アンドレ・ドーソン

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アンドレ・ドーソン
Andre Dawson
Andre dawson.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州マイアミ
生年月日 1954年7月10日(60歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手中堅手右翼手
プロ入り 1975年 ドラフト11巡目でモントリオール・エクスポズから指名
初出場 1976年9月11日 ピッツバーグ・パイレーツ
最終出場 1996年9月29日 ヒューストン・アストロズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 2004年
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 2010年
得票率 77.92%
選出方法 BBWAA[1]選出


アンドレ・ドーソンAndre Nolan Dawson , 1954年7月10日 - )は、MLBで活躍したアメリカ合衆国フロリダ州マイアミ出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

愛称は「ホーク」[1]。ドーソンが記録した400本塁打・300盗塁はウィリー・メイズバリー・ボンズアレックス・ロドリゲスを含めメジャー史上4人しか達成していない[1]

人物・来歴[編集]

モントリオール・エクスポズ時代まで[編集]

1975年ドラフト会議モントリオール・エクスポズ(現在のワシントン・ナショナルズ)から11巡目に指名され、入団。 翌1976年9月11日にメジャーデビューし、その年は24試合に出場。初のフルシーズンとなった1977年には139試合に出場して打率.282、19本塁打、65打点、21盗塁の成績でナ・リーグ新人王に選ばれる。 その後も、パワーとスピードの両方を兼ね備えた打者として活躍し、1983年までの間、1980年(34盗塁を記録したが本塁打が17に終わる)を除いて毎年20本塁打、20盗塁以上を記録。 ただしその1980年には打率.308、17本塁打、87打点、34盗塁でシルバースラッガー賞を初受賞(以後4回受賞)。守備力にも優れ、1980年にゴールドグラブ賞を初受賞し、通算8回受賞した。

1981年(チームが球団創設初の地区優勝)と1983年にはいずれもMVPの投票で2位となった。 当初は中堅手(センター)であったが膝の故障もあり1985年には右翼手(ライト)にコンバート。 そこでも華麗な守備は変わらず、1986年を除いて毎年ゴールドグラブ賞を受賞した。 エクスポズでは1986年までプレイするが、その年のオフにフリーエージェントとなり、チームを離れた。 1986年のオフにかけて、各球団のオーナーが共謀して高額のフリーエージェントの締め出しにかかった(後に独占禁止法違反とされた)。 その結果、エクスポズでのチームメイトティム・レインズは旧所属球団との交渉解禁となる翌年5月1日までどこの球団とも契約できず、結局エクスポズと契約したり、ボブ・ホーナー(前アトランタ・ブレーブス)も行き場を失い日本のヤクルトと契約するなど、フリーエージェントにとっては冬の時代であった。ドーソンもホーナーと同じく日本行きを検討していたが、妻の反対にあい断念[1]。移籍先はなかなか決まらなかったが、最終的にシカゴ・カブスに球団側が好きな数字を入れられるよう金額部分を白紙にした契約書を用意し、スプリングトレーニング中の1987年3月9日に契約を結んだ[1]。この年のフリーエージェント組で唯一に近い移籍例となったが、額は50万ドルでしかなく、カブスのレギュラーでは最低クラスの年俸でのFA移籍であった。

シカゴ・カブス時代[編集]

移籍先にカブスを選んだ理由の一つに、膝の故障を抱えているため天然芝でのプレイを希望していたことがあげられる[1]。(エクスポズの本拠地オリンピック・スタジアムは人工芝だが、カブスの本拠地リグレー・フィールドは天然芝であった。)この年にはリグレーの風も味方につけたのか、前年の20本塁打から49本塁打と倍増以上の強打を誇り、打点も137を記録。本塁打王と打点王のタイトルを獲得し、チームが地区最下位にもかかわらずMVPに選出された(当時カブスはナ・リーグ東地区所属)。

