ダンプ松本

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ダンプ松本
プロフィール
リングネーム ダンプ松本
本名 松本 香
身長 163cm
体重 115kg
誕生日 1960年11月11日(48歳)
出身地 埼玉県熊谷市
所属 極悪同盟
デビュー 1980年
  

ダンプ松本(ダンプまつもと、1960年11月11日 - )は、日本の女子プロレスラータレント。本名・松本 香(まつもと かおる)。

身長163cm、体重115kg、血液型B型。埼玉県熊谷市出身。

両親に家を建ててあげたいという思いから、女子プロレスラーになることを志す。デビュー後の1984年、一番弟子のブル中野らとヒールタッグチーム『極悪同盟』を結成。翌年にフジテレビで放送されていた『全日本女子プロレス中継』でヒールにも関らず人気を博し、クラッシュギャルズライオネス飛鳥長与千種が当時結成していたコンビ名)との抗争は女子プロレスを大いに盛り上げた。長与千種とは2度にわたり、敗者髪切りデスマッチを行った。

目次

[編集] 所属

[編集] 経歴

  • 1980年 - 前年の全日本女子プロレス新人オーディションに合格していたが、プロテストに通らず、一時は全女の営業車の運転手をしていた。その後、選手数補強のためようやくプロデビュー。元々体格が良かったのでベビーフェイスよりもヒールになったほうが自分には合っているし、ベビーフェイスのファンに嫌われる位に人気実力でもヒールレスラーでトップになりたいと思っていたそうで、ダンプ本人の意向を会社に伝えてすぐに悪役軍団入り。本人はファン時代、ビューティペアジャッキー佐藤の熱狂的な信者だった。
  • 1998年 - 全日本女子OG興行(メモリアル・オールスター戦~あの時、君は強かった!! 1998/8/14 川崎市体育館)におけるエキジビションマッチで、一日限りの限定復帰。
  • 2006年 - 初の自主興行「極悪血祭り」を新宿FACEで開催。現在まで定期的に開催されていて好評を得ている。

[編集] エピソード

  • リングネームの「ダンプ」は、本名時代のファイトを観たある客が「あいつ、ダンプみてえだ!!」と口走ったことに由来するとされる。全日本女子プロレスの松永高司会長は、このエピソードを引き合いに出して「スターはお客さんがつくってくれるんですよ」と語ったことがある。
  • 得意技はラリアット。そのパワーを利して喉元にぶち当てる一撃は強烈で、相手が空中で一回転したこともあった。
  • 悪役レスラーとして活躍していた時、アンチが実家に来て「ダンプ出て来い!」と玄関を叩きながら大声で叫ぶ、玄関先に松本を中傷する張り紙を貼る、窓ガラスを割られるといった嫌がらせを受けたことが何度もあり母親に怖い思いをさせてしまった。そのため一時期悪役レスラーを辞めようかとも考えたが、その当時はまだギャラも少なく貧しかったこともあって辛い中でも必死で頑張ったという。その後、デビューから丸5年後に両親に念願の新築一軒家をプレゼントできて、芸能人お宅訪問などのTV番組でも自宅が公開された。
  • 母親は、リングでの凶行が演技だと知っていても、自分の娘が人様の娘をいたぶる姿に抵抗を感じていたという(スポーツニッポンのコラム「母」でダンプが書いている)。母親が試合会場へ観戦に訪れていた時には、毎回怪我をさせた対戦相手の元に謝罪に訪れていたそう。(ダンプ自身がTV番組で話していた。)
  • 「たこやきラーメン」(日清食品)のCMでのセリフ「マジだぜ!」が話題になる。またCMのバージョンによっては冒頭で、素顔で明るく「ラーメンに、たこやきが入ったのよ。」と商品をアピールする場面もあり、極悪同盟以前のダンプを知らない視聴者の度肝を抜いた。しかし商品の売れ行きは芳しくなかったため、あまり長く売られなかった。
  • クイズ!ヘキサゴンで、極めて高い正解率を出している。
  • 試合中の奇抜なメイクは、童顔でえくぼが出て可愛く見える事を避ける為で、キッスのメイクを参考にした。
  • リング上で松本がよく手にしていた凶器は当初は金属チェーンだったが、振り回した時に自分に当たりそれがとても痛かった為に竹刀に替えた。
  • 試合に呼ばれたゲストタレントを威嚇し絡むのが定番だった。ゲストのひとりガッツ石松がそれに対して本気で怒り、殴らんばかりに向かってきた時は、内心怖くて逃げ出したかったがテレビカメラの前だったので平静を装った。
  • 試合前の入場時や試合後に控え室に引き上げる際、テレビカメラマンを竹刀で頻繁に攻撃していたのも定番である。その先駆けとなったのは、阿部四郎によってカメラマンを攻撃していたのが要因である。
  • 女子プロレスラー仲間の中でも、特に先輩のジャンボ堀や同期の大森ゆかり、後輩の工藤めぐみなどとは現在も公私共に親交が深い。後輩の山崎五紀には、“ダンプちゃん”とニックネームで呼ばれている。
  • リング上ではヒール役に徹するがリングを降りれば素はとても涙もろくて人情味溢れる性格であり人望も厚くて、当時の極悪同盟時代のメンバーや女子プロレスラー仲間のほかに芸能人や一般人の友人親友などが多い。コンドル斎藤の証言によれば、全女所属時は極悪同盟メンバーだけでなく、ベビーフェース側にもダンプを慕うものがかなりいたほどだったという。北斗晶のプロレス雑誌でのインタビュー証言によれば全女絶頂期にはデビル雅美とダンプの2大派閥があったという。(因みに当時の北斗はダンプにとても可愛がってもらっていてダンプ派だったそう。)
  • 素人時代から中村雅俊の大ファンで「雅俊さま」と呼んでいて、全女時代に対談で初めて中村本人に逢えたときには感動して感極まり号泣してしまったと本人がTV番組で語った。
  • 家族のために家計を助けたいという思いでレスラーになったが、後年、大森ゆかりとのインタビューの中で入門についてダンプの母親は怪我などの危険が伴うためにプロレスラーになることだけは以前から大反対だったという。(反対に大森の両親は大森が家の米袋があっという間に無くなるほどの大食いだったため大賛成だったという)。

[編集] テレビ

[編集] ドラマ

[編集] CM

ラーメンの具として、たこ焼き3個が入っている。

[編集] ゲーム

  • セガ「極悪同盟ダンプ松本」
アーケード向け及びセガ・マークIII用のプロレスゲーム。

[編集] 書籍

  • 「ダンプ松本のマジだぜ!」集英社 (1986/01)
  • 「なんたって乙女の底力」スコラ(1988/04)大森友伽里との共著
  • 「私じゃダメかい!!」ビクター音楽産業 (1988/07)
  • 「どんとこい芸能界!―極悪ダンプの芸能界毒舌言いたい放題! 」日本文芸社 (1989/05)
  • 「おかあちゃん!」主婦と生活社 (1991/05)
  • 「長女はつらいよ―だけど、元気もりもり」同文書院 (1994/02)

[編集] 関連人物

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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