伊集院光
| 伊集院 光 | |
|---|---|
| 本名 | 篠岡 建 田中 建(旧姓) |
| 生年月日 | 1967年11月7日(44歳) |
| 出身地 | |
| 身長 | 183cm |
| 師匠 | 6代目三遊亭圓楽 |
| 事務所 | ホリプロ |
| 活動時期 | 1984年 - |
| 受賞歴 | |
| 文学 |
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| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
伊集院 光(いじゅういん ひかる、1967年11月7日 - )は、日本のタレント、お笑い芸人、ラジオパーソナリティ、元落語家。本名、篠岡 建(しのおか けん)旧姓、田中(たなか)。男性。
東京都荒川区西尾久出身。文京区在住。星企画(5代目三遊亭圓楽一門が所属する芸能事務所)、フリーを経て、ホリプロ所属。
身長183cm。体重125kg(前後5kgぐらいは常に変動している)。東京都立足立新田高等学校中退。妻は元アイドルの篠岡美佳。
目次 |
[編集] 人物
大柄な体型の「デブタレント」。テレビでは人当たりがよく謙虚で朗らか、頭の回転が早くて賢いタレントといったイメージが強い。また、いわゆる雑学に長けており、クイズ番組に出演すればその培われた知識を発揮し、上位の成績をおさめる活躍をしている。大学入学資格検定を受けたことがあるが失敗。この時世界史を選択しており、日本史は苦手である。
テレビ出演とは別に、伊集院のライフワークはラジオであると自負しており、現在はTBSラジオ『伊集院光 深夜の馬鹿力』に力を注いでいる。ラジオでは毒舌と下劣ギャグ、珍言妄言、自虐ギャグなど、テレビとは全く違った一面をあらわにしている。
伊集院は「僕のやりたい事というのは、簡単にいえば、自分がテレビ局になる事です」と述べた。 自らが番組を企画・制作・編集したDVDを発売するというもので、この希望をラジオ番組で口にした数年後、実際に、普段からかわいがっている後輩芸人を起用して、さまざまな企画にチャレンジさせる模様をおさめたDVDを発売している。
[編集] 略歴・エピソード
[編集] 落語家時代
高校受験に失敗(すべり止めで入った足立新田高校は当時開校間も無い底辺校だった)してからは部活動(野球部)を除いてあまり真面目に通わないようになり、アメ横の店員、スーパーの店員(惣菜製造など)といったアルバイトを行なっていた。
1984年7月、不登校がちだったことを案じられて[1]、父親の知り合いである吉河さん(後に大師匠である5代目三遊亭圓楽の実弟である事が判明)の紹介により、圓楽一門へ入門。当時は前座の直弟子も多かったことなどの理由から[2]、三遊亭楽太郎(現:6代目三遊亭圓楽)の弟子となる。5代目圓楽から「田中」の「田」を取って「三遊亭田楽(でんがく)」という名を貰ったが、伊集院は「それ嫌だなぁ」とこれを拒否。隣で楽太郎が冷や汗をかく中、圓楽が「君は大きいな! じゃ『楽大』!」と言い[3]、三遊亭 楽大(さんゆうてい らくだい)として活動をはじめる。その後、高校を卒業間近である3年生の2月(ただし、本人曰く3年次はほとんど出席していなかったため、卒業に足る出席日数を確保していたかは不明)に中退。
「伊集院光」の名でラジオ番組に出演し始める一方で、1988年に二つ目昇進。入門5年目の同年には第17回NHK新人落語コンクール(現:NHK新人演芸大賞「落語の部」)本選に「子褒め」で出場を果たしている(他の本選出場の4人はいずれも修行年数が10年以上)。楽太郎から伝授された噺は40-50席以上。 楽太郎の弟子という関係で、楽太郎が懇意にしていた全日本プロレスの選手ともその当時は交流があり、ジャイアント馬場から靴をプレゼントされたり、田上明の結婚式の司会を務めたこともあった[4]。また日本テレビの番組「笑点」の「若手大喜利」にレギュラー出演もしていた。
1990年、「三遊亭楽大」の名ではなく「伊集院光」の名で人気を博し、脚光を浴びていたラジオ番組出演が一門に露呈し問題となる。話し合いを重ねた結果、落語家としての籍を離れる(破門ではなく自主廃業。ただし2012年1月8日放送の『誰だって波瀾爆笑』にゲスト出演した6代目三遊亭圓楽によると、一時休業という扱いであり、いつでも落語に戻って来られるようにしていると語っている)。この時、楽太郎は伊集院を擁護しており(ただし、廃業については楽太郎からの慰留はなかったという)[5]、2003年4月には三遊亭楽太郎一門会へ出演させたり、ラジオやテレビ[6]での共演があるなど、楽太郎は未だに身内として扱っている。また伊集院本人も楽太郎のことを「師匠」と敬意を払っている。また2010年3月2日に行われた楽太郎の6代目三遊亭圓楽の襲名パーティにも招待され、伊集院もお祝いの言葉を述べていることなどから、この関係は現在も健在である[7]。
現在、三遊亭楽大の名は楽太郎門下に入門した他の落語家に受け継がれている(両国寄席などに定期出演)。通常、廃業した人間の名は余程の事がない限り継がれないが、この名を継がせることに関しては、楽太郎から伊集院に説明があったという。
[編集] ラジオ(ニッポン放送時代:1987 - 1995年)
伊集院光の名でニッポン放送のお笑いオーディション番組『激突!あごはずしショー』(1987年10月 - 1988年3月)に出演(2度目の挑戦では綾小路遥を名乗ったこともある)。当時のキャッチフレーズは「オペラ座の怪人」を捩った「オペラの怪人」。タキシードで正装し、威風堂々と「オー・ソレ・ミオ」を「恐ぉ~れ山のイタコ」、「鰹風味のほんだし」(味の素「ほんだし」サウンドロゴ)を「鰹風味のふんどし~」、「静かな湖畔」の歌詞を「静香の眉間にシワがある~、クドークドー」など、替え歌ギャグをオペラ調に歌うギャグオペラ歌手(後に「オペラの怪人」と自称)という肩書きだった。
この頃はテレビの深夜番組や、『笑っていいとも!』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』で、上記のギャグオペラを披露する仕事も時々あった。ギャグオペラと掲げてしまったため、その言葉と内容に縛られ、リサイタルと称した舞台(お笑いライブ)でもギャグオペラのコーナーを設けなければならず、本人もやや食傷気味に感じてきていた。また、当時は「足立新田高校声楽科中退」した後イタリアに留学し、ルチアーノ・パヴァロッティに師事していたと語ってしまったため、ある程度オペラについての知識を勉強せねばならず苦労したという(足立新田高校に声楽科は存在しない。無論、イタリア留学やパヴァロッティに師事したという件も嘘である。いずれも「少し考えれば解る出鱈目経歴」という持ちギャグの一つであったに過ぎない)。ホリプロ移籍以降はギャグオペラ歌手を名乗っていない。なお、一般リスナーに対し落語家としての経歴を告白したのは、『Oh!デカナイト』の途中からであった。ギャグオペラ歌手を自称していた当時の自分を示す主語は「私」が多かったが、以降は「俺」「僕」が多い。