1989年にカブスはナ・リーグ東地区優勝を果たし、サンフランシスコ・ジャイアンツとプレーオフで戦った。しかしドーソンはこのシリーズで打率.105に終わり、チームもジャイアンツに1勝4敗で敗退。チーム史上44年ぶりのワールドシリーズ出場はならなかった(2008年終了時点でもこれは果たせていない)。 1990年には通算300盗塁を記録して、300本塁打を1989年4月23日に達成していたため史上3人目となる「300-300 club」の一員となった。

それ以後のキャリア・引退後[編集]

カブスには1992年まで在籍して、1993年にはボストン・レッドソックスに移籍。 以後は衰えが目立ち、1995年には故郷のフロリダ・マーリンズに移籍して、2年プレイして現役を引退している。

エクスポズ時代の背番号10」は、ラスティ・スタウブとともに永久欠番となった。2004年カナダ野球殿堂入りを果たした。アメリカ野球殿堂の投票では、2005年から4年連続して60%前後の得票率(殿堂入りには75%の得票が必要)に留まり、殿堂入りは果たせていなかったが、2010年に殿堂入りを果たした。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1976 MON 24 92 85 9 20 4 1 0 26 7 1 2 2 0 5 1 0 13 0 .235 .278 .306 .584
1977 139 566 525 64 148 26 9 19 249 65 21 7 1 4 34 4 2 93 6 .282 .326 .474 .800
1978 157 660 609 84 154 24 8 25 269 72 28 11 4 5 30 3 12 128 7 .253 .299 .442 .741
1979 155 684 639 90 176 24 12 25 299 92 35 10 8 4 27 5 6 115 10 .275 .309 .468 .777
1980 151 638 577 96 178 41 1 17 284 87 34 9 1 10 44 7 6 69 9 .308 .358 .492 .850
1981 103 441 394 71 119 21 3 24 218 64 26 4 0 5 35 14 7 50 6 .302 .365 .553 .918
1982 148 660 608 107 183 37 7 23 303 83 39 10 4 6 34 4 8 96 8 .301 .343 .498 .841
1983 159 698 633 104 189 36 10 32 341 113 25 11 0 18 38 12 9 81 14 .299 .338 .539 .877
1984 138 583 533 73 132 23 6 17 218 86 13 5 1 6 41 2 2 80 12 .248 .301 .409 .710
1985 139 570 529 65 135 27 2 23 235 91 13 4 1 7 29 8 4 92 12 .255 .295 .444 .739
1986 130 546 496 65 141 32 2 20 237 78 18 12 1 6 37 11 6 79 13 .284 .338 .478 .816
1987 CHC 153 662 621 90 178 24 2 49 353 137 11 3 0 2 32 7 7 103 15 .287 .328 .568 .896
1988 157 640 591 78 179 31 8 24 298 79 12 4 1 7 37 12 4 73 13 .303 .344 .504 .848
1989 118 459 416 62 105 18 6 21 198 77 8 5 0 7 35 13 1 62 16 .252 .307 .476 .783
1990 147 581 529 72 164 28 5 27 283 100 16 2 0 8 42 21 2 65 12 .310 .358 .535 .893
1991 149 596 563 69 153 21 4 31 275 104 4 5 0 6 22 3 5 80 10 .272 .302 .488 .790
1992 143 582 542 60 150 27 2 22 247 90 6 2 0 6 30 8 4 70 13 .277 .316 .456 .772
1993 BOS 121 498 461 44 126 29 1 13 196 67 2 1 0 7 17 4 13 49 18 .273 .313 .425 .738
1994 75 306 292 34 70 18 0 16 136 48 2 2 0 1 9 3 4 53 15 .240 .271 .466 .737
1995 FLA 79 246 226 30 58 10 3 8 98 37 0 0 0 3 9 1 8 45 7 .257 .305 .434 .739
1996 42 61 58 6 16 2 0 2 24 14 0 0 0 0 2 0 1 13 1 .276 .311 .414 .725
通算:21年 2627 10769 9927 1373 2774 503 98 438 4787 1591 314 109 24 118 589 143 111 1509 217 .279 .323 .482 .805
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 400本塁打・300盗塁はメジャーで3人だけ”. スポニチ (2010年1月7日). 2010年1月9日閲覧。

外部リンク[編集]