ザ・ブラックジャックス

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ザ・ブラックジャックスThe Blackjacks)は、1970年代から1980年代にかけてアメリカ合衆国を中心に活躍したプロレスタッグチームカウボーイギミックプロレスラーであるブラックジャック・マリガンブラックジャック・ランザによって組まれた。

メンバー[編集]

概要[編集]

1971年AWA圏で結成される。もともとマリガンはビッグ・ボブ・ウインダム、ランザはカウボーイ・ジャック・ランザのリングネームでベビーフェイスのポジションにいたが、黒い口髭に黒いテンガロンハット、黒い革ベスト、黒いウエスタンブーツ、そして右掌には黒い革手袋(ブラックジャック)と、西部劇の悪漢をイメージした黒ずくめのカウボーイ系ヒールとしてブレイクした[1]

1971年11月6日、ミシガン州デトロイトにてウイルバー・スナイダー&ポール・クリスティを破り、インディアナ版のWWA世界タッグ王座を獲得[2]。以降、WWAを主戦場に、シカゴインディアナポリスなど各地でディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーの極道コンビと抗争を展開する[3]。前王者のスナイダー、セーラー・アート・トーマスムース・ショーラックカウボーイ・ボブ・エリスカウボーイ・ビル・ワットらによるチームの挑戦も退け、1972年12月9日にブルーザー&クラッシャーに敗れるまで長期政権を築いた[2]1973年は2月から4月にかけてWWWFペンシルベニアでの興行に単発出場した後、AWA圏に戻って7月14日にミルウォーキーにてビル・ロビンソン&ワフー・マクダニエルと対戦している[4]

1974年テキサス東部のダラス地区(フリッツ・フォン・エリック主宰のNWAビッグタイム・レスリング)に参戦。同年1月22日、架空のトーナメント決勝戦にてワイルド・サモアンズを破ったとして、NWAアメリカン・タッグ王座を獲得[5]。以降、ブラック・アンガス&イワン・プトスキーミル・マスカラス&ホセ・ロザリオボブ・ループ&ジェリー・オーツケン・パテラ&レッド・バスチェンなどのチームを退け[6]、9月23日にフォートワースにてジョニー・バレンタイン&テキサス・マッケンジーに敗れるまでタッグ王者チームとして活躍した[5]。戴冠中はテキサス西部のアマリロ地区(ザ・ファンクス主宰のNWAウエスタン・ステーツ・スポーツ)にも出場し、9月19日にドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクが保持していたインターナショナル・タッグ王座に挑戦している[6]

1975年ニューヨークのWWWFに再登場(両者ともシングルでは過去にもWWWFに参戦したことがあるが、ブラックジャックスとしての本格参戦はこれが初)。キャプテン・ルー・アルバーノマネージャーに迎え、8月26日にフィラデルフィアにてドミニク・デヌーチ&パット・バレットからWWWF世界タッグ王座を奪取する[7][8]。以降、ディーン・ホー&トニー・ガレアチーフ・ジェイ・ストロンボー&イワン・プトスキー、ゴリラ・モンスーン&ヘイスタック・カルホーンブルーノ・サンマルチノ&ボボ・ブラジルなどのチームと対戦[9]。同じくアルバーノがマネージメントしていたイワン・コロフバグジー・マグローバロン・シクルナとも共闘し、彼らを加えての6人タッグマッチにも出場。アンドレ・ザ・ジャイアントとも度々対戦した。11月8日にトニー・パリシ&ルイ・セルダンにタイトルを明け渡してからは、それぞれシングルでブルーノ・サンマルチノのWWWF世界ヘビー級王座に挑戦している[9]

このWWWF参戦を最後にチームを解散し、マリガンはシングルプレイヤーに転向してNWAの南部テリトリーやWWFで活躍。ランザはAWAに戻ってボビー・ダンカンを新パートナーにAWA世界タッグ王座を獲得するなど、それぞれ成功を収めた。その後、体調を崩して一時リングを離れていたランザが1983年に復帰した際、8月26日にセントルイスキール・オーディトリアムにて8年ぶりにコンビを組み、ジェリー・ローラー&デビッド・フォン・エリックと対戦[10]。翌1984年、古巣のAWAでチームを再結成。かつてのようなヒールではなく、ベビーフェイスのベテラン・コンビとして、ハーリー・レイス&ニック・ボックウィンクルスタン・ハンセン&ニック・ボックウィンクル、アブドーラ・ザ・ブッチャー&ジェリー・ブラックウェルなどのチームと対戦した[11]

両者とも、右掌の革手袋を利用したクロー攻撃を得意としていた。2006年4月1日にはWWE殿堂に迎えられている。

ニュー・ブラックジャックス[編集]

ブラックジャックスは1997年にWWFでリメイクされている。メンバーはマリガンの長男バリー・ウインダムとジャスティン・ブラッドショー(後にランザの義理の甥となるジョン・レイフィールド)で、チーム名も「ニュー・ブラックジャックス(The New Blackjacks)」と名付けられた。2人とも大型のテキサンでありビジュアル面でもマリガンとランザを踏襲していたが[12]、オリジナル・ブラックジャックスのような成功は掴めず短期間で解散した。

エピソード[編集]

マネージャー[編集]

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ Blackjack Mulligan Interview”. Mid-Atlantic Gateway. 2009年4月7日閲覧。
  2. ^ a b c WWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。
  3. ^ Tag Team "The Blackjacks" 1972”. Wrestlingdata.com. 2014年9月6日閲覧。
  4. ^ Tag Team "The Blackjacks" 1972-1974”. Wrestlingdata.com. 2014年9月6日閲覧。
  5. ^ a b c NWA American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。
  6. ^ a b Tag Team "The Blackjacks" 1974-1975”. Wrestlingdata.com. 2014年9月6日閲覧。
  7. ^ a b History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年4月8日閲覧。
  8. ^ a b WWWF-WWF-WWE World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年7月1日閲覧。
  9. ^ a b WWE Yearly Results 1975”. The History of WWE. 2014年9月6日閲覧。
  10. ^ Tag Teams Database: Blackjacks”. Cagematch.net. 2014年9月6日閲覧。
  11. ^ Tag Team "The Blackjacks" 1984”. Wrestlingdata.com. 2014年9月6日閲覧。
  12. ^ Tag Team Profiles: The NEW Blackjacks”. Online World of Wrestling. 2010年11月3日閲覧。
  13. ^ NWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。

外部リンク[編集]