『あごはずしショー』出演は、元兄弟子の初代三遊亭花楽京(現放送作家:石田章洋)からの誘い(ただし、人数合わせのサクラに近い)によるもので、伊集院光という芸名は落語家という身分を隠すために同番組のディレクター安岡喜郎が考案したものである。
『あごはずしショー』終了後は『山口良一のそれゆけ!土曜日行進曲』のレポーター等を経て、1988年10月より同局の『伊集院光のオールナイトニッポン』に出演。1989年10月より『あごはずしショー』で共演した岩井富士夫が担当する『CREATIVE COMPANY 冨田和音株式会社』(CBCラジオ)にも週1レギュラーで出演(以来、名古屋でも断続的にレギュラー番組を持つようになる)。
『オールナイトニッポン』では番組内から生まれた架空のアイドル・芳賀ゆいが話題になるなど、次第にコアな人気を集めていく。その後、平日夜の人気番組だった『三宅裕司のヤングパラダイス』の後番組のパーソナリティ候補の最終選考(2名)に残った。最終的に選ばれたのは内海ゆたお(現:ゆたか)(『内海ゆたおの夜はドッカーン!』)だったが、内海が精神的なプレッシャーのために11ヶ月で降板することになり、『伊集院光のOh!デカナイト』が開始されることとなった。
『Oh!デカナイト』は4年余り続く人気番組となるが、1995年4月に降板した。当時ニッポン放送のスタッフと意見の相違から対立していた。険悪な関係は続き、降板させられることが決まった時期に、TBSテレビで昼の帯番組として放送された『素敵な気分De!』を手掛け伊集院と面識のあったTBSの永田守プロデューサーが生放送中のスタジオに来訪。コーナーの間の曲が流れている短時間にスタジオに入ってきて、「やめるんでしょ? TBSでやろうよ、なんなら来週からやろうよ、番組のタイトルも考えてあるから」と強引な引き抜きをした。番組が終わると永田はニッポン放送のスタッフにピザを振舞って詫びていたという(実際には永田がオーデカフライデースペシャル(1993年2月26日放送分)にゲスト出演した際にピザを持参し、番組中で冗談めかしてTBSへ誘ったエピソードを脚色している)。このことについて伊集院自身は「居酒屋で局長を罵倒してしまい、ニッポン放送を追放された」とよくネタにしている。実際は上層部の森谷和郎〔現:取締役編成局長〕と宮本幸一〔現:専務取締役〕と対立したことが原因と憶測されている(2009年10月25日放送の『爆笑問題の日曜サンデー』に伊集院がゲスト出演した際、伊集院は名指しこそしなかったが「ニッポン放送には会いたくない人が二人いる」と当時の確執を匂わせるような発言をしている)。また番組後期にヘルニアで入院した際「スタッフが一人も見舞に来なかった」とネタにすることもあった。そのため、一夜限りの復活として開局50周年記念日スペシャル番組の中で『Oh!デカナイト』を放送する2004年までは出入り禁止となり、ゲストにも呼ばれなかった。
『Oh!デカナイト』の企画で久保こーじと組み、「荒川ラップブラザーズ」(略して「ARB」)のクレジットでラップのCDも出している(シングル、アルバム各1枚)。2007年2月に3曲のみ通信カラオケDAMにて配信された。
[編集] ラジオ(TBSラジオ時代:1995-)
1995年10月からTBSラジオの深夜番組『深夜の馬鹿力』を開始し、主なラジオの活動の場所をTBSラジオへ移す。同様にニッポン放送からTBSラジオへ移動したパーソナリティに宮川賢[8]、天野ひろゆき、爆笑問題などがいる。
『深夜の馬鹿力』は2011年現在も続いており、1998年4月から2008年3月までの10年間にわたって日曜午後のワイド番組『伊集院光 日曜大将軍』『伊集院光 日曜日の秘密基地』のパーソナリティーも務めた。
- TBSラジオでの活動は、いくつかの受賞歴もある。2000年には小桜局長がコロッケパーティーを開催(ナイスプレー賞受賞)。2001年にはTBSラジオから「ゴールデンマイク賞」を授与されたが、トロフィーを自局の番組でリスナーにプレゼントしようとし、局長から止められた。2003年には放送批評懇談会から「ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」を授与され、その授賞式では『深夜の馬鹿力』番組内の企画として成人用紙オムツを装着し、壇上で放尿しながら受賞スピーチをした。また、『日曜日の秘密基地』の2006年2月のスペシャルウィーク企画「どこの誰かは知らないけれど、話してみたらスゲー人スペシャル」にてギャラクシー大賞ラジオ部門を受賞。
- 毎年大晦日に在京3局(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送)が持ち回りで担当していた全民放AMラジオ局およびラジオたんぱ合同の『ゆく年くる年』では、ニッポン放送時代に1992→1993年を、TBSラジオ時代には1996→1997年・1999→2000年と3度パーソナリティーを担当した。
[編集] 俳優活動
- 1996年に伊丹十三監督の映画『スーパーの女』に出演。翌1997年、伊丹の遺作となった『マルタイの女』にも出演した。『マルタイの女』撮影時、伊集院は『深夜の馬鹿力』の企画でかなり減量していた(144.6kg→94.6kg)が、太っている伊集院を想定した配役であったため、ラジオの企画が終了し再び太るまでの間、映画の撮影は中断された。伊集院がテレビ等で撮影エピソードを語る際には「伊丹十三をデブ待ちさせた男」と自称していた。
- 1996年にドラマ『古畑任三郎』(フジテレビ)に出演。舞台はクイズ番組で、唐沢寿明演じるクイズ王に殺害される番組スタッフ役(衣裳担当)であった。(コントを除いては)初めての死体役だったが、撮影スタジオのあまりの暑さに、体中から汗が噴出、衣服も湿り変色した上に、更に塩が噴いてしまい、NGを連発した。以後、死体役を尊敬して見るようになったという。
- 1997年に、浅野温子主演のTBS系の学園ドラマ『職員室』で、中高生向けのラジオ番組のパーソナリティ役として声の出演をした。
- 1997年、『踊る大捜査線』(フジテレビ)では深津絵里の演じる女性刑事を追い回すストーカー役を演じたが、本来内山信二が演じる予定だったものが、急遽自分に回ってきたことが台本の不備によって分かり、自身のラジオ番組などでネタにしていた。なお『弁護士 灰島秀樹』(2006年、声のみ)、『THE MOVIE3』(2010年、1カットのみ)でも同じ役で出演している。後者においての出演シーンのあまりの短さやノーメイクの役作りなしで気持ち悪いストーカー役が成立しているとラジオで自虐的に話している[9]。
