佐藤洋太

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佐藤 洋太
基本情報
本名 佐藤 洋太
通称 マジカルボックス
階級 スーパーフライ級
身長 171cm
リーチ 179cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1984年4月1日(29歳)
出身地 岩手県盛岡市
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 30
勝ち 26
KO勝ち 12
敗け 3
引き分け 1
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佐藤 洋太(さとう ようた、1984年4月1日 - )は、日本プロボクサー岩手県盛岡市出身。第23代WBC世界スーパーフライ級王者。第34代日本スーパーフライ級王者。協栄ボクシングジム所属。岩手県立盛岡南高等学校卒業。東北学院大学中退。

目次

来歴 [編集]

中学3年生の時にボクシングを始め、高校時代はインターハイでベスト8、国体3位の成績を残した[1]

高校時代は五十嵐俊幸(WBC世界フライ級王者、当時・秋田県立西目高等学校で高校王者、後のアテネオリンピックアマチュアボクシング日本代表)と2度戦い、2度敗れた(五十嵐のブログより[いつ?])。

2004年2月16日、プロデビュー戦は町一輝(白井・具志堅)に1-2の4R判定負けとなり、この後5連勝(うち4KO)を収めた。2005年9月28日、東日本スーパーフライ級新人王トーナメント準決勝で杉田純一郎(ヨネクラ)に1-2の判定負けを喫した。同年12月19日、山田義顕(新日本木村)とのバンタム級6回戦にフルマークの判定勝利を収め、再起を果たした。2007年4月16日、ゴーントラニー・ノーイナイスポーツスクール(タイ)との53.0kg契約8回戦に初回KO勝利を収めた。同年12月19日、石本康隆(帝拳)とのバンタム級8回戦に3-0の判定勝利を収めた。

2008年10月12日、日本スーパーフライ級ランカーとしての初試合となった大原康明(金子)との53.0kg契約8回戦に3-0の判定勝利を収めた。2009年7月3日、日本タイトル挑戦権獲得トーナメントスーパーフライ級準決勝で日本同級5位として同8位ジェロッピ瑞山(千里馬神戸)と対戦し、1-1の判定引分で勝者扱いとなった。同年10月11日、同トーナメント決勝戦で5位として2位の杉田純一郎と再戦し、7R1分08秒TKO勝利で4年ぶりの雪辱を果たすとともに日本同級王座への挑戦権を獲得した。またこの大会では敢闘賞にも選出された[2]

2010年5月1日、中広大悟の負傷により設置された日本スーパーフライ級暫定王座を同1位としてWBAWBCともに同級11位の翁長吾央(大橋)と争い、開始からしばらくは翁長のカウンターに主導権を譲ったが、3Rから積極策に切り替えて挽回し、7R0分32秒TKO勝利で同王座を獲得した[3][4]。佐藤はこの試合に対し、東日本ボクシング協会の平成22年5月度月間最優秀選手賞を受けた[5]

2010年9月25日、東京ビッグサイト正規王者の中広大悟(広島三栄)と対戦、3-0(97-92、99-90、99-89)の大差判定で王座統一戦に勝利した[6]

2010年12月6日、福本雄基(三谷大和)と対戦し、7RTKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[7]

2011年4月9日、元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者河野公平(ワタナベ)と対戦し、3-0の判定勝ちで3度目の防衛に成功した[8]

2012年1月13日、5度防衛後、日本王座返上。

2012年3月27日、東京都文京区の後楽園ホールでWBC世界スーパーフライ級王者スリヤン・ソー・ルンヴィサイタイ)に挑戦。試合では第3ラウンドに2度のダウンを奪うなど序盤を優勢に進め、中盤から王者の粘り強い反撃に苦しむも怯むことなく12ラウンドを闘い切り、3-0(116-110、114-112、114-112)の判定勝ちを収めて世界王座を奪取した[9]

2012年7月8日、初防衛戦。神奈川県横浜市横浜文化体育館で1位シルベスター・ロペス(フィリピン)と対戦。序盤から試合をコントロールし、ロペスに付け入るスキを与えることなく12ラウンドを戦い、3-0の判定勝ちで初防衛に成功した[10]

