後楽園ホール
| 後楽園ホール | |
|---|---|
| 情報 | |
| 正式名称 | 後楽園ホール |
| 完成 | 1962年1月15日 |
| 開館 | 1962年4月16日 |
| 収容人員 | 2,005人 |
| 客席数 | 1,403 |
| 用途 | 格闘技・テレビ番組収録 |
| 運営 | 株式会社東京ドーム |
| 所在地 | 〒112-8575 東京都文京区後楽一丁目3番61号 東京ドームシティ |
| アクセス | JR、都営地下鉄水道橋駅徒歩1分 東京メトロ後楽園駅徒歩1分 |
| 公式サイト | 後楽園ホール公式サイト |
後楽園ホール(こうらくえんホール)は、東京都文京区後楽一丁目にある屋内ホール施設。株式会社東京ドームが運営している。
目次 |
[編集] 施設
- 名称:後楽園ホール
- 所在地:〒112-8575 東京都文京区後楽一丁目3番61号(東京ドームシティ)
- 面積:ホール575平方メートル、展示会場278.5平方メートル
- 座席数:1,403席
- 南固定席:780席
- 可動席:東109席、西109席、北405席
- 最大収容人数:2,005人
- 駐車場:東京ドームシティ内に約700台収容の有料駐車場
[編集] 概要
東京ドームシティ内「青いビル」の五階に設置。同じ階には「後楽園ホール展示会場」もあり、各種会議や講演会などに貸し出される他、本ホールでのイベントの際のサブ会場およびスタッフルームとして利用されている。
前身は、講道館本部の文京区春日移転に伴い閉鎖された旧講道館本部水道橋道場を改装し、1958年6月8日に開場した後楽園ジムナジアムである。
[編集] 主な利用
[編集] 格闘技の聖地
ボクシングやプロレス、キックボクシングなどの格闘技の興行で頻繁に使用されることから、「格闘技の聖地」「格闘技のメッカ」等と呼ばれ、眼の肥えた格闘技ファンが足繁く通うことで知られる。
特に日本で行われるプロボクシングの試合は4回戦から世界戦まで多くを行われ、一年のうち全国で行われる試合数の半分が後楽園ホールで行われているという。全盛期には休日に一日で昼と夜の二回興行が行われることも多かった。『あしたのジョー』や『はじめの一歩』など漫画作品の作中にも数多く登場している。後楽園ホールで開催された初の世界戦は1970年8月23日のWBA世界ジュニアライト級王者小林弘の5度目の防衛戦となるアントニオ・アマヤ戦で、2011年8月まで世界戦は67試合(男子53試合、女子ダブル世界戦4度・トリプル世界戦1度含む14試合)開かれているが、男子は首都圏の中小ジム主催がほとんどである。全日本新人王決定戦、日本タイトル挑戦権獲得トーナメント、G Legendなども毎年開催されている。
格闘技興行の際に設置されるリングは、日本各地で行われるプロボクシング興行のリングの基準となっている。また、日本ボクシングコミッション(JBC)・日本プロボクシング協会(JPBA)などプロボクシング主要組織の事務所が隣接する黄色いビルに入居しているため、グローブの管理、保管もしており、関東周辺で行われる興行には、ここからグローブが貸し出され、プロテストも同ホールで実施されている。
アマチュアボクシングでも後楽園ジムナジアム時代に1959年東京国体の会場として使用され、現在では関東大学ボクシングリーグ戦1部・2部が行われている。2010年4月には全国国公立大学ボクシング大会が初めて開催された。
初めて開かれたプロレス興行は1966年11月25日の日本プロレスで、メインイベントはジャイアント馬場VSルイス・ヘルナンデスの3本勝負であった。馬場はバーン・ガニア、ハーリー・レイスとの3000試合連続出場記念試合、デビュー30周年記念試合、還暦記念試合を全て後楽園ホールで開催している。メジャー団体の場合、シリーズ(巡業)の開幕戦あるいは最終戦で使用することが多い。一方でインディ団体はビッグマッチでの使用となるため、後楽園での興行を成功させることが団体としてひとつのステータスとなる。
近年はボクシング・プロレスとも人気低迷が続き、格闘技団体の細分化も進む一方で、ディファ有明や新宿FACEなど使用料の安い小規模格闘技常設会場が都内で次々と建設されたため稼働率も下がりつつある。打開策として2010年10月より平日に限り「コンパクトスタイル」と呼ばれる南側座席を封鎖した約700席での貸し出しを開始。使用料を安くすることでなかなか後楽園を使用できない団体の利用を促す(ただし2、3か月前の予約が必要)。2010年10月27日のハッスルMAN'Sワールドがコンパクトバージョンでの最初の利用となる。なお、女子プロレスなどで使用する際(土日祝)に北側のステージ席およびバルコニー席を封鎖することもあるが、この場合の使用料は変わらない。