- 2002年の『ショムニ・ファイナル』では、満帆カンパニーに警備システムを勧めに来る営業マン役を演じた。撮影時、生来の汗っかき故に大量の汗を浮かべている伊集院を見た監督が、メイク係に「そんなに汗は普通かかねーだろ!」とワセリンによる汗メイクを過剰に施したと勘違いし注意したという。迷惑をかけたことと、自分の汗っかきは不自然と見えるほどなのだと再確認したことなどを、ラジオ番組内で語っている。
- 2007年、2008年の『ゲゲゲの鬼太郎 (実写映画)』シリーズでは、CGキャラクターのぬりかべ役として声の出演をしている。
[編集] 趣味・嗜好
[編集] 野球
小学生の頃から社会人野球のファンとなり、後楽園球場で開催されている都市対抗野球大会に1人で通い、様々な企業の社歌を覚えていた。特に新日本製鐵のファンであった(新日鉄とはOh!デカナイトでトラブルが起こる)。
ほどなくプロ野球の日本ハムのファンとなり、9歳の時にファンクラブに加入。ファンとなったきっかけは、初めて見に行った日本ハムの試合でホームランを打った千藤三樹男からサインを貰ったことにあるとされる。田中幸雄選手(1986年 - 2007年在籍)の大ファンだった。東京ドームの近くへ引っ越して数年で日本ハムの北海道移転が発表された時は落胆した(それまでにも何回か引っ越しているが、物件を選ぶときの条件に「日ハムの試合が見られる東京ドームへ簡単に行ける」ということがあった)。2009年は東京ドームのエキサイトシート(シーズンシート)を購入している(日ハム主催は8試合)。セ・リーグでは中日(日本ハムはパ・リーグ)を応援している現在、東海地区では『スポケン!』(メ〜テレ)というレギュラー番組を持っている。取材の一環として中日のキャンプを体験し、落合博満監督からノックを受けた。仕事上、プロ野球選手とはあくまで一ファンとしての立場で接し、電話番号を交換するなど親しくすることは避けている。また番組でも知ったかぶりはせずに同席している評論家の意見を常に尊重して、そこから後で話を発展させるようにしている事が伺える。他球団のファンとも仲が良く、ひんぱんに相手チームに点が入ると、嫌味のメールが届けられる。
おしゃべりの伊集院だが、野球を見るときだけは至って真剣で、誰かと一緒に観に行ってもプレーに集中し、ほぼしゃべらず、物も食べない。
1996年7月、東京ドームにて、日本ハムの試合での始球式を行った経験がある。笑いを取ろうとして、日本テレビの大道具が製作した大リーグボール養成ギプスのレプリカを装着して登場したが、投球時に養成ギプスバネの部分が乳首を挟んで、乳首から出血したというエピソードがある。
高校時代は控え捕手(後に守備固めの一塁手に転向)として野球部に所属していたが、決して運動神経が良い方ではなかった。2003年からはラジオ番組スタッフや若手芸人をメンバーとした草野球チーム(現在のチーム名はビッグ・アスホールズ)を結成してプレイしている。近年は母校の足立新田高校がシード校になることがあり、母校の応援に行くか、それとも神奈川県の強豪同士の試合を見に行くか迷い、結局母校の試合を見に行ったという。
前述の落合ノックでも察するように観て語るだけではなく、元高校球児である上か実際経験して伝えるタイプで取材でキャンプに訪問した際は自ら打撃投手や打席に立って現役選手のプレイを体感するのが好きな様子。杉下茂のフォークを受けた事もある。
また伊集院がプロデュースした芳賀ゆいのシングル『星空のパスポート』やカップリング曲に「野球」のキーワードが含まれている。これは、高校時代、野球部に所属していた伊集院が「高校時代に可愛いポニーテールの女の子が野球部員(自分)に憧れる恋があったら…」という話をしたことから、作詞の段階で背景の一つとして含まれたもの。
ラジオ番組でプロ野球の話題を出すことも多く、傾向として、日本ハムと関東の球団の話題が出ることが多く、それ以外の地域の球団の話題をすることは少ない。また、別の話題からプロ野球の話になることも多い。例えば、AKB48の話題を出したとき、筋道もなくAKB48と同姓の選手の名前の選手を出していたこともある。
[編集] 家族
父は医薬品企業ライオンの研究員であり(最初はアンネ株式会社に勤めていたが、1993年にライオンが吸収合併する)、日本初の女性用生理用品「アンネナプキン」等の開発を担当した。母に「あんた蛇みたいな目をした子だね」と言われたことがある。伊集院は四人兄弟の次男で兄・姉・弟がおり、兄はゲーム会社ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)の社員で「女神転生」のスタッフである[10]。母は料理教室のアシスタント・スタッフであり、母からは子供のころから「キクラゲはペンギンの肉」などのニセ情報を吹き込まれ、オトナになるまでそれを信じていたという。
日本テレビ系『うるとら7:00』で共演したタレント・篠岡美佳と1995年11月7日に結婚。男兄弟のいない彼女のため、婿養子となる。また「平凡な本名が嫌で、苗字を変えたくて婿入りした」と語った事もある。ペットは犬を3匹飼っている。
共演した番組で篠岡に一目惚れしたもののなかなか告白する勇気がなく、出会ってから暫くは友人の一人として付き合っていた。 意を決して恋人として付き合って欲しい旨を伝えたとき彼女には別の恋人がおり、交際の申し込みは断られた。しかし諦めきれず「もしその彼との恋愛がダメになってしまったら、声をかけてください。美佳さんの恋愛がダメになるのを望んでいるわけじゃないですけど・・・そのときは僕に連絡をください」と伝えた。約2年後、恋人と別れた彼女から「約束だからちゃんと伝えておくね。彼とはダメになっちゃった」と連絡がきた。
伊集院は椎間板ヘルニアの持病を抱えており、ちょうどこの頃悪化し入院生活を余儀なくされていた。長時間拘束されるテレビ番組の収録に参加できる状態ではなかったため、致し方なく仕事をセーブしており、月収は4万円ほどに落ち込んでしまった。しかしそんなことも厭わず、変わりなく接して支えてくれたのが篠岡であった。 ある時、伊集院が持病であるヘルニアを発症し、うずくまってしまった。痛み止めの座薬を直腸に挿入したいのだが、体を少し動かすだけでも全身に激痛が走り、身じろぎも出来ない。居合わせた篠岡は見かねて、恥ずかしがっている伊集院を一喝して四つん這いにし、下着を下ろさせて座薬を直腸に押し入れてくれたという。程なく伊集院は痛みを緩和させることが出来た。後に結婚報告の記者会見の席上でこのエピソードを披露。「あんな恥ずかしいポーズやお尻を見られてしまったからには、もうこの人(篠岡)についていくしかないと思った」と語り、笑いを誘った。
