野ざらし
野ざらし(野晒し、のざらし)は、落語の一席。2代目林家正蔵の作と言われ、当時は因縁話だったのだが、それを初代三遊亭圓遊が今のような滑稽な噺に改作した。
上方では『骨釣り』という題名で演じられるが昭和50年代に月亭可朝がそのまま「野ざらし」の演題で東京風に演じたのを切っ掛けに上方でも浸透している。十八番にしていたのは3代目春風亭柳好、8代目春風亭柳枝、6代目春風亭柳橋などで、現在は10代目柳家小三治が十八番にしている。また、5代目三遊亭圓楽、7代目立川談志の十八番でもあり、若いころよく演じていた。
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[編集] あらすじ
隣りに住むのは、堅物で有名な尾形清十郎という浪人。日ごろから、「女嫌い」で通っていた先生に、女っけが出来たことにフンガイした八五郎は、翌朝、先生宅に突撃する。
先生はいったんはとぼけてみせるが、八五郎に「ノミで壁に穴開けて覗いた」と言われ、とうとう真相を語った。「あれはこの世のものではない」
先生の話によると、向島で釣りをした帰りに野ざらしのしゃれこうべを見つけ、哀れに思って酒を振りかけ、手向けの一句を詠むなどねんごろに供養したところ、何とその骨の幽霊がお礼に来てくれたというのだ。
その話を聞いた八五郎、「あんな美人が来てくれるなら幽霊だってかまわねえ」とばかり先生から無理やり釣り道具を借りて向島へ。
居並ぶ太公望(釣り客)達に、「骨は釣れるか?新造か?年増か?」と質問して白い目で見られつつ良い場所へ陣取り、早速、骨釣りを始めた。
「私ぁ~、年増が、好きなのよー♪」と変な歌を歌いだし「大変な人が来たよ。湯に入っているみたいだ。」と周囲を困らせる。
さらに「水をかき回すな」との苦情に。「何イ。水をかき回すなだと!何言ってやんでえ。いつ水をかき回したい!たたいてんだよ!かき回すってなアこうするんだ!」川面を思いっきりかき回したりと、八五郎の暴走は止まらない。
「♪鐘がぁ~ ボンとなりゃぁさ
上げ潮ぉ、 南さ
カラスがパッと出りゃ コラサノサ
骨(こつ)がある、サーイサイ」
「うるさいねどうも」と周りから苦情が出ようがお構いなし。
「♪そのまた骨にさ
酒をば、かけてさ
骨がべべ(紅)きてコラサノサ
礼に来るサーイサイ」
そら、スチャラカチャンたらスチャラカチャン!」
サイサイ節の替え歌をがなりつつ、だんだんと自分の妄想にはまり込んでいく八五郎。
とうとう、幽霊が来たシーンを一人芝居でやっているうちに、自分の鼻に釣り針を引っ掛けてしまった。
「おい、あの人ぁ自分で自分を釣っちまったよ」
「こんな物(釣り針)が付いてるからいけねぇんだ。こんな物、取っちまえ!」
と、釣り針を川に放り込んで「サァ来い!!」
[編集] サイサイ節
古今亭志ん朝によれば、この噺で最も難しいのはサイサイ節である。(6代圓生の専売特許だった「庖丁」で「八重一重」、「三十石」で「舟唄」が最も重要なのと同じ) そしてサイサイ節がこの噺のクライマックス、聞かせどころである。後の落語家たちにとって、高い関門となった。
[編集] オチのバリエーション
芝居に熱中するあまり川へ落っこち、上がってきながらも「お前が好き~♪」と芝居をやり続けていたなどバリエーションは多数。
[編集] 時代によって変化した落語
現代の演者はこの場面で切ることが多い。その理由は、よくある「時間の都合」ではなく落ちの中に時代背景が複雑に入り組んでいるためだ。
[編集] この後の展開
ドタバタの末に骨を見つけ、酒を掛けつつ自分の家までの道筋を語る八五郎。その話を、川面に浮かぶ屋形船でたまたま幇間が聞いていたのだ。デートの約束と勘違いした幇間は、おだててご祝儀でも頂戴しようとその晩八五郎宅に乗り込んでしまう。八五郎に誰だと訊かれ、
「あたしァ新朝(しんちょう)と言う幇間(たいこ)」
「何!? 新町(しんちょう)の太鼓(たいこ)? アチャー、あれは馬の骨だったか…」
新町とは現在の台東区浅草吉野町付近の事で、かつては太鼓屋が立ち並んでいた。そして、以前和太鼓に張っていたのが馬の皮。そこで、幇間(たいこ)の名前と「新町」、幇間(たいこ)と太鼓を引っ掛けた語呂合わせが落ちに使われていたと言うわけだ。
[編集] 元ネタは中国
この噺の元ネタは、中国の明代に書かれた笑話本、「笑府」中の一遍である『学様』。最初の男の所に楊貴妃が訪れ、それを真似した男の所には張飛がやって来て「尻を一つ…」。上方では、これを踏襲する下げ方もある。中国の場合「妃(フェイ)」と「飛(フェイ)」を掛けているため、「しんちょうのたいこ」の下りを無くすと元ネタとの繋がりが少々希薄になってしまう。
[編集] 演者あれこれ ~3代目柳好を中心に~
初代圓遊以後多くの演者がいるが、記憶に残る演者といえば8代目春風亭柳枝がいる。明るく篤実な芸風であったが、サゲまで演じることのできる数少ない演者であった。また6代目春風亭柳橋は鷹揚な芸風で、ほのぼのとしたユーモアが醸し出された。だが、特筆すべきは3代目春風亭柳好で、自身「野ざらしの柳好」の異名をとるほどの得意ネタであった。歌い調子のリズミカルさと底抜けに明るい「野ざらし」は音源が残っており、今日でもファンが多い。現立川談志は柳好に心酔するあまり「野ざらし」を演じる時に「ここから柳好になるよ。」とことわって、柳好ばりの歌い調子になっている。名人8代目桂文楽も「野ざらし」を得意とした一人だが、柳好の素晴らしさに脱帽し「こんな素晴らしいのを聞いたら、あたしはもう演じられません。」と自ら封印してしまった。