2012年12月31日、東京・大田区の大田区総合体育館で東洋太平洋スーパーフライ級王者で同級5位の赤穂亮(横浜光)と2度目の防衛戦を行った。最終ラウンドで照明が故障するというアクシデントがあったものの、3-0の判定勝ちで2度目の防衛に成功した[11]

2013年5月3日、3度目の防衛戦をタイ・シーサケート県のコンムアンスリ・スタジアムにて8位のシーサケット・ソー・ルンヴィサイ(タイ)と対戦し、8回1分23秒TKO負けを喫して王座から陥落した[12]

戦績 [編集]

  • アマチュアボクシング:32戦22勝 (2KO・RSC) 10敗
  • プロボクシング:30戦26勝 (12KO) 3敗1分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2004年2月16日 4R 判定1-2 町一輝 (白井・具志堅S) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 2004年7月12日 3R 1:17 TKO 松井聡 (フォーラムS) 日本の旗 日本
3 2004年10月4日 4R 判定3-0 植木隆史 (草加有沢) 日本の旗 日本
4 2005年3月25日 2R 2:39 KO 日名裕一 (F赤羽) 日本の旗 日本
5 2005年5月27日 1R 1:47 KO 義澤慶直 (相模原ヨネクラ) 日本の旗 日本
6 2005年8月5日 1R 1:48 TKO 田畑光輝 (花形) 日本の旗 日本
7 2005年9月28日 4R 判定1-2 杉田純一郎 (ヨネクラ) 日本の旗 日本
8 2005年12月19日 6R 判定3-0 山田義顕 (新日本木村) 日本の旗 日本
9 2006年3月20日 6R 判定3-0 塙繁紀 (協栄カヌマ) 日本の旗 日本
10 2006年5月15日 6R 判定3-0 殿村雅史 (F・I) 日本の旗 日本
11 2007年4月16日 1R 1:19 TKO ゴーントラニー・ノーイナイスポーツスクール タイの旗 タイ
12 2007年6月18日 8R 判定3-0 殿村雅史 (角海老宝石) 日本の旗 日本
13 2007年9月8日 8R 判定3-0 室橋守 (帝拳) 日本の旗 日本
14 2007年12月19日 8R 判定3-0 石本康隆 (帝拳) 日本の旗 日本
15 2008年3月22日 3R 2:59 KO ペットクロンパイ・ソーターンティップ タイの旗 タイ
16 2008年7月9日 2R 2:00 KO 原口清一 (草加有沢) 日本の旗 日本
17 2008年10月12日 8R 判定3-0 大原康明 (金子) 日本の旗 日本
18 2009年3月3日 1R 1:34 TKO 白井一彰 (渡嘉敷) 日本の旗 日本
19 2009年7月3日 6R 判定1-1 ジェロッピ瑞山 (千里馬神戸) フィリピンの旗 フィリピン
20 2009年10月11日 7R 1:08 TKO 杉田純一郎 (ヨネクラ) 日本の旗 日本
21 2010年5月1日 7R 0:32 TKO 翁長吾央 (大橋) 日本の旗 日本 日本スーパーフライ級暫定王座決定戦
22 2010年9月25日 10R 判定3-0 中広大悟 (広島三栄) 日本の旗 日本 日本王座防衛1(王座統一戦)
23 2010年12月6日 7R 2:18 TKO 福本雄基 (三谷大和S) 日本の旗 日本 日本王座防衛2
24 2011年4月9日 10R 判定3-0 河野公平 (ワタナベ) 日本の旗 日本 日本王座防衛3
25 2011年8月4日 10R 判定3-0 石崎義人 (真正) 日本の旗 日本 日本王座防衛4
26 2011年11月1日 4R 2:19 KO 大庭健司 (FUKUOKA) 日本の旗 日本 日本王座防衛5
27 2012年3月27日 12R 判定3-0 スリヤン・ソー・ルンヴィサイ タイの旗 タイ WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ
28 2012年7月8日 12R 判定3-0 シルベスター・ロペス フィリピンの旗 フィリピン WBC防衛1
29 2012年12月31日 12R 判定3-0 赤穂亮 (横浜光) 日本の旗 日本 WBC防衛2
30 2013年5月3日 8R 1:23 TKO シーサケット・ソー・ルンヴィサイ タイの旗 タイ WBC王座陥落