恋人として交際を重ね、伊集院は篠岡にプロポーズすると決意。多くの蛍が見られることで有名な長野県のある場所へデートに出掛けた。ところが現地に向かっている途中から雨が降り出し、ロマンティックな雰囲気の下でのプロポーズは難しい態を成し、仕切り直しか…と諦めかけていた。しかし雨は上がり、露に濡れた草むらから一斉に蛍が舞い上がるように現れ、光り始めた。そこで伊集院はプロポーズをしたのだが、彼女は蛍の美しさに感激し、伊集院の言葉が耳に入らないくらい夢中で見入っていたため返答がなかった。伊集院の思惑は叶うことなく帰京し、帰宅後にその旨を彼女に話すと「考えすぎでクサいのは嫌だ」と言われ、もう一度プロポーズをやり直したというエピソードをテレビ番組などで度々語っている。現在でも伊集院は愛妻家であり、ラジオなどでよく「カミさんや後輩芸人と旅行に一緒に行った」などのエピソードが語られている。
自分の実家とは同じ都内、それも23区内にお互い住んでいるにも拘らず10年以上も帰ることがないばかりか両親・兄弟とも会うことすらなく(姉に至っては結婚後の名字すら知らないと公言しているほど)、事程左様に疎遠な関係のままでいるのと対照的に篠岡の実家には婿養子ということもあってか、家族旅行に同行するなどかなり気を遣っている。一時期義母がよく和歌山の有名店の太巻を伊集院のために用意してくれることがあった。基本的に食べ物に好き嫌いはないが、甘いだけの味付けの惣菜とご飯の組合わせは苦手であり、太巻き自体は好きだが中に入っている桜でんぶは好きではなかった。新・食わず嫌い王決定戦へ出演した際[11]に嫌いな食べ物として太巻を挙げてしまった為、伊集院は義母がその放送を見ないように長電話で懸命の妨害工作をしたが、放送後に義母が知人から内容を耳にし、ばれてしまった。その日の夜中3時頃、留守番電話に「色々気を使わせたわねー」とメッセージが残された(その店では「伊集院光御用達」と貼り紙がしてあったという)。
結婚後、しばらくの間、父母と会うことがなかった(絶縁したわけではない)が、2011年8月に祖母が99歳で往生し、その時に16年振りに父と再会したと伊集院はラジオ番組でネタとして報告している。また、その翌月には20年振りに実家に行き、姉と再会した事もネタとして報告している。
[編集] 食べ物
嫌いな食べ物は基本的にはなく、ほとんどのものを美味しく食べる。そんな中、一番好きな食べ物はうどんであり、豆腐や蕎麦、パフェなども好んでいる。それに対しラーメン、マヨネーズは脂っこさが口に残り、あまり好きではない。
また、お酒の席が好きである為、ラジオで飲酒時のエピソードが語られることもあるが、本人曰くあまり酒が飲める方ではなく、以前は下戸だったという。
デブタレントであるので当然としてグルメレポートや大食いなどの食べる仕事が舞い込んでくるが、実はさほどの美食家ではなく、量を信じられないほど食べるのでデブになったと語っている。早食いには自信があり、寿司30皿を5分で食べられる。 大食漢であるが、いわゆる「激盛り」などと称している、過度な大盛りは嫌い。常識的な大盛りまでは食欲をそそられるが、奇をてらったほど盛り付けたものは食指が動かず、逆に食欲が減退するという。たくさん食べたい時は通常サイズのものを数人前注文して食べた方が良いと語っている。
桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」(通称:桃ラー)ブームの火付け役の一人として名を挙げられることがある。発売当初からラジオやツイッターで頻繁に絶賛しており、特に若者層の興味を惹き、クチコミから人気が広がった発信源の一人とされる向きがある。
[編集] 芸能界
- 尊敬、またはそれに類する人物は、立川談志、毒蝮三太夫、小沢昭一、イッセー尾形、みうらじゅん、爆笑問題の太田光、浅草キッド、いっこく堂、コロッケ、所ジョージなど。スーパースターの凄さを示す実例として話す芸能人は、ビートたけしや小泉今日子が多い。
ダウンタウンの松本人志に関しては「俺たちの時代のてっぺんにいる人」とし、すべらない話のトーク出演に呼ばれた際も、(皮肉でなく)「よくぞ、こんないい仕事をとってきた!よし、今すぐ断れ!」と仕事をとってきたマネージャーを絶句させた。理由は複雑で、「まだ自分が海の物とも山の物ともつかなかった時代、芸人数組がネタを披露するという番組(『激突!あごはずしショー』)があり、自分もそれに出た。その番組の審査員に松本さんがいた。その芸人数組の中で、自分が最後の出番だったのだが、松本さんが、『最後の人だけはお金になりそうな感じでしたね』と自分を褒めてくれた。それまで、誰かに認められるなんて事がなかったから、凄く嬉しかった。そんな人の前で喋れる?」と松本人志への感情とエピソードを語った(結局は出演を了承)。 - 芸能界一の親友は山本太郎(山本太郎のエピソード欄参照)。ただし、頻繁に会っている訳ではなく、数年ぶりに会っても違和感無く普通に話すことができる仲と語っている。他にもアンタッチャブルの山崎弘也と親しくしており、彼らが売れていない時期から、後輩として可愛がっていた。現在もIJP イジュウインパークで共演している若手タレントの面倒を良くみている。
- オールナイトニッポンの時代は大槻ケンヂと、Oh!デカナイトの時代は電気グルーヴと親交が深めており、立ち位置や芸風の類似上、現在でも関係はある。
[編集] 若手芸人と番組スタッフ
ホリプロ内外を問わず、まだ無名のタレントや芸人を見つけてきては自らの野球チームに半ば強制的に加入させることで関係が深まっていくという(ただし伊集院の参加しているリーグの別のチームに参加する者も多い)。また、渡辺雅史や池田卓生といった伊集院に関係するスタッフも半ば強制的に伊集院の野球チームに入っている。
伊集院は落語家という厳しい上下関係の芸人の世界で育ったため、現在も芸人は縦社会という観念を強く持っており、現在は上に立つものとしての意識を持ち、若手に対し、野球の試合に出したり自分の番組に出演させたり、深夜に遊びに来いと命令したり、そのとき伊集院がはまっている遊びにつきあわせたりと、何かと面倒を見たりこき使ったりしている親分肌である。
番組アシスタントでブレイクしたアンタッチャブル、サンドウィッチマンといった、後に『M-1グランプリ』で優勝する芸人、オテンキのノリ等『爆笑レッドカーペット』で脚光を浴びた人物もいる。以前はほとんど若手芸人に知り合いなどいない状況だったが、2003年に草野球を始めたのをきっかけに若手と交流を持つようになった。
以下に、特に主要な芸人を付き合いを始めた順で記す。
- アンタッチャブル(『ゲームwave』で共演)
- 田代32(くりぃむしちゅー上田の紹介)
- 桐畑トール(くりぃむしちゅー有田の紹介)
- ヒットマン
- サードメン(田代32の紹介)
- オテンキ(アンタッチャブル柴田の紹介)
- 川村エミコ、白鳥久美子(クワバタオハラのくわばたの紹介)
- イマニヤスヒサ(伊集院光のばんぐみのオーディション)
[編集] テレビゲーム
少年時代からの家庭用ゲームの愛好家であり、『週刊ファミ通』などに連載を持つほか、ゲーム関連のTV番組(『ゲームWave』など)への多数出演も行っている。
