アメリカン・レスリング・アソシエーション

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アメリカン・レスリング・アソシエーションAmerican Wrestling Association、アメリカレスリング協会)は、1991年までアメリカ合衆国に存在したプロレス団体。略称AWA

1996年からはAWAスーパースターズ・オブ・レスリングとなって活動を再開しているが、それについてはレスリング・スーパースターズ・ライブを参照。

概要[編集]

1960年5月。バーン・ガニアミネソタ地区のプロモーター達と共にNWAを離脱し創立。ミネアポリスを本拠に、シカゴミルウォーキーオマハデンバーおよびカナダウィニペグなど、アメリカの北部地域を活動領域とした。形式上はNWA同様にアメリカ各地のプロモーターの連合体であったが、実際には一つの「団体」であり、実権はプロモーター兼プロレスラーのガニアが掌握していた。会長はスタンリー・ブラックバーンらガニア以外の人物が務めていた。

フラッグシップ・タイトルのAWA世界ヘビー級王座には、当時のNWA世界ヘビー級王者だったパット・オコーナーを初代王者として独自に認定、オコーナーをAWAとNWAの統一世界王者とし、ガニアとの指名試合を勧告する。しかし、オコーナー側は正式なブッキング要請がないとして対戦を拒否。これにより1960年8月、AWA世界ヘビー級王座はガニアに移動。以降、ガニアはAWAのオーナー兼世界チャンピオンとして一時代を築いた。

かつてはNWAやWWWF(後のWWF、現在のWWE)と並ぶ全米3大メジャー団体であり、アンドレ・ザ・ジャイアントハルク・ホーガンロード・ウォリアーズなどが最初のブレイクを果たしたのもAWAのリングだった。WWFがNWA傘下に入っていた時期は、フラッグシップ・タイトルのAWA世界ヘビー級王座NWA世界ヘビー級王座と並ぶ2大世界王座とされたこともあった。

また、オーナーのバーン・ガニア自身がオリンピック出身だったこともあり、レスリングバロン・フォン・ラシクラーズ・アンダーソンクリス・テイラーブラッド・レイガンズ)や重量挙げケン・パテラ)などのオリンピック代表または代表候補の選手を積極的にスカウトし、AWAでデビューさせている。1970年代からは「ガニア・キャンプ」と呼ばれるプロレスラー養成所を開設。団体内に自前のジムを持つことは当時のアメリカのマット界では珍しい事例であり、トレーナーにはガニア自身に加え、ビル・ロビンソンコシロ・バジリを起用して新人選手を育成した。キャンプの出身者には、リック・フレアーリッキー・スティムボートサージェント・スローターなど、後にNWAやWWFの世界王者となったレスラーも少なくない。

テネシー州メンフィスCWAテキサスサンアントニオ地区、カナダのモントリオール地区とも提携し、1982年からはソルトレイクシティサンフランシスコに進出するなど勢力を拡大したが、1984年に始まったWWFの全米マット制圧に際し最初のターゲットにされ、ハルク・ホーガンをはじめとする主力選手やスタッフ(ブッカーのジャック・ランザ、アナウンサーのジーン・オーカーランドマネージャーボビー・ヒーナンなど)を次々と引き抜かれたため、一気に弱体化。WWFへの対抗手段として、NWAのジム・クロケット・プロモーションズやCWAとの合弁事業組織「プロレスリングUSA」を立ち上げ、各地で合同興行を開催したが、ジム・クロケット・ジュニアとの確執などでNWAとの共同路線も頓挫。本拠地ミネアポリスでの観客動員も激減し、団体としての活動は1991年に終了。権利関係は後年になってWWF(現WWE)に買い取られた。そのため、近年ではWWE 24/7にてAWAの試合も放送されている。

日本のプロレス団体とは、NWAが日本プロレスと提携していたため、その対抗策として1970年より国際プロレスと提携。日本プロレス崩壊後の1970年代中盤からは、国際と並行して全日本プロレスとも関係を持っていたが、国際は1975年にAWAとの提携を解消し、カナダのカルガリー大剛鉄之助を支部長とする北米支部を設置し、招聘窓口とした(後の関係者の回想によると、ガニアから「自分達(AWA)を取るか、大剛を取るか」を迫られ、AWAの高額な提携料に団体運営を圧迫されていた吉原功社長が大剛を選んだとされている)。

国際との提携解消後は、全日本に絞って友好関係を保っていた(この時期にジャンボ鶴田がヘビー級王座に就いている)。その後、WWFの全米侵攻により団体の力が弱まった1980年代末からは、新日本プロレスとも関係を持つようになった(この時期に、マサ斎藤がヘビー級王座に就いている)。女子では1980年代後半にジャパン女子プロレスと接点を持ち、AWA世界女子王者シェリー・マーテルが来日して防衛戦を行っている。

タイトル[編集]

バーン・ガニア時代の主な参戦選手[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]