ブラディミール・ゲレーロ

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ブラディミール・ゲレーロ
Vladimir Guerrero
フリーエージェント(FA)
Vladimir Guerrero 2011.jpg
オリオールズ時代(2011年)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ドミニカ共和国の旗 ペラビア州ニザオ・バニ
生年月日 1975年2月9日(36歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5cm
235 lb =約106.6kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1993年 ドラフト外
初出場 1996年9月19日 アトランタ・ブレーブス
年俸 $5,000,000(2010年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年

ブラディミール・アルビーノ・ゲレーロ(Vladimir Alvino Guerrero, 1975年2月9日 - )はドミニカ共和国ペラビア州ニザオ・バニ出身の野球選手。外野手、右投右打。現在はMLB所属。2004年のアメリカンリーグMVPオールスターには2010年までに合計9回選出されている。愛称は"Vlad"(ブラッド)。又は"Vlad the Impaler"(ブラッド・ザ・インペーラー)

兄のウィルトン・ゲレーロもメジャーリーガー(2005年以降は出場なし)。

目次

[編集] 経歴

[編集] エクスポズ時代

16歳の時にロサンゼルス・ドジャースのドミニカアカデミーのテストを8週間受けたが不合格で、その後テキサス・レンジャーズのテストも不合格だった[2]。しかし、モントリオール・エクスポズはゲレーロの強肩やスピードに魅力を感じ[2]1993年3月1日、ドラフト外で入団[3]

1995年1996年と2年連続で球団マイナー最優秀選手に選出され[4]1996年はA級とAA級でプレイし、AA級では打率.360、19本塁打、78打点の成績で、イースタンリーグ最優秀新人選手に選出された[4]。9月19日にメジャーデビュー。1997年は開幕を故障者リスト入りで迎えるなど計3回も故障者リストに入ってしまった。90試合にしか出場できなかったが、打率.302・11本塁打・40打点を記録し、新人王投票では6位に入った。

1998年にメジャーに定着し、7月には打率.385・11本塁打・27打点を記録し、プレイヤー・オブ・ザ・マンスを受賞した[5]。159試合に出場し、球団新記録の38本塁打を放ち、球団史上最年少で30本塁打・200本安打・[5]MVPの投票では13位に入り、オフに財政難のエクスポズにとって異例の5年総額2800万ドルで契約延長[2]

1999年、前年より打率こそ落としたものの、初めてオールスターに出場し、7月27日から8月26日にかけて球団新記録となる31試合連続安打を達成し[6]。球団記録を更新する42本塁打、131打点を記録[7]。打撃二部門で自己最高の記録を残し、初のシルバースラッガー賞を受賞。

2000年、自己最多の44本塁打を記録し、2001年には34本塁打37盗塁を記録し、球団史上初めて30本塁打、30盗塁を達成[8]2002年は7月20日に1000本安打を達成し、8月9日に200本塁打を達成。9月4日にはティム・レインズのシーズン最多敬遠球団記録(26回、1986年)を更新するシーズン27回目の敬遠を記録し、32まで記録を伸ばした[9]。リーグ最多、球団新記録[7]となる206安打を記録し、39本塁打40盗塁と1本塁打足りず40-40クラブ入りを逃した。

契約最終年となった2003年は故障の影響でわずか112試合の出場に留まった。シーズン終了後FAとなり2004年1月14日、5年総額7,000万ドルでロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した。英語が話せないため、入団会見の際にはエンゼルスオーナーのアルトゥーロ・モレノが臨時で通訳を行った[10]

[編集] エンゼルス時代

2004年は2000年から2002年までの間に残した3年間の平均成績を上回る打率.337、39本塁打、126打点を記録。また、リーグ1位、球団新記録となる124得点を記録し、2000年にダリン・アースタッドが記録したシーズン最多塁打記録に並ぶ366塁打を記録[11]。シーズン終盤の9月・10月には打率.363・11本塁打・25打点を記録し、月間MVPに選出され、オークランド・アスレチックスを破り、チーム18年ぶりの地区優勝の原動力となった(ワールドチャンピオンの2002年はワイルドカード)[12]。シーズン終了後にMVPに選出された。ゲレーロにとって初のプレーオフとなったが、ボストン・レッドソックスとのディビジョンシリーズでは打率.167と不調で、チームも1勝もできず敗退。