なお、これらの仕事を通じて、発売前のサンプルソフトを事前にゲーム会社からもらったり、開発事情を知る機会があるため、ゲーム関連の株式の購入を禁止されているとラジオ内で語っている。
好きなゲームは「風来のシレンシリーズ」と「実況パワフルプロ野球シリーズ」、「クレイジータクシーシリーズ」、「ガチャろくシリーズ」。「ドラゴンクエストシリーズ」はラジオの企画の題材としてよく登場する。人生で最も感動したゲームは『MOTHER』で、同シリーズの熱狂的なファンで、完結作の『MOTHER3』発売直前には製作者である糸井重里とのweb配信の生対談も行った。一方で他のRPGはほとんどプレイしていない。怖がりながらも「バイオハザードシリーズ」「SIREN」「零シリーズ」といったホラーゲーム好きで、恐怖を紛らわせるため若手芸人や友人と共に歌いながらプレイするという。
一回やったゲームはケースに戻さないため、何処に何が入っているか把握していない。しかし、一回やって飽きたゲームはもう一度やる気はないようであまり困っていない。
『スーパーマリオブラザーズ』の発売とほぼ同時期に芸能活動を始めたことから、マリオが25周年を迎えた2010年、自分の芸能活動も25周年であることに気づいたとラジオで語っている。しかし、高校を中退して落語家として再スタートを切った人生の転機の真っ只中であったことと、同時期発売の『ドルアーガの塔』にはまっていたことから、スーパーマリオブラザーズの思い出はあまりないそうである。
[編集] 漫画
藤子不二雄のまんが道が大のお気に入り。ラジオに作者の藤子不二雄Aを招いたことがある。
また、前述した野球好きと併せ、本を出す程野球漫画には造詣が深く(伊集院は「球漫」と名づけた)、『巨人の星』や『侍ジャイアンツ』に代表されるような漫画のフィクション性を生かした奇想天外な物から選手引退後、スカウトに転身して新人発掘を目的に置いた物まで守備範囲は広い。特にハロルド作石『ストッパー毒島』を「宇宙一の野球漫画」とベタ褒めしている。水島新司の『ドカベン』には文庫版の巻末コメントにおいて、少しだけ出た脇役キャラクターを続編の『ドカベン プロ野球編』で出してほしいという希望を書いている。さらに続編の『ドカベン スーパースターズ編』には、第1巻の帯にコメントを出していたものの、「ついていけない」として読むのをやめたらしい。また『新約「巨人の星」花形』は「過去の栄光を踏みにじったようなマンガ」として認めていない。[12]
また「ヤンキー漫画」と呼ばれるジャンルの、いわゆる「不良礼賛」が嫌いなため、その両方の特性を併せ持った『ROOKIES』については連載初期から読むのを悩んでいた(ドラマ版は「不良礼賛」要素が高まったため、視聴を初期の段階でやめている)。
[編集] 音楽
- 筋肉少女帯が1989年にリリースしたアルバム『猫のテブクロ』収録の「これでいいのだ」で、タイトル名をシャウトしている(2002年の大槻ケンヂ『対自核』収録のメドレー曲「ボヨヨン伝説」では、伊集院のシャウトも新録されている)。コーラスもレコーディングしたが、うまく歌えずボツとなった[13]。
- TMNが1991年にリリースしたアルバム『EXPO』収録の「Crazy For You」に、笑い声担当(Crazy Laughter)で参加している。また、その際に小室哲哉からサイン入りのEOSを贈られたものの、後年自宅に来たラジオ番組のスタッフに鍵盤を壊されてしまった[13]。
- 上記のほか好きなミュージシャンには、ザ・クロマニヨンズ(THE BLUE HEARTS・THE HIGH-LOWS)、電気グルーヴ、SION、真心ブラザーズ、喜納昌吉&チャンプルーズ、安室奈美恵などを挙げている。真心ブラザーズの2008年リリースのアルバム『俺たちは真心だ!』収録の「M.C.Sakuの今夜はラップでパーティー」の歌詞に伊集院の名前が登場している。またフラワーカンパニーズを『深夜高速』で知って以降は、珍しくラジオ内で「自分の好きな曲」として度々フラワーカンパニーズの曲を流している。
[編集] 映画
昭和50年代の日本映画についてラジオで何度も触れており、「警察の人殺し」など当時話題になった映画の台詞を連呼し、リスナーをおいてけぼりにすることもしばしばである。太田光に薦められて視聴した黒澤明作品への評価も高い。洋画ではテリー・ギリアム監督の『未来世紀ブラジル』やティム・バートン監督作品のファンで、テリー・ギリアム来日時にはインタビューも実現した。デヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』を絶賛しており、ラジオのトークでもデヴィッド・リンチのテイストを取り入れたコーナーを作ったりするなど特に好んでいる。
[編集] 写真
街のなんでもない風景や面白い光景を撮影するのが好き。この写真と川柳(下記参照)が複合した番組である、NHK-BS2の「カシャッと一句!フォト575」では司会に起用されている。ある日、いつものように写真を撮っている時に「何、勝手に俺らの事を撮ってんだオマエ?」と屈強そうな黒人達に絡まれてしまい、「違います!あなた達を撮ってません!」と釈明するも、言葉がうまく通じないのもあって信じてもらえそうになく、身の危険を感じた、というトラブルに遭ったエピソードもあったが、写真は続いている。 また、なんでもない路地の写真を撮ろうと4時間もの間同じ場所で奮闘するほど写真に対する執着心がある。
[編集] 自転車
趣味と健康維持をかねて自転車に乗る。愛用の自転車はAirnimalDesigns製のChameleon Sports という折り畳み自転車。
[編集] 川柳・かるた
川柳・かるた文化を残していきたいと語っており、深夜の馬鹿力で再三再四川柳とかるたに関するコーナーを立ち上げている。
[編集] 釣り
釣りに関しては「下手の横好き」であるが相当好きで、ある種類の魚を釣ろうと思い立ったらすぐ釣りに行く。ラジオで話すときは「釣りマニア三平である俺が・・・」「釣りとてつもなく好き三平としては・・・」と、放送コードを意識してか絶対に釣りキチ三平(「キチ」が「気違い」であるため)という単語を(皮肉として)わざと出さない。
[編集] 政治・経済
コメンテーターの仕事を受けるだけのことはあり、かなり興味を持っているようである。ラジオではしきりに田中角栄のモノマネとエピソードを語り、日曜日の秘密基地でも政治経済を学ぶコーナー(日曜ゼミナール)を設けるほどであった。ただし伊集院自身の政治的意見を表明することはほとんどない。
[編集] その他
- 本名は人偏の無い「建」である。この名前には、父親の「海外でも普通に呼ばれやすい名前にしたい」、母親の「健康に育ってほしい」、祖父の「『健』では字画が悪いので『建』にしたい」という思いが入っているという。本人は自身の名前を、「建」が「健」と違い人偏が無いことから「親は僕に人になって欲しくなかった」と冗談と自虐を交えてネタとして語ることがある。しかし、祖父としては当初下の名前も旧姓である「田中」にしたかったという(つまりフルネームだと「田中田中」)。「画数が良いし、初対面の人間でも堅苦しく呼ばれないようにしたい」という考えでこの名前を本気で提案したという[14]。
