Wikipedia:独立記事作成の目安

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ウィキペディアに記事を作成する場合、取り扱う対象には、百科事典の記事として言及するにふさわしい価値が必要です。ウィキペディアでは、この価値を特筆性(notability)と表現します。これは一般的な「名声」「重要性」「人気」といった言葉と似ていますが、一致したものではありません。 特筆性とは、立項される対象がその対象と無関係な信頼できる情報源において有意に言及されている状態であることを意味します。

特筆性のあるなしは記事の出来とは関係がありません。特筆性のある対象は発明、発見、事象発生、新たな定義などによって日々産み出されており、記事として潜在的な価値を持ちますが、ウィキペディアの項目に既に書かれているとは限りません。誠実に探しても特筆性が見つかりそうもない対象は削除の対象となり得ますが、現在の記事において信頼できる二次情報源による出典が提示されていないとしても、それは特筆性がないということを必ずしも意味しません。

独立記事を新たに作成する場合、特筆性の立証をできれば立頁の初期段階で行うことをお奨めします。特筆性の立証は、出典の明記と同じ方法でできます。独立記事の作成にあたっては、特筆性の存在を念頭に置いて行ってください。対象に特筆性がある、またはそれに近いにせよ、独立記事中に十分に反映されていない状態を特筆性が推定されると表現します。特筆性の立証は、いつでも、また初稿作成者以外でも可能です。ただし特筆性が推定されているだけの記事は、第三者に特筆性がないと誤解され、記事ごと削除されるリスクがあります。第三者の検索は誠実であったとしても、限界があるからです。そのようなリスクを避ける最も賢明な方法は、独立記事を作成した本人が、立項の初期の段階で特筆性を証明してしまうことです。

またある対象に特筆性が見つかった場合は、多くの場合ウィキペディアに記述できますが、ことごとく新規に独立記事を作成するだけが最良とは限りません。場合によっては既に記述されているより包括的な項目内の情報として、新たな節を設ける等、記事の強化に役立てる方が良い場合もあります。

記事の削除を検討する場合に、その記事に特筆性がないと報告する場合は、説明責任が伴います。また特筆性があると証言する場合は、それがどの情報源であるかを提示してください。

本文書は、取り扱う対象が、独立記事としてウィキペディアに作成、収録するだけの価値、つまり特筆性を有するかどうかの目安を提供します。本文書を要約すると、後述の一般的な目安あるいは各分野での特筆性の基準を満たすならば、取り扱う対象は、独立記事として作成、収録するだけの価値を有すると推定される、となります。本文書は、記事として作成することが適切かどうかについて述べたものであり、記事の内容について直接には関係しません。記事の内容に関しては、Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:存命人物の伝記Wikipedia:過剰な内容の整理などをご覧ください。

一般的な目安[編集]

もし対象と無関係な信頼できる情報源から有意な言及があった場合、その話題はウィキペディアの独立記事として作成、収録するだけの価値があると推定されます。

  • 有意な言及」とは、対象の話題について、直接的かつ詳細に述べていることを意味します。元となる情報源において、「特集記事」(もっぱらその話題について述べている記述)とまではいかなくても、少なくとも「取るに足らないようなもの」(他の話題に関する記述において蛇足的に触れられているもの)以上の言及が必要です[注 1]
  • 信頼できる」とは、信頼できる情報源のガイドラインを満たすことを意味します。情報源の形式・メディアは問いません。
  • 独立記事として作成、収録するだけの価値があるか否かの判断における「情報源」は、二次資料でなければなりません。特筆性のもっとも客観的な証拠を提供するのは二次資料だからです。主題に言及している信頼できる二次資料が見つかるかどうかは、独立記事として作成、収録するだけの価値があるか否かを評価するためのよい指標になります。必要とされる信頼できる情報源の質および数は、その情報源の言及内容の深さや質により変わりますが、一般的に、複数の情報源があったほうがよいでしょう。特筆性を示す出典がない、またはひとつしかないということだけでは削除の理由になりませんが、複数の独立した情報源によって言及されていない話題は、特筆性を示す出典が他に見つからないか試みた後、より広範な内容を扱う記事に記載するか、記事の統合を検討する方がよいかもしれません。あるいはその項目が百科事典にふさわしいのかを再考するのも良いでしょう[注 2][注 3][注 4]
  • 対象と無関係な」という条件は、例えば自己宣伝や広告、記事主題によって自主公表されたもの、自叙伝、プレスリリースなど、記事主題と、何かしらの提携・協力関係にある情報源を取り除く、ということを意味します[注 5][注 6][注 7]
  • 推定できる」とは、複数の信頼できる情報源において、それぞれ独立した言及がされているとき、取り扱う対象には、独立記事として作成、収録するだけの価値を有すると推定できることを意味します(保証ではありません)。