2005年は5月20日から6月10日までを故障で欠場したが、6月の月間打率球団新記録となる打率.443を記録し、9月2日には300本塁打を達成[13]2006年は膝を痛めた影響で外野手としてはリーグ最多の11失策を記録するなど守備で精彩を欠き、指名打者として出場することが増えた。

2007年MLBホームランダービーに7年ぶりに出場し、アルバート・プホルスライアン・ハワードといった強打者を抑え、見事初優勝を飾った。

デビュー年を除き打率3割を下回ったことがなかったが、2008年は6月6日時点で打率.254。ゲレーロはスランプ状態と認め、6月1日には三塁に滑り込んだ際に右ひざを負傷し、3試合を欠場[14]。前年まで4年連続で先発出場していたオールスターに選出されずにいた。7月29日にマーク・テシェイラが加入し、マイク・ソーシア監督はテシェーラを攻撃の基点を作ることがうまく、前後の打者は打ちやすいと絶賛し、前半戦.286だった打率は後半戦は.330と復調[15]ルー・ゲーリックに並ぶ、11年連続3割25本塁打を達成し、球団はシーズン終了後の10月28日に1,550万ドルのオプションを行使[16]。しかし、膝の手術のため第二回WBCドミニカ共和国代表の辞退が決まった[17]

2009年は怪我の影響もあり、11年継続してきた3割25本塁打が途絶えたばかりか、メジャー定着後最低の成績に終わった。出場100試合のほとんどが指名打者としてであり、高額年俸や守備への不安から、翌年以降の新契約は難航すると見られていた。

[編集] レンジャーズ時代

2010年、1月9日にテキサス・レンジャーズ入団が決定した。背番号はロサンゼルス・エンゼルス時代と同じ「27」に決定。 レギュラーシーズンでは、1年間故障者リストに入ることなく、2年ぶりの3割、3年ぶりの100打点を記録した。チームのリーグ優勝に貢献し、指名打者としてシルバースラッガー賞を受賞した。

[編集] オリオールズ時代

2010年シーズン終了後にFAでボルチモア・オリオールズに移籍。オフにFAに。

[編集] プレイスタイル

[編集] 打撃・走塁

打撃時に素手でバットを握って打席に立つ、メジャーでも数少ない選手の一人。いつもヘルメットが汚れているようにみえるのは、手のすべり止めのための松脂をヘルメットに塗りつけているためである。ストライクゾーンから外れた球を打てる「バッドボール・ヒッター(悪球打ち)」で、打てる球ならばワンバウンドするようなボールだろうが首の高さのアウトコースのボールだろうが何でもかんでも振りに来る。通常、投手は半分を上回る確率でストライクゾーンへ投げるが、ゲレーロに対しては32%(2007年)しか投げていない[18]。チームバッティングが必要な場面では逆方向(ライト方向)に弾き返す器用さもあり[19]、投手にとってはまともに勝負するのが難しい一筋縄ではいかないバッターである。早打ちの傾向も手伝って三振は少ない。また、2001年に本塁打34・盗塁37、2002年に本塁打39・盗塁40(いわゆる30-30クラブのメンバー)を記録するなど俊足でもある[20]

[編集] 守備

肩は現役最強と言われるほど強く[18]、ライト最深部からサードへノーバウンドで送球することができる。ただややコントロールに難があり、2004年の失策9個のうち6個は送球エラーによるものである。その送球技術の雑さと力任せの豪快な投げ方から「バズーカ」(対戦車砲)と呼ばれたことがある[要出典]。打球の処理にもやや雑な面があるため、ゴールドグラブ賞を獲得したことは無い[20]