- 自身の芸名を「いっじゅういんひかる」と発音することが多い。これは単に「いじゅういん」だと「い」の発音が目立たなくなるためである。
- タモリ倶楽部に出演する時は、主にその番組の企画の進行役が殆ど。
- 足のサイズは32cmでジョギングの際に履いている靴はNIKE AIR PEGASUS +25 4Eである。
- 1999 - 2000年の『ゆく年くる年』(ラジオの司会を担当)はTBS制作ということでサザンオールスターズのミレニアムカウントダウンコンサートの中継を交えたものであったが、年またぎの箇所は企画を事前に聞いた上で出演を断っている。その内容は2000年突入と同時に、照明が落ち、中央に「Y2K問題発生!」と表示されるというドッキリだった。
- この他アニメ作品についても時折語る事があり、出崎統作品(『ガンバの冒険』など)、『機動戦士ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』などは具体的にラジオ番組内で語った事がある。ちなみに、あるアニメ特番出演の際に上げたベスト5は『元祖天才バカボン』『まんが日本昔ばなし』『ガンバの冒険』『あしたのジョー』『宝島』。これらはすべて出崎がなんらかの形でかかわったものであるが、伊集院はそれを意識せずに選んだもので、後にその事を知らされた時に驚愕した事を語っている。
- オリンピックや世界陸上の陸上競技の中継を見るのも好きだが「深夜帯にやってて欲しい。深夜で見る番組にしては、出演する顔ぶれが豪華だから」と語る。
- 「ニッポン放送からの移籍の際あるFM局からのオファーもあったものの、スタジオ内で喫煙が可能であったからTBSを選んだ」と本人が語っているほどのヘビースモーカーであったものの2006年9月に咽頭浮腫で入院、退院後もタバコを吸いたいと感じなかった(医者からも止められた)からと言う理由でまったく吸っていない。 今は吸いたくないだけで禁煙した訳ではないとのこと。
- 声優の皆口裕子は、中学時代の一年先輩で、同じ人形劇クラブに所属していた[15]。なお、伊集院的には部活の籍を得る事が目的だったのでほぼ出席していない。
- 2010年、日本ハンドボールリーグの大同特殊鋼フェニックスのテレビ試合中継を見る事が好きだった。
- 「爆笑問題のニッポンの教養」が好きで全回をブルーレイで録画しており、当番組100回記念ではゲストとして出演し爆笑問題とともに番組を振り返った。この回の放送は、後日「時間枠完全拡大版」として再度放送された。
- 最近は声質の似ているマツコ・デラックスと比べられることが多く、本人も時折ネタにしている。
- 1970年代半ばに日本の家電量販店にて安価で売られていた「BON」の名前のカセットテープのことを、「ボンのカセットテープ」としてラジオ番組でネタにすることが多い。
[編集] 出演
[編集] ラジオ番組
現在
- 1995年 - 伊集院光 深夜の馬鹿力(TBSラジオ)
終了分
- 1988年 - 1990年 伊集院光のオールナイトニッポン(ニッポン放送、水曜2部→金曜2部)
- 1989年 - 1990年 CREATIVE COMPANY 冨田和音株式会社-伊集院光本部(CBCラジオ)
- 1991年 - 1995年 伊集院光のOh!デカナイト(ニッポン放送)
- 1995年 - 1996年 伊集院光の放課後の王様(夏休みの王様、セントギガ、サテラビュー)
- 1996年 - 1997年 伊集院光の怪電波発信基地(セントギガ、サテラビュー)
- 1998年 - 2000年 伊集院光 日曜大将軍(TBSラジオ)
- 2000年 - 2008年 伊集院光 日曜日の秘密基地(TBSラジオ)
[編集] バラエティ
現在
- 2007年 - クイズプレゼンバラエティーQさま!!(「プレッシャーSTUDY」のインテリ芸能人大会に毎回出演、テレビ朝日)
- 2008年 - 人生が変わる1分間の深イイ話 (不定期でゲスト出演、日本テレビ)
- 2009年 - カシャッと一句!フォト575(司会者、NHK-BSプレミアム)
- 2010年 - お願いランキングGOLD(くま将軍の声、声のみの出演だが進行役を務めるため初のゴールデン司会となる、テレビ朝日)
- 2011年 - 教科書にのせたい!(レギュラーパネラー、TBS)
- 2011年 - 今どき落語(ナレーター、BSジャパン)
終了分
- 冠番組
- 2004年 - 2005年 月刊イジューイン(MONDO21)
- 2007年 - 2009年 伊集院光のばんぐみ(BS11デジタル)
- 2009年 伊集院光のしんばんぐみ(BS11デジタル)
- 2010年 - 2011年 IJP イジュウインパーク(東京MXテレビ)
[編集] バラエティ
- 1989年2月24日 冗談画報II(フジテレビ)
- 1990年 ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!(ナン魔くん 被害者の力士役、フジテレビ)
- 1990年 ギグギャグゲリラ(日本テレビ)
- 1992年 - 1993年 ヒューヒュー(日本テレビ)
- 1992年 - 1993年 素敵な気分De!(TBS)
- 1992年(?) CSゲーム (朝日ニュースター)
- 1993年 金曜モグラネグラ 電気グルーヴのパンダの流れ作業∞(テレビ東京)
- 1993年 - 1996年 うるとら7:00(日本テレビ)
- 1993年 チャレンジ大魔王(TBS)
- 1994年4月 - 6月 ジャングルTV 〜タモリの法則〜(毎日放送・TBS系列)
- 1994年 夢がMORIMORI (フジテレビ)
- 1994年(?) スタジオパークからこんにちは (NHK総合)
- 1994年 - 1995年 天才てれびくん(NHK教育)
- 1995年 - 1996年 笑っていいとも(フジテレビ)
- 1995年 - 1997年 ゲームカタログ2(テレビ朝日)
- 1996年 - 1997年 バリキン7 賢者の戦略(TBS)
- 1996年 - 1997年 オトナの遊び時間(NHK総合)
- 1996年 開運!なんでも鑑定団(テレビ東京)出張鑑定・司会
- 1996年 - 1997年 OH!エルくらぶ (テレビ朝日)
- 1997年 - 1999年 ウイークエンド・ジョイ(NHKBS2)
- 1997年 クイズ 虎の巻 (NHK総合)
- 1998年 - 2002年 ゲームwave(テレビ東京)
- 1999年 - 2001年 歴史たんけん(NHK教育)
- 2000年 - 2002年 電画なっ!(のちに『CGTV』に改名、TBS)
- 2000年 - 2001年 CX NUDE DV(司会、同ザ・会議室出演、フジテレビ)