ただし以上の目安を満たしていたとしても、編集者の間での合意形成により、作成、収録にふさわしくないとされる話題もあります。例えばウィキペディアは何ではないかに違反している場合などです。逆に、既にある記事においては、信頼できる二次情報源による出典が提示されず、この目安を満たさないとしても、独立記事として収録するだけの価値がない、とも言い切れません。

特筆性は客観的な証明を必要とする[編集]

ウィキペディアにおいて「特筆性」を主張するには、相応の、信頼できる、検証可能で、客観的な証拠を必要とします。これは、特筆性に関する全てのガイドライン、主張、目安において一致した要件です。少なくとも、「重要である」「名声がある」「人気がある」と言うだけでは、ウィキペディアにおける特筆性を主張するには、全く無意味です。

上記の一般的な目安も、信頼できる情報源における相当量の言及を求めており、特筆性を主張するには、まずはこれがよい指標となるでしょう。その次に、各分野の特筆性に関する基準・ガイドラインが目安になるので、参考にして下さい。

それ以外の手段で特筆性を主張する場合は、例えば信頼できる複数の専門家や、対象の専門分野の信頼できるメディアから、相応の評価があれば、証拠として活用できるでしょう。その分野の国家レベルで第一線の専門家が集まり、それ自体言及すべき価値のある学会、大会や、あるいは専門分野のメディアにおいて、優勝、学会賞、最優秀論文賞などの特別な受賞実績がある、あるいは主題とする対象を主とした講演会、特集が行われた、といった事項を検証可能な状態で提示できれば、特筆性を主張するよい手立てとなるでしょう。

ニュース報道等[編集]

ウィキペディアはニュース速報の場ではありません。単発の出来事や話題に関する定常的なニュース報道は「有意な言及」とは言えません。例えば、スポーツの試合結果やゴシップ情報、プレス発表についての定常的な報道は、特筆性の根拠になりません。また、批評的分析を加えることなく事件や事故をありのままに伝えるニュース報道は、たとえ主要メディアで大量の報道がされていても、「有意な言及」とは見なされません。なお、ウィキメディアプロジェクトのウィキニュースは、そのような最新のニュース的な事柄について扱っていますので、ニュース速報的な記事を作成したい場合は、まずそちらの利用を検討してみて下さい。

ただし、その出来事の影響が明らかに永続的に広く社会に与えるであろう場合は、進行中の出来事であったとしても、記載するに十分な特筆性があると推定されます。例えばアメリカ同時多発テロ事件アラブの春東日本大震災福島第一原発事故規模のニュースが発生すれば、独立記事として十分な特筆性があるでしょう。

特筆性は一時的なものではない[編集]

記事で取り扱う対象が、ある時点で十分に特筆性を得ていた場合、独立記事として作成あるいは収録することが可能です。たとえその評価が社会的に継続していなくとも関係ありません。「現在は無名だから、記事として必要無し」というわけではありません。現在はほとんど忘れられた昭和の役者明治時代の変わった学生騒動地質学の仮説江戸時代の法律家など、むしろそういった歴史的に意義のある記事は収録を歓迎します。