[編集] タイトル

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1996 MON 9 27 27 2 5 0 0 1 8 1 0 0 0 0 0 0 0 3 1 .185 .185 .296 .481
1997 90 354 325 44 98 22 2 11 157 40 3 4 0 3 19 2 7 39 11 .302 .350 .483 .833
1998 159 677 623 108 202 37 7 38 367 109 11 9 0 5 42 13 7 95 15 .324 .371 .589 .960
1999 160 674 610 102 193 37 5 42 366 131 14 7 0 2 55 14 7 62 18 .316 .378 .600 .978
2000 154 641 571 101 197 28 11 44 379 123 9 10 0 4 58 23 8 74 15 .345 .410 .664 1.074
2001 159 671 599 107 184 45 4 34 339 108 37 16 0 3 60 24 9 88 24 .307 .377 .566 .943
2002 161 709 614 106 206 37 2 39 364 111 40 20 0 5 84 32 6 70 20 .336 .417 .593 1.010
2003 112 467 394 71 130 20 3 25 231 79 9 5 0 4 63 22 6 53 18 .330 .426 .586 1.012
2004 ANA
LAA
156 680 612 124 206 39 2 39 366 126 15 3 0 8 52 14 8 74 19 .337 .391 .598 .989
2005 141 594 520 95 165 29 2 32 294 108 13 1 0 5 61 26 8 48 17 .317 .394 .565 .959
2006 156 665 607 92 200 34 1 33 335 116 15 5 0 4 50 25 4 68 16 .329 .382 .552 .934
2007 150 660 574 89 186 45 1 27 314 125 2 3 0 6 71 28 9 62 19 .324 .403 .547 .950
2008 143 600 541 85 164 31 3 27 282 91 5 3 0 4 51 16 4 77 27 .303 .365 .521 .886
2009 100 407 383 59 113 16 1 15 176 50 2 1 0 1 19 3 4 56 16 .295 .334 .460 .794
2010 TEX 152 643 593 83 178 27 1 29 294 115 4 5 0 6 35 5 9 60 19 .300 .345 .496 .841
2011 BAL 145 590 562 60 163 30 1 13 234 63 2 2 0 4 17 3 7 56 23 .290 .317 .416 .733
通算:16年 2217 9059 8155 1328 2590 477 46 449 4506 1496 181 94 0 64 737 250 103 985 277 .318 .379 .553 .932
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

[編集] 脚注

  1. ^ Los Angeles Angels Salaries Player Salaries and Team Payroll - MLB Baseball” (英語). ESPN.com. 2009年11月24日閲覧。
  2. ^ a b c 「ドミニカが生んだ「無限の可能性」 ブラディミール・ゲレーロ」『月刊メジャー・リーグ』2000年7月号、ベースボールマガジン社、2000年、雑誌 08625-7、13 - 15項。
  3. ^ Vladimir Guerrero Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年8月24日閲覧。
  4. ^ a b Vladimir Guerrero Awards” (英語). The Baseball Cube. 2009年3月27日閲覧。
  5. ^ a b Biography and Career Highlights 1998” (英語). 2008年1月21日閲覧。
  6. ^ Vladimir Guerrero 1999 Career Highlights” (英語). 2008年4月14日閲覧。
  7. ^ a b Washington Nationals Batting Leaders - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年1月21日閲覧。
  8. ^ Vladimir Guerrero 2001 Career Highlights” (英語). 2008年4月14日閲覧。
  9. ^ Vladimir Guerrero 2002 Career Highlights” (英語). 2008年4月14日閲覧。
  10. ^ 『月刊スラッガー』2004年3月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、82頁。
  11. ^ Vladimir Guerrero 2004 Career Highlights” (英語). 2008年4月15日閲覧。
  12. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、167項。ISBN 978-4-331-51093-3
  13. ^ Vladimir Guerrero 2005 Career Highlights” (英語). 2009年3月27日閲覧。
  14. ^ 小林信行 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 ロサンゼルス・エンジェルス/LAA チームは首位を走るも、怪物はスランプ」『スラッガー』2008年8月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-8、79項。
  15. ^ 小林信行 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 ロサンゼルス・エンジェルス/LAA テシェーラの恩恵を最も受けているのは彼」『スラッガー』2008年10月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-10、79項。
  16. ^ Spencer, Lyle (2008年10月28日). “Angels exercise buyout on Anderson” (英語). The Official Site of The Los Angeles Angels of Anaheim. 2009年3月27日閲覧。
  17. ^ Spencer, Lyle (2008年12月10日). “Angels' Guerrero to miss Classic Star from Dominican Republic recovering from left knee surgery” (英語). MLB.com. 2008年12月14日閲覧。
  18. ^ a b 三尾圭「エンジェルスが実践するベースボール ソーシアボール」『スラッガー』2008年7月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-7、16 - 19項
  19. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、203項。ISBN 978-4-331-51213-5
  20. ^ a b FOX Sports on MSN: Vladimir Guerrero - Scouting” (英語). 2008年1月31日閲覧。

[編集] 外部リンク

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