長与千種

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長与 千種
長与 千種の画像
プロフィール
リングネーム 長与 千種
本名 同じ
ニックネーム チコ
チコさん
身長 166cm
体重 71kg
誕生日 1964年12月8日(49歳)
出身地 長崎県大村市
所属 GAEA JAPAN(最終所属)
トレーナー 山崎照朝
デビュー 1980年8月8日
引退 2005年4月
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長与 千種(ながよ ちぐさ、1964年12月8日 - )は、日本の元女子プロレスラー実業家長崎県大村市出身。父親は競艇選手長與繁(登録番号56)。

来歴[編集]

競艇選手の父に勧められた空手を幼少期から男子ばかりの道場で学ぶ。大村市立玖島中学卒業後、上京。全日本女子プロレスに入団後の1980年8月8日、東京都の田園コロシアムで行われた大森ゆかり戦でデビューした。

デビュー後、先輩レスラーとの軋轢や、自身のファイトスタイルが受け入れられないことに失望し、引退するつもりでいた矢先、どうせ辞めるのならやりたいことをやって辞めようと考え、当時同じように悩んでいたライオネス飛鳥と意気投合し、1984年8月に飛鳥とクラッシュギャルズを結成し、それまでの女子プロレスに対して、男子プロレスのエッセンスを取り入れたファイトスタイルで、女子プロレスの新たな世界を作り出し、注目される。

入場時にはリング上で歌を歌い、ベビーフェイスタッグチームとして、ヒール極悪同盟との抗争で女性ファンの人気を博し、ビューティ・ペア以来の大ブームを作り出す。1985年には極悪同盟に負けて剃髪したこともある。

1989年に突然引退(自身のレスラーとしての集大成として、当時ジャパン女子プロレスとの契約を解除し、フリーとなった神取忍との対戦を熱望していたが、最終的に対戦が不可能となったため、張り詰めていた緊張とプロレスに対する情熱が途切れてしまったからとも言われている。なお、復帰後も神取とはシングルマッチでは対戦していない)。

レスラー引退後はタレントとしてテレビドラマ舞台での活動を行っていたが、1990年代前半の女子プロレスブームの中、1993年11月にプロレスラー復帰。

JWPを主戦場としてダイナマイト・関西とのシングル戦を熱望し、下位選手から一人ずつ倒していく挑戦ロードを対戦型格闘ゲームになぞらえ、「餓狼伝説」と称した。これを受けて同ゲームのメーカーであるSNKを個人スポンサーに獲得し、餓狼伝説に登場するキャラクターと同デザインのを入場コスチュームにまとったこともある。この「餓狼伝説」は関西戦に辿り着く直前にスーパーヒール・デビル雅美に敗れて終了した。そこで一からやり直しとなった再挑戦ロードは「サムライスピリッツ」と称され、最終的には関西とのシングルマッチを行ったが長与の敗戦に終わっている。

1994年にはGAEA JAPANを設立、脅威の新人と呼ばれる選手を育成・指導した。

2000年にはライオネス飛鳥と『クラッシュ2000』として、コンビを再結成するなど精力的に活動するが、2005年4月にGAEA解散と共に再び引退。

以後はライブハウスやドッグカフェのオーナーをしながらプロレス興行のプロデュースなどを行いつつ、後進育成のためのジム設立を準備している。

2006年にはKAORUの復帰戦にあたって、2008年末にもデビル雅美の引退興行にてそれぞれ一試合限定での復帰をしている。

2010年秋から、100kgまで増えすぎた体重を調整するため、ダイエットに挑戦して25kg減のダイエットに成功した。

デビル雅美引退興行から長らく女子プロレス界から姿を消していたが、2013年に沈黙が破られ孫弟子に当たる花月の指導に当たり、10月17日のセンダイガールズ後楽園大会にも来場。また、長与に憧れプロレス入りしたスターダムの新人彩羽匠のサポートも約束した。

2014年3月22日、大田区総合体育館でプロデュース興行「That's 女子プロレス」を開催し、一日限定で選手復帰(当初は歌のみの予定だったが、ダンプ松本の挑発に乗る形で復帰が決まった)[1]。第1試合で花月、彩羽と組み、ダンプ、KAORU、世IV虎と対戦、ダンプに蛍光灯を浴びせて勝利し、興行終了後、新団体「MARVELOUS」の設立を発表した[2]。一方でダンプ松本が再戦要求するなど対戦のオファーもあったが、「本当に無理」と本格選手復帰については否定し、選手以外の立場で女子プロレス界を支えることになる[3]

得意技[編集]

