鈴本演芸場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
鈴本演芸場(2009年)

鈴本演芸場(すずもとえんげいじょう)は、東京都台東区上野二丁目上野鈴本ビルにある寄席

出演者[編集]

主な出演者は落語協会所属の芸人である。落語を中心に色物芸も多数上演。 落語芸術協会も以前は出演していたが、興行成績不振のため落語協会と合同での番組編成を提案した処から確執が生じ1984年9月に撤退。 落語家の栄誉 初席の主任は現在、 一部三遊亭圓歌 二部林家正蔵 三部柳家小三治である。

概要[編集]

鈴本演芸場 正面入口(2006年9月12日)

外観[編集]

  • 上野広小路に面する。
  • 保有ビルの中。
  • 一階入り口にある切符売り場の上が太鼓櫓になっている。

内部[編集]

  • 座席数285。

すべて椅子席、 飲食用 テーブル付属。

  • 2Fに自動販売機(酒あり)3Fが客席と売店。エレベーター

(1基のみ)で行き来可(1Fから3Fへ上がるエスカレーターもある)。

興行[編集]

  • 通常興行は全席自由席。入れ替え制。
  • 特別興行では全席座席指定チケットぴあで前売りされる。
  • 正月・お盆などは特別企画・特別興行となる。
  • 大阪の落語家を招いて出演させることも行っている
    • 桂三枝 鈴本初お目見え興行」(2006年4月中席)等。
  • 前座が開演前に呼び出し太鼓、終演後に追い出し太鼓を叩き生でみられる。

番組[編集]

毎月10日ごとに出演者・演目が入れ替えられている。

  • 上席(かみせき)1日~10日
  • 中席(なかせき)11日~20日
  • 下席(しもせき)21日~30日

早朝寄席[編集]

落語協会の二つ目 自主興行で運営され、日曜日に開催。 10時開演11:30前後終了である。入場料500円。一回のイベントで二つ目の落語家が4人上がる。 噺がたっぷり聞け好評。


通常興行の料金[編集]

  • 一般 2800円
  • 学生 2400円(中学生以上。大学や専門学校もすべて含む。ただし24歳まで)
  • シニア 2400円(65歳以上)
  • 小人 1500円(3歳以上)
  • 全席自由席

(いずれも、2005年6月現在)

歴史[編集]

軍談席本牧亭が、江戸期・安政四年(1857年)に開設。

創業者は現席亭の祖先で、三代目本牧屋仙之助(またの名を龍助)という。明治維新後、平民苗字許可令・龍助を含む一族は鈴木姓を名乗る。

その後、住民の宗教信者によるお題目大声唱で、演芸の妨げになり 営業妨害を受け続けた。

初代席亭は一計を案じ、「本牧亭」を閉鎖し、 別の落語・色物の 席を造った。 席の名称は木と牧を合せて、「鈴本亭」とした。「鈴本演芸場」への改称時期は不明だが、「東京演芸場組合員名簿」1926年には「鈴本亭」の記述がある。 関東大震災後に現在地に移転。

主な出来事 [編集]

  • 1945年 東京大空襲で焼失。中央通りをはさんだ現在地の向かい側で屋根無しのよしず張りで仮営業し、その間に現在地に再建(椅子席で二階は桟敷)。
  • 1950年 3月 当時の当席三代目席亭鈴木孝一郎が本牧亭を復興させ、三女の石井英子(前出の清水孝子はその長女)にその運営を任せた(1948年から仮営業していた)。
  • 1951年頃 火災の為焼失。現在地に再建。
  • 1971年 全面的に立て替えて、現在の近代的なビル建築の寄席となった(いわゆる寄席では初めて。三階、四階が寄席)。
  • 2003年11月 火災が発生、1人死亡。翌年3月まで休業した。
  • 2007年 150周年を迎え、1月31日に東京會舘にて記念パーティが行われた。

アクセス[編集]

参考文献[編集]

  • 小島貞二『寄席の系図』 - 事実上の公式社史。高層ビルへの建て替えを記念して編纂
  • 渡辺武男『「大塚鈴本」は燃えていた』~元上野鈴本総支配人伊藤光雄の仕事~
  • 山口正二『聞書き五代目古今亭今輔ISBN 9784790502906

当時の当席三代目席亭鈴木孝一郎は養子であり、五代目古今亭今輔(のち日本芸術協会会長)の親戚であった。今輔は落語革新派壊滅の後、鈴本で働いていたことがある。ただし寄席や芸事で働いていたわけではない。両著を読み比べると、終戦直後の鈴本が何で食べていたかはっきりと理解できる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度42分33.2秒 東経139度46分22.7秒