格闘技等を行う会場としては珍しく、飲食物の持ち込みが可能であり、場内でも飲食物が販売されている。
ファンが1階までの非常階段の壁に選手に対しての応援や非難の落書きを無数に書いている(右の写真参照)。これは消すのが追いつかないだけで決して許されていることではない。
なお、使われているパイプ椅子は、場外乱闘等で破壊した場合、一脚5250円(税込)[1]で弁償となる。大日本プロレスの興行では、1回の興行だけで20脚前後を破壊したことがあり、大日本の中継番組「大日大戦」では毎回、実況を務める登坂栄児統括部長と解説の須山浩継によってネタにされている(弁償は主催団体の負担になるため)。
[編集] テレビ番組収録
日本テレビとスタジオ契約を結んでいるため、同局系列テレビ番組の公開収録で使われることも多い。『笑点』や『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』などの公開収録会場として知られており、かつては『スター誕生!』や深夜放送時代初期の『ザ!鉄腕!DASH!!』などでも使用されていた。これらの格闘技以外の場合は、ステージを設置する関係上、通常「南」側の席しか使用しないが、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の企画「山崎vs.モリマン」のようにリングを設置して公開収録を行う場合もある。また、観客を入れずに単に番組収録スタジオとしての使用もある。
また、プロレス・ボクシングの興行の模様は、一部を運営会社である「株式会社東京ドーム」が出資する東京ケーブルネットワーク(TCN)が技術協力しており、GAORA、サムライTV、日テレG+などを通して全国のケーブルテレビ・CS放送・IP放送向けで放映されている。
[編集] その他
競技ダンス大会の会場としても後楽園ホールが使用されており、主にプロの競技会が開かれている。
[編集] 東日本大震災の影響
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で後楽園ホールの建物や天井にも損傷が認められた。運営主体の株式会社東京ドームは後楽園ホールが入る「青いビル」が地震発生時点で竣工からまもなく半世紀を迎える古い建物であることと同年1月に同じ敷地内にある東京ドームシティアトラクションズのアトラクションで死亡事故が発生したことを踏まえて安全対策に慎重を期し、日本ボクシングコミッションに要請して、発生当日の11日に予定されていた三迫ジム一門会の試合を急きょ中止した。
さらに翌12日に予定されていた女子トリプル世界タイトルマッチ、14日のダブル日本タイトル戦、スーパーフライ級の佐藤洋太vs河野公平戦、スーパーバンタム級の瀬藤幹人vs玉越強平戦をメインにした興行も全て中止、13日以降もOZアカデミーなどのプロレス興行が中止・延期された。
その後、竹中工務店によって安全確認がなされ、3月21日のアイスリボン[2](昼)・大日本プロレス(夜)から稼働を再開(東京電力・福島第一原子力発電所での事故による東京電力管内電力事情悪化により節電した上での開催)。4月に入ってからは順延された分を含めて興行が再開されている。
一方、「笑点」の後楽園ホールでの公開収録も4月16日、23日、30日に予定された分が全て中止された。これらの収録の観覧者募集の時期が上記の使用自粛期間と重なり、利用再開の目処が立たなかったためである。収録自体は別の場所で行われ、番組も通常通り放送されている。[3]なお、6月4日から後楽園ホールでの「笑点」の公開収録が再開されている。
[編集] 交通アクセス
[編集] 東京ドームシティ内の格闘技開催
後楽園ホール完成前には後楽園球場において白井義男の世界戦や力道山がルー・テーズの持つNWA世界ヘビー級王座に挑戦した試合などを開催。その他後楽園競輪場や後楽園バレーコート→ローラースケート場、後楽園アイスパレスで日本王座戦などが行われた。東京オリンピックボクシング競技会場もアイスパレスであった。
後楽園ホール開業後、格闘技会場はホールにほぼ集約されるが、東京ドーム開業後はドームでも格闘技のビッグイベントが開催されるようになる。
現在東京ドームシティ内では、後楽園ホールのほかにも「MEETS PORT」の地下に多目的ホール「東京ドームシティホール(旧・JCBホール)」もある。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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