獲得タイトル [編集]

  • 第2回日本タイトル挑戦権獲得トーナメントスーパーフライ級優勝(敢闘賞)
  • 日本スーパーフライ級暫定王座(防衛1)
  • 第34代日本スーパーフライ級王座(防衛4=返上)
  • 第23代WBC世界スーパーフライ級王座(防衛2)

受賞歴 [編集]

人物 [編集]

旧姓は「千葉」。祖母の友人夫妻と養子縁組を結んだ関係で「佐藤」に改姓。

既婚で、3人の息子を持つ父親でもある。

趣味はスケートボード(キャリア15年)、将棋ゼニガメの飼育。また読書家の一面もあり、日本タイトル防衛戦直前の控え室で馳星周不夜城』を読みふけりトレーナーに呆れられたこともある。

WBC世界スーパーフライ級王座獲得翌日の2012年3月28日、記者会見のためにジムへ向かう途中、警察官に呼び止められ職務質問を受けるハプニングに遭った[14]。明るく染めた頭髪、ジャージ姿、前日の試合で顔は腫れ気味、さらに(スケートボードの整備用として)スパナを所持していたことで怪しまれてしまった模様で、佐藤は前日に世界王座を獲ったことを説明したが警察官から信用してもらえず、約10分間、足止めを余儀なくされた。さらに、5月21日の練習後にも警察官に呼び止められたが、持参していたリュックからWBCのチャンピオンベルト(支援者との食事会で披露するためにベルトを持参していた)を取り出し、わずか2秒ほどで解放されたとのこと[15]

脚注 [編集]

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  1. ^ 協栄ジム期待のホープ・佐藤洋太の素顔に迫る リアルスポーツ 2009年9月8日閲覧
  2. ^ ベラミーMVP「最強後楽園」 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月12日閲覧
  3. ^ 佐藤が暫定王者 日本S・フライ級 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月1日閲覧
  4. ^ 佐藤がTKOで暫定王者に 日刊スポーツ 2010年5月1日閲覧
  5. ^ 殊勲の佐藤5月のMVPに 東日本協会 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年5月31日閲覧
  6. ^ 佐藤、中広を2度ダウン 日本S・フライ級正規王者に ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月25日閲覧
  7. ^ 加藤初防衛ならず、井上新王者 4大タイトルマッチ ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月7日閲覧
  8. ^ 佐藤が3度目防衛 ボクシング日本Sフライ級 岩手日報 2011年4月10日閲覧
  9. ^ 佐藤が新王者! 日刊スポーツ 2012年3月27日閲覧
  10. ^ 佐藤洋太が判定で初防衛!/ボクシング 日刊スポーツ 2012年7月8日閲覧
  11. ^ 佐藤が赤穂を完封 3-0判定防衛 デイリースポーツ 2012年12月31日閲覧
  12. ^ 佐藤8回TKOで“鬼門”タイに散る デイリースポーツ 2013年5月3日閲覧
  13. ^ ボクシング佐藤に栄誉賞記念品”. 日刊スポーツ (2012年6月22日). 2012年8月5日閲覧。
  14. ^ 佐藤洋太 職質されちゃった2012年3月29日 中日スポーツ
  15. ^ 佐藤、また職質された!ベルト見せて解放…WBC世界Sフライ級戦2012年5月24日 スポーツ報知

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

暫定王座決定戦 対戦者
翁長吾央
日本スーパーフライ級暫定王者

2010年5月1日 - 2010年9月25日

次暫定王者
王座統一により消滅
前王者
中広大悟
第34代日本スーパーフライ級王者

2010年9月25日 - 2012年1月13日(返上)

空位
次タイトル獲得者
帝里木下
前王者
スリヤン・ソー・ルンヴィサイ
第23代WBC世界スーパーフライ級王者

2012年3月27日 - 2013年5月3日

次王者
シーサケット・ソー・ルンヴィサイ