一方、ある時点においては特筆性を示す情報源が足りないとされた場合であっても、その後情報が出揃い特筆性が立証されたり、あるいは状況が変化して特筆性が発生する場合もあります。例えばお笑いコンビのオードリーは、著名な活動がないお笑い芸人と判断され、記事が削除されたことがありましたが、その後活躍し再掲載された、ということもあります。このように、ある時点で目安に達しないと判断されたからといって、現在、あるいは将来も記事作成が認められないというわけではありません。再評価すべき状況となれば、当然、再評価して下さい。再評価の結果、特筆性が確認された場合には、いつでも記事の再作成が可能です。必要に応じて、新たに記事を書き起こしたり、手続きを済ませた上で統合された記事を再分割したり、削除された記事を復帰させたりすることができます。

ただし、記事の再掲載を求める側は、特筆性を証明する新たな証拠を提示して下さい。でなければ、まず間違いなく削除されるでしょう。

特筆性と時間を巡るよくある誤解として「将来の特筆性」があります。ある対象に関し、現在は不十分でも将来的には間違いなく特筆性が得られるだろうから、記事として作成、収録すべきだ、といった考えです。気持ちは分かります。しかし「将来の特筆性」は評価の対象になりません。実際の特筆性が確認されてから記事を作成して下さい。

特筆性のガイドラインを満たしていない記事[編集]

記事の主題が本ガイドラインの条件を満たさない場合、独立した記事として存続することはできません。そうした記事はたいていの場合、記事の主題に関連の深い特筆性を満たす記事や一覧があればそれらのページに統合されることになりますし、適した統合先がない場合には削除されることになります。ただしそのような判断を下す前には誠実な調査を行ってください。

特筆性の有無がはっきりしない記事については、削除は最後の手段であるべきです。

もし、記事の対象の特筆性を証明するに足る情報源がその記事に出典として示されていないときは、以下のように対処することができます。

  • まずはあなた自身が出来る範囲で、そのような記事の情報源を探してみてください。見つかった場合、記事に加筆するか、ノートなどに情報を提供してください。少なくとも一般的な検索エンジンによる簡単な調査くらいは、他の手段をとる前に行うようにしてください。
  • {{特筆性}}テンプレートを貼って、他の編集者に通知してください。
  • 記事の主な執筆者や、関連するウィキプロジェクトの参加者などに、情報源の調査や記事の改善を依頼してみてください。Wikipedia:加筆依頼プロジェクト:検証も利用できます。とくに専門的な主題では、専門家がオンラインでは見つけられない情報源を知っているもしれません。場合によっては、ウィキペディアンでない専門家や、記事主題の当事者や関係者に連絡を取って、情報源の有無を問い合わせてもよいかもしれません[注 8]

上記のように情報源を誠実に探したにもかかわらず(必要な調査の量と質は場合によりますが、ただテンプレートや加筆依頼等で呼びかけを行ったが協力者が現れなかったということだけを根拠として判断を下した場合、通常は不充分とみなされます。調査過程の少なくとも一部には、積極的な情報源の探索が含まれるようにしてください。)適切な情報源が見つけられなかった場合には、その記事の検証可能な情報を、より広範なテーマについて扱っている別の適切な記事に統合することを検討してみてください[注 9]。内容を転記するべきでない、もしくはその必要がないと判断された場合[注 10]には、リダイレクト化を検討してください[注 11]。もしそれもかなわず、記事を削除するのであれば[注 12]Wikipedia:削除依頼#依頼の基本手順に則って削除依頼を提出することができます。

記事の対象が明らかに特筆性に欠ける場合には、有用な内容を保存するために削除以外の対処方法が役に立つこともあるかもしれませんが、削除が最も適切な対応であることがほとんどです。

