129、132頁頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ “Justin Verlander Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年12月25日閲覧。
- ^ “Player Profile: Justin Verlander (2005 Career Highlights).” (英語). MLB.com. 2008年2月22日閲覧。
- ^ “2005 Pitching Leaders for ERA - Baseball-Reference.com” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年2月22日閲覧。
- ^ “Justin Verlander named American League Rookie of the Month” (英語). MLB.com (2006年6月5日). 2010年3月6日閲覧。
- ^ Newman, Mark (2006年7月6日). “Nomar, A.J. named Final Vote winners” (英語). MLB.com. 2010年3月6日閲覧。
- ^ a b “Player Profile: Justin Verlander (2006 Career Highlights)” (英語). MLB.com. 2008年2月22日閲覧。
- ^ "Verlander wins AL Rookie of the Year," MLB.com, Nov 13 2006
- ^ Associated Press (2006年9月17日). “A Special Season for Verlander and the Tigers” (英語). The New York Times. 2010年3月6日閲覧。
- ^ "Verlander makes history in Detroit," MLB.com. June 12 2007
- ^ 「2008年MLB選手名鑑 デトロイト・タイガース [大型補強で超強力打線が完成 不安要素は層が薄いブルペン]」『月刊スラッガー』2008年4月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-4、38 - 39項。
- ^ a b 谷口輝世子 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 デトロイト・タイガース/DET エースの責任転嫁に対し、監督が辛口批判」『月刊スラッガー』2008年11月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-11、77項。
- ^ Beck, Jason (2009年6月4日). “Verlander, Porcello take home honors” (英語). MLB.com. 2010年3月6日閲覧。
- ^ Beck, Jason (2010年2月4日). “Verlander, Tigers finalize five-year deal” (英語). MLB.com. 2010年3月6日閲覧。
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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