ランニングスリー
リバースフルネルソンの体勢から相手を担ぎ上げ、リングを対角線上に3歩助走をつけて相手を前方にサンダーファイヤーパワーボムの要領で投げ捨てる技。アーケードゲーム『ザ・キング・オブ・ファイターズ』のクラークの超必殺技としても有名。技名の由来は長与が贔屓にしていた競走馬ランニングフリーからである。
スーパーフリーク
相手の胴を抱えて引き寄せ、その勢いを利用して相手の体を縦に回転させその遠心力を使いパワーボムの体勢に抱えあげる。その回転の流れのままスパイラルボムのように横回転し、最後はライガーボムのように前方に投げつける技。技名の由来は上と同様に、競走馬スーパークリークから。
二段蹴り
ロープに背をもたれて溜めを作ってから、前かがみになっている相手の顔面を蹴り上げる技。左足を軽く上げ、それを振り下ろす反動を利用して思いっきり右足で蹴り上げる。ダイナマイト・関西戦で初披露。
デスバレーボム
三田英津子の使う同名の技と同形。SSUとの全権抗争、アジャ・コングとのAAAW戦の敗戦後に復帰した際に、対戦相手だった三田英津子をこの技で下し、以後この技を使用することを宣言した。
フライングニールキック
ロープに振られて返ってくる際に、体を横向きにして縦回転させながら相手に足の側面から蹴りを当てていく技。女子で最初にこの技を使用したのが長与で、要所要所で試合の流れを変えるのに利用していた。
タイガー・スープレックス
タイガーマスクの同名の技と同形。タイガーマスク以外にもこの技を使う選手は多いが、女子で最初にこの技を使用したのはジャガー横田。後期はほとんど使う機会が無かった。
飛びつき式裏十字固め
相手の手首をつかんで、相手の首の後ろと背中に自分の足を置いて相手をうつぶせに倒し、腕を極める技。アジャ・コングの必殺技の裏拳を切り返す目的で開発された。
プランチャ・スイシーダ
コーナーポストに乗り、場外の相手に向かって体を浴びせていく技。通称「長与プランチャ」で、ここ一番という試合の時に見せる技。
クラッシュスープレックス
相手の両腕を封じて両肘辺りでホールドしたまま、だるまジャーマンで後方に投げてフォールする技。一時期ここ一番で使用した。
ダブルリスト・アームサルトホールド
正面から相手の両手首をつかんで、相手の脇に自分の首を差し入れて後方に投げてフォールを奪う技。決め手にはならなかったが、多用した技の一つ。今では定番になった技だが、女子で最初に長与が使用した。
カウンター正拳突き
相手をロープに振ってから、『炎の聖書(バイブル)』のジャケットにもなったモーションから、相手の腹部に繰り出す正拳突き。タッグでライオネス飛鳥と組むクラッシュギャルズ時には飛鳥と共に相手をロープに振って、カウンターでダブル正拳突きをする。
サソリ固め
スコーピオン・デスロックとも呼ばれ、女子で最初に長与が使用した。タッグでライオネス飛鳥と組むクラッシュギャルズ時には飛鳥と共にサソリ固めをきめる、ダブルサソリもある。

主なタイトル歴[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 100カラットの瞳(1986年10月10日)
  2. 白い告白(1987年1月1日)
  3. STAY(1987年5月1日)
  4. 友情1987(1987年8月21日)
  5. どうしたんだ?MYハート(1988年2月21日)
  6. JOURNEY(1990年3月21日)

アルバム[編集]

  1. Dancin' Love(1987年2月21日)
  2. Heart Line(1987年9月1日)
  3. THRILLING SHOWER(1987年11月21日)
  4. Dear My Friends 〜心をこめて〜(1989年6月21日)

参加作品[編集]

  1. リング・リング・リング 〜涙のチャンピオンベルト(1993年6月9日)
    • GET MY DREAM
  2. GAEA REC.(1998年4月21日)
    • TELL ME WHY? / 空をおいかけて

VHS[編集]

  1. 長与千種コンサート'86 CHIGUSA ON MY ROAD
  2. 長与千種コンサート'87 STAY
  3. 長与千種 HEART LINE
  4. CHIGUSA MANIA
  5. 長与千種 LIVE'88 ACTOR
  6. CHIGUSA MANIA 2
  7. 長与千種サマーライブ FU・SHI・GI 88.8.12 日本青年館
  8. 長与千種 LIVE ACTOR II NEW YORK STORY 88.12.28 日本青年館
  9. CHIGUSA MANIA SPECIAL

書籍[編集]

単行本[編集]

  • CHIGUSA(1986年10月)
  • 千種のビューティ・シェイプアップ―3ヵ月で15kgやせる!(1989年11月)
  • いまだから解禁!女子プロレスここまで喋っていいかしら(1989年11月)
  • 自分流。―へこんでもいい!迷ってもいい!(2002年4月)

写真集[編集]

  • 長与千種選手(1987年1月)
  • 虜(1988年11月)
  • また逢えたね(1989年10月)

タレント活動[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 長与千種イベント特設サイト”. 2013年12月12日閲覧。
  2. ^ “【That′s女子プロレス】長与千種一夜限りの復活、KAORU復帰戦”. バトル・ニュース. http://battle-news.com/fight/index.php?QBlog-20140322-2 
  3. ^ “長与千種、最後の復帰戦!?痛勝った~”. デイリースポーツ. (2014年3月23日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]