- 2002年 - 2003年 ゲームBREAK(テレビ東京)
- 2002年 - 2004年 銭形金太郎(サポーター,テレビ朝日)
- 2003年 - 2007年 虎の門(「うんちく王決定戦」「ネット検索山崩し」「オールナイ虎の門」放送時のみ、テレビ朝日)
- 2005年 - 2009年 爆笑問題の検索ちゃん(準レギュラー回答者、テレビ朝日)
- 2007年 - 2010年 今すぐ使える豆知識 クイズ雑学王(準レギュラー回答者、テレビ朝日)
- 2007年 人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデンSP2(フジテレビ)
- 2007年 - 2011年 かい決!ふしぎ捜査隊(司会、青森テレビ)
- 2008年 - 2009年 賢コツ!!(テレビ朝日)
- 2010年 - 2011年 雑学王(テレビ朝日)
- 報道・ワイドショー・スポーツ
- 1993年 熱血ドラゴンズ宣言(中京テレビ)
- 1995年 - 1996年 TVじゃん!!(スポーツコーナーのレギュラー,日本テレビ)
- 2003年 - 2010年 光る!スポーツ研究所(2008年4月より『スポケン!』に改名、メ〜テレ)
- 2003年 - 2005年 伊集院光の野球のミカタ!(2004年『伊集院光の野球バン』に改名、パーフェクト・チョイス)
- 2004年 - 2007年 スポーツ魂(メインキャスター、テレビ東京)
- 2007年 - 2008年 スーパーモーニング(水曜日担当コメンテーター、テレビ朝日)
- 2007年 - 2010年 NNN Newsリアルタイム(ここがわからん!パネラー、日本テレビ)
[編集] テレビドラマ
- まったナシ!(1992年、日本テレビ) - 滝本 役
- 古畑任三郎( 1996年、フジテレビ) - 沼田 役
- 踊る大捜査線 第5話(1997、フジテレビ) - 野口 役
- 職員室(1997、TBS) - ゲスト(声の出演)
- 女王蜂(1998年、フジテレビ) - 遊佐三郎 役
- 夜逃げ屋本舗 スペシャル(1999年、日本テレビ)
- 鉄甲機ミカヅキ(2000年、フジテレビ) - TVレポーター 役
- 果つる底なき(2000年、フジテレビ) - 坂本健司 役
- ショムニ・ファイナル(2002年、フジテレビ) - 榊雅也 役
- 刑事調査官 玉坂みやこシリーズ(2003年、フジテレビ) - 竹内健二 役
[編集] 映画
- スーパーの女(1996年、東宝) - 鮮魚部助手 役
- マルタイの女(1997年、東宝) - トロと呼ばれる刑事 役
- ひみつの花園(1997年、東宝) - 田中教官 役
- フランダースの犬(1997年、松竹) - 審査員 役(声)
- ガメラ3 邪神覚醒(1999年、東宝) - 京都駅付近の警官 役
- Go!( 2001年、日活)
- ゲゲゲの鬼太郎( 2007年、松竹) - ぬりかべ 役(声)
- ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌(2008年、松竹) - ぬりかべ 役(声)
- 踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!(2010年、東宝)- 野口 役
[編集] Vシネマ
- 1994年「くどき屋ジョー」(東映ビデオ) - 毒薬仁 役
- 1994年「新ファンキー・モンキー ティーチャー どつかれたるねん!」(ポニーキャニオン)
- 1995年 「ファットマンブラザーズ〜百貫探偵〜」(バンダイビジュアル) - 主演・監督・主題歌
- 2003年「ござまれじ」(2003年、クリエイティブアクザ)
[編集] DVD
- 2008年 「特典映像」(くりぃむしちゅー有田哲平監督作品)ビクターエンタテインメント
- 2008年 『伊集院光のばんぐみのでぃーぶいでぃー Vol.1』ポニーキャニオン
- 2008年 『伊集院光のばんぐみのでぃーぶいでぃー Vol.2』ポニーキャニオン
- 2012年 『伊集院光のばらえてぃー だるまさんが動いたらみんなバラバラの巻』ポニーキャニオン
[編集] CM
- 日本香堂
- 毎日香 青雲(三遊亭楽大時代)
- メルシャン --- 猪八戒の格好をして登場。飯島直子と共演
- ベルフーズ
- なるなるみになる(ギャグオペラ歌手時代、歌声のみ)
- マクドナルド --- 「おいしいね、マクドナルド」の声のみ
- サントリー
- 鍋ビール(鍋の季節の生ビール)--- 力士の格好をして登場
- 大塚食品
- ボンカレー --- 「あ! あれたべよ」
- SHARP
- 日本一短いクイズショー「シャープに答えて!」
- キリンビール
- 春日井製菓
- のどにスッキリ
- 第一製薬
- パテックス
- 山之内製薬
- ガスター10(西村雅彦と共演)
- 日清食品
- 日清焼そばU.F.O. --- 「ターボエビ全開!」(松鶴家千とせ・中山仁・増田惠子・川崎麻世と共演)
- 20世紀フォックステレビジョン
- 24 -TWENTY FOUR-(シーズン1DVD)
- 東京都選挙管理委員会
[編集] 書籍
- 伊集院光のOh!デカ大百科(ニッポン放送出版、ISBN 4-594-01120-9)
- 幸福(しあわせ)のツボ(集英社 ISBN 4-08-781085-2)
- 銀色(シルバー)川柳-北枕(日本テレビ、ISBN 4-8203-9520-3)
- 伊集院光と弁護士・岩田武司のもめごと解決大将軍(小学館、ISBN 4-09-404581-3)
- ザ・会議室(みうらじゅん・山田五郎共著、光進社、ISBN 4-87761-056-1)
- 球漫-野球漫画シャベリたおし!(実業之日本社、ISBN 4-408-61233-2)
- D.T.(みうらじゅん共著、メディアファクトリー、ISBN 4-8401-0619-3)
- のはなし(宝島社、ISBN 4-7966-6094-1)
- のはなし にぶんのいち〜イヌの巻〜(宝島社文庫、ISBN 978-4-7966-7642-7)
- のはなし にぶんのいち〜キジの巻〜(宝島社文庫、ISBN 978-4-7966-7644-1)
- のはなしに(宝島社、ISBN 978-4-7966-6190-4)
- のはなしに 〜カニの巻〜(宝島社文庫、ISBN 978-4-7966-8279-4)
- のはなしさん(宝島社、ISBN 978-4-7966-7587-1)
[編集] 関連書籍
- 『ターザン No.182』マガジンハウス、1994年2月※インタビュー4項。
- 『ラジオパーソナリティ~22人のカリスマ~』軍司貞則、扶桑社、1998年5月※ノンフィクション
- 『ゲームの話をしよう(第2集)』永田泰大、エンターブレイン、2001年10月※週刊ファミ通の人気連載ページの単行本
