ピート・ローズ

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ピート・ローズ
Pete Rose
Rose walking onto field.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州シンシナティ
生年月日 1941年4月14日(73歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手外野手三塁手一塁手
プロ入り 1960年
初出場 1963年4月8日
最終出場 1986年8月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴
  • シンシナティ・レッズ(1984 - 1989)

ピート・ローズPeter Edward "Pete" Rose Sr. , 1941年4月14日 - )は、アメリカオハイオ州シンシナティ出身の元プロ野球選手。ニックネームは「チャーリー・ハッスル」。

メジャーリーグ1963年から1986年までプレイし、MLB最多試合出場記録・最多安打記録・200安打最多回数記録などの記録を持つ。複数のポジションを経験し、二塁→右翼→左翼→三塁→一塁を守った。

経歴[編集]

1960年、地元の球団であるシンシナティ・レッズに入団。1963年にメジャーデビューを果たし、二塁手として打率.273、6本塁打、41打点を記録、その年の新人王に輝く。「チャーリー・ハッスル」の名の通り、いつでも全力でプレーするローズは地元ファンの人気も高く、その後の1968年1969年に2年連続で首位打者を獲得するなど、チームの顔として定着する。

1970年、後に名将と呼ばれるスパーキー・アンダーソンがレッズの監督に就任すると、チームは大躍進。同年にリーグ優勝を果たすと、1975年1976年にはワールドシリーズを制覇。1970年から1978年に掛けて地区優勝6回、リーグ優勝4回、ワールドシリーズ制覇2回を果たした。その間、ローズをはじめ後の球史に名を残す名選手を揃え、1970年代のメジャー球界を席巻したレッズは、「ビッグレッドマシン」と呼ばれ、絶大な人気を誇った。ローズも主将としてレッズを牽引し、1973年には3度目の首位打者を獲得、その年のナショナルリーグMVPに輝いた。1975年のワールドシリーズMVPにも輝き、1978年にはメジャー歴代3位となる44試合連続安打を記録し[1]、通算3000本安打を達成した。達成年齢の37歳と21日は、当時は史上3番目の若さであった(後年にロビン・ヨーントデレク・ジーターがローズより早く3000本安打に到達したため、現在ではローズの達成年齢は若い方から5番目である)[2]

1978年、オフにFA権を取得すると、フィラデルフィア・フィリーズに移籍。レッズ時代と変わらぬ活躍ぶりを見せ、1980年にはフィリーズ史上初のワールドシリーズ制覇に貢献した。また同時期には日本のカップラーメン『マルちゃん 激めん』(東洋水産)のCMに出演した。

1984年モントリオール・エクスポズに移籍し、史上2人目となる通算4000本安打を達成した。

Nuvola apps kaboodle.svg 映像外部リンク
Nuvola apps kaboodle.svg 1985年9月11日
通算4192安打を達成した打席(MLB.comによる動画)

1985年、23年目で45歳となったローズは、選手兼監督としてレッズに招聘。同年9月11日シンシナティのリバーフロントスタジアムでのサンディエゴ・パドレス戦で1回1死1ストライク2ボールでエリク・ショウ投手の投じた4球目を左前に安打して4192安打を達成、タイ・カッブの持つメジャー記録を更新した(MLB公式記録は4191だが、現在では4189と言われている)。7回には三塁打を放って記録を4193安打まで伸ばした。この日ローズが用いたバットは、米国のホワイトアッシュ材をミズノが日本で加工したものであった。その後、1986年限りで監督業に専念することとなり、現役を引退した。

スイッチヒッターであるローズの打撃フォームは独特で体を大きく屈め、ボールを覗き込むように構えるクラウチングスタイルをとった。パワーはなかったものの、真芯で捕らえる技術に長け、確かなミートで安打を量産した。足もさほど速くはなかったが、アグレッシブな走塁で二塁打、三塁打を狙った(通算二塁打は、メジャー歴代2位)。監督としての特徴は、相手投手の左右などで野手のツープラトン起用を好んだ。

1989年8月24日、監督在任中に野球賭博に関わったとして、メジャーリーグから永久追放処分を受けた。現在もMLB復帰は叶っていないが、2014年6月18日にはアメリカの独立リーグ、アトランティック・リーグのブリッジポートで1日限定の監督を務めた。[3]

永久追放[編集]

1989年に野球賭博に関わっていたことが発覚。賭けの対象に自身が監督を務めるレッズが含まれていたことから、当時のコミッショナーバート・ジアマッティ(処分会見の8日後に、問題処理の心労で心臓発作により急死)により永久追放処分を受ける。今も球界には関われないままであるが、ローズの球界復帰を望む声は後を絶たない。この事件は、何らかの形でローズが事件に巻き込まれてしまったという説が長らく有力であったが、2004年に発売された自叙伝での告白やスポーツ専門放送局・ESPNのラジオ番組で、「毎晩賭けていた。私は間違っていた」などと語り、野球賭博への関与を認めている。

