三遊亭小遊三
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- 先代 - 後の6代目橘家圓太郎
- 当代 - 本項にて記載。
| さんゆうてい こゆうざ 三遊亭 小遊三 |
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| 本名 | 天野 幸夫 |
|---|---|
| 生年月日 | 1947年3月2日(62歳) |
| 出生地 | |
| 活動期間 | 1968年~ |
| 活動内容 | 落語家(落語芸術協会副会長) |
三遊亭 小遊三(さんゆうてい こゆうざ、1947年(昭和22年)3月2日 -)は、落語芸術協会所属の落語家(同協会副会長)。本名は天野 幸夫(あまの ゆきお)。山梨県大月市出身(神奈川県横浜市生まれ)、都留高校-明治大学経営学部卒。練馬区在住。出囃子は『ボタンとリボン』(或いは『春はうれしや』)。古典落語専門で、長屋ものを得意としている。
目次 |
[編集] 人物
『笑点』でのイメージが強いが、漫才ブームの際に売り出した数少ない落語家の一人。『らくご in 六本木』や『オレたちひょうきん族』など幾つかのテレビ番組に出演しては存在感を示していた。『笑点』はその実績が買われて起用されたものである。
高校時代、卓球部キャプテンを務めていたことから東京オリンピックの聖火ランナーに抜擢される(本来は他の部のキャプテンがするはずが不祥事を起こし代わりに選ばれた)。しかし、母校の近くの区間を走らなかったので誰も見に来なかった。なお、後に長野オリンピックの時にも聖火ランナーを務め、この時は東京都内を走っている。 2005年12月、山梨県より「富士の国やまなし観光大使」委嘱。
卓球選手としては、高校・大学と卓球部に所属して、1966年に山梨県卓球選手権で優勝[1]。国民体育大会の出場経験もある[2]。落語家になった後も、らくご卓球クラブのヘッドコーチを務め、世界ベテラン卓球選手権大会に数回出場している。
現在の笑点メンバーの中でも、笑点でのキャラクターと落語家としてのイメージのギャップが一番薄い。一方、習得している演目は多く(人情噺は基本的に行わない)、同じ演目(ネタ)を連続で何度も繰り返す事はない。落語には独自のアレンジを加える事が多く、時代背景の必要ない(または時代を変えても差し支えない)古典落語には時事ネタやカタカナが比較的多く含まれ、時代背景のある落語については時代空間を壊さない程度にオチや使う唄などを変えている。
若い頃は物真似芸をよく披露しており、桂米助と野球選手のフォームの真似をする「野球形態模写」を笑点の演芸コーナーで披露した事もあった。高田文夫は一緒に韓国プロ野球を観戦に行った際、彼が即興でやった韓国人選手の形態模写が現地で大ウケだったのを見て「小遊三の芸は本物だ」と思ったという。
[編集] 大喜利メンバーとして
加入した当時は古今亭朝次(現:7代目桂才賀)が同じ色男・悪人・貧乏キャラで売っていたため、小遊三と才賀が隣同士となった1986年1月5日から、才賀が卒業した1988年3月27日まで罵倒合戦を演じていた。
番組内での「犯罪者」キャラクターは、とある事件の犯人と顔が似ており、メンバー入りする以前から本人が寄席でその真似をして笑いを取っていた事によるもの。
現在では、林家たい平と互いの地元をネタにした罵倒合戦を繰り広げているが、たい平加入以前は地元ネタは控えられていた。これは、林家こん平(たい平の師匠)が「チャーザー村ネタ」などを既にやっていて「二番煎じに見られる」と思ったためである(2008年9月14日放送「いつみても波瀾万丈」)。
大喜利でのキャラクターについては「大喜利 (笑点)#三遊亭小遊三」を参照
[編集] 芸歴
- 1968年(昭和43年)4月 3代目三遊亭遊三に入門。
- 1969年(昭和44年)4月 芸名遊吉にて初高座。
- 1973年(昭和48年)9月 二ツ目昇進、小遊三に改名。
- 1983年(昭和58年)3月 真打昇進・同年10月16日から三遊亭好楽(1988年4月3日に復帰)の後任として『笑点』にレギュラー出演。
[編集] その他の活動
- 1989年(平成元年)映画『226』(松竹富士)-三浦作次上等兵役で出演。
- 1991年(平成3年)アニメ『らくごアニメ・滝田ゆう落語劇場』-声優(落語アニメなので噺)。
- 1991年~1995年 全日本ダジャレ芸術協会宗匠。通称「ダジャ協」。「週刊アサヒ芸能」で連載、その名の通りダジャレを読者から募集し、宗匠である小遊三が選考・採点。四年間で延べ60万作品が投稿されたとされる。
- 2006年(平成18年)アニメ『落語天女おゆい』-声優、本人役。劇中落語を披露。
- 2006年(平成18年)TBSラジオの『ミュージックプレゼント』の司会である毒蝮三太夫が腸閉塞で入院したため、代役として中継を担当(その後毒蝮は復帰し、出演も終了)。
- 趣味悠々「落語をもっと楽しもう」、案内役(2006年12月6日~2007年1月31日(本放送))
- など。
現在進行中
- らくご卓球クラブ、コーチ役(監督は林家こん平)。
- にゅうおいらんず、芸協会員で構成されたデキシーバンドのトランペット担当。
- サントリーオープンゴルフトーナメント、アマプロチャリティトーナメントには近年毎年参加している。
[編集] CD・DVDなど
- CD『談志が選んだ艶噺し』(コロムビアミュージックエンタテインメント/2000年発売)
- CD『NHKCD新落語名人選』(ユニバーサルミュージック/2005年発売)
- DVD『激笑!炎の落語』(コロムビアミュージックエンタテインメント/2005年発売)
[編集] 一門弟子
[編集] 出典
- ^ 北京五輪 私が応援団長 落語家・三遊亭小遊三 スポーツ報知 2008年8月14日
- ^ <演芸>芸協総出で大演芸祭 西新宿の芸能花伝舎 卓球や芸人屋台も 東京新聞Tokyo Web 2007年9月22日
[編集] 関連項目
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