関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 例えば、IBMに関するソーブル著の360ページの本やブラック著の528ページの本は明らかに「取るに足らないようなもの」ではありません。しかし、ビル・クリントンが高校時代に作っていたバンド「Three Blind Mice」についてウォーカーが述べたたった1行の文は「取るに足らないようなもの」でしょう。
  2. ^ 同じ発行元による再版は、複数の情報源とはなりません。
  3. ^ 発行元が地理的に同じ地域であったり、さらに先の情報元が同一であったりし、同じような情報を提供しているだけの場合、それらは複数の情報源としては扱えません。例えば、同じ出版社が、地理的に同じ地域で発表した、同じ記事を書いた雑誌は、特筆性を評価する上で複数の情報源とはなりません。
  4. ^ 複数の情報源がなく、単一の情報源のみで特筆性を立証する場合は、その情報源が検証できる状態であり、信頼でき、中立的な観点に基づき、取り扱う対象に対し包括的かつ詳細な情報を提供している必要があります。
  5. ^ 記事主題自身やそれと強く関係するものにより公表されたものは、それが世間で広く注目されていることを示しているとは考えられません。
  6. ^ 自己宣伝や自叙伝、製品紹介は百科事典的な記事を得るための手段になりえません。公表された作品を書いた人は、記事について無関係な立場から書いている誰か他の人でなければなりません。独立記事として作成、収録するだけの価値があるか否かを考えるための指標は、記事主題そのもの(あるいはメーカーや作者、著者、発明者や販売者)とは無関係な人たちが書いて公表した、「取るに足らない」ものではない作品において、記事の主題を「取るに足らない」程度以上の言及をしているかどうかということです。そうでないと、単純に個人的なブログなどを使い、ウィキペディアの外で記事の対象について説明するだけで、独立記事となるだけの価値を簡単に与えることになってしまいます。このような情報源にのみ頼ることは、Wikipedia:信頼できる情報源の考え方にも反します。また、自己宣伝は明らかに中立的ではないですし、自主公表された情報源も、故意でなくとも偏ったものになっていることが多く、中立的な記事を作成するには、別の中立的な情報源の確保が必要です。そのような情報源の中立性に関する問題の議論は、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないをご覧ください。宣伝的でない自主公表された情報源であっても、それは世間一般で注目を集めたことを立証できないので、依然として特筆性の根拠にはなりえません。
  7. ^ さらに言えば、信頼できる情報源における全ての言及が、特筆性の根拠になるとは限りません。例えば、名簿やデータベース、広告および広告欄、マイナーな新聞記事などは信頼できる情報源に該当したとしても、独立記事として作成、収録するだけの価値があることを示す証拠にはならないでしょう。
  8. ^ ただし、当事者や関係者による情報源は特筆性の根拠にはなりません。また、協力を受けた場合でも、客観的な立場からの執筆を心掛けてください。
  9. ^ 例えば、ある作品の中であまり重要な役割を果たしていない登場人物の記事は、その作品そのものか「○○○○の登場人物一覧」といった記事に統合できるかもしれません。学校であれば、その学校がある地方自治体や地域の記事に統合できるかもしれません。有名人の親戚であれば、その有名人の記事に統合できるでしょう。特定のグループや出来事に関係していることによってのみ知られている人物の記事は、そのグループや出来事に関する主要な記事に統合できるでしょう。
  10. ^ 統合前の記事の質や検証可能性が著しく低い場合や、法的リスクの懸念がある場合、統合先候補の記事にすでに充分な解説がある場合など。
  11. ^ 適切な情報源は見つかるものの百科事典の記事として発展する見込みが薄い場合にも、統合やリダイレクト化を検討してください。
  12. ^ ウィキペディアにおいては、不十分な調査に基づく削除依頼は却下されてきました。ここでいう「調査」とは、その特筆性を証明するための情報源や他の方法で示せそうな情報を探そうとするということを含みます。