- 『うんちくブック』テレビ朝日「虎の門」うんちく王選定委員会・編、双葉社、2003年9月※番組の書籍化
- 『prints(プリンツ)21 2008年春号 特集・山口晃』プリンツ21 季刊版、2007年
- 『クイック・ジャパン80』太田出版、2008年※伊集院光インタビュー
- 『フリーマガジンR25 NO.211』リクルート、2008年10月8日※ロングインタビュー伊集院光[16]
- 『少年サンデー1983 週刊少年サンデー8/15増刊』小学館、2009年7月15日※対談[タッチとボクと1983年]伊集院光+あだち充
- 進研ゼミ 小冊子に出筆(テレフォン情報の声も担当)
- 『25ans (ヴァンサンカン)』ハースト婦人画報社 ※夫婦で見た映画・ビデオを妻と共同出筆で紹介するコーナー
- 『SFアドベンチャー』徳間書店、特集「笑撃文学」に自作の短編小説「神様志願」を掲載。 1993年夏季号(15巻3号 通巻152号)
- 『プチセブン』小学館、女子高生の格好の写真を掲載し、女子高生として悩み相談にのるという企画の連載。全12回。
[編集] ゲーム
- 『Neo ATLAS体験版ファミ通バージョン』【PS】アートディンク、アスキー、1998年2月※全国提携ゲームショップにて無料配布、伊集院光をモデルにした発見物「イジューマン」登場。
- 『Es (ゲーム)』
- 『日米間プロ野球FINAL LEAGUE』【PS2】スクウェア・エニックス、2002年4月25日※松村邦洋とのダブル解説として声の出演。他に浅草キッド、ダンカン・林家ペーのダブル解説もある(解説はダンカンのプロデュースによるもの)。
[編集] CD
- 『これでいいのだ』筋肉少女帯 --- ゲスト参加
- 『星空のパスポート』芳賀ゆい 株式会社ソニー・ミュージックレコーズ、1990年
- 『ARAKAWA魂』 Arakawa Rap Brothers(伊集院光、久保こーじ)ソニーレコード、1992年
- 『アナーキー・イン・AK』Arakawa Rap Brothers 株式会社ソニー・ミュージックレコーズ、1992年
- 『TRUE』米光倶楽部(米光美保、関根勤、伊集院光(「友情出演」))EPIC・ソニー、1993年
- 『全裸マンのテーマ』丸裸三郎と全裸マンブラザーズバンド 株式会社ソニー・ミュージックレコーズ、1993年
- 『FATMAN BROTHERS』FATMAN BROTHERS(伊集院光、石塚英彦、田口浩正) パイオニアLDC、1995年[17]
- 『あの素晴らしい愛をもう一度』FATMAN BROTHERS(伊集院光、石塚英彦、田口浩正)、パイオニアLDC、1995年
- 『伊集院光選曲 おバ歌謡』(レーベル:東芝EMI ASIN: B000228X0A)オムニバス 2004年
- 『日本昔ばなし〜フェアリー・ストーリーズ〜第10巻』伊集院光、今陽子、鶴見辰吾、山瀬まみ 他、コロムビアミュージックエンタテインメント、2005年※ホリプロ45周年記念企画朗読アルバム・シリーズ。日本昔ばなしをホリプロのスター・タレントたちが朗読。あたまが池(伊集院光)[18]
その他、TM NETWORKのアルバム『EXPO』収録曲「Crazy For You」に笑い声をサンプリングされていることなどが知られている。
[編集] 連載
- 伊集院光接近につきゲーム警報発令中 『週刊ファミ通』(エンターブレイン) - 連載コラム
- 伊集院光の深夜27時の買い物 『DIME』(小学館) - 連載コラム、放送作家・渡辺雅史との実質的な共著
- 夕刊ツーカー(ツーカーオリジナルコンテンツ) - 週3回配信していたが、2006年9月29日でコンテンツそのものの終了により連載も終了。後に出版された書籍「のはなし」「のはなしに」は、このコンテンツを加筆修正したもの。
[編集] 脚注
- ^ 『深夜の馬鹿力』2011年2月28日放送より
- ^ 『深夜の馬鹿力』2009年11月9日放送より
- ^ 2003年、「楽太郎一門会」出演時の伊集院本人の発言
- ^ 1991年春ごろに放送された「伊集院光のOh!デカナイト」にて伊集院本人が発言。ジャイアント馬場についてのエピソードは、「のはなしに」にも収録されている。
- ^ 『深夜の馬鹿力』2009年8月31日放送より
- ^ 『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』など
- ^ 『深夜の馬鹿力』2010年3月8日放送より、伊集院本人からこのエピソードが語られた
- ^ ニッポン放送ではパーソナリティではなく構成作家として活動
- ^ 「深夜の馬鹿力」2010年6月28日分
- ^ 『爆笑問題の検索ちゃん』2009年3月13日放送分より
- ^ 『とんねるずのみなさんのおかげでした』2001年3月8日放送分
- ^ 深夜の馬鹿力podcast 2006年10月10日
- ^ a b 『深夜の馬鹿力』2002年5月20日
- ^ 『深夜の馬鹿力』2009年12月28日放送分での伊集院本人の発言より
- ^ 皆口裕子のオフィシャルブログ「ちまちまの神様」2009年11月7日のエントリーより
- ^ フリーマガジンR25バックナンバー
- ^ http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FXYR/ アマゾン該当ページ試聴可能
- ^ http://www.amazon.co.jp/dp/B000BU6PEY/視聴
[編集] 関連項目
- デブタレント
- 三遊亭楽太郎(現:6代目三遊亭圓楽) - 落語家時代の師匠
- 円楽一門会 - 落語家を自主廃業後も師匠である6代目圓楽に身内として扱われている
- 渡辺雅史 - 専属構成作家(元ハガキ職人 さば味噌煮)
- つぶやきシロー - 同じホリプロ所属の数少ない親友
- ニッポン放送時代からの親友
- 草野球チーム結成以降の若手芸人系人脈
- 中二病 - 伊集院が命名
- ファミ通 - 連載コラムを持つ雑誌
- 桜井和寿(Mr.Children)『深夜の馬鹿力』のヘビーリスナー。伊集院のトークのみでリスナー各人の想像力を引き出す、というスタイルや考え方の点で深い感銘を受けており、本人曰く「既にファンを通り越して尊敬の域に達している」とのこと(『僕らの音楽 -OUR MUSIC-』2008年12月12日)。
- ビッグ・アスホールズ - 伊集院が主宰する草野球チーム
- こちら葛飾区亀有公園前派出所 - 1980年代後半頃、作中に伊集院を想起させる描写が多々見られたほか、伊集院本人も単行本の巻末に秀逸な解説を寄せている
[編集] 外部リンク
- ホリプロ内・プロフィール
- 伊集院光 (HikaruIjuin) - Twitter
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