ローズの現役・監督を通じてつけていた背番号は「14」で、一番長く在籍したシンシナティ・レッズでも永久追放処分を受けたため、永久欠番に指定されていないが、実際のところはローズ以外にこの背番号をつけたのは息子のピート・ジュニア以外になく、事実上永久欠番といえる。

2004年、ローズの野球賭博の内幕を描いたHustle(邦題『堕ちた打撃王 ピート・ローズ』)がピーター・ボグダノヴィッチ監督、トム・サイズモア主演でテレビ映画化された。

詳細情報[編集]

獲得タイトル・表彰[編集]

※1965年は二塁手、1973年 - 1975年は外野手、1976年、1978年は三塁手、1981年、1982年は一塁手としてファン投票選出。

記録[編集]

  • 通算安打:4256(歴代1位)
  • 通算試合:3562(歴代1位)
  • 通算打数:14053(歴代1位)
  • 通算打席数:15861(歴代1位)
  • 通算出塁数:5929(歴代1位)
  • 通算得点:2165(歴代6位)
  • 通算単打:3215(歴代1位)
  • 通算二塁打:746(歴代2位)
  • 通算塁打:5752(歴代7位)
  • 通算アウト回数:10328(歴代1位)
  • 連続試合安打:44(歴代2位)
  • 1試合5安打以上:10(歴代2位)
  • 1試合4安打以上:73(歴代2位)
  • 1試合3安打以上:387(歴代2位)
  • 1試合2安打以上:1225(歴代2位)
  • シーズン200安打:10(歴代1位タイ)

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1963 CIN 157 695 623 101 170 25 9 6 231 41 13 15 6 6 55 0 5 72 8 .273 .334 .371 .705
1964 136 558 516 64 139 13 2 5 168 34 4 10 3 1 36 0 2 51 6 .269 .319 .326 .645
1965 162 757 670 117 209 35 11 11 299 81 8 3 8 2 69 2 8 76 10 .312 .382 .446 .828
1966 156 700 654 97 205 38 5 16 301 70 4 9 7 1 37 3 1 61 12 .313 .351 .460 .811
1967 148 647 585 86 176 32 8 12 260 76 11 6 1 2 56 9 3 66 9 .301 .364 .444 .808
1968 149 692 626 94 210 42 6 10 294 49 3 7 2 4 56 15 4 76 11 .335 .391 .470 .861
1969 156 728 627 120 218 33 11 16 321 82 7 10 2 6 88 18 5 65 13 .348 .428 .512 .940
1970 159 728 649 120 205 37 9 15 305 52 12 7 0 4 73 10 2 64 7 .316 .385 .470 .855
1971 160 707 632 86 192 27 4 13 266 44 13 9 1 3 68 15 3 50 9 .304 .373 .421 .794
1972 154 729 645 107 198 31 11 6 269 57 10 3 2 2 73 4 7 46 7 .307 .382 .417 .799
1973 160 752 680 115 230 36 8 5 297 64 10 7 1 0 65 6 6 42 14 .338 .401 .437 .838
1974 163 770 652 110 185 45 7 3 253 51 2 4 1 6 106 14 5 54 9 .284 .385 .388 .773
1975 162 764 662 112 210 47 4 7 286 74 0 1 1 1 89 8 11 50 13 .317 .406 .432 .838
1976 162 759 665 130 215 42 6 10 299 63 9 5 0 2 86 7 6 54 17 .323 .404 .450 .854
1977 162 731 655 95 204 38 7 9 283 64 16 4 1 4 66 7 5 42 9 .311 .377 .432 .809
1978 159 729 655 103 198 51 3 7 276 52 13 9 2 7 62 6 3 30 8 .302 .362 .421 .783
1979 PHI 163 730 628 90 208 40 5 4 270 59 20 11 0 5 95 10 2 32 18 .331 .418 .430 .848
1980 162 735 655 95 185 42 1 1 232 64 12 8 4 4 66 5 6 33 13 .282 .352 .354 .706
1981 107 484 431 73 140 18 5 0 168 33 4 4 1 3 46 5 3 26 8 .325 .391 .390 .781
1982 162 718 634 80 172 25 4 3 214 54 8 8 8 3 66 9 7 32 12 .271 .345 .338 .683
1983 151 555 493 52 121 14 3 0 141 45 7 7 1 7 52 5 2 28 11 .245 .316 .286 .602
1984 MON 95 314 278 34 72 6 2 0 82 23 1 1 3 1 31 3 1 20 10 .259 .334 .295 .629
CIN 26 107 96 9 35 9 0 0 44 11 0 0 0 0 9 1 2 7 1 .365 .430 .458 .888
'84計 121 421 374 43 107 15 2 0 126 34 1 1 3 1 40 4 3 27 11 .286 .359 .337 .696
1985 119 500 405 60 107 12 2 2 129 46 8 1 1 4 86 5 4 35 10 .264 .395 .319 .714
1986 72 272 237 15 52 8 2 0 64 25 3 0 0 1 30 0 4 31 2 .219 .316 .270 .586
通算:24年 3562 15861 14053 2165 4256 746 135 160 5752 1314 198 149 56 79 1566 167 107 1143 247 .303 .375 .409 .784
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はMLB歴代最高

著書[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]